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三章 犯人を追って【オーギュスト】
第1話 事件の関係者【ミシュリーヌ】
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ミシュリーヌが王都に戻ってから十日ほどが経ち、改めてオーギュストに祝賀パーティーでの出来事を詳しく話すこととなった。今朝の診察でやっと医師から全快のお墨付きが出たためだ。ただ、魔法の解禁はまだ先だと聞かされて落ち込む。
説明が今日になったのは、オーギュストに軽く話を聞いた際にミシュリーヌがヘクターの関与を知って動揺してしまったせいだ。オーギュストとヴァネッサが愛し合っていたことが嘘だっただけでなく、若い頃に婚約関係にあった事実すらないらしい。
ミシュリーヌはヘクターを苦手としていたが、あそこまで平然と嘘をつくとは思っていなかった。オーギュストはそんなミシュリーヌの反応を見て過保護を発揮してしまったわけだ。
ただ、ジョエルの弁明によると、オーギュストも召喚の後処理やパーティーの護衛などで忙しかったようなので、過保護だけが理由ではないらしい。
ミシュリーヌはオーギュストの隣に座って紅茶を飲む。今までより近い距離が嬉しい。オーギュストは自身の寝室にいつでも来てくれて構わないと言ってくれたが、侍女たちの助言で最初の二日以外は控えている。でも、今日こそは……
「ミシュリーヌ? 心の準備ができたら聞かせてもらえるか?」
「はい。問題ありませんわ。どこから話しましょう?」
「祝賀パーティーの朝のことから聞いても良いか? あの日は朝から疲れた顔をしていたが、それ以前にも何かあったのだろうか?」
ミシュリーヌは口を開きかけて、もう一度閉じる。ここで話しては侍女との計画が台無しだ。今となっては取るに足らない悩みである。
「内緒ですわ」
「内緒?」
「もう解決したわたくし個人のことですので、お気になさらないで下さい」
「そうか」
オーギュストがミシュリーヌの赤くなった頬に触れる。ミシュリーヌの気持ちに気づかれたはずはないが、オーギュストは妖艶な笑みを浮かべていた。ミシュリーヌが戻って来て以来、こんなふうに見つめられることが増えた。ただでさえ、大人の色気があるのにこんなふうに微笑まれては、ミシュリーヌの心臓が持ちそうにない。
「祝賀パーティーが始まってからの話でよろしいですわね」
「ああ……いや、あの日は神殿にも行ったんだったな。神官長には何も言われなかったか?」
「神官長も関わっているのですか!?」
「いや、それがはっきりしないんだ」
オーギュストは神官長がミシュリーヌを探してくれていたことや、ガエルが公爵領で目撃されていることなどを話してくれた。思った以上に身近にいた人たちが疑われている。ミシュリーヌは信じられない気持ちでオーギュストを見上げた。でも、隠して守るのではなく、もっと早く話してほしかった。
「なぜ、わたくしに話して下さらなかったのですか? マリエルとは連絡を取り合っていらしたのですよね?」
「そんなふうに怖がると思ったからだよ」
オーギュストの視線がミシュリーヌの両手に注がれでいることに気づいて、小刻みに震える手を慌てて隠した。
「それでも、話してほしかったです」
ミシュリーヌは怒っているつもりなのに、どこか甘えた声になる。オーギュストとの距離が近すぎて、恥ずかしさで赤くなった頬を隠す場所がどこにもない。
「今後は気をつけるよ」
オーギュストが笑いを堪えている気配がして、抱き寄せられた。それだけで震えが止まるのだから、それ以上は何も言えなかった。
……
「では、記憶に残るようなことを言ったのは、ヘクター兄上とヴァネッサという女だけなんだな」
「はい。ガエル殿下も何か仰っていたかもしれませんが、その……ヘクター殿下の話に動揺してしまって、よく覚えていないのです」
