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【 未 来 】
世界の謎を問うもの。
しおりを挟む庭師の手入れが行き届いた、鮮やかな花々が咲き誇る庭園。色とりどりの花弁が風に揺れ、陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。
緩やかな曲線を描いて並ぶトピアリーの間を、パタパタと小走りする青年が一人。
灰色の髪をそよ風に踊らせ、海のように青い瞳を瞬かせながら、彼は静かに――けれどひときわ美しい庭へと足を踏み入れる。
その中心には、真っ白な柱と屋根の優雅な休憩所、ガゼボがあった。まるで絵本の中に出てきそうな建物は、草木の緑と見事な調和を成し、涼やかな風がその中を通り抜けている。
「王様、王様!」
その声に反応して、ほんの少しだけ顔を向けた男性の、艶やかな黄金(きん)の長髪がさらりと肩へ流れ落ちる。その髪は陽を受けて、まるで金糸のように輝いていた。
真っ白な椅子に腰を落ち着けて本を読むその姿には、どこか高貴さがあった。姿勢の一つ、指先の動き一つにまで、洗練された雰囲気が漂っている。
最近ではすっかり農夫の姿が板についた彼だったが、こうして目の当たりにすると、懐かしさとともに、本来の立場を思い出させる。見慣れた姿に、どこか誇らしい気持ちすら覚える。
「どうしてこんなところまで来た。お前でなければ追い出すところだぞ」
クラバットを緩め、シャツの襟元のボタンをいくつか外し着崩すその仕草でさえ、どこか気品を感じさせた。無造作に見えて計算されたようなその手つきに、ふと目を奪われる。
「夏も近いとはいえ、今日は思った以上に暑いな。ここは今くらいの時間になると建物の影で日陰ができるから、涼しくてちょうどいい」
片手に開いていた本を、パタンと閉じる。音が辺りに小さく響き、空気が少しだけ引き締まった。
「それで?」
空色の瞳が、まっすぐに青年を見つめた。柔らかな光を宿しながら、どこか見透かすように。
「おうさ――」
「待った」
“王様”と言おうとしたところで止められた。
「あれから何年経ったと思ってるんだ? 私はもう隠居している身だ。その呼び方は相応しくないよ」
そう言われ、青年は少し困った顔をする。眉根を寄せ、小さく唇を噛むような表情。
「えぇ……じゃあ、お兄ちゃん?」
すると彼は顔を背けて、吹き出すように笑った。肩が揺れ、喉の奥で笑いがこぼれる。
「そ、その二択しかないのか」
声を押し殺すように、くっくっと笑い、そして深く息を吸って吐くと、
「本題は?」
と続ける。柔らかな調子ながらも、核心へと導く声音だった。
「あの、実は大したことじゃないんだけど、つい気になって。貴方なら知ってるかなって思って」
彼の隣にある椅子に腰かけて、居心地悪そうに話し出す。腰を落ち着けながらも、手は所在なげに膝の上でもぞもぞと動く。
「魔族の王って、どうして月(つき)のお告げで決まるんでしょうか」
すると彼は、長い睫毛を揺らしてぱちくりと瞬いた。
きょとんとした顔で、
「どうしてそれを、わたしなら知っていると思ったんだ?」
と問う。
青年は真っ直ぐに彼を見つめて、
「それは、貴方が魔王さまにとても近しい存在だから」
と答えた。
なるほど、と彼は応える前に、テーブルのティーカップに手を伸ばす。だがすでに中身が空なのに気づき、それを察した青年がすかさずそばにあったティーポットに手を伸ばし、カップに紅茶を注いだ。温かな香りが立ちのぼり、風に乗って花の匂いと混じる。
礼を言って紅茶に口をつけ、しばらくすると彼は語りだした。
「人は生まれてくると、大概こういう疑問を抱く時がある」
――自分は〝なんのために生まれてきたのか〟。
静かに始まったその言葉は、庭園に漂う柔らかな時間とよく似合っていた。
「それと同じくらい、答えのない話だと私は思うけどな」
「どうして?」
「ならお前はどう思う? 自分がなんのために生まれてきたのか、とりあえずの答えは出せても明確なことは言えるか?」
青年は何か言おうと口を動かしたが、結局何も出てこず、大人しく彼を見つめた。眼差しにわずかな戸惑いが揺れる。
「そうだろう。かく言う私もそうだ。けどそれでいいんだよ。深く考える必要なんてない。生まれてきたのだから、ただ生を全うすればいいだけの話さ」
そしてさらに続ける。
そもそもそれは、どうしてこの世界が存在するのか、なぜこの世に様々な種族がいるのか、なぜ魔族は魔力を扱えて、わたし達は扱えないのか――と問うのと同じくらい野暮なことだと。
「例えばもし、わたしが学者か何かなら、まずはどうして魔族と人間が存在するのか、そこから話したかもしれない」
宇宙にある星の一つに海ができ、そこからさまざまな過程を経て人が生まれた。長い進化の果てに、分かれたものが今の魔族と人間であると。
魔族も人間も、最初は同じ人として生まれたが、永い年月を経て、邪気のある場所では生きられない者と、その場所に適応できる者とに住み分かれたのが、そもそもの始まりだと。
そこから〝月がどうのこうの〟と関わってくるのは考えにくい。よって、“月のお告げ”などという現実味のない話は、にわかに信じがたい。
「ただ、わたしは学者ではないからね。真実がどうであれ、当事者の彼らが〝そうだ〟と言うのであれば、そうなのだろうよ。そもそも突き詰めれば突き詰めるほど答えの出ないことはあるものだし、それを考えるより〝そういうものだ”〟と受け入れたほうが生きやすいとわたしは思う」
それにしてもと彼は微笑む。口元にふっと浮かぶ笑みに、年齢では語れぬ奥行きが宿る。
(真っ先に魔王やハクイに聞きに行けばいいものをわざわざわたしに尋ねるとは、不思議なもんだ)
「ただマール。もしかしたら君には――その答えが分かる時が、いつか来るかもしれないよ」
「オレが……?」
青年はきょとんとした。まるで自分にそんな未来が訪れるとは思ってもいなかったように。
「そうだ。もしその時が来たらわたしに教えてくれないか?」
それがいつなのか、本当にそんな時が訪れるのか、青年にはさっぱり分からなかったが――ただ、もし本当にその時が来るのだとしたら。
青年は彼を見て、ただ「はい」と微笑んだ。青空のように澄んだその笑みに、少しだけ未来の光が射す。
もうそろそろ夕飯の時間だからと、青年は立ち上がる。立ち上がった拍子に椅子がわずかに軋み、柔らかな風が裾を揺らした。
「ごめんね邪魔して。準備が整ったら呼びに来るから」
そう言って走り出した。パタパタとした足音が花の間をすり抜けていく。
「――もしその時がきたなら……わたしはその後の様子を見届けて、あの人の後を追うつもりだよ」
走り去るその背中と、どこまでも広がる世界を見つめながら、彼は慈しむような顔をして、そっと呟いた。金色の髪がそよ風に揺れ、紅茶の香りが遠くに流れていく。
「大丈夫って、伝えたいからね」
世界の謎を問うもの。 end.
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