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三本のアマリリス
拉致 -2-
しおりを挟む「大変ですっ」
来客を告げるベルの音とともに、悠太が店へと駆け込んでくる。
「どうしたの、悠太くん?」
花を生け終えたばかりの花音は手元の片付けをしながら、のんびりと悠太に尋ねる。
悠太の『大変です』は、あまり大したことでないのが通例だ。
カウンターでコーヒーを啜っていた凛太郎も、のんびりと悠太を振り返った。
「のんびりしてる場合じゃないですよっ」
しかし、今回は事情が違うようだ。息も絶え絶えに、悲鳴まじりの声を上げる。
「咲さんが、拐われましたっ」
一瞬、頭の中が真っ白になる。握っていた花ハサミを取り落としそうになり、我に返って握り直した。
「……どういうこと?」
自分でも驚くような冷たい声が口から零れ出た。表情もかなり険しかったかもしれない。
「あ、あの、僕……」
ただでさえ気が動転している悠太は、オドオドと視線を彷徨わせ、口を噤んだ。
「おい、武雄。別に悠太のせいじゃないだろ」
見かねて凛太郎が助け舟を出す。
「悠太も、なにがあったのか話してみろ」
顎をしゃくり、続きを促した。それに悠太は小さく頷く。
「……あの、そろそろ咲さんが来る頃だったので、近くまで迎えにいったんです。そしたら、裏道の辺りでクラクションの音が聞こえて。嫌な予感がして走って行ったら……」
そこで悠太は息を整える。一気に捲し立てて、苦しくなったらしい。
「黒いミニバンがものすごいスピードで走り去っていって……で、その近くに、このバックが落ちていたんです」
そう言って悠太は革製のトートバッグを差し出した。
「これ、咲さんのバッグですよね」
言われてみれば、見覚えのあるものだった。
水色の本体に持ち手がベージュの革製のトートバック。よく咲が持ち歩いているのを見かけた。
花音はそれを悠太から受け取り、ギュッと抱き締めた。
「なにやってんだ、僕は……」
がっくりとうなだれる。
二階堂が捕まっていない以上、咲に危険が及ぶことはある程度予測ができていた。
──なのに、守ることができなかった。
クシャリと前髪を握る。激しい後悔が襲ってきた。
「あ、あの、それで、これっ」
悠太がオズオズと白い封筒を差し出す。封筒には『鬼柳武雄』と宛名が書かれていた。
「これは?」と花音は封筒に手を伸ばす。
「咲さんのバッグのポケットに入っていたんです」
そう言って悠太は、咲のバッグを指差した。
つまり本当の狙いは自分だったということだ。咲は自分を誘き出すために拐われたのだ。
不甲斐なさに腹が立った。
封筒を裏返してみたが、差出人の名前はかかれていない。それでも二階堂の仕業であることは、容易に想像できた。
怒りに手が震えた。
「武雄、冷静になれ。お前が狙いである以上、目的を果たすまで二階堂だって咲に手出しはしない」
凛太郎が諭す。
たしかにそうだ。人質に何かあっては意味がない。
それでようやく落ち着きを取り戻す。
「ありがとう、凛太郎」
礼を述べ、手の中の封筒を見つめた。
この手紙が二階堂からのものであることは間違いないだろうけれど。
それでも二階堂の動きとしてはどこか違和感があった。
自分が受けた印象では、二階堂は典型的な小者だ。後ろ盾がなければ、コソコソと逃げ回りこそすれ、自ら攻撃を仕掛けてくることはない。
そう確信しているからこそ花音は咲の要望を聞き入れ、無理に護衛につくことはしなかった。
なのに、二階堂は咲に手を出した。その行動の変化に違和感を覚えた。
──一体、なにが?
そのヒントを得るべく、封筒を開ける。
『お待ちしています』と書かれた白いカードが一枚。さらに円錐形の小さなクリーム色の花が入っていた。それは少し青っぽさのある甘やかな香りを放っている。
「これって……」
──たぶん、招待状だ。
ヒントは少ないが、それでも自分になら充分にわかるように作られた最低限の招待状。
そんな粋で大胆なことを、あの二階堂ができるはずがない。
きっと裏で糸を引く第三者がいるはずだ。
その人物が特定できないまま、敵地に乗り込むのは危険だが──
咲のことを思えば、黙って待つことなどできなかった。
「花音さん……」
悠太が不安そうに花音を見上げた。
「大丈夫」
花音はそんな悠太を安心させるよう笑顔を取り繕う。
「咲ちゃんは、僕が絶対に助けるから。安心して」
自分に言い聞かせるように言い、グシャグシャと悠太の頭を掻き回した。
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