「それなら、覚えていることだけで問題ないから教えてくれるか?」
「はい。そうさせていただきます」
ミシュリーヌはオーギュストに抱きしめられたまま、ヘクターやヴァネッサに言われたことを全て吐き出すように伝えた。
「――……わたくしも最初からヴァネッサさんの話を信じたわけではありません。でも、ヴァネッサさんは殿下に指輪を注文してもらったと言っておりました。しかも、わたくしも作ってもらった老舗の工房のものだというのです。式場も抑えてあると証拠のカードまで渡されて……殿下?」
指輪と式場という言葉に、オーギュストは明らかに動揺を見せた。ミシュリーヌが恐る恐る見上げると、オーギュストの顔が赤い。
「結婚式を挙げるおつもりだったのですか!?」
「違う! いや、間違ってはいないが違うんだ!」
オーギュストは大きな声を出して、視線を彷徨わせている。再び目が合うと、小さく息を吐き出した。
「……だ」
「え?」
「……ミシュリーヌと結婚式を挙げるつもりだったんだ」
「わ、わたくしとですか!?」
ミシュリーヌが確かめるように見つめると、オーギュストが赤い顔のままコクリと頷く。何だか可愛くて、嘘ではないと信じることができた。
「ミシュリーヌ、ちょっとだけ待ってくれるか?」
「は、はい」
オーギュストはミシュリーヌを離して、マジックバッグの中を探り始める。温もりが離れて少し寂しい。ミシュリーヌは自分の贅沢すぎる感情に心の中で笑った。
「たぶん、指輪はこれのことだろうな。店に入るところを誰かに見られていた可能性がある。ミシュリーヌに内緒で用意するために店に行ったのだが、こんなことになるなら、いつも通り職人を呼び出すべきだった」
ミシュリーヌの手に乗せられたのは、可愛らしい宝石箱だった。
「開けてみてくれ」
「わたくしが開けてよろしいのですか?」
ミシュリーヌが見つめると、オーギュストは恥ずかしそうに頷く。ミシュリーヌは促されて、ゆっくりと宝石箱を開けた。
「きれい……」
宝石箱の中には美しい指輪が入っていた。紫色の魔石が中央に輝き、アーム部分には花の模様が彫り込まれている。離宮の春を彩るその花は、オーギュストとの穏やかな思い出と重なった。
説明が今日になったのは、オーギュストに軽く話を聞いた際にミシュリーヌがヘクターの関与を知って動揺してしまったせいだ。オーギュストとヴァネッサが愛し合っていたことが嘘だっただけでなく、若い頃に婚約関係にあった事実すらないらしい。
ミシュリーヌはヘクターを苦手としていたが、あそこまで平然と嘘をつくとは思っていなかった。オーギュストはそんなミシュリーヌの反応を見て過保護を発揮してしまったわけだ。
ただ、ジョエルの弁明によると、オーギュストも召喚の後処理やパーティーの護衛などで忙しかったようなので、過保護だけが理由ではないらしい。
ミシュリーヌはオーギュストの隣に座って紅茶を飲む。今までより近い距離が嬉しい。オーギュストは自身の寝室にいつでも来てくれて構わないと言ってくれたが、侍女たちの助言で最初の二日以外は控えている。でも、今日こそは……
「ミシュリーヌ? 心の準備ができたら聞かせてもらえるか?」
「はい。問題ありませんわ。どこから話しましょう?」
「祝賀パーティーの朝のことから聞いても良いか? あの日は朝から疲れた顔をしていたが、それ以前にも何かあったのだろうか?」
ミシュリーヌは口を開きかけて、もう一度閉じる。ここで話しては侍女との計画が台無しだ。今となっては取るに足らない悩みである。
「内緒ですわ」
「内緒?」
「もう解決したわたくし個人のことですので、お気になさらないで下さい」
「そうか」
オーギュストがミシュリーヌの赤くなった頬に触れる。ミシュリーヌの気持ちに気づかれたはずはないが、オーギュストは妖艶な笑みを浮かべていた。ミシュリーヌが戻って来て以来、こんなふうに見つめられることが増えた。ただでさえ、大人の色気があるのにこんなふうに微笑まれては、ミシュリーヌの心臓が持ちそうにない。
