華村花音の事件簿

川端睦月

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三本のアマリリス

三本のアマリリス -1-

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 悟は、二階堂家が所有するいずれかの別荘に隠れているのだろうと、大方の見当はついていた。

 ただ別荘は広範囲に存在するため、一つ一つを当たっていくには時間を要する。さらに後ろ盾をなくした悟が何か仕掛けてくることはないだろうと高を括り、後回しにした結果がこの有様だ。

 花音は自分詰めの甘さに歯噛みした。

 それでも先ほどの手紙に同封されていた花のお陰で、悟の隠れている場所は特定できた。

 『トウネズミモチ』

 六月から七月にかけてクリーム色の花を咲かせる花木で、大気汚染に強いため都市部の公園などを中心に植えられている。秋には黒みがかった紫色の実をつけ、青っぽさのある甘い香りが特徴だ。

 ただ現在はその繁殖力の強さから要注意外来生物に指定されているので、植栽しないように勧められていたり、駆除されることも多い。そのため、この辺りではわりと珍しい樹木になり、生育場所も限られている。

 二階堂家が所有する別荘の中で、この樹木が近くに生育しているところは一つしかなかった。

 花音は急いで車に乗り込むと、その別荘を目指す。

「罠だ」

 凛太郎が助手席で言う。完全裏方主義の彼は、頭に血が昇った花音を心配して珍しくも付いてきたのだ。

 ──罠なのは分かっている。

 対抗策を練らずに飛び込むのは無謀だろうけれど。それでも一刻も早く咲ちゃんを助け出したい。

「凛太郎はついてこなくてもいいんだよ。なんなら、ここで降りてもらっても……」

 すでに華村ビルからだいぶ離れたところで、冗談まじりに告げる。

「そういうわけにいくか」

 凛太郎は呆れてため息を吐いた。

「お前を一人行かせて何かあったら、祖母さんに申し訳が立たない」

 顔を顰める。

「まぁ、俺が行ったところで大した戦力にはならないが──援護はできる」

 力強く言い切った。

「ありがとう」

 花音は頼もしい凛太郎の言葉に顔を綻ばせた。

 平坦だった市街地を抜け、坂の続く細く曲がりくねった道を走り続けると、次第に辺りには緑が増え始める。その緑が、ボーボーと生い茂る程度の草木から太陽を遮る大木に変わる頃、その別荘は姿を現した。そばには例のトウネズミモチの木が遅めの花を咲かせている。

 周囲を森に囲まれたアメリカンハウス風の二階建の建物。そこまでの大きさはないが、小さくもない。誘拐を企てるにはちょうどいい大きさなのかもしれない。

 花音は別荘から少し離れたところで車を停め、様子を窺った。

 別荘の前には車が二台。黒いミニバンとセダンが停まっている。悠太が言っていた車種と合致するから、少なくとも咲を拐った犯人は中にいるはずだ。

 車の数から考えて、人数はさほど多くないように思えた。

 おそらく自分一人でも、対処できる程度だろう。

 そう当たりをつけたとき、

「見えた」

 助手席でノートパソコンを弄っていた凛太郎が声を上げた。

「ほら、見てみろ」

 そう言ってパソコンを花音に渡す。

 画面には屋敷の防犯カメラに映し出されているであろう映像が表示されていた。

「これ……」
「ああ。屋敷のWi-Fiを傍受して、防犯カメラの映像を覗いてるんだ」
「すごいね」

 花音は感嘆して凛太郎を眺めた。

「当然だ。情報は大事だからな。情報がないまま飛び込むのは、単なる馬鹿だ」

 このまま突入しようとしていた花音に、身も蓋もないことを言う。

 すみません、と花音は苦笑いを返した。

 監視カメラの映像によると、別荘の一階には吹き抜けのあるリビングとそれに隣接してキッチンとダイニング、主寝室が配置されているようだ。二階には吹き抜けに面した廊下にドアが三つ並ぶ。

 その一室に、咲の姿が映し出されていた。

 咲は特に拘束されても監視されてもいない。

 そのことに花音はホッと安堵の息を漏らす。

 同じように画面を見ていた凛太郎が、

「おかしいな……」

 訝しげに呟いた。

「なにが?」

 花音は凛太郎を目を向ける。

「ただの別荘にしては、監視カメラの数が多すぎないか?」

 凛太郎の問いに、たしかに、と頷いた。

 ここは二階堂家の数ある別荘のうちの一つだ。監視カメラがあっても不思議はないが、各部屋に一台ずつ設置されているのは流石に多すぎる。

 それでいて外の様子を知るための監視カメラは玄関にあるだけだ。侵入者を防ぐ目的なら、中よりも外のほうに重点的におくべきだろう。

 防犯目的というよりは、まるで中にいる人物を監視するのが目的のように思えた。それだって咲を監視するためだけなら、彼女の部屋にだけつけておけばいい。

「……よくわかんないね」

 花音は肩を竦めた。

 狙いはわからないが、監視カメラに映る咲の不安げな様子に気が焦った。

「僕、行くね」

 居ても立ってもいられなくなり、運転席のドアに手をかける。

「待てって」

 途端に凛太郎に首根っこを掴まれた。

「無理」

 花音はその手を素っ気なく払いのけ、

「咲ちゃんが僕のせいで酷い目にあってるのに、のんびりなんてしてられないよ」と凛太郎を睨みつけた。

「だったら、なにか武器くらいは持っていけ」

 諦めて息をつく凛太郎に、「そうだね」と応じ、花音はグルリと車内を見回した。慌てて出て来たから、あるものといえば花材くらいだ。

「あ」

 そういえば、と後部座席にある花桶に目を向ける。朱色の花を咲かせたアマリリスが視界に入った。

「じゃあ、これで」

 それを何本か束にして麻紐でしばり、花束を作る。

「お前……そんなの武器にならないだろうが」

 凛太郎が呆れてこめかみを抑えた。

「なるんだなぁ、これが」

 しかし、花音はニヤリと笑い、ドアを押し開けた。

「おいっ」

 凛太郎が凄んで呼び止めるのを、

「凛太郎は、警察に連絡お願いね」

 後ろ手にひらひらと手を振り、花音は別荘へと駆け出した。

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