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二章 無事を祈って【オーギュスト】
第25話 ノルベルト
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オーギュストが離宮に戻ると、ジョエルが帰りを待っていた。着替えを済ませると、一通の手紙を差し出してくる。
「魔導師団からの帰り道に渡されました。おそらく、ノルベルト王太子殿下からだと思われます」
「おそらく?」
オーギュストは疑問に思いながら、簡素な手紙を受け取った。裏返して差出人を見ると、私的な手紙を送る際に使うノルベルトのサインが書かれている。
「私信か。こんな形で送ってくるのは珍しいな」
王太子から魔導師団長への要請は魔導師団に届けられるし、兄から弟への手紙は離宮に届くことがほとんどだ。
「持ってきたのは、表の人間ではありませんでした。顔は確認できておりません」
ジョエルが魔導師団の建物を出ると、使用人の姿をした人物が近づいてきたらしい。本当にノルベルトからの手紙だとしたら、やり取りを誰にも知られないように工夫したのだろう。或いは、オーギュストを騙すために誰かが書いた偽物かどちらかだ。
オーギュストは魔法などの細工がないことを確認して封筒を開ける。ノルベルトの魔力の気配もない。
【久しぶりに二人でお酒でも飲まないか?】
中に入っていたカードには、それしか書かれていなかった。それが逆にノルベルト本人からの伝言であることを主張する。筆跡もノルベルトのもので間違いない。
「兄上からだ。公爵領のことで直接話がしたいんだろうな。周囲を警戒して人を介したやり取りしかできていなかったからな」
「どこまで把握しておられるのでしょう?」
「クリストフの話は報告してあるから、そのことじゃないだろうか。今日のことまで把握されていたら、魔導師団内を再調査する必要があるな」
オーギュストにとって、ノルベルトに隠すべきことは何もない。ただ、ノルベルトにできるのなら、ヘクターにもできると思った方が良い。
オーギュストは早めに夕食を摂ると、暗くなり始めた離宮を一人で抜け出した。カードに書かれていなかった時間と場所は、こういうときのためにノルベルトと予め決めてある。
隠し通路をいくつか使って辿り着いた先の部屋には、ノルベルトがグラス片手に待っていた。
「お待たせしました」
「いや、時間通りだ」
部屋には、すでにノルベルトのかけた防音の結界が張られている。ノルベルトも王太子の仕事を優先していなければ、歴代の魔導師団長に並ぶ魔導師になっていただろう。
「いくつか報告しますね」
オーギュストは眼の前に置かれたワインに手をつけることなく本題に入ることにした。オーギュストが緊張しながら、ノルベルトを見ると小さく笑われた。
「何を警戒しているのか分からないが、私は報告以上のことは把握していないよ」
「申し訳ありません。今日上がってきた報告が多かったもので、どこからか情報を得ているのかと思いました」
「相変わらず正直だな。安心しろ。魔導師団員は鋭いし警戒心も強い。騎士団も含めて、軍部からは情報がまったく漏れてこないから、文官たちからは警戒されているんだぞ」
「出し抜かれて情報操作されてしまった後なので、何とお返しして良いのか分かりません」
オーギュストは偽の手紙の件を思い浮かんで喜べなかった。文官に漏れていないのは嬉しいが、それだけでは守りが足りない。
「忠誠心を逆手に取られては仕方ないな。良い勉強になったのではないか?」
「反省しています」
「今後は軍部にもいろいろな人間が入ってくる。改善は必要だな」
水晶の浄化が終わったことにより、軍部を警戒する声が大きくなってきている。そういう人間から人が送り込まれてくる可能性があるのだ。騎士団では、すでに有力貴族から何人か押し付けられていると聞いている。表向きは別の理由だが、その中には諜報を目的とする者もいるのかもしれない。魔導師団でも、来年の新人からは注意が必要だろう。
「まぁ、今回のことできれいに掃除できれば、そこまで警戒する必要はなくなるよ」
理想はノルベルトに叛意のある者を、今回の事件を使って一人残らず排除することだ。
オーギュストは静かに頷いて本題に入った。話が進むに連れて、ノルベルトの表情が険しくなっていく。オーギュストが報告を終えたときには、ノルベルトの手元のグラスの中身が水へと変わっていた。お酒を飲みながら聞ける話ではなかったようだ。
「魔導師団からの帰り道に渡されました。おそらく、ノルベルト王太子殿下からだと思われます」
「おそらく?」
オーギュストは疑問に思いながら、簡素な手紙を受け取った。裏返して差出人を見ると、私的な手紙を送る際に使うノルベルトのサインが書かれている。
「私信か。こんな形で送ってくるのは珍しいな」
王太子から魔導師団長への要請は魔導師団に届けられるし、兄から弟への手紙は離宮に届くことがほとんどだ。
「持ってきたのは、表の人間ではありませんでした。顔は確認できておりません」
ジョエルが魔導師団の建物を出ると、使用人の姿をした人物が近づいてきたらしい。本当にノルベルトからの手紙だとしたら、やり取りを誰にも知られないように工夫したのだろう。或いは、オーギュストを騙すために誰かが書いた偽物かどちらかだ。
オーギュストは魔法などの細工がないことを確認して封筒を開ける。ノルベルトの魔力の気配もない。
【久しぶりに二人でお酒でも飲まないか?】
中に入っていたカードには、それしか書かれていなかった。それが逆にノルベルト本人からの伝言であることを主張する。筆跡もノルベルトのもので間違いない。
「兄上からだ。公爵領のことで直接話がしたいんだろうな。周囲を警戒して人を介したやり取りしかできていなかったからな」
「どこまで把握しておられるのでしょう?」
「クリストフの話は報告してあるから、そのことじゃないだろうか。今日のことまで把握されていたら、魔導師団内を再調査する必要があるな」
オーギュストにとって、ノルベルトに隠すべきことは何もない。ただ、ノルベルトにできるのなら、ヘクターにもできると思った方が良い。
オーギュストは早めに夕食を摂ると、暗くなり始めた離宮を一人で抜け出した。カードに書かれていなかった時間と場所は、こういうときのためにノルベルトと予め決めてある。
隠し通路をいくつか使って辿り着いた先の部屋には、ノルベルトがグラス片手に待っていた。
「お待たせしました」
「いや、時間通りだ」
部屋には、すでにノルベルトのかけた防音の結界が張られている。ノルベルトも王太子の仕事を優先していなければ、歴代の魔導師団長に並ぶ魔導師になっていただろう。
「いくつか報告しますね」
オーギュストは眼の前に置かれたワインに手をつけることなく本題に入ることにした。オーギュストが緊張しながら、ノルベルトを見ると小さく笑われた。
「何を警戒しているのか分からないが、私は報告以上のことは把握していないよ」
「申し訳ありません。今日上がってきた報告が多かったもので、どこからか情報を得ているのかと思いました」
「相変わらず正直だな。安心しろ。魔導師団員は鋭いし警戒心も強い。騎士団も含めて、軍部からは情報がまったく漏れてこないから、文官たちからは警戒されているんだぞ」
「出し抜かれて情報操作されてしまった後なので、何とお返しして良いのか分かりません」
オーギュストは偽の手紙の件を思い浮かんで喜べなかった。文官に漏れていないのは嬉しいが、それだけでは守りが足りない。
「忠誠心を逆手に取られては仕方ないな。良い勉強になったのではないか?」
「反省しています」
「今後は軍部にもいろいろな人間が入ってくる。改善は必要だな」
水晶の浄化が終わったことにより、軍部を警戒する声が大きくなってきている。そういう人間から人が送り込まれてくる可能性があるのだ。騎士団では、すでに有力貴族から何人か押し付けられていると聞いている。表向きは別の理由だが、その中には諜報を目的とする者もいるのかもしれない。魔導師団でも、来年の新人からは注意が必要だろう。
「まぁ、今回のことできれいに掃除できれば、そこまで警戒する必要はなくなるよ」
理想はノルベルトに叛意のある者を、今回の事件を使って一人残らず排除することだ。
オーギュストは静かに頷いて本題に入った。話が進むに連れて、ノルベルトの表情が険しくなっていく。オーギュストが報告を終えたときには、ノルベルトの手元のグラスの中身が水へと変わっていた。お酒を飲みながら聞ける話ではなかったようだ。
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