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 じっと見つめる私の目の前で、シリウス様が言葉を選ぶように再びゆっくりと話し出す。

「でも会場に着いた君は、僕に守られるどころかその美しさでこれまでの悪評を吹き飛ばし、あまつさえ周囲の男どもまであっという間に魅了してしまった。……僕があの時どんなに嫉妬したかわかるかい? 君が美しさを取り戻したりしなければ、ずっと僕だけのものだったのに。そんな醜いことを考える自分が本当に嫌になったよ」

 いや、周囲を魅了云々はさすがにシリウス様の気のせいだと思うんだけど……。

 でも、やっぱりあの時の言葉は聞き間違いじゃなかったんだ。

 私は、もしかして自惚れてもいいのだろうか。

 私は、緊張で縺れそうな舌をどうにか動かしどうにか言葉を紡いだ。

「……あの、勘違いだったらごめんなさい。シリウス様はもしかして、私のことを好き、なのですか……?」

 私らしくない弱々しいその声を聞いたシリウス様は、大きく目を見開いて信じられないものを見るかのように私を見返した。

「当たり前だろう⁉︎ 今更何を言ってるんだ。僕は求婚したあの時からずっと愛していると言い続けているのに、まさか信じてくれていなかったのかい⁉︎」

 その声に私は思わず肩を竦ませ、上目遣いでごにょごにょと言い訳する。

「それはその、婚約者に対する社交辞令みたいなものだと……。だってあの時シリウス様、『むしろ今の姿のままでずっといてほしいくらいだ』って仰ってたじゃないですか。だから私はてっきり、シリウス様はシャルル様と同じような嗜好をお持ちで、私を好きなのではなくて単に体型を好んで下さっているものだと……」

 まさか、あの愛の言葉が真実だったなんて思いもしなかった。

「いやそれは確かに、あのぷくぷくとしたアンジェラも可愛かったけれど、なんてことだ……!」

 シリウス様は額に手をやると、天を仰いだ。その表情は掌に覆い隠されて窺うことはできない。

 私は申し訳なさに身体を縮こまらせながら、熱くなった頬にそっと手を当てた。

 そうだったのか。シリウスさまが、私を。
 なんだか夢みたいだ。

 しばらくしてから、ようやく気を取り直したらしいシリウス様が反対側の座席から身を乗り出すようにして私の両手を取り、その大きな手で優しく包み込んだ。
 心理的な衝撃もあってか冷えきった私の手と比べて、シリウス様のそれはとても暖かだった。

「僕の迂闊な物言いのせいで、長い間誤解させてしまってごめん。改めて言うよ、僕はアンジェラを愛してる。子供の頃からずっと好きで、初恋だったんだ」

「――!」

 驚きにびくりと揺れる手を、シリウス様が強く握る。そのまま私を覗き込んでくるブルーの瞳は真剣そのもので、見つめ返す私の目が段々と潤んでいくのがわかる。

「君のことが大好きで、ようやく手に入れた君を絶対に手放したくなくて。だからいっそあのままの方がライバルが増えなくていいと思ってあんな事を言ってしまった。僕は、太っていようが痩せていようが、君が君でさえいればいいんだ。――どんな君でも僕にとっては魅力的だし、愛してる」

 最後の言葉に、堪えきれずに私の目から涙がぽろりと零れてしまった。それを慌てて自分の手の甲でごしごしと拭い、顔を上げてシリウス様に向き直る。

 はっきりと気持ちを口にしてくれたシリウス様に、せめて私もちゃんと向き合って想いを伝えたかった。

「……わ、私も、好き。シリウス様が好きです。好きだから、本当の私を好きになってほしかった。偽りの見た目だけを愛されるのは耐えられなかったんです。だから私、元の姿に戻ろうって……っ」

 あ、駄目だ。やっぱり泣きそう。

 堪えきれず、また涙が溢れそうになったその時。突然、若干の息苦しさと共に視界がダークグレーに染まった。頬に当たる、滑らかな布の感触。
 気が付けば、私はシリウス様の胸に思い切り抱き締められていた。

「シ、シリウス様っ……⁉︎」

「……ごめん、嬉しすぎてちょっと我慢できないかも。少しの間だけこうしてていいかな?」

 力強い腕と熱のこもった声に、こくこくと頷くことしかできない。

 まるで夢のようだけれど、押し当てられた胸から伝わるシリウス様の鼓動が、これが夢ではない事を教えてくれていた。

「良かった。毎週手紙を送っても他人行儀な返事しか返ってこないから、嫌われていたらどうしようと思っていたんだ」

「ご、ごめんなさい……」

 勝手に社交辞令だと思い込んで、儀礼的な返事しか返さずにいたことを心から後悔する。

「いいんだ、誤解させた僕が悪い」

 慌てて謝る私に、シリウス様が首を振る。

「君とシャルルとの婚約が決まって、諦めるために隣国へ留学したけれどずっと諦めきれなくて……。でも、あの時諦めてしまわなくて本当に良かった」

 その言葉に、息が詰まる。私はもうすっかり諦めていたというのに、ずっと私を思っていてくれたのかと思うと、嬉しさと申し訳なさで胸が苦しい。

 せめて私からも思いを伝えたくて、恐る恐るシリウス様の背中に手を回すと、シリウス様がいかにも嬉しげな笑みを浮かべてくれて、おかげで少し心が軽くなった。

「……なんだか夢みたいです。シャルル様に婚約を解消された時はこの世の終わりのようだったけれど、まさかそのおかげでこうしてシリウス様と一緒にいられるようになるなんて」

 夢見心地でそう言うと、何故か気まずそうな表情を浮かべるシリウス様。

「あー……そのことなんだけど……」

「?」

 シリウス様はしばらく何かを言い淀んでいらっしゃるようだったけれど、やがて覚悟を決めたように口を開いた。

「――ごめん、実はマリア王女をシャルルに紹介したのは、僕なんだ」

「――――はい?」
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