「祝賀パーティーが始まってからの話でよろしいですわね」
「ああ……いや、あの日は神殿にも行ったんだったな。神官長には何も言われなかったか?」
「神官長も関わっているのですか!?」
「いや、それがはっきりしないんだ」
オーギュストは神官長がミシュリーヌを探してくれていたことや、ガエルが公爵領で目撃されていることなどを話してくれた。思った以上に身近にいた人たちが疑われている。ミシュリーヌは信じられない気持ちでオーギュストを見上げた。でも、隠して守るのではなく、もっと早く話してほしかった。
「なぜ、わたくしに話して下さらなかったのですか? マリエルとは連絡を取り合っていらしたのですよね?」
「そんなふうに怖がると思ったからだよ」
オーギュストの視線がミシュリーヌの両手に注がれでいることに気づいて、小刻みに震える手を慌てて隠した。
「それでも、話してほしかったです」
ミシュリーヌは怒っているつもりなのに、どこか甘えた声になる。オーギュストとの距離が近すぎて、恥ずかしさで赤くなった頬を隠す場所がどこにもない。
「今後は気をつけるよ」
オーギュストが笑いを堪えている気配がして、抱き寄せられた。それだけで震えが止まるのだから、それ以上は何も言えなかった。
……
「では、記憶に残るようなことを言ったのは、ヘクター兄上とヴァネッサという女だけなんだな」
「はい。ガエル殿下も何か仰っていたかもしれませんが、その……ヘクター殿下の話に動揺してしまって、よく覚えていないのです」
「それなら、覚えていることだけで問題ないから教えてくれるか?」
「はい。そうさせていただきます」
ミシュリーヌはオーギュストに抱きしめられたまま、ヘクターやヴァネッサに言われたことを全て吐き出すように伝えた。
「――……わたくしも最初からヴァネッサさんの話を信じたわけではありません。でも、ヴァネッサさんは殿下に指輪を注文してもらったと言っておりました。しかも、わたくしも作ってもらった老舗の工房のものだというのです。式場も抑えてあると証拠のカードまで渡されて……殿下?」
指輪と式場という言葉に、オーギュストは明らかに動揺を見せた。ミシュリーヌが恐る恐る見上げると、オーギュストの顔が赤い。
「結婚式を挙げるおつもりだったのですか!?」
「違う! いや、間違ってはいないが違うんだ!」
オーギュストは大きな声を出して、視線を彷徨わせている。再び目が合うと、小さく息を吐き出した。
「……だ」
「え?」
「……ミシュリーヌと結婚式を挙げるつもりだったんだ」
「わ、わたくしとですか!?」
ミシュリーヌが確かめるように見つめると、オーギュストが赤い顔のままコクリと頷く。何だか可愛くて、嘘ではないと信じることができた。
「ミシュリーヌ、ちょっとだけ待ってくれるか?」
「は、はい」
オーギュストはミシュリーヌを離して、マジックバッグの中を探り始める。温もりが離れて少し寂しい。ミシュリーヌは自分の贅沢すぎる感情に心の中で笑った。
「たぶん、指輪はこれのことだろうな。店に入るところを誰かに見られていた可能性がある。ミシュリーヌに内緒で用意するために店に行ったのだが、こんなことになるなら、いつも通り職人を呼び出すべきだった」
ミシュリーヌの手に乗せられたのは、可愛らしい宝石箱だった。
「開けてみてくれ」
「わたくしが開けてよろしいのですか?」
ミシュリーヌが見つめると、オーギュストは恥ずかしそうに頷く。ミシュリーヌは促されて、ゆっくりと宝石箱を開けた。
「きれい……」
宝石箱の中には美しい指輪が入っていた。紫色の魔石が中央に輝き、アーム部分には花の模様が彫り込まれている。離宮の春を彩るその花は、オーギュストとの穏やかな思い出と重なった。
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