【完結】異世界から来た聖女ではありません!

五色ひわ

文字の大きさ
53 / 160
二章 無事を祈って【オーギュスト】

第25話 ノルベルト

しおりを挟む
 オーギュストが離宮に戻ると、ジョエルが帰りを待っていた。着替えを済ませると、一通の手紙を差し出してくる。

「魔導師団からの帰り道に渡されました。おそらく、ノルベルト王太子殿下からだと思われます」

「おそらく?」

 オーギュストは疑問に思いながら、簡素な手紙を受け取った。裏返して差出人を見ると、私的な手紙を送る際に使うノルベルトのサインが書かれている。

「私信か。こんな形で送ってくるのは珍しいな」

 王太子から魔導師団長への要請は魔導師団に届けられるし、兄から弟への手紙は離宮に届くことがほとんどだ。

「持ってきたのは、表の人間ではありませんでした。顔は確認できておりません」

 ジョエルが魔導師団の建物を出ると、使用人の姿をした人物が近づいてきたらしい。本当にノルベルトからの手紙だとしたら、やり取りを誰にも知られないように工夫したのだろう。或いは、オーギュストを騙すために誰かが書いた偽物かどちらかだ。

 オーギュストは魔法などの細工がないことを確認して封筒を開ける。ノルベルトの魔力の気配もない。

【久しぶりに二人でお酒でも飲まないか?】

 中に入っていたカードには、それしか書かれていなかった。それが逆にノルベルト本人からの伝言であることを主張する。筆跡もノルベルトのもので間違いない。

「兄上からだ。公爵領のことで直接話がしたいんだろうな。周囲を警戒して人を介したやり取りしかできていなかったからな」

「どこまで把握しておられるのでしょう?」

「クリストフの話は報告してあるから、そのことじゃないだろうか。今日のことまで把握されていたら、魔導師団内を再調査する必要があるな」

 オーギュストにとって、ノルベルトに隠すべきことは何もない。ただ、ノルベルトにできるのなら、ヘクターにもできると思った方が良い。


 オーギュストは早めに夕食を摂ると、暗くなり始めた離宮を一人で抜け出した。カードに書かれていなかった時間と場所は、こういうときのためにノルベルトと予め決めてある。

 隠し通路をいくつか使って辿り着いた先の部屋には、ノルベルトがグラス片手に待っていた。

「お待たせしました」

「いや、時間通りだ」

 部屋には、すでにノルベルトのかけた防音の結界が張られている。ノルベルトも王太子の仕事を優先していなければ、歴代の魔導師団長に並ぶ魔導師になっていただろう。

「いくつか報告しますね」

 オーギュストは眼の前に置かれたワインに手をつけることなく本題に入ることにした。オーギュストが緊張しながら、ノルベルトを見ると小さく笑われた。

「何を警戒しているのか分からないが、私は報告以上のことは把握していないよ」

「申し訳ありません。今日上がってきた報告が多かったもので、どこからか情報を得ているのかと思いました」

「相変わらず正直だな。安心しろ。魔導師団員は鋭いし警戒心も強い。騎士団も含めて、軍部からは情報がまったく漏れてこないから、文官たちからは警戒されているんだぞ」

「出し抜かれて情報操作されてしまった後なので、何とお返しして良いのか分かりません」

 オーギュストは偽の手紙の件を思い浮かんで喜べなかった。文官に漏れていないのは嬉しいが、それだけでは守りが足りない。

「忠誠心を逆手に取られては仕方ないな。良い勉強になったのではないか?」

「反省しています」

「今後は軍部にもいろいろな人間が入ってくる。改善は必要だな」

 水晶の浄化が終わったことにより、軍部を警戒する声が大きくなってきている。そういう人間から人が送り込まれてくる可能性があるのだ。騎士団では、すでに有力貴族から何人か押し付けられていると聞いている。表向きは別の理由だが、その中には諜報を目的とする者もいるのかもしれない。魔導師団でも、来年の新人からは注意が必要だろう。

「まぁ、今回のことできれいに掃除できれば、そこまで警戒する必要はなくなるよ」
 
 理想はノルベルトに叛意のある者を、今回の事件を使って一人残らず排除することだ。

 オーギュストは静かに頷いて本題に入った。話が進むに連れて、ノルベルトの表情が険しくなっていく。オーギュストが報告を終えたときには、ノルベルトの手元のグラスの中身が水へと変わっていた。お酒を飲みながら聞ける話ではなかったようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

処理中です...