【完結】異世界から来た聖女ではありません!

五色ひわ

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三章 犯人を追って【オーギュスト】

第17話 ヘクターの世界

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 ヘクターの妻であるイレーヌは、想像以上に騎士に慕われているらしい。後回しで良いと思っていたが、ナチュレの騎士を集めておくように団員たちに指示をする。

「オーギュスト、何をした?」

 周囲が静かになり始めると、ヘクターが聞いてくる。ヘクターのことだから、すでに答えに辿り着いているのだろう。

「ヘクター兄上の声をナチュレ公爵家の方々に聞いて頂いただけですよ」

 オーギュストはヘクターがアダン扮するミシュリーヌを説得している間に魔法を発動していた。ヘクターの声を外に響くようにしたのだ。本来は軍の指令を伝えやすくするためのものだが、上手く応用できたようだ。

「小賢いことをするんだな。悪魔の子と言われていた頃のほうが可愛かったよ」

 ヘクターが向けてくるのは、優しい兄の顔だ。

 夜になると魔素に反応して禍々しく光るオーギュストの髪。魔法を開発して隠すようになるまでは、父親である国王でさえ気味悪がって遠ざけていた。

 そんな中でも、三人の兄はいつもオーギュストを可愛がってくれていた。

 二人の兄とは母親が違うため、距離を取らざるを得ないときもあった。それでも、四兄弟はそれなりに良い関係を築けていたと思っている。

「本当に我が国を裏切って、ソルベ王国に渡るおつもりだったのですか? ノルベルト兄上に信頼されて、大切な仕事を任せてもらっていたのに……私には未だに信じられません」

 オーギュストの言葉を聞いて、ヘクターが小さく笑う。

「お前にはそんなふうに見えていたのか。あんな兄弟の中で、お前だけは優しい世界に暮らしていたのだな。正直、羨ましいよ」

 ヘクターは何も読み取れないような笑顔を浮かべている。オーギュストには理解できなくて困惑するしかない。

「私と兄上の協力関係は、血が流れるような争いの上に出来ていた。この国に来た聖女がイヴォンヌだったら、もう少し早く事を起こしていたよ」

「それはどういう……」

 イヴォンヌとは、この国の王太子妃になるはずだったミシュリーヌの異母姉の名だ。

「分かるだろう? 兄上と聖女の夫の座を争っている時間は、この国にはなかった。王太子妃になってから揺さぶって奪い取るくらいしか選択肢はなかったんだよ。イヴォンヌは頭の弱い女みたいだったし、兄上は国を立て直すのに忙しい。簡単だと思っていたんだ。要職についたのは、そのための短い休戦のつもりだった」

「……」

 当時を思い出しても、ヘクターの言葉に嘘があるのか分からない。あの頃のオーギュストは、自分のことだけで精一杯だった。

「ところが、連れて帰って来たのは痩せ細った子供で、ぼんやりと生きていたはずのお前が必死に守ってる。あの子は私に警戒していたし、近づくことも出来なかった」

「では、なぜ今……」

「それはオーギュストが一番分かっているんじゃない? 恋愛ベタにもほどがあるよ」

 オーギュストとミシュリーヌの間に付け入る隙をみつけた。そういうことだろう。

「つまり、私が罪に手を染めたのは、オーギュストのせいでもある」

 ヘクターは茶化すように言って笑った。

「兄上はどうして……」

「こんなところでグダグダしていて良いのかい? ミシュリーヌ妃はかなり取り乱していたよ」

 ヘクターは穏やかな笑顔を見せると黙り込んでしまった。これ以上語る気はないらしい。オーギュストは諦めて、気づかれないようにそっと息を吐く。

「ヘクター兄上には護送車に入ってもらいます。よろしいですね?」

 オーギュストは、罪を犯した魔導師を護送するために作られた馬車をマジックバッグから取り出した。鍵を開けると、ヘクターは自ら進んで中に入っていく。オーギュストは自死防止の対策を十分にして、護送用の馬車に鍵をかけた。

『兄上はどうして、こんな事をしたのですか?』

 オーギュストは聞くことさえ許されなかった質問の答えを考える。ヘクターに王位をとってほしい母親である王妃の存在。ヘクターの方が良い王になると言い続ける第三王子派の貴族の声。

 ヘクター兄上は、どれほどの重圧を受けていたのだろう。

 オーギュストは多くの人に怯えられ、距離を取られることの方が多かった。オーギュストとヘクターは兄弟ながら正反対の境遇と言って良い。

『優しい世界に暮らしていたのだな』

 ヘクターは成功率が低いと分かっていても、この作戦を実行するしかなかったのかもしれない。そんなヘクターの気持ちなど、オーギュストに本当の意味で理解できる日は来ない気がした。
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