華村花音の事件簿

川端睦月

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百合の葯

サプライズプレゼント -4-

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「咲ちゃん、ほら、文乃さんがくるよ」

 すっかり花音を凝視してしまっていたようで、花音が咲の肩に手を置き、バージンロードを向くように促す。

「あ、すみません」

 咲は慌ててそちらへと向き直った。

 目の前を通り過ぎていく文乃が、花音に気づき、小さくブーケを持つ手を振る。それに花音は穏やかな笑顔で手を振り返す。

 傍らでそのやりとりを眺めていた咲は、チクリと胸が痛むのを感じた。

 ──文乃さんの隣に並んでいたのは花音さんだったかもしれない……

 なのに、今、花音さんは新婦の元恋人として自分の横にいる。

 次第に遠ざかっていく文乃を、花音の縋るような視線が追いかける。けれど、文乃が振り返ることはなく、花音と文乃の距離はどんどん離れていく。
 それが今の二人の心の距離を体現しているようで、咲はますます切なくなった。

 ──花音さん、大丈夫かな?

 当事者ではない咲でも辛く感じるのだ。当の本人はもっと辛いに違いない。

 気になってチラリと花音を窺った咲は、瞬間、ビクリと肩を震わせた。

 花音のいつもは明るい茶褐色の瞳が、冷ややかな光を宿し、前の席に向けられていた。
 きつく結ばれた唇。眉間に深く刻まれた皺。固く握られた拳は小さく震え、今にも爆発しそうな怒りを必死に堪えているようだ。

 ブライズルームで見た花音だった。

 ──自分の知らない、初めて怖いと思った花音さん。

 なんだか花音が遠くに行ってしまう気がして、咲はギュッと花音の服の袖を掴んだ。

 それにハッとして、花音が咲を見る。

「どうしたの、咲ちゃん?」

 いつもの穏やかな笑顔を浮かべ、尋ねた。 

 それはこちらのセリフです、と思わず言いそうになって、咲はキュッと唇を結んだ。

 ──花音さんこそ、どうしてそんな顔をするんですか?

 そう口先まで出かかる。けれどビルの一住人でしかない自分に、花音の内情まで聞く権利はなく。黙って口を噤む。

「……なんでもないです」

 咲はフルフルと首を振った。

「そう?」

 花音は訝しげに首を傾げたが、すぐに前方へと視線を戻す。咲もその視線をなぞった。

 花音の視線の先にいたのは、二〇代半ばくらいの若い男だった。

 身長は花音とそう変わらない。細身ながら均整の取れた体格をしていて、人の良さそうな顔をしている。挙式には一人で参加しているようだった。

 ──もしかして、彼が二階堂悟?

 咲はチラリと花音を見やった。

 たしか、ブライズルームで花音の様子が変わったのは、『二階堂悟』の名前が出てからだった。

 だから、そのときと同じ反応を示した目の前の男が二階堂悟ではないのだろうか、と考えたのだ。

 ──もし、彼が二階堂悟だとしたら。

 咲の知っている『二階堂悟』とは、どうやら別人のようだ。咲も彼の顔は知らないが、年は三十三と聞いている。

 そんなことを考えているうちに、オルガンと拍手がピタリと鳴り止んだ。

 それで咲は現実に引き戻され、聖壇へと視線を移した。

 外からの光に照らさせれた聖壇の前、亮介と文乃が向かい合って佇んでいた。二人は参列者に向き直ると、司会者に渡されたマイクを手にする。

 あー、と少し照れたように亮介が声を発した。

「本日は、俺たち二人のためにお集まりいただき、本当にありがとうございます」

 ペコリとお辞儀をする。

「つきましては、ご列席くださった皆さんを証人に、夫婦の誓いを立てさせていただきたいと思います」

 その言葉に参列者の間から、鳴り止んでいた拍手が再び上がった。

 それが静まるのを待って、

「俺、柏木亮介は、妻・文乃を絶対に幸せにすることを誓います」

 亮介が宣言する。

 その視線は、心なしか花音に向けられている気がした。花音を見やると、嬉しそうに頷いている。

 さっきまでの険悪な雰囲気はすっかり消えていた。

「私、文乃も、夫・亮介とともに温かい家庭を築いていくことを誓います」

 続けて文乃が言う。

 二人ともありきたりな誓いの言葉ではあったが、奇をてらっていない分、誠実さが伝わってきた。

「では、指輪の交換をお願いいたします」

 司会者の言葉に、脇に控えていた幼稚園児くらいの子供が二人、傍に歩み寄る。

「リングボーイとガールを務めていただくのは、新郎の甥の柏木りゅうくんと姪の柏木夕希ゆきちゃんです」

 司会者が二人を紹介する。

 二人は、それぞれ亮介と文乃の横に立ち、小さな箱を手渡す。そこから指輪を取り出し、亮介が文乃に、文乃が亮介にそれぞれ指輪をはめた。

 役目を終えた子供たちが自席に戻るのを見送って、「それでは誓いのキスをお願いします」と司会者が告げる。

 亮介と文乃は顔を見合わせ、はにかんだように笑い合う。それからゆっくりと亮介が跪き、文乃の左手を取った。その手の甲に、亮介は優しく唇を押し当てる。

 途端に大きな拍手と歓声が沸き上がり、それに応えるように亮介が立ち上がって、ペコリとお辞儀をする。

 やがてオルガンが曲を奏で、入場した時と同じように亮介が文乃をエスコートして、バージンロードを歩む。
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