12 / 36
行き交うは 夢か現か 春の宵 10
第10章 山姥 古巣に戻る(雪の夜、山姥は語る)
しおりを挟む江戸川時代 山姥古巣にもどる
三日月が明るかった。降るような星空は久々だった。ここは馴染みがある。漆黒の森であっても 山姥は木の根に躓くこともなく、迷わず、かつての茅葺屋根の住まいに着いた。
時空の割れ目を飛んできた衝撃で、気を失った黒川を背負っていた。夏瀬温泉で地震に遭遇し、黒川をがっちり抱いた途端に時空の割れ目に吸い込まれていた。運よく、馴染みのところに出現したので、憑代も要らなかったし、人間黒川も無事だった。
茅葺屋根の小さな家、周りのわずかな平地で、山姥は薬草を育てていた。
見渡すかぎり、雲をつく大樹、大樹で もしドローンで上空から撮影したら、まさに広大な樹海が写るだろう。
江戸川時代にタイムスリップしてから、弥生の山姥の度合いが増していた。
この小さな家の台所には、手入れの行き届いた出刃包丁、鎌、斧、山刀が整然と並び、土間の隅には鍬、鋤、縄、火縄銃 弓矢が立てかけられていた。
山姥を飢えさせてはならない。俺が喰われるだけなら、望むところだが、一夜の宿を頼んできた旅人が喰われるのはだめだ。令和時代のように俺がちゃんと山姥を食べさせる。仕事を見つけなくては。弥生に相談すると、山奥に暮らす生業といえば、炭焼きとかマタギだが、マタギは弓矢や銃、山刀が使えなくでは仕事にならないので、出来そうなのは、炭焼きだろうとのこと。山中を探すと 放置された炭焼き小屋があったので、手を入れて、トライしてみることにした。弥生の指導とサポートのもと、黒川の覚えは早かった。
山裾にある里に炭を売りに行った。売った銭で、中古の着物や塩を買って帰った。炭焼き小屋は峠付近にあったので、どちら側へも 商いに行った。山を挟んで、両方の里は、扱う品物が違った。南西にくだったところの里は、海からの地の利がよく、海産物の商いがあり、北東に下りた里では、狩りの獲物である熊の肝、毛皮等が多く扱われていた。炭売りの黒川が、どちらの里にも往復していることが知れ渡り、北東の里と南西の里の物資の行き交いを頼まれるようになった。令和時代風に言えば、運送業を兼ねた商売だ。
黒川は 山姥を飢えさせないと意気込んでいたが、実際は、山姥の狩りで、鹿肉、イノシシ肉等が膳に載り、山菜が添えられて、飢えとは縁遠い暮らしだった。
とはいえ、機織りから着物を作るのは時間がかかりすぎるし、海辺ではないので、自家製の塩もなかったので、黒川の買い物に 山姥弥生は喜んだ。この時代、暮らしてゆくだけで、水汲み、火おこしと 多くの時を要し、退屈している暇はなかった。すべてが違い過ぎて、どうなることかと思った黒川だったが、弥生と居るおかげで、江戸川時代の山暮らしに 馴染んでいった。
山姥弥生は、なんとか黒川を令和時代に戻してやりたいと思っているが、時空の割れ目は移動するし、何がきっかけで、吸い込まれるかもわからないし、黒川だけ江戸川時代に取り残される可能性さえある。
雪に閉ざされた夜、黒川と弥生は、囲炉裏傍で草鞋を編みながら、話をした。弥生は 黒川だけ江戸川時代に取り残されるかもしれないと。
黒川は、離れ離れに違う時代に生きることになったとき、どうやって消息を知ればよいかを聞いた。山姥は答えて、スマホのように相互連絡を取ることはできないが、緊急の大事の際は、互いの髪の入った指輪を握りしめて念を送れば、届くと。八鬼山での天狗を助けたときのことを語って聞かせた。
吹雪の日には、昼間も外に出ることは難儀を極めたので、出来得る限り、囲炉裏傍で、草鞋の他にも蓑や雪靴を編みながら、ふたりは話し込んだ。主に人間黒川の疑問に山姥弥生が答える会話が多かった。
黒川がもっとも不思議に思うのは、時空間の移動と弥生の探し物?探し人?が何なのか?誰なのか?ということであった。
山姥弥生は語った。
わしとて 最初から婆であったわけではない。ずいぶんと昔じゃが、鬼族とて人間の姿で生まれ、人間とおなじように 赤子、少女、娘へと育った。
わしが、花も恥じらう18のとき、今宵のように昼間からの吹雪が収まらず、峠道をゆく旅人は 難儀を極め、命がけじゃった。山に入る前に吹雪になるのがわかっていれば、山には入らぬのが 普通よ。
