【完結】婚約者が竜騎士候補に混ざってる

五色ひわ

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番外編Ⅱ:婚約者が青龍であることを隠してる

9.無事を祈る

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 クリスティーナは着替えて、治療のときに使う鞄を手に取ると、すぐにお茶会を行っていた部屋に戻った。この部屋が一番見晴らしが良いからだ。

 辺境の結界までは見えないが、魔獣が飛んでくれば、いち早く目視することができる。魔獣の姿が見えないということは、ブルクハルトたちが無事でいて、魔獣を結界近くで押し留めてくれているということだ。それが分かるだけでも、気持ちはいくらか違う。
 
 クリスティーナがこの部屋に戻ってきたときには誰もいなかったが、ヒューゴと夫人も後から戻ってきた。それぞれ、今やれることを済ませてきたのだろう。

「ティナ義姉さん。みんなきっと無事でいますよ」

「……そうよね」

 ヒューゴが気遣わしげにクリスティーナに言う。年下のヒューゴに心配されるなんて情けない。

「えっ! なに?」

 クリスティーナが一人で反省していると、ヒューゴが突然叫ぶ。驚いてヒューゴを見ると、ある一点を睨むように見つめていた。

 クリスティーナもその視線をたどるが、空があるだけで何も確認できない。

「青龍? 飛び方がおかしい……」

 ヒューゴが呟くので、クリスティーナはもう一度目を凝らして空を見つめる。それでも何も見えなくて、扉を開け放ってバルコニーに出た。

「ヒューゴ、説明しなさい!」

「は、はい!」

 夫人がヒューゴを叱りつけるように言う声が聞こえる。夫人にも見えていないのだろう。

「青龍です。こちらに向かっているようですが、飛び方がおかしくて……。何か抱えている? もしかして、ジュリアンさん?」

 豆粒のように見えてきた見慣れたラピスラズリ色が、どんどん近づいてくる。クリスティーナも遅れてヒューゴの言葉を理解した。ふらふらとゆっくり飛んでいるのは、ジュリアンを抱えているためだと信じたい。


 やがて、青龍は倒れ込むようにヴェロキラ辺境伯邸の庭に着地した。思った以上にギリギリの状態で飛んでいたようだ。

「ハルト!!」「兄さん!」

 クリスティーナは血だらけの青龍を見て、躊躇いなく柵を飛び越えた。思っていた以上に地上が遠くて、慌てて風魔法を駆使して落下を遅れせる。

「ちょっと、ここ三階!」

 ヒューゴの焦った声を遠くに聞きながら、身体強化魔法を使い、庭に転がりながら着地する。

 クリスティーナは足がもつれそうになるのを必死で耐え、青龍のもとへ向かった。

 青龍の背中には無数の傷があり、今もドクドクと赤い血が流れている。

 治癒魔法の修行を長年行ってきたクリスティーナには分かってしまう。人間なら助からないからと後回しにされてしまうような怪我だ。

「ハルト……」

 クリスティーナはそれでも、どうにか気持ちを奮い立たせて治療に入る。片手で治癒魔法をかけながら、もう一方の手でかばんの中の治療魔法薬を探る。焦りで手から滑り落ちていく小瓶をなんとか捕まえて、青龍の背中にドボドボとかけた。

「ハルト、返事をして!」

 普通の人間なら傷口に薬がしみて、うめき声くらいはあげる。龍の一般的な反応など知らないが、青龍はピクリとも動かない。

 クリスティーナの頭には、最悪の事態が浮かんでしまう。そんなはずはないと、どうにか唇を噛み締めて不吉な考えを追い出した。

 それでも、ポタポタとこぼれ落ちる涙は止められない。

【ティ……ーナ……が……泣いてる】

「ハルト?」

 青龍の大きな瞳が少しだけ開く。ぼんやりとした瞳は、クリスティーナを探している気がするが、焦点があっていない。それでも、人間ではありえない生命力に一縷の望みをかける。

【ティーナ……どこ……だ?】

「私はここにいるわ!」

 クリスティーナが言っても青龍には、ブルクハルトには聞こえていないようだった。抱きしめてここにいると知らせたいが、治療は一刻を争う。

【ティ……ーナ】

 クリスティーナは必死に治癒魔法をかける。鱗がボロボロと剥がれ落ちていくのが恐ろしい。


 青龍に対する治療はこれで合っているのだろうか? 龍を相手にするのはブルクハルトとの出会いのとき以来で、何もかもが分からない。こんなことなら、強引に青龍について聞き出しておくべきだった。嫌われようがどうしようが、ブルクハルトには元気で生きていてほしい。

【ティーナ……泣くなよ】

 不安になるクリスティーナをブルクハルトの小さな声が支えてくれていた。ぼんやりしたブルクハルトをどうにかして現実に引き戻したい。

【ティーナ、何で泣いてるんだ?】

「ハルト! しっかりしなさいよ!」

 クリスティーナが治療に集中していると、いつの間にかヒューゴがクリスティーナの横に立っていた。

「ヒューゴくん、全然治らない! どうしよう」

「大丈夫だよ。落ち着いて。傷は塞がってきているし、鱗は……しょうがないよ」

 宥めるように言われて、青龍の背中を見ると出血は治まってきていた。 

「あとは左手かな。お願いできる?」

「うん」

 クリスティーナはすぐに移動して、爪が剥がれて痛々しい左手の治療を開始する。先程とは違い、薬をかけるとビクリと青龍の手が反応した。

「兄さん、痛いところを教えて。背中と手は治療してくれてるから大丈夫だよ」

【おれは……大丈夫だ。それよりティーナが泣いてる気がする。助けてやって……】

「……」

 クリスティーナは重症のブルクハルトにまで心配されて顔を赤くする。クリスティーナの気持ちが動転しているうちに、かなり症状が落ち着いてきていたようだ。

【あまっ! 口に入れる前に何か言えよ……】

 ブルクハルトが大きな声をあげるので、クリスティーナは驚いてヒューゴを見た。ヒューゴは、先程まで一緒にブルクハルトを心配してくれていたのに、今は呆れた顔をしている。

【不味すぎる……】

 ブツブツ文句を言うブルクハルトの声が聞こえる。クリスティーナはもう大丈夫だと理解して、ホッと息を吐き出した。
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