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月の雫と星屑と 8
第8章 激しい恋情
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潮見と橙
漫画化にあたり原作者「有栖川橙」に初めてあった。漫画家&イラストレーター「潮見 海」は、原作を読んだだけでは、主人公のイメージがいまいち固まらなかったが、今日の打ち合わせで、明確に画像が浮かんだ。そう、有栖川橙を若くして、背丈を伸ばすだけではまる。脳内でイラストが動きだしていた。同時にリアル原作者に焦がれる思いが沸き上がってきた。編集長に、原作者との打ち合わせが、制作にかかせないので、次回も近日中にセッティング依頼をしてから退室した。
紫音と橙が過ごした濃密なふたりだけの冬休みは、それぞれの作品に艶を与え、リアル本人たちから色気を引き出し、関係者たちに橙が何者かも密かに知れ渡った。
橙の外出は 朝から出かけていても、日暮れ前には帰宅していた。
今日は午後から宮川出版社に打ち合わせで出かけていたが、夜になっても帰ってこないし、何の連絡もなかった。不安になった紫音は、海彦に電話した。海彦はまだ編集部に残っていたが、紫音から橙が帰宅していないことを聞くと、打ち合わせは3時間以上前に終わり、似顔絵作成で、漫画家の潮見海のアトリエに行ったことを告げて、すぐに飛び出した。
潮見のアトリエでは、潮見が常用している睡眠導入剤入りコーヒーで眠ってしまった橙をベッドに横たえ、裸身のデッサンに取り掛かっていた。想像だけより、生きたモデルのデッサンを元に描くイラストは、臨場感とリアルさにおいて極上の仕上がりとなる。この手書き原画からデジタルで動きや変化をつけてゆく。橙にあったときから、主人公のイメージは橙以外に考えられなかった。制作中描画の世界へ入り込んでいる潮見に世間の常識は通用しなかった。
編集部での作家や漫画家を入れず内部だけの担当者会議は重苦しい雰囲気に包まれていた。
読者からすれば、描かれたキャラクターのモデルが誰かなどは、絵からだけでは推測できないが。描いた漫画家と モデルにされた原作者が誰かを当事者と編集部は知っているし、そのモデルにされた方の描かれることの同意を取っていない事が最大の問題だった。
この原画を使わないことにすべきだが、あまりに仕上がりがよかった。まさに物語から抜け出したかのようで、ひとめで、見る人を虜にした。この原画を使わない場合、潮見はこの仕事から降りるのは確実だった。原画を使う場合は、橙から宮川出版は縁切りにされる可能性が大きかった。
アルバイトスタッフの神野が会議室に駆け込んできた。息せき切って言うには、潮見海が有栖川橙を抱きしめて離さないとのこと。神野が潮見の腕を離させようとしたら、潮見が「億を稼ぐ腕に触るな」
橙は『俺が提供したのは、物語だけだ。体は提供しないからな。離せ、触るな、この色情魔』
会議室の全員が駆け付け、潮見と橙を取り囲んでも、橙を無理やり潮見が抱きしめている状況は変わらなかった。
アトリエ事件からこっち、潮見と橙が顔を合わせることがないよう気をつけていたのに、なぜこうなった?
長引くほど、他のフロワーからも人が集まりだして、潮見に橙を合わせる機会をつくると説得して、やっと引き離すことが出来た。
潮見の担当編集者「高見沢 佑」、潮見からは橙にいつ合わせてくれると矢の催促、編集部からは 橙原作小説「闇のきざはし」漫画化保留状態の分以外の潮見の仕事の催促の嵐、保留状態の解決策も迫られ、パニックに陥る寸前、しかも全身に窶れが。
潮見を橙に合わせないと、すべての仕事が滞っていた。めったに宮川出版に来ない橙にどうやって合わせるのか?悩んだ末、橙の担当編集者、昼河に泣きついた。
昼河も高見沢の窮状は見かねるが、橙をスケープゴートにする気はまったくなく、悩ましい膠着状態が続いた。
潮見の執着をどうにかしなくては解決しないため、橙の同棲中の恋人立ち合いで、潮見にわずかな時間合わせることになった。アトリエ事件(潮見のアトリエで眠らせて裸体をデッサンした)と編集部フロワー事件(潮見が橙を抱きしめて離さなかった事件)を鑑み、会う場所を紫音のマンションに設定した。
橙の担当編集者昼河と潮見の担当編集者高見沢も同席した。高見沢は 同棲中の有栖川橙の恋人が月夜野紫音であることに驚いてしまった。この一件の解決のためとは言え、秘密を明かすことになったのだ。
それぞれの紹介が済んで、潮見が橙を描いた原画は 露出度の少ないものだけを漫画原画に使うことで合意。
別れ際、1分だけでよいので、橙を抱きしめさせてほしいとの潮見の要望に、リアルで会うのは今回が最後を条件にOKした。
橙を抱きしめ、橙が震えていることに潮見は愕然とした。そんなに怖いおもいをさせていたのかと自己嫌悪で泣けてきた。泣きながら橙を離して、部屋を飛び出した。高見沢が後を追った。
潮見は橙原作の漫画化の仕事だけに集中できるよう他の仕事を高見沢に調整してもらった。仕事でしか橙との接点が取れなかった。隠し持っている橙の全裸のイラストだけが、支えだった。
漫画化するには、アニメ化、実写版映画、ドラマ、舞台と手間暇は変わらないくらい多大にかかった。ストーリーに書かれているキャラクターを漫画にするときは、文章だけでは画像は出来ず、顔、髪型、服、視覚的キャラクターデザイン、背景をどうするか? セリフでの表現、ト書き、ネーム等、やるべきことが山のようで、多くのスタッフが必要だが、制作の肝を担当する潮見が走り出したのに合わせ、全部が動き出した。
宮川出版、その他もろもろ関係者と打ち合わせ、制作期間を全編完成まで約1年4か月として、月間雑誌2か月に1度の発刊全8回連作とし、進捗状況を見ながら、初回掲載前から、宣伝した。
書店用ポスターには、潮見の物語の世界から抜け出してきたかのような、「見る人を引き込む瞳を持つ美しい少年と射貫くようなオレンジ色の瞳の灰色狼」のイラストを使った。貼るとすぐに盗まれ、前評判は上々であった。これに気をよくした宮川出版は、紙ポスターの増刷はせず、初回掲載月刊誌にポスター画像ダウンロードのオマケを付けた。
皐月、各月刊漫画雑誌「ミ・テッソーロ」5月販売の6月号に「闇のきざはし」初回が掲載されることとなった。販売初日に合わせ八重神ブックセンターにて原作者・漫画家サイン会が開催された。
橙は出席を渋ったが、潮見の出席は橙が来ることが条件なので、橙欠席では、サイン会が成り立たない。
午後6時開始7時半終了。勤め帰りの人々が立ち寄り、また遠方からもファンが訪れて盛況であった。
混み合う前の時間に、書店の要望で、ポスター前に潮見と橙が並んで記念撮影をした。髪の色は逆だが、まるで物語から抜け出したようなふたりだった。「闇のきざはし」では、「狼の血をひく一族で長身銀髪の左弦満」を「黒髪の潮見海」が、「薔薇の一族黒髪の美少年香月」を「銀髪の有栖川橙」が、この世に具現化していた。
サイン会終了後片付けのどさくさに紛れて、潮見は橙を連れだした。休憩スペースに案内する名目で。我々が先に休憩しないと誰も休憩に入れないだろうと一足早く休憩することを橙に説明した。橙も終了後すぐ帰る予定だったが、初めてのサイン会に思いのほか疲れて一息つきたかった。
書店の入っているビルから出て行く潮見に橙は、外なのか?と疑問を呈したが、潮見は答えて「大きな書店ではあるけれど、皆で休憩できるスペースはないんだ。で、ホテル一室休憩用におさえた」道路を渡り、ロボットが受付する無人の「変なホテル」に入った。橙は職業柄からも好奇心旺盛なので、受付の恐竜型ロボットに気をとられ、潮見とスムーズにホテルに入ってしまった。
部屋に入ると 潮見は飲み物を橙に出し、どうせスタッフしか来ないから、裸足になって、 くつろいでと 自分も靴と靴下を脱ぎ、橙の靴と靴下も脱がせた。橙はソファに座った途端、疲労が襲ってきて、眠くなってきた。体力がない橙は昼寝を日課にしていて、今日は、その暇がなかったため、数時間遅れの午睡となった。うとうとしている橙に、潮見はどうせならベッドで寝たらと声をかけたが、目を覚ます様子はないので、抱き上げて、ベッドに運んだ。
宮川出版社スタッフと書店員スタッフで、片付けはさほど時間を取られなかった。
海彦は書店と挨拶を交わし、見回したが橙が見当たらなかった。高見沢も潮見を捜していいた。ふたりは顔を見合わせ、お互いの嫌な予感を暗黙で了解した。手分けしてビル内を捜しつつ それぞれ橙と潮見に電話した。どちらも連絡が取れなかった。
「闇のきざはし」掲載の5月に発行されたミ・テッソーロ6月号は完売した。あまりの人気に重版が追いつかないくらいだった。販売がのびているのは、うれしい悲鳴だが、肝心の漫画家「潮見海」の精神状態が問題だった。
八重神ブックセンターでのサイン会の様子は、宮川出版社と書店の双方のホームページに掲載され、特に橙と潮見が並んだ写真は好評だった。全国の書店からサイン会開催の要望が殺到していた。
八重神ブックセンターでのサイン会の後、潮見が橙を騙してホテルに連れ込んだことは、なんとか書店には知られずに済んだが、編集部全員と紫音は把握していた。
サイン会開催への暗雲だけでなく、7月発売の8月号の締め切りが迫っていた。
編集部の会議で対応策が話あわれ、編集長に高見沢と昼河が同行して橙を訪ねた。
せめてサイン会で橙に会えれば、潮見が描き続けられるのでは?と 二人きりにすることは絶対しないので、サイン会に橙に来てほしいと。
橙はそれでは解決策にならないことを指摘した。
橙の見立てでは、潮見海は、自身の世界観の中にて描いているし、それが素晴らしい制作にもつながっている。が、その世界観は、世の中の常識とは相いれない部分も多々あり、価値観の違う世界観が接触することは、潮見を傷付け、世の中の方にはトラブルを発生される。潮見の才能の元である世界観を守りつつ、世の中に作品を送りだすには、間にクッションが必要で、具体的には、潮見の世界観を本人と作品の両方を受け入れ、大切に思うパートナーが必要。いきなりパートナーが難しければ、書生でも、秘書でも、マネージャーでも、アシスタントスタッフでも構わないから、泊まり込みで常にそばにいることが重要。
俺のことも潮見は リアルの俺を見ていない。おっさんと言う現実が見えていない。「あばたも笑窪の最たるもので、俺を憑代にして、物語の中の美少年を抱いている。潮見のそばに居て守ってやりたいと思う誰かを捜さないと。」
高見沢は橙の助言に感ずることがあった。あらためて、周りを見回すと、ヒトリの顔が浮かんだ。編集長に提案してみた。もちろん、本人の了解とお試し期間も必要だが。
アルバイトスタッフの神野は、編集長立ち合いで、高見沢から、潮見の書生にならないかと言われたときは、夢かと思った。正式にはお試し期間を経て、潮見が決めることだが。
書生なので、住み込みで、食事付き、潮見のそばでイラストも学べるし、アシスタントスタッフへの道もある。なにより、大ファンなので、そばに居られるだけで、うれしかった。現実問題として、大学生なので、家賃と食費が浮くのはとても助かる。
宮川出版は、編集長から潮見に書生をおいてはどうかと提案して、お試し期間の費用は、全額、編集部で持つことを伝えた。
