魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。(趣味用)

文字の大きさ
187 / 190
【 未 来 】

リーリア【おまけ】

しおりを挟む

 ――――
 ――

 あの日はちょうど、もうお店を閉める時間だった。
 店の裏口を出て、ふと足元に気配を感じて視線をおろすと、見知らぬ人が倒れるように壁に背を預けていた。
 くすんだ黄金色こがねいろの髪に、すぐに魔族ではないと気づく。魔族には黒か白、赤か灰色の髪の者しかいないから、もしかしてだろうかと思うのに時間はかからなかった。
 でも、なぜこんなところに? 近頃は人間も魔族の領土を出入りできるようになり、珍しい存在ではなくなったと大人たちは口々に言う。とはいえ、店の裏でこんなふうに死にそうな哀愁を漂わせている人は初めてだった。

 ぐぅう~

 まるで示し合わせたかのように鳴ったその人のお腹の音に、思わずクスリと笑ってしまう。
 そうだ、と思い立ち、店の中へ戻って余った菓子を皿ごと持って裏口へ出た。
 「どうぞ」と言って目の前に皿を差し出すと、その人は顔を上げ、乱れた髪の隙間からその瞳を見開いた。

 それは、見たこともない綺麗な空色の瞳。
 私たちの頭上にいつもある、どこまでも広がるあの昼間の空のような。

 見惚れていると、その人は「くれるの?」と訊く。
 「もちろん」と微笑むと、彼は勢いよく菓子を口に詰めこみ、案の定、喉を詰まらせた。
 慌てて水を取りに戻って渡すと、よほど苦しかったのか、傾けすぎて口から水をこぼしながらもゴクゴクと飲み干した。

『ありがとう』

 と、まさに生き返ったような顔で笑う。

『いや、助かったよ』

 と、今度はおかしそうに。

 「君は俺の恩人だよ」と言われて、初めてこの人が男性だと気づいた。
 魔族は見た目で性別がすぐに分かる。髪色が白か黒であれば男だから。
 けれど人間は皆バラバラで、体型や言葉遣い、声などを観察しないと性別が分からない。

『名前を教えてくれないか』

 そう言われて「リーリア」と答えると、

「そうか、リーリアか。いい名だな」と優しく微笑まれた。

 どうしてこんなところにいたのかと聞くと、
『財布を盗られて途方にくれていた』とのことだったので、私は彼の腕を引っ張って店の中へ招き入れた。

「ここでしばらく働いたらいいよ。私もそうなの。住み込みで働いてるの。
 大丈夫。おじちゃんもおばちゃんも、とっても良い人だし、あなたも悪い人には見えないわ。だって盗られた側なんだもん」

 すると彼は「そうか、盗られた側か。なるほどな~」と笑った。
 そのままご夫婦に話をして、彼を快く雇ってもらえた。

 私は家族が増えたみたいで嬉しくて、ウキウキしながら世話を焼いた。
 まずは土埃だらけの服を洗うからと、早く脱いでお風呂に入ってと急かすと、「わかったわかった」と言いながら脱衣所へ向かう。
 彼は脱衣所の扉から外にある籠へと服を放り投げる。

 その籠を持ち上げて、私は外へ出て洗濯を始めた。
 夏の夕暮れ時、さすがにちょっと寒いかなと思いつつも、じゃぶじゃぶと水で洗う。
 綺麗に洗い上げると、それとなく上等な生地の服だと気づいた。
 わざわざ魔族の領土に来るくらいだから、それなりにお金に余裕のある人なのかもしれない。

 でも、こんな服を着ていたら追い剥ぎに遭わないだろうかと少し心配になった。
 でも見た目は農夫の服だから、ばれないのかも?

 洗い終え、さすがにもう夜になるからと服は部屋干しにする。
 そういえば代わりの服を用意していなかったと脱衣所に戻ると、彼はダボッとした服を着て頭をタオルで拭きながら出てきた。
 どうやらおじちゃんが彼に代わりの服を用意してくれたらしい。

 けれど私は、そんなことよりも彼のその髪に目を奪われた。

 くすんだ黄金色こがねいろの髪が、今は黄金色きんいろにきらきらと輝き、透き通るような鮮やかさ。まるで宝石か何かのように。
 そして彼の眉も、睫毛さえも同じように輝いていた。

 とても不思議な雰囲気だった。ただ美しくて、ぼうっと見惚れていると、
「あっ」と声を上げて彼は脱衣所へ戻った。

「やべー、染めんの忘れてた」

 と言いながらゴソゴソと音を立て、ひょこっと扉から顔を出す。

『見なかったことにしてくんない?』

 先ほどまで輝いていたそれらは、くすんだ色に戻っていた。

 苦笑しながら言われて、私は何度か頷いた。
 きっと、何か理由があるんだろう。だって、あんなに綺麗だったから。

 ――だから、すぐに分かった。

「ここで待っていて」と助け出してくれた騎士に言われて。
 本当に助かったのだろうか。また騙されているのではないか。
 そんな不安に一人怯えていると、馬車の扉が開いて、あの人が現れた。

 その瞬間、身体が動いていた。
 床を蹴って、その輝く光のような人の胸に飛び込む。

 見慣れた姿とは違うけれど、それでも確かに、そうだと思ったから。

 ――でも、まさか魔王さまの伴侶だったなんて。
 それだけは、心の底から驚いた。

 魔王さまが人間と結婚したという話は以前から聞いていた。
 けれど、私がこの地に来たのはその後だったから……。

 乗り換えた馬車に揺られながら、すでに農夫の姿に着替えた彼を眺める。
 私の向かいに座ったその人は、馬車の窓から外を見て、楽しそうに微笑んでいた。

「――ああ、リーリア。もうすぐ着くよ。君の帰るべき場所に」

 そう言われて、窓の外に顔を出す。
 きっと、広がっている懐かしい景色に、想いを馳せながら。

 

end.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

事なかれ主義の回廊

由紀菜
BL
大学生の藤咲啓嗣は通学中に事故に遭い、知らない世界で転生する。大貴族の次男ランバート=アルフレイドとして初等部入学前から人生をやり直し、学園で出会う無愛想で大人顔負けの魔法の実力者であるヨアゼルン=フィアラルドと親友になるが、彼に隠された力に翻弄され次々と襲ってくる災難に巻き込まれる。終いには、国家の存続を揺るがす大事件にまで発展することに・・・

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

処理中です...