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チャプター2:「凄惨と衝撃」

2-9:「町の彼、巨大な彼」

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 装甲小隊は各装甲車と分隊ごとに分散展開。担当ブロックの始点に着き、押上げを開始した。
 内の、町の東より二つ目の縦割りブロックを担当するは、89式装甲戦闘車と随伴の普通科第3分隊。そしてそれに同行する制刻と敢日、さらにGONG。
 分隊は荒らされた町路町並みを、雑把な縦隊を組み進んでいる。
 分隊長の峨奈と他3名の分隊員が、散会展開し、四周を警戒しながら先陣を務め進んでいる。
それに続くは制刻と敢日、GONG。
 敢日は隊員等と同じく、ネイルガンを構えた警戒の姿勢を取り進んでいる。
 しかし制刻に関しては周囲に警戒の意識こそ巡らせど、ズカズカと悠々としたまでの様子で歩んでいた。そしてGONGも機械音を立てながらノシノシと二人に続いている。
 そして中団を行くは、89式装甲戦闘車の巨体。
 キャタピラ音を響かせ石畳の町路を踏み、先を行く各員に警戒支援を提供しつつ、低速で進んでいる。砲塔上にはキューポラより半身を出して、周囲を警戒する髄菩の姿。
 最後に89式装甲戦闘車の後方に、縦隊の最後尾に展開して殿を務める、3名の3分隊隊員の姿があった。

「――静かだな」

 縦隊の先頭。倒壊した家屋の瓦礫を跨いで越えながらも、周囲に視線を走らせた峨奈が零す。
 城門入り口を破り、町へ侵入した際に発生した常識外れの戦闘から一転。押上げ開始からここまで、分隊はここまで何人何者とも、何の障害とも接触していなかった。

「何か見えるか?」
「ナシ」

 最先頭をショットガンを構えて行く斥候担当の隊員に尋ねるも、その隊員からも特段動きは見えない旨が、一報として帰って来る。

「油断するな。どこかにウジャウジャいるのは間違いない」

 しかし、対して峨奈は警告を促す言葉を隊員に、そして周囲の他の者にも発する。
 事前の無人機からの観測で、未だ多数のモンスターが町内に跋扈している事は確認できている。ここまで接触が無かったのはたまたまで、いつモンスターの群れの襲撃があってもおかしくは無かった。
 程なくして分隊縦隊の進む進路は、緩やかなカーブを描き始め、先の見通しが悪くなる。
 縦隊を先行する峨奈等4名は、カーブを描く町路の外輪側に移動。、並ぶ家屋に寄って張り付き、少しでも先の視界を稼ぎながら、沿い進む。

「――停止を」

 少し沿い進んだ所で、斥候の隊員が声を上げた。
 それを聞いた峨奈はすぐさま拳を掲げ上げ、背後に続く2名に。そしてさらに後続の、制刻等や装甲戦闘車に停止の合図指示を送る。
 合図を見止め、装甲戦闘車は後方で停止。
 制刻等は視界確保のため位置を移動し、峨奈等の後ろに続き位置しカバー。

「あれは――」

 峨奈は背後に後続各員の動きを感じつつ、先頭の斥候隊員の肩越しにその先を確認。そして肥を零す。
 視界が確保でき、カーブを描く町路の先に、交差路になっている一帯が見えた。そしてそこにあったのは、いくつもの緑色の巨体――オークの群れの姿だ。

「敵です」
「接敵」

 斥候隊員から上がる、敵判定の声。それを聞いた峨奈は間髪いれずに、インカムを用いて各員に接敵の旨を飛ばす。

「――こちらに気づいていないな」

 発しつつも同時に先の観察を続けた峨奈は、そして少し訝しむように零す。
 先の交差路に見えるオークの群れは、皆一様にその注意を別方に向け、峨奈等分隊にはまだ気づいていないようであった。

「何かを囲っているようです」

 峨奈の言葉に答えるように、斥候の隊員が発する。
 言葉通り、先の交差路一帯に散らばるオーク達は、その中心に何かを囲っているようであった。
 峨奈はそれが何なのかを確認すべく、目を凝らし先の一帯をよくよく観察する。

「――んん?」

 峨奈は、オークの群れの中心に囲われる存在を確認。そして一層の訝しむ声を上げる。
 群れの中心。オーク達に包囲されていたのは、同じくオークであったからだ。そしてその存在を見止めた瞬間、囲う群れの内から一体が、その孤立しているオークに襲い掛かる。
 しかしその孤立したオークは、その巨体に似合わぬ俊敏さを見せ、攻撃を回避。そして得物であろうあまりにも大きな鉈で、連続動作で襲い来たオークを切り裂き屠って見せた。

「峨奈三曹、あの個体の背後を」

 疑問だけが浮かぶ峨奈の元へ、斥候の隊員から促す声が寄越される。
 その言葉を頼りに、峨奈は孤立しているオークの背後へ視線を移動。そこには放置された荷車が、そしてその上に一人の人間の男性の姿が見える。その男性の腕からはクロスボウと思われる物が突き出され、直後にそこから矢が撃ち出される。そして、孤立したオークの背後を狙おうと迫っていた一体のオークの、その脳天を直撃。屠って見せた。

「生存者か?」
「あのモンスターの個体は、あの人を守っているように見えます」

 峨奈が声を上げ、続けるように斥候隊員が推察の言葉を紡ぐ。
 その推察通り、孤立したオークは明らかに背後の男性を守るように立ち回っている。そして男性の行動もまた、孤立したオークの隙をカバーしている物のように見えた。

「おもしれぇ光景だな」

 訝しんでいた峨奈へ、横から言葉が割り込んでくる。
 視線を移せば、知らぬ間に峨奈の横へと進み出てきた制刻等の姿があった。

「峨奈三曹。事情は知らんが、とりあえずあの孤立した二人を拾っとくべきかと」

 そして制刻は、そんな進言の言葉を峨奈へと寄越す。

「――いいだろう。しかしあの状況では、無暗に発砲はできん。――制刻予勤、やれるか?」

 峨奈は制刻の進言を承諾。そして状況を分析し、それから制刻に向けてそんな一言を尋ね発する。

「いいでしょう」

 それに制刻は、少し不躾に淡々と一言肯定。

「蹴っ散らかして、モンスター共をあの二人から遠ざけます。そしたら峨奈三曹等も、展開を」

 続け、自分等の具体的な行動を説明。同時に分隊の行動を要請。

「解放、GONG。行くぞ」

 そして背後の敢日とGONGに促す。

「オーケー」

 敢日はそれに返答し、GONGも電子音を鳴らして答える。
 そして制刻等は、交差路を目指して駆け出した。



「――ぎぇアッ!?」

 町路交差路で、また一つオークの悲鳴が響き上がる。
 オークはその胴をバッサリと切り裂かれており、血を盛大に吹き出しながら地面へと沈む。

「ッ――ハァッ!」

 オークを屠って見せたのは、ジューダ。薙いだ巨大な鉈をすかさずくるりと持ち直し構え直す彼。
 彼の足元周辺には、いくつものオークの死体が転がり散らばっている。それ等は全てジューダに襲い掛かり、そしてジューダに手により撃退され屠られたものであった。

「ぎょッ!?」

 さらに背後後方から悲鳴が聞こえ来る。
 ジューダ等より少し離れた位置で、両膝を降り地面に崩れ落ちるオークがある。その眉間には、矢が深々と突き刺さっている。

「よしッ!」

 ジューダの背後にある荷車の上で、サウセイが声を上げる。その手には突き出し構えられたクロスボウ。彼の手より撃ち放たれた矢が、背後を狙い迫ったオークを仕留めたのだ。
 サウセイは自らも手負いでありながらもその身に鞭打ち、ジューダの隙をカバーし背後を守っていた。

「サウセイおじちゃん……っ」

 荷車の上で腹這になっているサウセイ。その体の下から、か細く震える声が聞こえ来た。
 サウセイの体の下にあったのは、身を丸くして隠れる男の子の姿。サウセイは自らの体で男の子を覆い庇い、守っていたのだ。

「大丈夫だティウ。大丈夫だから、もう少し我慢してくれッ」

 怯える様子で声を上げてきた男の子に、サウセイは言い聞かせる。そして同時に、クロスボウに次の矢を装填すべく、腰の矢筒に手を伸ばそうとした。

「――うぉラあぁッ!」

 だがその時、重々しい雄たけびが割り込むサウセイの耳に届いた。同時にサウセイが感じ取ったのは、大きな気配の接近。そして殺気。
 側面に視線を移したサウセイの、その目に映ったのは、すぐ傍まで迫り斧を振り上げるオークの体。多勢に無勢の状況下で、ジューダとサウセイの警戒カバーにはどうあっても隙が生まれ、今それを突かれて一体のオークの肉薄を許してしまったのだ。

(――ッ!)

 クロスボウの再装填は到底間に合わない。真正面からオークの一撃を受け止める事は自殺行為。
 迫るオークの一撃を前に、瞬間的にそれらの判断を下したサウセイ。そしてサウセイは、体の下に隠した少年を抱きかかえ、荷車の上から転がるように飛んだ。
 負傷した足を無理に突き出し動かし、荷車の上から中空へと飛び出したサウセイ。直後、空になった荷車を、オークの振り下ろした斧が音を立てて破断した。

「――ヅッ!」

 勢い任せに飛び出したサウセイは、そのまま落下して地面に強く身を打つ。身を捻り自身の体を下にして、辛うじて少年の身を庇うが、代償に彼の身を少なくないダメージが襲う。

「ッ――サウセイッ!?」

 背後でサウセイが襲われた事に気づき、ちょうどまた一体のオークを屠り終えたジューダが、そこで声を上げて振り向く。

「――おぉラぁッ!」

 だが、それがジューダの身に隙を作った。
 そしてジューダの意識が背後に逸れた瞬間、さらに別の一体のオークがそれを狙い、強襲して来たのだ。

(ッ!しま――)

 襲撃の気配に、意識を前方に戻すジューダ。
 しかし、先に別のオークを屠り終えた直後の体は、未だ敵を迎え撃てる体勢に無かった。
 迫る敵の得物。迎撃は不可能。最早判断を巡らせる隙もないまま、ジューダの目は自らに向けて軌道を描く、斧の刃を見る――


「――どぉらッ」


「ぎぃエッ!?」

 しかし。迫る斧がジューダの身を裂くかと思われた直後に、〝それ〟は起こった。
 ジューダの目前より、襲撃者であるオークが突如として、悲鳴を上げて側方へと吹っ飛んでいったのだ。

(――ッ!?)

 唐突の事態に、目を見開くジューダ。
 先のオークを追えば、それは少し先の地面上で身を強く打ち、身悶えている。
 一度その様子を見たのちに、視線を自身の眼前へと戻したジューダは、そこに見えた存在に、それ以上に驚愕する事となった。
 ジューダの前に現れていたのは、一人の存在。
 特徴的な緑を基調とした服装を纏い、その片腕には得物であろう鉈を持ってる。
 しかし、それよりなにより目を引くは、その頭部顔面。自分等オーク種や、ゴブリン、オーガ等ですら整っていると思える程の、醜く禍々しい造形がそこに見える。さらに、その身体とは不釣り合いなまでの巨大で鋭い左手左腕も、また特徴的。
 そんな、恐怖や嫌悪感を体現したような。嫌でも記憶に焼き付くような歪な存在――制刻が、ちょうどヤクザ蹴りをかました直後の体勢で、そこにあった。



 交差路の戦いの最中に、真っ先にズカズカと踏み込んでいった制刻。
 そして制刻は、住民を庇っていると思しきオーク個体が、隙を晒して危機に陥った様子を見止めると、そこへ接近肉薄。
 そして、なんの躊躇も遠慮もなく、襲撃者の方であるオークに向けてヤクザ蹴りを放ったのだ。

「ッ!サウセイ――!」

 突然現れた制刻と事態に、目を見開き驚愕していたオーク――ジューダ。
 しかしすぐさま、背後に庇っていたサウセイの危機を思い出し、背後と振り向く。

「――!?」

 しかしそこで、ジューダはまたしても驚愕する事となった。
 先に言えば、サウセイは無事であった。落ちた地面上で身を起こし、少年の体をその腕中に抱いてる。
 しかしそのサウセイもまた、その体制で驚きの色を顔に作り、視線を上げている。
 ジューダの先に見え、サウセイの前にあったのは、何か鉄と思しき物で体ができた、人型のしかし人ならざる物体。
 すなわち、GONGの姿がそこにあった。
 GONGはサウセイ達を庇うように配置し、そして自身の右アームを突き出し掲げている。そのアームの先よりは、展開突き出されたチタン製バヨネット。そして、それに身を貫かれ宙に浮く、オークの体があった。
 制刻がジューダの危機に対応した一方で、GONGはサウセイ達の方へと対応。彼らに襲い掛かっていたオークを排除し、サウセイ達を救ったのであった。

「な――何が……!」

 ひとまず相棒のサウセイの無事を確認。しかし疑問は何も解決しておらず、ジューダは答えを求めるように零しながら、再び制刻へと振り向く。

「ちょいと待ってな」

 しかし一方の制刻は、淡々とそんな要請の言葉だけをジューダへと寄越した。

「な、なんダァ!?」
「なんだコイツらッ!?」

 そんな一方、周囲からはいくつかの同様の声が聞こえ来る。
 ジューダ等を包囲していたオーク達。オーク達にもまた、突如として現れた制刻やGONGを前に、動揺が走っていた。

「か、構うナ!まとめてやっちまエッ!」

 その中から、一体のオークが声を張り上げ、鼓舞の声と共に得物を振るい踏み出て来る。

「――ギェッ!?」

 しかし直後、そのオークからは悲鳴が上がった。
 同時に響くは、連続的な金属音。
 見れば少し離れた位置より、ネイルガンを構え撃ちながら歩いてくる、敢日の姿があった。ネイルガンより撃ちだされた釘弾が、オークの頭頂部を貫いたのだ。
 オークはさらに立て続けに複数発の釘弾を頭部に注がれ、やがて両膝を追って地面に崩れる。

「後ろはやった」

 敢日はネイルガンを構え近づいてきながら、制刻等に向けて端的に発する。
 見れば背後。制刻等が来た方向には、町路地面上にいくつものオークの死体が散らばっている。包囲網の一角、制刻等の侵入方向を阻害していたオーク達は、すでに制刻とGONGの突破により崩され、そして続いた敢日の手により完全に無力化されていた。

「な――ギャぁ!?」
「うギャ!?」

 さらに、別方向で包囲を形成していたオーク達からも、悲鳴が上がり始める。
 敢日のネイルガンの狙う先が、また別方向へとシフトし、牙を向いたのだ。

「GONG、突っ込め」

 敢日はネイルガンの射撃行動を続けながら、GONGに向けて指示の声を発する。それを受けたGONGは、電子音でそれに答えると、群れて並ぶオーク達の方向へ向けて、飛ぶように突進を開始した。

「う、うワ――ギェベッ!?」

 GONGの突貫を受けたオーク達は、体勢を構築する間もなく屠られ始めた。
 GONGの拳骨を諸に受け、頭から拉げ潰れるオーク。

「うわぁッ――びぇぇッ!?」
「ヒギャァァァ!?」

 頭を掴み投げ飛ばされ、近場の家屋二階の壁に、ベチャリと叩きつけられ張り付くオーク。
 GONGに捕まえられ、その手足胴体を引き千切られるオーク。
 オークが散らかされていく光景は、まさに怪獣対アリであった。

「このオぉぉぉッ!」

 一方。制刻の方へも、一体のオークが肉薄して来る。

「よっと」

 しかし、突っ込んで来た一体のオークの攻撃を、制刻は身を半歩捻り悠々と回避。

「イ――べぇッ!?」

 そして身を崩したオークを、片腕で張ったおし地面に沈める。

「ビェッ」

 最後にオークの頭部を踏み抜き、止めを刺した。

「な、なんなんだコイツ等……!」
「ど、どうなってんダよ!こんな……!」

 突如として踏み込み現れた正体不明の存在に形成をひっくり返され、オーク達の間に動揺が広がりだす。

「ふ、ふざけんなッ!ビビるなお前ラ!こんな一斉に――」

 そんな中。状況に、あるいは臆する仲間たちに苛立ちを覚えたのか、一体のオークが鼓舞の声を荒げ上げかける。

「びゃッ!?」

 しかし直後、そのオークが悲鳴を上げて倒れた。同時に聞こえ来たのは、響き上がる破裂音。

「ぎゃぁッ!?」
「うげッ!?」

 さらに立て続けに破裂音は響き、そのたびにオークが一体一体と、悲鳴を上げて崩れてゆく。
 見れば、交差路の一方より、隊伍を組んで接近する3分隊隊員等の姿が見えた。3分隊は、先行して踏み込んだ制刻等によって、ジューダやサウセイからオークの群れが遠ざけられた事を確認。戦闘展開の上での安全距離が確保された事を見止め、続き踏み込んで来たのだ。

「な、なんだよあレ……ッ!」

 さらに、オークの群れの中から悲鳴にも近い同様の声が上がる。
 極めつけに町路の先より現れたのは、89式装甲戦闘車の巨体。鋼鉄の異質な巨体が、キャタピラの擦れる不気味な音を立てながら、分隊を支援しつつ交差路へと迫る。

「やべぇヨ……に、逃げロぉ!」

 形成の不利。さらには異質な数々の存在を前に、オーク達の戦意は瓦解。最初に声を上げ、身を翻した一体が皮切りとなり、それは群れ全体へと伝播。オーク達は各方へと逃走を開始した。
 オーク達が逃走を開始したのと入れ替わるように、3分隊は交差路へと到着。数名づつ、Y字を描く交差路の各方向へと駆けて展開してゆく。

「逃がすな。背を撃っても構わん」

 分隊指揮官である峨奈が、各員へ向けて指示の声を発する。
 分隊の中から分隊支援火器射手が、交差路端の一転に置かれた木箱に取り付き、そこに二脚を用いてMINIMI軽機を構える。そして、交差路より北へ延びる町路を逃げるオークの群れを狙い、掃射を開始。軽機の唸り声が上がり、続いてオーク達の悲鳴が、そして地面に倒れ崩れる微かな音が立て続いて上がった。

「エンブリー、南南東方向の群れをやってくれ」

 交差路各方各所より各員の各個射撃音が響き始める中、峨奈はインカムを用いて89式装甲戦闘車へと指示を送る。
 89式装甲戦闘車は、交差路のほぼ中央へと乗り込んできて停車。
 砲塔上で髄菩が、車内へ指示の声を降ろす様子が見え、それに応じて砲塔が旋回。35㎜機関砲がわずかに俯角を取り、南南東へ延びる町路を逃げるオークの群れを睨む。
 そして、機関砲が咆哮を上げた。

「――ッ!?」

 上がった咆哮に、ジューダは思わず顔を顰め、微かに伏せる。
 撃ちだされた数発の機関砲弾は、オークの群れへ悠々と追いつき、着弾炸裂。
 オークの群れを弾き飛ばし、引き千切ってミンチへと変えた。

「各員、周囲を維持しろ。細かくは、各個判断に任せる」

 交差路周辺の掌握は、わずかな時間でほぼ完了。峨奈は、各分隊員にこの場の維持を支持する。

「――一体……」

 そんな一方。交差路の真ん中では、ジューダが呆気に取られた様子で立ち呆けていた。
 無理もない。突然現れた謎の存在等。その手によってあっという間にオークの群れは屠られ散らかされ、この場から一掃されてしまったのだから。

「よぉ、アンタ」

 そんなジューダへ、唐突に声が掛かる。
 意識を取り直し見れば、先の禍々しい存在――制刻がジューダを見て、前に立っていた。

「待たせたな――無事か?」

 制刻は、ジューダに向けてそんな言葉を。続け、安否を尋ねる言葉を寄越す。

「あ、あぁ……そうだ、サウセイ!」

 それに、戸惑いつつも流れで肯定の言葉を返す。
 しかし続け、ジューダは自身が庇っていたサウセイの安否を気にかけ、振り向く。

「大丈夫だ……っ。ティウ君もだ」

 サウセイの方向からは、同様に戸惑う色が含まれながらも、無事を伝える言葉が返って来る。
 見ればサウセイ達には、敢日か歩み寄り手を貸していた。

「彼らは無事か」

 制刻の元へ、峨奈が歩み寄って来て尋ねる声を寄越す。

「えぇ。そのようです」

 それに対して、制刻は工程の言葉を少し不躾な色で返す。

「君たちは……一体……」

 一方。ジューダはと言えば、皆目見当が付かないといった様子で、制刻等を訝しみ、そして少しの警戒の色が含まれた色で見つめている。

「大丈夫です、どうか落ち着いて。といっても酷な話か……」

 そんなジューダに峨奈はそう求めかけるが、続いてジューダの様子も無理も無い事と、言葉を零す。

「アンタは、他のモンスターと違って話ができそうだな」

 対する制刻は、ジューダに対してそんな言葉を掛ける。

「俺等も、そっちの事情わけが知りてぇ。少し、情報交換と行こうぜ」

 そして引き続きの不躾な様子で、そんな要請の言葉をジューダに向けて発した。



 3分隊は交差路を確保し、一時的な固守に入った。
 交差路のど真ん中に、89式装甲戦闘車が乗り入れ鎮座。
 交差路の各方向には分隊各員が散開展開。さらに軽機関銃をY字路正面家屋の上階に上げて据える、選抜射手を配置する等して、簡易的な警戒陣地を整えた。

「――ニホン……」
「その国の、部隊……」

 ど真ん中で鎮座する89式装甲戦闘車の後部。その開かれた後部扉には、そこの縁に座り隊員から、脚の怪我の手当てを受けるサウセイ。そして傍には立ち会うジューダと、ティウ少年の姿がある。
 そして内のサウセイとジューダから、困惑し訝しむように言葉が零された。
 サウセイ達の前には、相対する峨奈や制刻の姿がある。
 サウセイの手当てに並行して彼等には、制刻等陸隊の正体、並びに目的等を、ちょうど説明された所であった。

「状況が状況です、すぐに全てを飲み込む事は難しいかと思います。ひとまずは、この町に害成す者では無い事をご理解いただければと」

 そんなサウセイやジューダに峨奈は補足と求める言葉を、その冷淡さを感じさせる顔色声色を務めて柔らかくして伝えた。

「サウセイさん、ジューダさん。お二人の存在は、町から脱出した子供達から伺っています」
「子供……!ウノイとイリか!?あいつら無事なのか!?」

 続け峨奈は、先に聞き伺えたサウセイ達の名前を確認するように発し、それから先に保護した子供達の存在に言及。それを聞き留めたサウセイとジューダは目を見開き、サウセイは尋ねる声を張り上げた。

「現在我々の方で保護しています。二人とも無事です」

 峨奈はそんな二人に向けて、落ち着かせるように返答を紡ぐ。それを聞いたサウセイとジューダは、そこで初めてそれぞれの顔に微かだが安堵の表情を見せた。

「でだ。今度は俺等からもあんた等の事を尋ねてぇ。ここまでから少なくとも、奪え殺せの側じゃあ無ぇんだろう?」

 そんな所へ発したのは制刻。制刻はジューダとサウセイをそれぞれ見て、変わらぬ不躾な色でそんな言葉を投げかけた。

「あ、あぁ……その通りだ――」

 制刻の問いかけには、サウセイが先に言葉を返し、そして続け紡ぎだした。
 まずサウセイは、予想通りこの愛平の町の住民であるとの事であった。この町では商いで生計を立てている身であるらしい。
 そしてサウセイの口から、ここまで目を引いていた存在。オークのジューダについてが説明された。ジューダは、この愛平の町より少し離れた所に居住地を構える、ある一つのオーク部族の者であるらしい。
 聞くに基本的にこの国、この地域では人間と魔物魔族との交流は、元より根付いた印象や昨今の情勢などの様々な理由から忌諱され、あまり活発ではないようである。しかしジューダの部族は多々ある魔物コミュニティの中でも穏健派であるらしく、そのことも助けてサウセイ等の一部の町の人間とは、あまり大っぴらにはできないが長く交流交易を行ってきたとの事であった。

「その話から予測するに、あんたと町を襲った連中は、別の括りなんだな?」
「あぁ、その通りだ。奴らと一括りにされるなど、心外でしかない」

 説明の途中で制刻が尋ねる言葉を割り入れジューダに向ける。それにジューダは肯定。そしてそれに、静かなしかし怒りの含まれた一言を付け加えた。
 続く説明を聞けば、この町を襲ったオーク始め魔物の軍勢は、ジューダの属する部族とはまた別の物である事。おそらく魔王軍に感化され賛同した過激派部族が集合し、群れを成したであろう物。魔王軍本体へ参加しようと行進中か、あるいは賛同の名目で暴れまわっている物が、今回町を襲ったのであろう事。等が語られた。

「よく言っても小規模な軍閥。はっきり言ってしまえば規模の大きい野盗だな」
「はた迷惑だな」

 その説明から、峨奈はそう形容する言葉を発し、続け制刻は白けた様子で一言呟く。
 そこからサウセイとジューダの説明は続く。
 その軍閥モドキの魔物の群れが、この愛平の町を襲った襲ったのが三日程前 との事であった。
 寄り合い所帯とはいえ肥大化し、さらには触手の魔物まで飼い慣らし伴っていた魔物の軍勢は、おせじにも大きくはない愛平の町にとっては、絶望的なまでの脅威であった。
 駐留騎士団は抵抗したが、魔物達の物量と驚異的な身体能力を前に、空しくも崩れ去り敗北。抵抗した騎士や町の男達は惨たらしく殺され見せしめとされ、それを目の当たりにした住民達は抗う意思を失い次々に降伏して行ったという。
 しかしそんな中で、サウセイ始め少数の人間は、抗い続ける事を訴えた。相手は魔物。降伏などしてもその先の保証は無い。最後までの抵抗を、そうでなくとも子供達を連れての脱出を提案した。
 だが、ほとんどの住民は魔物達の圧倒的な暴力と、見せつけられた惨劇を前に抗う意思を失っていた。そしてサウセイ達の訴えを聞き入れずに、魔物達からの温情という脆く儚い希望に賭け、軍門に下って行ったという。
 その住民達がどうなったかは、今のこの町の惨状。先に観測機から確認した、吐き気を催す程の光景に表れていた。
 一方で、一部抵抗を諦めなかったサウセイ等は、まだ無事であった子供達を連れ、地の利を生かして町の各所に潜み、脱出の機会を伺っていたのだと言う。

「成程な。――で、その中に、あんたはどっから割り入ったんだ?」

 そこまでの説明に一言呟いた制刻は、そこからジューダの方を向いて発する。ジューダ側の行動経緯の説明を要請する物だ。

「あぁ――」

 そこからサウセイに代わり、ジューダが言葉を紡ぎ始める。
 ジューダが異変に気付いたのは昨日。その日、ジューダの部族の居住地へ取引に訪れる予定であったサウセイが、約束の時間になっても到着しなかった事を切っ掛けとしたそうだ。
 同時にジューダの直感は嫌な気配を訴えた。そして単身、愛平の町の様子を伺いに来てみれば、町はすでに惨劇の最中にあったと言う。
 聞く所によれば、町には一部の者だけが知る、内外を結ぶ抜け道があるそうだ。それを利用して、ジューダはサウセイの無事を信じ、夜を待ち町に侵入。皮肉にも同種の町を襲ったオーク達に紛れる事で町内を捜索でき、結果奇跡的に子供達を連れて身を潜めていたサウセイと発見合流したとの事であった。
 そしてジューダとサウセイは、本日今朝方に子供達を脱出させる策を決行。しかしその際にオーク始め魔物達に見つかってしまった。辛うじて子供達のうち二人を逃がしたが、そこで分断されて、さらにサウセイが負傷。ジューダ等は町内を逃走、追われる形になったという事であった。

「なぁる程な」

 そこまでを聞き、制刻が呟く。
 そこから先は制刻等陸隊側も掌握している通りであった。逃がした子供達にも追手が付けられてしまったが、丁度そこに現れた制刻等がそれを保護。
 そして町内を逃走の果てに囲まれてしまったサウセイとジューダの元へ、分隊が踏み込んできたという分けであった。

「ありがとうございます――我々は町の安全化に並行して、子供達からの申し出からあなた方を探していました。差し支えなければ、これより町から脱出していただきたく思います」

 サウセイ達から一通りの状況情報を聞くことができた峨奈は、それに礼を述べ、それから彼らに町からの脱出を要請する。

「いや、ちょっと待ってくれるか……っ」

 しかしサウセイから、それに異を唱える言葉が上がった。

「町の人間の大半は捕まってしまったが、まだ俺達の知り合いがどこかに身を潜めているかもしれないんだ」
「彼らを、放ってはおけない」

 サウセイが異の理由を説明し、続いてジューダが発する。
 彼等は、まだ町内に残された無事な人々の事を考え、それを残して自分等だけが脱出する事に抵抗を抱いているようだ。

「成程、分かりました。我々は引き続き町の安全化を行いますので、並行してその人たちの捜索も、我々で引き受けます」

 その事を受けた峨奈は、サウセイ達に向けて、残されたその他の人々の捜索を引き受ける旨を発する。

「ですのでご心配なく。皆さんは、町より避難を――」
「いや。ちょいタンマ」

 そして改めて、町からの避難を要請する言葉を紡ごうとした峨奈。しかしそこへ、唐突に制止を掛ける声が割り込んだ。
 その声の主は、他でもない制刻だ。

「制刻予勤?」

 唐突に、そして意図せず挟まれた言葉に、峨奈は疑問と訝しむ色の言葉を零す。

「そっちのデカいあんた。良ければ、一緒に来てもらえねぇか?」

 そんな峨奈に関わず、制刻はそう言葉を発する。その言葉の向けられた先は、オークのジューダだ。

「私か?」

 指名を受けたジューダは、少し驚きながら返す。

「町の案内が欲しい。それに、あんたは別のコミュニティとはいえ、デカブツ達と同種のなんだろ?アドバイスなり、色々聞きてぇからな」

 制刻はジューダを指名した理由を並べ告げ、最後に「何より、あんた自身タフそうだからな」と付け加えた。

「制刻予謹、勝手なことを――」

 峨奈は、その制刻の独断を咎める言葉を発しかける。

「――いや。構わない」

 しかしそれを遮るように、ジューダは受け入れる一言を紡いだ。

「よろしいんですか?」
「どちらにせよ、私はまだ町から引く気は無かった。――それに正直、まだあなた等の事を少し不可解に思っている。よければ、どう動くのか見させて欲しい」

 尋ねた峨奈の言葉に、ジューダは同行を受け入れる理由を紡いで見せた。

「とりあえず、当面の利害は一致してるようだな」

 ジューダの並べた言葉に、制刻はそんな言葉で返して見せる。

「――分かりました。では、ジューダさんには同行をお願いします。しかしサウセイさんとティウ君には、町の外に退避してもらいます。いいですか?」

 ジューダ当人の意思の確認が取れた峨奈は、彼の同行を承認。同時に、サウセイとティウには避難してもらう旨を告げ、再度尋ねる言葉を両社に紡ぐ。

「問題ない」
「すまない、面倒を掛ける……」

 ジューダとサウセイはそれぞれ了承旨を返答。
 峨奈等はそれを受け、サウセイ達の移送のための手配に取り掛かろうとする。

《――アルマジロ1-1より周辺ユニットへッ。応援を求むッ――》

 しかし。無線機や各員のインカムより、切羽詰まった声が響いたのはその時であった。
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