吹雪で視界が効かずとも、ごく近くまでくれば、この小屋の灯が見える。旅人がこちらに近づいてきたときから、わしにはわかっていた。若者の匂いがした。間もなく、戸を叩くはずと待っていたが、いま少しのところで、旅人は留まっていた。わしは、戸を開けて、雪に埋もれかけている旅人を 小屋の中に担ぎこんだ。凍え死にしそうだった若者の濡れた蓑、笠、雪靴、袴を脱がせ、温め、休ませ、白湯とかゆを与えて介抱してやった。冬ごもりに備え、乾いた薪、干し肉等 準備万端であったので、喰らうつもりは はなからなかった。
人里離れた山奥、雪に閉ざされた小屋で、若い男女が一緒に過ごした。どちらともなく い抱き合い、肌を合わせた。山姥が受け入れた数少ない男と言えよう。
若者は凍え死にしそうになりながらも、雪の峠を越えようとしていただけあって、火急の用事で、先を急いでいた。翌日 雪が止み、日がさしてきた。山姥に礼を言い、すぐ出立した。介抱してくれた若く美しい娘に未練を残しながらも。互いに名乗ることもなく、別れた。
それから2年ほど後、20歳の山姥の小屋には、幼子が居た。母は山姥、父はあの凍え死するところだった若者、幼子は半妖であった。
鬼族は人間の10倍以上長寿だが、子宝には恵まれなかった。集団で暮らすことはなく、ひとりの縄張りはかなり広大で 鬼族同士の接触もまれだった。山姥も13歳のときから一人暮らしだった。
山姥は母となったことで、もともと幼子を食したことはなかったが、生涯幼子を喰らわないことにした。
夜半に訪ねてくる旅人の中には、幼子とうら若い娘だけの小屋に 不埒な行動に出る者もいたが、山姥は躊躇なくその正体を現し、不埒な旅人は 悲鳴を上げて小屋からまろびでた。夜半、山深き小屋から出て、麓まで無事にたどり着いたものはいない。まろびでた途端、狼の餌食となった。
山姥の物語はとうてい一夜では語りきれず、続きはまた雪の夜に。
黒川は、炭売りの銀さんと呼ばれ、里の人々にも馴染んでいった。
山姥の暮らす月影山を南西に下った里は海の幸、北東に下った里は山の幸に恵まれ、飢饉の年も平穏に越してきた。都から遠く離れている小さな里にしては、豊かであった。その豊さは、都人に知られずに存在してきた隠れ里でもあった。
雲間に浮かぶ夕陽が眩しかった。オレンジ色の揺蕩う帯を挟んで、棚引く雲は、残照に照り映え、灰色、金色、黒灰色、青灰色、赤灰色とグラデーションをつくっていた。水平線を境にグレーグラデションは波間に揺らぎ、見とれている僅かの間に闇が降りてきた。
黒川は南西の里から足を延ばして 海辺に立っていた。海に沈む夕日を眺めていると、自分がどの時代にいるのかわからなくなる。わからなくても 何の支障がある?
月影山は初夏を迎え、緑陰は濃く山道を昼なお暗く妖しさを漂わせていた。
いつもは 南西の里へは日帰りだが、今回海まで来たので、海辺の漁師小屋に泊まることにした。黒川が早朝に山姥の家を発ち、なんとか日にあるうちに着いたこの海辺に 山姥弥生は、闇に乗じて走り、遅めの夕餉には間に合っていた。山深き家では食することのできない刺身が夕餉の膳に載った。
0
あなたにおすすめの小説
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!
翠月るるな
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。
侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。
そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。
私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。
この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。
それでは次の結婚は望めない。
その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる