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書類は踊る(ハンス&エルマー)
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その日、人事部のハンスは朝からの胃痛胸焼けに苦しんでいた。
昨夜、友人に頼まれて行った婚活パーティーで、飲み過ぎたためである。
ハンスは結婚する気はさらさらないし、パーティーなど大嫌いだ。
しかし、人数合わせの為にと頭を下げる友人の頼みを断れなかったのだ。
(すぐ帰るつもりが、かなり飲まされたな……全く、これだからパーティーは嫌いだ)
ハンスはこみ上げてくる胃の中のものと戦いながら、CCAのエントランスを抜け職場へと向かった。
人事部に着き仕事を始めると体調は更に悪くなった。
(確か薬局の方に最近開発された胃薬が入荷したと言ってたっけ?)
そう思い出し薬局への薬剤申請書と問診票を用意する。
職員であってもすぐには薬は貰えない。
必ず診察が必要だ。
ハンスは懇意の医術士がいるCCA第2棟に向かった。
「アホみたいに飲んだな」
昔馴染みの医術士、ブルックが言った。
「飲みたくて飲んだんじゃねーよ……」
頭を抱えるハンスに、ブルックは処方箋を渡し、注意事項を伝える。
「薬貰って飲んどけよ。あとそれな、良く効くんだけどすごく眠くなるから、注意して?」
「りょーかーい……」
「お大事に」
部屋を出たハンスは、今度は薬局に向かう。
薬局も第2棟、ブルックの部屋の斜め前にあるので大変便利だ。
吐き気と戦うハンスにとってもありがたい部屋の配置である。
薬局で処方箋を渡すと、薬剤師が錠剤を4つ、粉薬を2つ出し用法など説明してくれた。
そこでも大変眠くなるので気を付けて欲しいと注意されたが、とにかくこの胃痛や吐き気が収まれば眠くなる副作用など大したことない。
と、ハンスは思っていた。
12時のサイレンが鳴って、昼休みになったが、食欲がなかったハンスはそのまま薬を飲んだ。
人事部内の女性達は外にランチに向かい、部長も本局まで出向いており夕方まで帰らない。
今日昼当番の同僚は自身の机で弁当を食べている。
それを見て「少し横になるか」と仮眠室に向かう。
職員専用の仮眠室は静寂に満ちていて睡眠にはかなり適している。
「はぁ……もう、帰りたい……」
呟くとハンスは目を閉じた。
***********
本局の会議に出ていた人事部長エルマー・グレイは、その日の午後15時にCCAエントランスに帰着した。
結局予算案の折合いは付かず、散々揉めた結果、会議は3日後改めて、ということになったのだ。
(それもこれも戦争屋が金を使い過ぎるのだ!!)
エルマーは軍人が大嫌いだったが、何故か長男と次男は陸軍と情報局暗号解読班にいる。
兄の方が軍錬校に行くと言った時、エルマーはもちろん猛反対した。
だが、勝手に願書を出された上、家まで出て行ってしまったのだ。
そんなこともあってか弟の時はもう少し慎重に話し合いを進めたのだが、結局これも折れてはくれず、なし崩し的に家を出て行った。
それ程までに、エルマーが軍部を嫌うのには理由があった。
その昔CCA(当時はそんな名称ではなかったが)で共に学んだ女性が原因である。
彼女の名は「ベアトリクス・ゲルトルート」。
エルマーとベアトリクスは、選択科目が同じでいつも顔を会わせていたが、そうするうちに親友といって良いほど仲良くなっていた。
エルマーの方には恋愛感情があったが、ベアトリクスはというと明け透けに何でも話してしまうほど(それはもう女友達のように)男として意識してはいなかった。
そしてもう卒業も間近になったある日、ベアトリクスと軍錬校生のディートリヒ・ハインミュラーとの婚約が発表された。
エルマーは当時を思い出しながら、ベアトリクスの面影と共に、彼女を奪い去ったあの!忌ま忌ましい!クソ男前の!ハインミュラーをも思い出してしまうことに苛立ちを覚えた。
その後結婚した2人は3人の男の子に恵まれ、ディートリヒ・ハインミュラーは度重なる戦役で功績をあげ陸軍大将まで登り詰めたのだ。
(しかし、5年前病死したな……結局病には勝てないのだ何人も……)
そう思いながら、懐に忍ばせた手紙を取り出した。
なぜか最近になってベアトリクスからの手紙が届いたのである。
『親愛なるエルマー
突然の御手紙、さぞ驚いたでしょうね。
でも貴方にしか頼ることが出来なくて……。
実は今ローラントの結婚相手を探しているの。
出来るだけ早く見つけたいのだけれど、誰でもいいというわけではないのよ。
そうね、算術に長けて賢くて性格のねじ曲がってないお嬢さんがいいわね。
顔の良し悪しなんて拘らないわよ?
判断基準は役に立つか立たないか、なのだから。
あなたが見て、これは!と思うお嬢さんを紹介してくれないかしら。
何人か選んで貰ったら、あとはローラントに決めさせるから写真と釣書をザクセン前線基地まで送ってやってちょうだいね!
無理を言ってごめんなさい。
でもエルマーならやってくれるでしょう?
ベアトリクス』
相変わらず、すごく強引な手紙だなとエルマーは笑った。
(こういうサッパリとした潔い女性なのだ。しかし、ローラント少将の嫁?あの嫌味なくらいモテる男が嫁探し?必要あるのか?まぁベアトリクスのお願いなら仕方ない)
エルマーは少し薄くなってきた頭髪をサッと直すと、ハンスに頼んでいた例の書類の集まり具合を確かめる為に歩きだした。
着くと、人事部には誰もいなかった。
事務所には必ず一人はいろ!と口煩く言っているのに!
と、エルマーは舌打ちした。
ふとハンスの机の上の青いトレイを見ると、その中には溢れんばかりの書類があった。
青いトレイは例の釣書だ。
(畜生、選びたい放題だな!だが……この量……ここから選ぶのは大変だぞ?)
暫く考え込んだエルマーは選別することを諦め、大きな封筒にそれらを放り込むと乱雑に封をした。
この中からオススメを選んでいると、軽く1ヶ月はかかるし、何より生徒一人一人をそんなに知ってるわけではない。
(まぁ、向こうでなんとかするだろう……)
エルマーはそう自分に言い聞かせると、封筒をザクセン行きの郵便物の棚に放り込んだ。
昨夜、友人に頼まれて行った婚活パーティーで、飲み過ぎたためである。
ハンスは結婚する気はさらさらないし、パーティーなど大嫌いだ。
しかし、人数合わせの為にと頭を下げる友人の頼みを断れなかったのだ。
(すぐ帰るつもりが、かなり飲まされたな……全く、これだからパーティーは嫌いだ)
ハンスはこみ上げてくる胃の中のものと戦いながら、CCAのエントランスを抜け職場へと向かった。
人事部に着き仕事を始めると体調は更に悪くなった。
(確か薬局の方に最近開発された胃薬が入荷したと言ってたっけ?)
そう思い出し薬局への薬剤申請書と問診票を用意する。
職員であってもすぐには薬は貰えない。
必ず診察が必要だ。
ハンスは懇意の医術士がいるCCA第2棟に向かった。
「アホみたいに飲んだな」
昔馴染みの医術士、ブルックが言った。
「飲みたくて飲んだんじゃねーよ……」
頭を抱えるハンスに、ブルックは処方箋を渡し、注意事項を伝える。
「薬貰って飲んどけよ。あとそれな、良く効くんだけどすごく眠くなるから、注意して?」
「りょーかーい……」
「お大事に」
部屋を出たハンスは、今度は薬局に向かう。
薬局も第2棟、ブルックの部屋の斜め前にあるので大変便利だ。
吐き気と戦うハンスにとってもありがたい部屋の配置である。
薬局で処方箋を渡すと、薬剤師が錠剤を4つ、粉薬を2つ出し用法など説明してくれた。
そこでも大変眠くなるので気を付けて欲しいと注意されたが、とにかくこの胃痛や吐き気が収まれば眠くなる副作用など大したことない。
と、ハンスは思っていた。
12時のサイレンが鳴って、昼休みになったが、食欲がなかったハンスはそのまま薬を飲んだ。
人事部内の女性達は外にランチに向かい、部長も本局まで出向いており夕方まで帰らない。
今日昼当番の同僚は自身の机で弁当を食べている。
それを見て「少し横になるか」と仮眠室に向かう。
職員専用の仮眠室は静寂に満ちていて睡眠にはかなり適している。
「はぁ……もう、帰りたい……」
呟くとハンスは目を閉じた。
***********
本局の会議に出ていた人事部長エルマー・グレイは、その日の午後15時にCCAエントランスに帰着した。
結局予算案の折合いは付かず、散々揉めた結果、会議は3日後改めて、ということになったのだ。
(それもこれも戦争屋が金を使い過ぎるのだ!!)
エルマーは軍人が大嫌いだったが、何故か長男と次男は陸軍と情報局暗号解読班にいる。
兄の方が軍錬校に行くと言った時、エルマーはもちろん猛反対した。
だが、勝手に願書を出された上、家まで出て行ってしまったのだ。
そんなこともあってか弟の時はもう少し慎重に話し合いを進めたのだが、結局これも折れてはくれず、なし崩し的に家を出て行った。
それ程までに、エルマーが軍部を嫌うのには理由があった。
その昔CCA(当時はそんな名称ではなかったが)で共に学んだ女性が原因である。
彼女の名は「ベアトリクス・ゲルトルート」。
エルマーとベアトリクスは、選択科目が同じでいつも顔を会わせていたが、そうするうちに親友といって良いほど仲良くなっていた。
エルマーの方には恋愛感情があったが、ベアトリクスはというと明け透けに何でも話してしまうほど(それはもう女友達のように)男として意識してはいなかった。
そしてもう卒業も間近になったある日、ベアトリクスと軍錬校生のディートリヒ・ハインミュラーとの婚約が発表された。
エルマーは当時を思い出しながら、ベアトリクスの面影と共に、彼女を奪い去ったあの!忌ま忌ましい!クソ男前の!ハインミュラーをも思い出してしまうことに苛立ちを覚えた。
その後結婚した2人は3人の男の子に恵まれ、ディートリヒ・ハインミュラーは度重なる戦役で功績をあげ陸軍大将まで登り詰めたのだ。
(しかし、5年前病死したな……結局病には勝てないのだ何人も……)
そう思いながら、懐に忍ばせた手紙を取り出した。
なぜか最近になってベアトリクスからの手紙が届いたのである。
『親愛なるエルマー
突然の御手紙、さぞ驚いたでしょうね。
でも貴方にしか頼ることが出来なくて……。
実は今ローラントの結婚相手を探しているの。
出来るだけ早く見つけたいのだけれど、誰でもいいというわけではないのよ。
そうね、算術に長けて賢くて性格のねじ曲がってないお嬢さんがいいわね。
顔の良し悪しなんて拘らないわよ?
判断基準は役に立つか立たないか、なのだから。
あなたが見て、これは!と思うお嬢さんを紹介してくれないかしら。
何人か選んで貰ったら、あとはローラントに決めさせるから写真と釣書をザクセン前線基地まで送ってやってちょうだいね!
無理を言ってごめんなさい。
でもエルマーならやってくれるでしょう?
ベアトリクス』
相変わらず、すごく強引な手紙だなとエルマーは笑った。
(こういうサッパリとした潔い女性なのだ。しかし、ローラント少将の嫁?あの嫌味なくらいモテる男が嫁探し?必要あるのか?まぁベアトリクスのお願いなら仕方ない)
エルマーは少し薄くなってきた頭髪をサッと直すと、ハンスに頼んでいた例の書類の集まり具合を確かめる為に歩きだした。
着くと、人事部には誰もいなかった。
事務所には必ず一人はいろ!と口煩く言っているのに!
と、エルマーは舌打ちした。
ふとハンスの机の上の青いトレイを見ると、その中には溢れんばかりの書類があった。
青いトレイは例の釣書だ。
(畜生、選びたい放題だな!だが……この量……ここから選ぶのは大変だぞ?)
暫く考え込んだエルマーは選別することを諦め、大きな封筒にそれらを放り込むと乱雑に封をした。
この中からオススメを選んでいると、軽く1ヶ月はかかるし、何より生徒一人一人をそんなに知ってるわけではない。
(まぁ、向こうでなんとかするだろう……)
エルマーはそう自分に言い聞かせると、封筒をザクセン行きの郵便物の棚に放り込んだ。
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