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「ねえ、シリウス様の隣にいるあの美しい御令嬢はどなた? シリウス様は確かあのデブ、いえアンジェラ様とご婚約が決まっているはずじゃ……えっ、あれがアンジェラ様⁉︎ まさか!」
「嘘でしょ、どうしてあんなに痩せて綺麗になっているの……⁉︎」
私たちが会場に足を踏み入れたその瞬間、周囲は大きな騒めきに包まれた。
太り過ぎて婚約者に見放された惨めな令嬢を笑いものにしようと待ち構えていた人々は、さぞかし驚いたのだろう。礼儀を忘れてこちらを指差す者までいる。
私がシャルル様と婚約したのは十三歳で、社交界へのデビューは十四歳だった。デビューの頃には私は既に太っていたので、婚約以前の細かった姿を知る人はこの場にはシリウス様くらいしかいない筈だ。驚くのも仕方ないかもしれない。
「大丈夫、僕がずっと傍にいるから堂々としていて」
シリウス様にそう耳元で囁かれ、小さく頷く。
会場内の全ての人々から好奇の目で見つめられて、シリウス様がついていてくれなければ恐怖に逃げ出してしまいそうだった。
「シリウス殿、お久しぶりですな! いつ領地からお戻りに?」
「こんばんはモリッツ侯爵、お久しぶりです。実は今日の昼にこちらに戻ったばかりなのです。大事な婚約者をパーティーで一人にしておくのはあまりにも心配で、無理を言って僕だけ急いで戻ってきました」
そう言って、私の肩に手を置く。モリッツ侯爵は、目を丸くして私の方を見遣った。
「おお、婚約が決まったとはお聞きしておりましたが、そちらの方が! 確かアンジェラ嬢、でしたかな? これはまた、噂と違って随分お美しい……!」
もう私達が婚約したことは、社交界で知れ渡っているらしい。
シリウス様のことも、きっと面白おかしく『王子のお下がりを押し付けられた運の悪い奴』だとでも噂されていたに違いない。
私の顔をしげしげと眺めていたモリッツ侯爵の無遠慮な視線が段々下に降りていき、胸元に注がれるのを感じて、私は居心地悪げに身じろぎした。
痩せる時は胸から痩せる、とよく言うけれど、私は何故か他の部分から痩せて、胸だけはそのまま残ってしまった。なので今の私は自分で言うのもおかしいけれど、なんというか、かなりいやらしい身体つきなのだ。
夜会用の胸元の開いたドレスだと特にそれがわかりやすくて、かなり恥ずかしい。
シリウス様は、モリッツ侯爵からの視線から守るように、さりげなく私の肩を引き寄せた。
「ええ、そうでしょう? ずっと恋焦がれていた御令嬢とこうして婚約する事ができて、幸せを噛み締めているところなのです」
「……え?」
私が驚いて見上げると、シリウス様はおどけたように軽く片目を瞑ってみせる。
「はっはっは、噂とは当てにならんものですな! いや幸せそうで何よりだ!」
モリッツ侯爵は、少し突き出たお腹を揺らして大笑いすると、他の方への挨拶があるから、と去って行った。
「……ごめんね、不快な思いをさせて」
「いいえ、とんでもない。庇ってくださってありがとうございます」
シリウス様の申し訳なさそうな声に、私は首を横に振って答える。そして自嘲するように小さく笑ってみせた。
「……でも、いくら庇うためとはいえ、あんな心にもない事を仰らなくてもよかったのに」
「何を言っているんだい。あれは僕の本心だよ?」
眉を上げて、いかにも不本意だとでもいうように抗議の声を上げるシリウス様。
私は、思わず目を見開いてシリウス様を見返した。
シリウス様は、凝視する私の目の前で小さな溜め息を吐く。
「君がこうして綺麗になったのはすごく嬉しいけれど、綺麗になりすぎるのも問題だな。ほら周りを見てごらん、会場中の若い男が皆、君を見ている。いっそ以前の姿のままでいてくれれば、僕だけが君を独り占めできたのに」
「――え?」
聞き間違いだろうか。今やけに自分に都合のいい言葉が聞こえた気がする。でもまさか。
「マクシミリアン・デル・ヴィラン国王陛下並びにシャルル王子、そしてその婚約者、サラス帝国マリア王女のご入場です!」
先程何と言ったのか聞き返そうとしたその時、王家の侍従が声を張り上げた。
楽団の音楽が鳴り響き、会場内の皆が慌てて顔を伏せて礼を取る中、王族の方々が登場し、壇上に上がる。
音楽が止まり、陛下が口を開いた。
「皆、面を上げよ」
陛下の言葉に、一体王子の心を射止めたのはどんな美しい姫なのかと期待しながら会場の人々が揃って顔を上げ、そして。
「――っ!」
口にこそ出さないものの、場の全員が衝撃を受けているのがわかる。
人々の視線の先には、仲睦まじく指を絡め合うシャルル様とマリア王女の姿。
気のせいだろうか、マリア王女はなんだか三ヶ月前に見た時よりさらに重量感が増しているような……。
そして会場の皆様方はお願いだから目を見開いて私と壇上のあの人とを交互に見比べるのはやめてほしい。
シャルル様との婚約解消の後、すっかり痩せて細くなった私と、以前の私よりも二回り、いや今となっては三回りくらい大きくなったマリア王女。
しかもシャルル様はいかにも王女に夢中な様子で、いちゃいちゃと周囲に甘い空気を振り撒いている。
会場の人々は、私とマリア王女との間で視線を何往復もさせた結果、何故私が婚約中にあんなに太っていたかを理解したらしい。投げかけられる視線が馬鹿にするようなものから同情するようなそれに変わった。それはそれで、なんだか複雑な気持ちになる。
シャルル様がデブ専であることはこれまで秘密とされてきたのに、これでとうとう衆人の知るところとなってしまった。
私があの頃必死に守り抜いていたものは、一体何だったのだろう。
私が一人虚しさに襲われている間に、陛下とそしてシャルル様の挨拶は終了したらしい。再び音楽が鳴り始め、人々が踊り始める。
「アンジェラ、僕たちも踊ろう」
言うなり、私の手を取ってホールへと歩き出すシリウス様。
先程の言葉の意味を問いかけるタイミングを失ったまま、私はシリウス様の力強いリードに身を任せ、踊り始めた。
「嘘でしょ、どうしてあんなに痩せて綺麗になっているの……⁉︎」
私たちが会場に足を踏み入れたその瞬間、周囲は大きな騒めきに包まれた。
太り過ぎて婚約者に見放された惨めな令嬢を笑いものにしようと待ち構えていた人々は、さぞかし驚いたのだろう。礼儀を忘れてこちらを指差す者までいる。
私がシャルル様と婚約したのは十三歳で、社交界へのデビューは十四歳だった。デビューの頃には私は既に太っていたので、婚約以前の細かった姿を知る人はこの場にはシリウス様くらいしかいない筈だ。驚くのも仕方ないかもしれない。
「大丈夫、僕がずっと傍にいるから堂々としていて」
シリウス様にそう耳元で囁かれ、小さく頷く。
会場内の全ての人々から好奇の目で見つめられて、シリウス様がついていてくれなければ恐怖に逃げ出してしまいそうだった。
「シリウス殿、お久しぶりですな! いつ領地からお戻りに?」
「こんばんはモリッツ侯爵、お久しぶりです。実は今日の昼にこちらに戻ったばかりなのです。大事な婚約者をパーティーで一人にしておくのはあまりにも心配で、無理を言って僕だけ急いで戻ってきました」
そう言って、私の肩に手を置く。モリッツ侯爵は、目を丸くして私の方を見遣った。
「おお、婚約が決まったとはお聞きしておりましたが、そちらの方が! 確かアンジェラ嬢、でしたかな? これはまた、噂と違って随分お美しい……!」
もう私達が婚約したことは、社交界で知れ渡っているらしい。
シリウス様のことも、きっと面白おかしく『王子のお下がりを押し付けられた運の悪い奴』だとでも噂されていたに違いない。
私の顔をしげしげと眺めていたモリッツ侯爵の無遠慮な視線が段々下に降りていき、胸元に注がれるのを感じて、私は居心地悪げに身じろぎした。
痩せる時は胸から痩せる、とよく言うけれど、私は何故か他の部分から痩せて、胸だけはそのまま残ってしまった。なので今の私は自分で言うのもおかしいけれど、なんというか、かなりいやらしい身体つきなのだ。
夜会用の胸元の開いたドレスだと特にそれがわかりやすくて、かなり恥ずかしい。
シリウス様は、モリッツ侯爵からの視線から守るように、さりげなく私の肩を引き寄せた。
「ええ、そうでしょう? ずっと恋焦がれていた御令嬢とこうして婚約する事ができて、幸せを噛み締めているところなのです」
「……え?」
私が驚いて見上げると、シリウス様はおどけたように軽く片目を瞑ってみせる。
「はっはっは、噂とは当てにならんものですな! いや幸せそうで何よりだ!」
モリッツ侯爵は、少し突き出たお腹を揺らして大笑いすると、他の方への挨拶があるから、と去って行った。
「……ごめんね、不快な思いをさせて」
「いいえ、とんでもない。庇ってくださってありがとうございます」
シリウス様の申し訳なさそうな声に、私は首を横に振って答える。そして自嘲するように小さく笑ってみせた。
「……でも、いくら庇うためとはいえ、あんな心にもない事を仰らなくてもよかったのに」
「何を言っているんだい。あれは僕の本心だよ?」
眉を上げて、いかにも不本意だとでもいうように抗議の声を上げるシリウス様。
私は、思わず目を見開いてシリウス様を見返した。
シリウス様は、凝視する私の目の前で小さな溜め息を吐く。
「君がこうして綺麗になったのはすごく嬉しいけれど、綺麗になりすぎるのも問題だな。ほら周りを見てごらん、会場中の若い男が皆、君を見ている。いっそ以前の姿のままでいてくれれば、僕だけが君を独り占めできたのに」
「――え?」
聞き間違いだろうか。今やけに自分に都合のいい言葉が聞こえた気がする。でもまさか。
「マクシミリアン・デル・ヴィラン国王陛下並びにシャルル王子、そしてその婚約者、サラス帝国マリア王女のご入場です!」
先程何と言ったのか聞き返そうとしたその時、王家の侍従が声を張り上げた。
楽団の音楽が鳴り響き、会場内の皆が慌てて顔を伏せて礼を取る中、王族の方々が登場し、壇上に上がる。
音楽が止まり、陛下が口を開いた。
「皆、面を上げよ」
陛下の言葉に、一体王子の心を射止めたのはどんな美しい姫なのかと期待しながら会場の人々が揃って顔を上げ、そして。
「――っ!」
口にこそ出さないものの、場の全員が衝撃を受けているのがわかる。
人々の視線の先には、仲睦まじく指を絡め合うシャルル様とマリア王女の姿。
気のせいだろうか、マリア王女はなんだか三ヶ月前に見た時よりさらに重量感が増しているような……。
そして会場の皆様方はお願いだから目を見開いて私と壇上のあの人とを交互に見比べるのはやめてほしい。
シャルル様との婚約解消の後、すっかり痩せて細くなった私と、以前の私よりも二回り、いや今となっては三回りくらい大きくなったマリア王女。
しかもシャルル様はいかにも王女に夢中な様子で、いちゃいちゃと周囲に甘い空気を振り撒いている。
会場の人々は、私とマリア王女との間で視線を何往復もさせた結果、何故私が婚約中にあんなに太っていたかを理解したらしい。投げかけられる視線が馬鹿にするようなものから同情するようなそれに変わった。それはそれで、なんだか複雑な気持ちになる。
シャルル様がデブ専であることはこれまで秘密とされてきたのに、これでとうとう衆人の知るところとなってしまった。
私があの頃必死に守り抜いていたものは、一体何だったのだろう。
私が一人虚しさに襲われている間に、陛下とそしてシャルル様の挨拶は終了したらしい。再び音楽が鳴り始め、人々が踊り始める。
「アンジェラ、僕たちも踊ろう」
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