【完結】さがしびと〜英雄の弟とまつろわぬ姫〜

よもぎ大福

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第26話 姉

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「イアル。彼と何を話していたの?」

 まただ。

 ヒステリックに私を睨みつける目。

 うんざりだった。

「あなたは、私の望むもの全てを、何もせずに手に入れるのね。」

 姉はこの男のこととなると、情緒不安定になる。

 思わず言い返す。

「明日の衣装合わせの予定を確認していただけ。言っておくけど、こんなヘンテコな男を好きになるの、姉さんくらいだから。失礼なこと言わないでくれる?」

「俺に失礼なんですけど。」

 渦中の彼、姉の護衛である精霊騎士が呟くが、聞こえない振りをする。

 この男が現れてから、姉はおかしくなった。

 賢くて、優しくて、美しい、理想の山の姫。

 私はそんな姉を尊敬していたのに。

 それが、この男のせいで、すっかり変わってしまった。

 継承の儀式が近づくにつれ、姉は暴言が増えていた。

 物に八つ当たりすることもあった。

 山の姫に相応しく育てられたはずの、自慢の姉。

 それが護衛の騎士に恋をした途端、あっさりと変わってしまった。

「私のこと軽蔑してるんでしょ?そうよ、私は、こんなちっぽけな人間よ!こんな私が死ぬ儀式に、何の意味があるっていうのよ!」

 そう、軽蔑していた。

 この程度の人間だったのかと。

 姉の護衛騎士は、私と姉の言い争いを見守るだけ。

 私達を宥めるでも、どちらかを庇うでもなく。

 いつも姉の側で笑っていた。

「ようやく人間らしくなったな。」

 そう、姉は人間になったのだ。

 悲しいと泣いて、悔しいと怒って、嬉しいと笑って。幼い頃のように。

 いつからだっただろう。

 姉が微笑みしか見せないようになったのは。

 誰からも愛され、誰をも慈しむ姫。

 それが、姉が必死に取り繕った姿だったことに、私は気づいていた。

 でも、気づかないふりをした。

 それが、姫の妹の役目だと信じていた。

 死にゆく姉が、心穏やかに過ごせるよう。

 自分の死を誇れるよう。

 誰からも感謝されるよう。

 それなのに、無責任なあの男は、姉を変えてしまった。

 それは本当に姉にとって、幸せなことなのだろうか。

 残酷なことではないのだろうか。

 私は前のように、いつでも微笑みを絶やさない姉に戻って欲しかった。

 儀式も目前に迫るある日。

 私は二人の会話を偶然聞いてしまった。

「お前、みんなを裏切る覚悟あるか?俺はあるぞ。」

 精霊術士の言葉が何を意味するのか、私にはわかった。

 姉は何も答えなかった。

 私は何もせずに、その場を後にした。

 する必要がないと思った。

 だって姉は、逃げ出すような人ではない。

 でも次の日、2人は姿を消していた。

 姉は想い人と添い遂げることを選んだ。

 心底、見損なった。

 最低の姉だ。

 人々は戸惑い、怒り、嘆いていた。

 そして、同情した。

 ささやかな幸せを選ぶ権利さえ与えようとしなかったことを、多くの人間が反省した。

 儀式は身代わりの人形を用いて執り行われた。

 これでよかった、と私は思った。

 もう姫はいらない。姉はひとりの人間として、好きな人と生きていく。

 それでいいと思った。

 思ったのに。

 継承の儀式の翌日、大噴火が起こった。

 いくつもの村が巻き込まれた。

 アラヤザが怒っている。

 鎮めるには、姫が必要だった。

 姉はいない。

 でも、妹の私がいる。

 改めて継承の儀式が執り行われることになった。

 人々は役目を放棄した姉を罵り、身代わりとなった私に感謝していた。

 恥知らず、使命を果たせ、お助けください。

 恥知らずはお前達だ。自分は何もせずに、ただ請うだけ。

 そう、恥知らずは私自身だ。

 ずっと側にいながら、その心に寄り添うでもなく、勝手に理想の姫の姿を押し付けた。

 これは罰だ。

 姉を殺そうとした罪を、私は償わなければならない。

 私が身代わりになって、アラヤザが鎮まるなら、喜んで姫になる。

 たとえアラヤザに届かなくても、私の死で人々に安寧が訪れるのであれば、この身を捧げても構わない。

 助けなんていらない。

 私は山の姫として死ぬ。

 なのに。

 煮えたぎる火口が迫るにつれ、恐怖で体が震えてくる。

 どうして、私が。

 身代わりなんて嫌だ。

 助けて、姉さん。

 そう、私は願った。

 願ってしまった。

 そして願いは叶った。

 私が火口に辿り着く前に、姉が帰ってきた。

 想い人と一緒に。

 優雅に微笑みながら、誰もが望む麗しの姫を装って。

 その姿に、非難の声はやがて消えた。

 美しき山の姫の帰還に人々は安堵し、すぐに儀式が仕切り直されることになった。

 出発の直前。

 私にだけ聞こえるよう、顔を寄せて姉は囁いた。

「あなたなんて、大嫌い。」

 その言葉に視界が白くなる。

 でも仕方ないと思った。

 偉そうに息巻いておいて、いざとなったら縋り付く。

 私はあまりに愚かだった。

「生意気で、口うるさくて。でも。」

 それなのに、私を見つめる姉の瞳は、優しかった。

 「楽しい時もたくさんあったわ。」

 一緒に笑い合う時があった。

 手を繋いではしゃいだ時があった。

 嫌いなだけではなかった。

 瞳に涙を溜めて、それでも一生懸命笑おうとして。

 不恰好な笑顔で、姉は言った。

「さようなら。大嫌いで、大好きな、私のイアル。」

 そうだよ。

 最低だって思ってたけど。

 私だって、大好きだったよ。

 私のソニア。

 さよならなんて言わないで。

 私、どうして、何もしなかったの。

 こんなに近くにいたのに。

 やれることがたくさんあったのに。

 後悔した。

 今も、後悔し続けている。

 私が切り捨てたのは。

 なかったことにしたいのは。

 姉の苦悩を知りながら、何もしないことを選んだ、私の醜さと、愚かさだ。
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