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【 余 談 】
北風が吹いている。
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――北風が吹いている。
実りの秋、それもあとわずかで終わりを迎え、冬の足音が聞こえる頃、寝間着姿に着替えた青年はあまりの寒さに身をすくませた。
「あぁ寒い、寒いですよ魔王さま」
吐息は白く、両腕で身を抱き締めて、寝台に腰かけ、青年は空色の瞳で怨めしそうにその男を見上げた。
皆さんお待ちかねの魔王さまを。
「誰か待っていたのか?」
地の文の発言にきょとんとした顔で返答してしまったこの紫光を帯びた黒髪ロングに情熱的な真っ赤な瞳の男がまさにそうである。
「俺が待ってました。全世界の俺が、てかいちいちそんなのに反応しなくていいですよ」
「全世界?? そうか? ここは冗談にのる流れだと思ったのだが、すまない」
この男、律儀である。魔王の癖に律儀である。
あと直ぐに「すまない」と言いがち。
それはともかくとして、中身はともかく見た目はいかにもな魔王、といった感じの男前イケメンがそこにいた。
「いくらなんでも適当過ぎだろ。その説明」
「反応しないほうがいいのではなかったか?」
「俺はいいんです」
「そうか、それはそうとして私を睨んでもどうにもならんぞ」
尚も怨めしそうに見る青年に魔王は困った顔をするしかない。
「しかし呼ばれて来てみれば……特に用もないのであれば、私はいつもの通りリーベの寝顔を見たあと日記を付けてから部屋に戻るが」
「リーベは今日、セルゥと一緒に寝ると言って離れなかったので、今頃彼女の部屋で夢のなかですよ」
「なに? そうか、随分と悪魔の子ども達と仲が良いのだな。するとますます分からん。なぜ私を呼んだんだ?」
分からない。とばかりに首を傾げる魔王に、青年の眉間に更に皺が増える。
その表情は、子供のような拗ねと大人の照れの間にあった。
「へぇ、明確な用事がないと呼んじゃダメなんですか」
「そうは言ってないだろう。そうは言ってないが、まさか私に季節を変えろ、とか言うんじゃないだろうな? 悪いが無茶だ。私にも出来ることと出来ないことが……」
言い終える前に青年は、いやロワは、魔王に向かって両手を広げた。
「……?」
「ん」
再度両手を広げ直して、何かを求める青年に、じゃなかった今はロワだった。
何かを求めるロワに、魔王はその場に立ち尽くしたまま察しの悪い頭で考えるが、まったく答えに辿り着かない。そろそろ嫌な汗が出てきそうなところで、なんとかこれだけ言葉にした。
「……なんだ、それは?」
「だから、寒いから暖めてくださいよ」
「なるほど、暖めて欲しかったのか、それならそうと早く言え――いや、どういうことだ?」
そう言うことかと一度は腑に落ちた魔王だったが、その意味を考えるとじわじわと分からなくなってきた。
「それで、私にどうしろと?」
「魔王さま、俺こんなに分かりやすくアピールしてるのに、その鈍さどうにかなりませんか?」
「すまない」
「抱き締めてくださいよ」
「あぁなんだ。そんなことか」
〝そんなこと?〟と小声で呟いた言葉は魔王の耳には幸いなのかどうなのか聞こえてこない。
「仕方ない。少し奥に詰めてくれ」と言って、布団に入ろうとする。
予想外のことに青年は少し慌てた。
「なにしてんですか魔王さま?」
言いながらもロワは言われた通りに奥に詰める。
あっという間に布団の中に潜り込んだ魔王は、ロワへ身体を向けると、さぁ入れとばかりに掛け布団を少し持ち上げて穏やかに微笑む。
「一緒に寝たほうが暖かいだろう?」
「確かにそうなんですけど、なんか思っていたのとは違うというか」
「じゃあどうだったらいい?」
一拍ほど考えて青年は「まぁいいか」と、魔王の隣に潜り込んだ。
口で言うわりにどこか嬉しそうに魔王の胸に顔を埋(うず)める青年。それを見て魔王も満足そうに小さく笑みをこぼす
そのまま魔王よりも華奢な身体を抱き締めると、青年がちょっと驚いたようにびくっとして、魔王を見上げた。
空色の瞳と目が合って、どうしたのかと覗くと、青年は少しだけ顔を引っ込めて深いため息をついた。
「なんだ? どうした?」
「いいえ」
「抱き締めて欲しいんじゃなかったのか?」
「その通りです魔王さま。ありがとうございます」
「棒読みだな」
するとまた目が合って、今度は気恥ずかしげにクスッと笑った。
「あったかいですね」
「そうだな。これから雪が降るようになればもっと寒くなる。たまに一緒に寝るのも悪くないだろう」
「ふふ、そうですね魔王さま」
青年はまた魔王の胸に顔を埋(うず)めて、今度は自分から魔王の身体に腕を回してぎゅっと抱き付いた。
「魔王さまの香り……やっぱり落ち着くな」
「香り?」
「うん、リトスの花の……肌に寄り添うようなムスクの……」
(リトスの香り?)
あの可愛いらしい赤い花の香りが自身からすると言われても、魔王にはどうにもピンと来ない。
「あれは可愛らしい花だろう? 私なんかよりお前のほうが、似合いの花だと思うがな」
ごく真面目に思ったことをそのまま口にしたのだが、青年はそれを聞くと思わずというように噴き出した。
「あはは、魔王さ、ほんっとさぁ、ふふふ、好きですよ。ほんとそういうとこ」
「これで口説いてるつもりないんだもんなぁ」と青年は尚も笑いを耐えながら呟く。
「口説くって……私はこれまでの人生口説こうと思って発したことは一度も」
「はいはい、分かってますってば、もういいですよ。これ以上余計なこと言われると今度は怒ることになりそうです。いつもみたいに」
(なぜ……?)
青年はもう一度魔王に身を寄せ直した。
「顔はアルデラミンのほうが好みなんだけどなぁ……」
「……お前、それたまに言うが、言われる身としては正直少し複雑――って、」
言い終わる前に青年は寝息を立てていた。
青年のくすんだ黄金色(こがねいろ)の髪を指に滑らせて、月明かりがその髪を照らし黄金(おうごん)に染めた。
あぁ、もう少しこの夜が続けばいいと、そう思いながら魔王も眠りについた――。
北風が吹いている おわり。
実りの秋、それもあとわずかで終わりを迎え、冬の足音が聞こえる頃、寝間着姿に着替えた青年はあまりの寒さに身をすくませた。
「あぁ寒い、寒いですよ魔王さま」
吐息は白く、両腕で身を抱き締めて、寝台に腰かけ、青年は空色の瞳で怨めしそうにその男を見上げた。
皆さんお待ちかねの魔王さまを。
「誰か待っていたのか?」
地の文の発言にきょとんとした顔で返答してしまったこの紫光を帯びた黒髪ロングに情熱的な真っ赤な瞳の男がまさにそうである。
「俺が待ってました。全世界の俺が、てかいちいちそんなのに反応しなくていいですよ」
「全世界?? そうか? ここは冗談にのる流れだと思ったのだが、すまない」
この男、律儀である。魔王の癖に律儀である。
あと直ぐに「すまない」と言いがち。
それはともかくとして、中身はともかく見た目はいかにもな魔王、といった感じの男前イケメンがそこにいた。
「いくらなんでも適当過ぎだろ。その説明」
「反応しないほうがいいのではなかったか?」
「俺はいいんです」
「そうか、それはそうとして私を睨んでもどうにもならんぞ」
尚も怨めしそうに見る青年に魔王は困った顔をするしかない。
「しかし呼ばれて来てみれば……特に用もないのであれば、私はいつもの通りリーベの寝顔を見たあと日記を付けてから部屋に戻るが」
「リーベは今日、セルゥと一緒に寝ると言って離れなかったので、今頃彼女の部屋で夢のなかですよ」
「なに? そうか、随分と悪魔の子ども達と仲が良いのだな。するとますます分からん。なぜ私を呼んだんだ?」
分からない。とばかりに首を傾げる魔王に、青年の眉間に更に皺が増える。
その表情は、子供のような拗ねと大人の照れの間にあった。
「へぇ、明確な用事がないと呼んじゃダメなんですか」
「そうは言ってないだろう。そうは言ってないが、まさか私に季節を変えろ、とか言うんじゃないだろうな? 悪いが無茶だ。私にも出来ることと出来ないことが……」
言い終える前に青年は、いやロワは、魔王に向かって両手を広げた。
「……?」
「ん」
再度両手を広げ直して、何かを求める青年に、じゃなかった今はロワだった。
何かを求めるロワに、魔王はその場に立ち尽くしたまま察しの悪い頭で考えるが、まったく答えに辿り着かない。そろそろ嫌な汗が出てきそうなところで、なんとかこれだけ言葉にした。
「……なんだ、それは?」
「だから、寒いから暖めてくださいよ」
「なるほど、暖めて欲しかったのか、それならそうと早く言え――いや、どういうことだ?」
そう言うことかと一度は腑に落ちた魔王だったが、その意味を考えるとじわじわと分からなくなってきた。
「それで、私にどうしろと?」
「魔王さま、俺こんなに分かりやすくアピールしてるのに、その鈍さどうにかなりませんか?」
「すまない」
「抱き締めてくださいよ」
「あぁなんだ。そんなことか」
〝そんなこと?〟と小声で呟いた言葉は魔王の耳には幸いなのかどうなのか聞こえてこない。
「仕方ない。少し奥に詰めてくれ」と言って、布団に入ろうとする。
予想外のことに青年は少し慌てた。
「なにしてんですか魔王さま?」
言いながらもロワは言われた通りに奥に詰める。
あっという間に布団の中に潜り込んだ魔王は、ロワへ身体を向けると、さぁ入れとばかりに掛け布団を少し持ち上げて穏やかに微笑む。
「一緒に寝たほうが暖かいだろう?」
「確かにそうなんですけど、なんか思っていたのとは違うというか」
「じゃあどうだったらいい?」
一拍ほど考えて青年は「まぁいいか」と、魔王の隣に潜り込んだ。
口で言うわりにどこか嬉しそうに魔王の胸に顔を埋(うず)める青年。それを見て魔王も満足そうに小さく笑みをこぼす
そのまま魔王よりも華奢な身体を抱き締めると、青年がちょっと驚いたようにびくっとして、魔王を見上げた。
空色の瞳と目が合って、どうしたのかと覗くと、青年は少しだけ顔を引っ込めて深いため息をついた。
「なんだ? どうした?」
「いいえ」
「抱き締めて欲しいんじゃなかったのか?」
「その通りです魔王さま。ありがとうございます」
「棒読みだな」
するとまた目が合って、今度は気恥ずかしげにクスッと笑った。
「あったかいですね」
「そうだな。これから雪が降るようになればもっと寒くなる。たまに一緒に寝るのも悪くないだろう」
「ふふ、そうですね魔王さま」
青年はまた魔王の胸に顔を埋(うず)めて、今度は自分から魔王の身体に腕を回してぎゅっと抱き付いた。
「魔王さまの香り……やっぱり落ち着くな」
「香り?」
「うん、リトスの花の……肌に寄り添うようなムスクの……」
(リトスの香り?)
あの可愛いらしい赤い花の香りが自身からすると言われても、魔王にはどうにもピンと来ない。
「あれは可愛らしい花だろう? 私なんかよりお前のほうが、似合いの花だと思うがな」
ごく真面目に思ったことをそのまま口にしたのだが、青年はそれを聞くと思わずというように噴き出した。
「あはは、魔王さ、ほんっとさぁ、ふふふ、好きですよ。ほんとそういうとこ」
「これで口説いてるつもりないんだもんなぁ」と青年は尚も笑いを耐えながら呟く。
「口説くって……私はこれまでの人生口説こうと思って発したことは一度も」
「はいはい、分かってますってば、もういいですよ。これ以上余計なこと言われると今度は怒ることになりそうです。いつもみたいに」
(なぜ……?)
青年はもう一度魔王に身を寄せ直した。
「顔はアルデラミンのほうが好みなんだけどなぁ……」
「……お前、それたまに言うが、言われる身としては正直少し複雑――って、」
言い終わる前に青年は寝息を立てていた。
青年のくすんだ黄金色(こがねいろ)の髪を指に滑らせて、月明かりがその髪を照らし黄金(おうごん)に染めた。
あぁ、もう少しこの夜が続けばいいと、そう思いながら魔王も眠りについた――。
北風が吹いている おわり。
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