67 / 72
番外編Ⅱ:婚約者が青龍であることを隠してる
20.現状
しおりを挟む
クリスティーナは隣の部屋に入って息を呑む。
部屋には簡素なベッドがぎっしり並べられており、明らかに重症だと分かる患者が二人ずつ横たわっていた。大規模討伐当日でも、これだけの人数の重症者が出ることはない。
治癒魔法師はこの部屋に集められているようで、数カ所で魔法が使われていた。その中には辺境伯家でブルクハルトを診てくれた老齢の医師も混ざっている。
「先生?」
「これはティナお嬢様。あなたがいらして下さると心強いですな」
老齢の医師は救護班の前隊長らしい。前隊長は治癒魔法を続けながら、せっかく引退したのに、かり出されてしまったと豪快に笑った。
「隊長、この方は?」
この部屋の責任者と思われる隊員が困惑気味に近づいてくる。
「これこれ、わしはただの助っ人で隊長ではないぞ。このお方は……」
前隊長は悩んだ様子でクリスティーナを見る。どこまで話すべきか思案してくれているのだろう。クリスティーナは先程の部屋で貰ったメモを責任者に渡す。
「ドリコリン伯爵領所属の冒険者でティナと申します。先生には婚約者の治療をして頂いたご縁があり、ご挨拶させて頂いておりました」
「わしは診察を担当しただけだがな。婚約者はティナさん自身が治療されたんだ。わしが彼女の実力を保証する。わしの孫だと思って大切に扱いなさい」
「畏まりました。ティナさんよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ティナは責任者の男性に説明を受けてから、早速治療を開始する。重症患者の枕元には治療記録が置いてあり、治癒魔法をかけたら署名をする仕組みらしい。早い話がこの部屋にいる全員が治癒魔法を優先してかける必要がある者ということだ。
「驚かれましたかな?」
責任者が去ると、前隊長が治療しながら声をかけてくる。
「えっと……」
「辺境伯騎士団に治癒魔法師がいないわけではないですよ。治療が進んでいないのは、まだ交戦中だからです」
前隊長の話では、現役の騎士団の治癒魔法師は、大半が隊員たちとともに討伐隊に組み込まれているらしい。市街地に向かっていたと思われる魔獣は昨日までに一掃された。しかし、多くの魔獣が一度に結界を出たため、比較的弱い魔獣は森の中に逃げ込んだ可能性が高い。
「ドリコリン伯爵領は大丈夫かしら……」
「伯爵様が対処されていると思いますぞ」
その森はドリコリン伯爵領へと続いている。結界から出た魔獣は弱くとも当然普段生息する魔獣よりは強い。伯爵領の冒険者はなれていないし、自分の目で見るのも初めてという者も多い。大規模討伐に参加している伯爵騎士団が主軸で動いているのだろう。
「てっきり、うちの騎士団もこちらに増援として来ているのかと思っていました。なかなか厳しい状況ですね」
「残念ながら否定できませんな。王都からも騎士団がこちらに向かっていると聞いています。もうひと踏ん張りですな」
「はい」
クリスティーナは治癒魔法をかけながら周囲を改めて見回す。救護所に入ったときから感じていたが、看護する者に騎士服を着た者が少ない。多くが私服の女性で、患者の家族もいるだろうが、市民が協力していることが見て取れた。
クリスティーナが休憩を挟みながら治療を続けていると、廊下が突然騒がしくなる。不足していた治療魔法薬が届いたようだ。
「辺境伯様によろしくお伝え下さい」
「ええ、伝えておくわ。この状況では難しいと思うけど、皆さんも無理なさらないでね」
聞き覚えのある色っぽい声にクリスティーナは姿勢を低くする。そちらを見ないように治療を続けていると、別の方向から声をかけられた。
「ティナ義姉さん?」
恐る恐る顔をあげるとヒューゴが大きな木の箱を持って、クリスティーナの近くに立っていた。
「ヒューゴ様。お久しぶりでございます」
クリスティーナがそう言ってウィンクしたが、ヒューゴは胡散臭そうにしている。意図は伝わらなかったようだ。
「義姉さん。僕に見つかったらまずかったの? まさか、兄さんに内緒とか言わないよね?」
ヒューゴが大袈裟にため息をつく。クリスティーナの意図は無視されただけのようだ。兄弟だけあって、ため息までブルクハルトにそっくりだ。
「ちゃんとハルトに言ってきたわ。快く送り出してくれたもん」
「まぁ、それなら良いけど」
「ヒューゴ様……?」
責任者の男性が説明を求めるように、ヒューゴに声をかける。クリスティーナが小さく首を振ると、ヒューゴは困った顔をして背後に視線をやった。
「ティナちゃん。お疲れ様。うちの騎士団のためにありがとう。ブルクハルトの役に立ちたいだなんて婚約者の鏡ね」
「お、お義母様」
辺境伯夫人が聞き耳を立てている人に分かりやすく説明する。着色された言葉にクリスティーナは顔を赤くした。別にブルクハルトのためでは……間違っていないので否定もできなくてクリスティーナは黙り込む。
「そういうことだから、うちの娘をよろしくね」
「も、もちろんです」
責任者が慌てながら返事をする。部屋がざわざわして『ドリコリン伯爵令嬢』だとか、『次期辺境伯夫人』だとかいう言葉が聞こえてきた。皆、戸惑っているようだが肯定的な雰囲気だ。クリスティーナはそのことに安心して、ホッと息を吐き出した。
部屋には簡素なベッドがぎっしり並べられており、明らかに重症だと分かる患者が二人ずつ横たわっていた。大規模討伐当日でも、これだけの人数の重症者が出ることはない。
治癒魔法師はこの部屋に集められているようで、数カ所で魔法が使われていた。その中には辺境伯家でブルクハルトを診てくれた老齢の医師も混ざっている。
「先生?」
「これはティナお嬢様。あなたがいらして下さると心強いですな」
老齢の医師は救護班の前隊長らしい。前隊長は治癒魔法を続けながら、せっかく引退したのに、かり出されてしまったと豪快に笑った。
「隊長、この方は?」
この部屋の責任者と思われる隊員が困惑気味に近づいてくる。
「これこれ、わしはただの助っ人で隊長ではないぞ。このお方は……」
前隊長は悩んだ様子でクリスティーナを見る。どこまで話すべきか思案してくれているのだろう。クリスティーナは先程の部屋で貰ったメモを責任者に渡す。
「ドリコリン伯爵領所属の冒険者でティナと申します。先生には婚約者の治療をして頂いたご縁があり、ご挨拶させて頂いておりました」
「わしは診察を担当しただけだがな。婚約者はティナさん自身が治療されたんだ。わしが彼女の実力を保証する。わしの孫だと思って大切に扱いなさい」
「畏まりました。ティナさんよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ティナは責任者の男性に説明を受けてから、早速治療を開始する。重症患者の枕元には治療記録が置いてあり、治癒魔法をかけたら署名をする仕組みらしい。早い話がこの部屋にいる全員が治癒魔法を優先してかける必要がある者ということだ。
「驚かれましたかな?」
責任者が去ると、前隊長が治療しながら声をかけてくる。
「えっと……」
「辺境伯騎士団に治癒魔法師がいないわけではないですよ。治療が進んでいないのは、まだ交戦中だからです」
前隊長の話では、現役の騎士団の治癒魔法師は、大半が隊員たちとともに討伐隊に組み込まれているらしい。市街地に向かっていたと思われる魔獣は昨日までに一掃された。しかし、多くの魔獣が一度に結界を出たため、比較的弱い魔獣は森の中に逃げ込んだ可能性が高い。
「ドリコリン伯爵領は大丈夫かしら……」
「伯爵様が対処されていると思いますぞ」
その森はドリコリン伯爵領へと続いている。結界から出た魔獣は弱くとも当然普段生息する魔獣よりは強い。伯爵領の冒険者はなれていないし、自分の目で見るのも初めてという者も多い。大規模討伐に参加している伯爵騎士団が主軸で動いているのだろう。
「てっきり、うちの騎士団もこちらに増援として来ているのかと思っていました。なかなか厳しい状況ですね」
「残念ながら否定できませんな。王都からも騎士団がこちらに向かっていると聞いています。もうひと踏ん張りですな」
「はい」
クリスティーナは治癒魔法をかけながら周囲を改めて見回す。救護所に入ったときから感じていたが、看護する者に騎士服を着た者が少ない。多くが私服の女性で、患者の家族もいるだろうが、市民が協力していることが見て取れた。
クリスティーナが休憩を挟みながら治療を続けていると、廊下が突然騒がしくなる。不足していた治療魔法薬が届いたようだ。
「辺境伯様によろしくお伝え下さい」
「ええ、伝えておくわ。この状況では難しいと思うけど、皆さんも無理なさらないでね」
聞き覚えのある色っぽい声にクリスティーナは姿勢を低くする。そちらを見ないように治療を続けていると、別の方向から声をかけられた。
「ティナ義姉さん?」
恐る恐る顔をあげるとヒューゴが大きな木の箱を持って、クリスティーナの近くに立っていた。
「ヒューゴ様。お久しぶりでございます」
クリスティーナがそう言ってウィンクしたが、ヒューゴは胡散臭そうにしている。意図は伝わらなかったようだ。
「義姉さん。僕に見つかったらまずかったの? まさか、兄さんに内緒とか言わないよね?」
ヒューゴが大袈裟にため息をつく。クリスティーナの意図は無視されただけのようだ。兄弟だけあって、ため息までブルクハルトにそっくりだ。
「ちゃんとハルトに言ってきたわ。快く送り出してくれたもん」
「まぁ、それなら良いけど」
「ヒューゴ様……?」
責任者の男性が説明を求めるように、ヒューゴに声をかける。クリスティーナが小さく首を振ると、ヒューゴは困った顔をして背後に視線をやった。
「ティナちゃん。お疲れ様。うちの騎士団のためにありがとう。ブルクハルトの役に立ちたいだなんて婚約者の鏡ね」
「お、お義母様」
辺境伯夫人が聞き耳を立てている人に分かりやすく説明する。着色された言葉にクリスティーナは顔を赤くした。別にブルクハルトのためでは……間違っていないので否定もできなくてクリスティーナは黙り込む。
「そういうことだから、うちの娘をよろしくね」
「も、もちろんです」
責任者が慌てながら返事をする。部屋がざわざわして『ドリコリン伯爵令嬢』だとか、『次期辺境伯夫人』だとかいう言葉が聞こえてきた。皆、戸惑っているようだが肯定的な雰囲気だ。クリスティーナはそのことに安心して、ホッと息を吐き出した。
11
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる