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38※ロルフ
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血を流したヨルンガが数人の兵士に引きずられる姿を見守るしかなかった。
『絨毯が汚れたわ』
絨毯に滴った血を一瞥し冷たくこぼす。
『汚らわしい。捨ててしまいなさい』
現れたメイド達へと目を向けることなく告げた。
『しかし、王女。……これは少し乱暴だったのではありませんか?』
タイロンのひと言に部屋がシンと静まり返った。
『……何?もう一度いいかしら?』
『……少々、やり方が』
パァンと乾いた音が部屋に響いた。
俺と同じように頬を叩かれたのが見えた。
驚いて見ていると扇を手に何度もタイロンへと打ち付ける。
『お前の、役目は、私の側にいることよ!?私に意見を言うなんて!』
慌てて床に膝まずいて頭を垂れるのに、追い討ちをかけてしつこく何度も頭や背中に扇を振り落とす。
『役立たず!のろま!!グズ!』
まだ言い足りないといつまでも続いた。
俺を囲んでる兵士達も取り巻きの令嬢二人も、青ざめてその様子をただ見つめじっと息を潜めている。
『……申し訳ありません』
息を荒げ打ち疲れて手を休めた頃、タイロンのひと言にやっと事が止んだ。
『はぁ、……はぁ、あぁ疲れたわ』
こちらからは膝まずいているタイロンの表情は読み取れなかった。
他に連なる兵士の中でも頭ひとつ飛び抜けた恰幅と体格を持つ。
若手の中でもいち早く近衛に抜擢され、特に注目を集める騎士だと聞いていた。
そんな男がなぜこうも手酷い扱いを受け入れているのか理解できなかった。
「あれを持ってきて」
メイドに何かを持ってこさせて受けとると嬉しそうに俺に近づいてきた。
「これが何かわかる?」
見せられたのは片手でも持てるほどの小さな丸い陶器の壺だ。
持ち手のついた蓋は花の模様のようにくり貫かれており、隙間からは霞のようなモヤが漂っている。
「……さあ?」
「ふふ、すごいのよ」
ずいっと顔の前に突きだして手をヒラヒラと扇いでモヤが鼻にかかったと思ったら天地が揺れた。
「う、なん、だ?」
ぐらぐらと目の前が揺れて、耐えきれず足元から崩れた。
「ロルフ王子!?」
頭から倒れそうな俺を支えたのはタイロンだった。
呼び掛ける声が大きく聞こえて頭が痛む。
「いい香りでしょう?ほら、もっと吸い込んで」
単純な甘い香り。
それだけではなく何か苦味も混じっている。
香りから逃げたくて顔を背けるが、かすかに身動ぎしただけだ。
「馴れない者が吸うと動けなくなるのよ。それに気持ちのよい夢を見せてくれるわ。ああ、素敵。やっと私のもの」
馬鹿なことを言うな。
はしゃぐ声に反論したくとも声も出せなかった。
「どうぞ、こちらの部屋でお待ちください」
「タイロン殿がわざわざ。……光栄ですね」
「そう仰られますな。私も仕事ですので」
背負われて部屋へと運ばれ、動かない体はベッドへと転がされた。
にやけた顔に同情混じりの眼に見下ろされているが、睨み返す気にならない。
「さすがにお顔の色が悪いですね。何か持ってこさせましょうか?飲み物でもいかがですか?」
「……気にされるな」
ひくつく頬を堪えて微笑み返す。
「飲み物は大丈夫です」
こちらの返答を無視して部屋に置かれた水差しをグラスに注いでタイロン自身が飲んで見せた。
「毒味は致しました。ご安心ください」
「……気分が悪くて飲めそうにない。構うな。気が済んだら部屋から、」
「出ません。王女様の指示です。私に見張れとのことですので」
「……どこまでも舐めてるな」
「そんなつもりはございません。ですが、私でなくては無傷で押さえることはできません」
「先程の連れのようになると言いたいのか」
血を流したヨルンガの姿を思い浮かべた。
「ロルフ王子はあの高さのバルコニーから飛べるほどの身体能力をお持ちです。もうそれだけの会話もできるのならば毒の耐性もあられるのでしょう」
「残念ながら、話すだけで指一本も動かせそうにない」
横に寝かされたはずなのにまだ体が引っくり返るような目眩は残っている。
目をつぶりピクリとも動けずにいた。
「あの壺の正体はなんだ?」
「あれは不思議な香りでして。あれを嗅ぐと皆あなたと同じようになります」
応答と同時に軋む音に目を開けると寝転んだベッドの端にタイロンが俺の上に被さってきていた。
「やめろ。触るな」
「そう言っても抵抗できますまい。ただ服を脱がすだけですよ」
にぃっと笑う顔が腹立たしかった。
『絨毯が汚れたわ』
絨毯に滴った血を一瞥し冷たくこぼす。
『汚らわしい。捨ててしまいなさい』
現れたメイド達へと目を向けることなく告げた。
『しかし、王女。……これは少し乱暴だったのではありませんか?』
タイロンのひと言に部屋がシンと静まり返った。
『……何?もう一度いいかしら?』
『……少々、やり方が』
パァンと乾いた音が部屋に響いた。
俺と同じように頬を叩かれたのが見えた。
驚いて見ていると扇を手に何度もタイロンへと打ち付ける。
『お前の、役目は、私の側にいることよ!?私に意見を言うなんて!』
慌てて床に膝まずいて頭を垂れるのに、追い討ちをかけてしつこく何度も頭や背中に扇を振り落とす。
『役立たず!のろま!!グズ!』
まだ言い足りないといつまでも続いた。
俺を囲んでる兵士達も取り巻きの令嬢二人も、青ざめてその様子をただ見つめじっと息を潜めている。
『……申し訳ありません』
息を荒げ打ち疲れて手を休めた頃、タイロンのひと言にやっと事が止んだ。
『はぁ、……はぁ、あぁ疲れたわ』
こちらからは膝まずいているタイロンの表情は読み取れなかった。
他に連なる兵士の中でも頭ひとつ飛び抜けた恰幅と体格を持つ。
若手の中でもいち早く近衛に抜擢され、特に注目を集める騎士だと聞いていた。
そんな男がなぜこうも手酷い扱いを受け入れているのか理解できなかった。
「あれを持ってきて」
メイドに何かを持ってこさせて受けとると嬉しそうに俺に近づいてきた。
「これが何かわかる?」
見せられたのは片手でも持てるほどの小さな丸い陶器の壺だ。
持ち手のついた蓋は花の模様のようにくり貫かれており、隙間からは霞のようなモヤが漂っている。
「……さあ?」
「ふふ、すごいのよ」
ずいっと顔の前に突きだして手をヒラヒラと扇いでモヤが鼻にかかったと思ったら天地が揺れた。
「う、なん、だ?」
ぐらぐらと目の前が揺れて、耐えきれず足元から崩れた。
「ロルフ王子!?」
頭から倒れそうな俺を支えたのはタイロンだった。
呼び掛ける声が大きく聞こえて頭が痛む。
「いい香りでしょう?ほら、もっと吸い込んで」
単純な甘い香り。
それだけではなく何か苦味も混じっている。
香りから逃げたくて顔を背けるが、かすかに身動ぎしただけだ。
「馴れない者が吸うと動けなくなるのよ。それに気持ちのよい夢を見せてくれるわ。ああ、素敵。やっと私のもの」
馬鹿なことを言うな。
はしゃぐ声に反論したくとも声も出せなかった。
「どうぞ、こちらの部屋でお待ちください」
「タイロン殿がわざわざ。……光栄ですね」
「そう仰られますな。私も仕事ですので」
背負われて部屋へと運ばれ、動かない体はベッドへと転がされた。
にやけた顔に同情混じりの眼に見下ろされているが、睨み返す気にならない。
「さすがにお顔の色が悪いですね。何か持ってこさせましょうか?飲み物でもいかがですか?」
「……気にされるな」
ひくつく頬を堪えて微笑み返す。
「飲み物は大丈夫です」
こちらの返答を無視して部屋に置かれた水差しをグラスに注いでタイロン自身が飲んで見せた。
「毒味は致しました。ご安心ください」
「……気分が悪くて飲めそうにない。構うな。気が済んだら部屋から、」
「出ません。王女様の指示です。私に見張れとのことですので」
「……どこまでも舐めてるな」
「そんなつもりはございません。ですが、私でなくては無傷で押さえることはできません」
「先程の連れのようになると言いたいのか」
血を流したヨルンガの姿を思い浮かべた。
「ロルフ王子はあの高さのバルコニーから飛べるほどの身体能力をお持ちです。もうそれだけの会話もできるのならば毒の耐性もあられるのでしょう」
「残念ながら、話すだけで指一本も動かせそうにない」
横に寝かされたはずなのにまだ体が引っくり返るような目眩は残っている。
目をつぶりピクリとも動けずにいた。
「あの壺の正体はなんだ?」
「あれは不思議な香りでして。あれを嗅ぐと皆あなたと同じようになります」
応答と同時に軋む音に目を開けると寝転んだベッドの端にタイロンが俺の上に被さってきていた。
「やめろ。触るな」
「そう言っても抵抗できますまい。ただ服を脱がすだけですよ」
にぃっと笑う顔が腹立たしかった。
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