潮見は、瞳をキラキラさせて向かいあっている書生候補の神野を見て、お試ししてみることにした。編集長からの話では、宮川出版で、何回か見かけているはずなのだが、まったく覚えがなかった。もっとも、人の名前や顔を覚えようという気がないので、編集長でさえ、初対面のような。目に焼き付いているのは、橙。顔と名前をきちんと把握しているのは、高見沢だけだった。初対面と思えるのに、顔と名前を認識した稀有なひとりが神野だった。
神野は献身的だった。アルバイトも辞め、大学に通う以外は、潮見のそばに居た。
潮見も神野が傍に居ることに慣れ、そのことが、心の平安をもたらし、いつの間にか 橙への焦がれるような思いが鎮まってきていた。
1週間で、正式に神野を書生として受け入れ、仕事に集中できるようになり、半月で、橙欠席でも神野同伴のサイン会にはOKを出した。
漫画化にあたり原作者「有栖川橙」に初めてあった。漫画家&イラストレーター「潮見 海」は、原作を読んだだけでは、主人公のイメージがいまいち固まらなかったが、今日の打ち合わせで、明確に画像が浮かんだ。そう、有栖川橙を若くして、背丈を伸ばすだけではまる。脳内でイラストが動きだしていた。同時にリアル原作者に焦がれる思いが沸き上がってきた。編集長に、原作者との打ち合わせが、制作にかかせないので、次回も近日中にセッティング依頼をしてから退室した。
紫音と橙が過ごした濃密なふたりだけの冬休みは、それぞれの作品に艶を与え、リアル本人たちから色気を引き出し、関係者たちに橙が何者かも密かに知れ渡った。
橙の外出は 朝から出かけていても、日暮れ前には帰宅していた。
今日は午後から宮川出版社に打ち合わせで出かけていたが、夜になっても帰ってこないし、何の連絡もなかった。不安になった紫音は、海彦に電話した。海彦はまだ編集部に残っていたが、紫音から橙が帰宅していないことを聞くと、打ち合わせは3時間以上前に終わり、似顔絵作成で、漫画家の潮見海のアトリエに行ったことを告げて、すぐに飛び出した。
潮見のアトリエでは、潮見が常用している睡眠導入剤入りコーヒーで眠ってしまった橙をベッドに横たえ、裸身のデッサンに取り掛かっていた。想像だけより、生きたモデルのデッサンを元に描くイラストは、臨場感とリアルさにおいて極上の仕上がりとなる。この手書き原画からデジタルで動きや変化をつけてゆく。橙にあったときから、主人公のイメージは橙以外に考えられなかった。制作中描画の世界へ入り込んでいる潮見に世間の常識は通用しなかった。
編集部での作家や漫画家を入れず内部だけの担当者会議は重苦しい雰囲気に包まれていた。
読者からすれば、描かれたキャラクターのモデルが誰かなどは、絵からだけでは推測できないが。描いた漫画家と モデルにされた原作者が誰かを当事者と編集部は知っているし、そのモデルにされた方の描かれることの同意を取っていない事が最大の問題だった。
この原画を使わないことにすべきだが、あまりに仕上がりがよかった。まさに物語から抜け出したかのようで、ひとめで、見る人を虜にした。この原画を使わない場合、潮見はこの仕事から降りるのは確実だった。原画を使う場合は、橙から宮川出版は縁切りにされる可能性が大きかった。
アルバイトスタッフの神野が会議室に駆け込んできた。息せき切って言うには、潮見海が有栖川橙を抱きしめて離さないとのこと。神野が潮見の腕を離させようとしたら、潮見が「億を稼ぐ腕に触るな」
橙は『俺が提供したのは、物語だけだ。体は提供しないからな。離せ、触るな、この色情魔』
会議室の全員が駆け付け、潮見と橙を取り囲んでも、橙を無理やり潮見が抱きしめている状況は変わらなかった。
アトリエ事件からこっち、潮見と橙が顔を合わせることがないよう気をつけていたのに、なぜこうなった?
長引くほど、他のフロワーからも人が集まりだして、潮見に橙を合わせる機会をつくると説得して、やっと引き離すことが出来た。
潮見の担当編集者「高見沢 佑」、潮見からは橙にいつ合わせてくれると矢の催促、編集部からは 橙原作小説「闇のきざはし」漫画化保留状態の分以外の潮見の仕事の催促の嵐、保留状態の解決策も迫られ、パニックに陥る寸前、しかも全身に窶れが。
潮見を橙に合わせないと、すべての仕事が滞っていた。めったに宮川出版に来ない橙にどうやって合わせるのか?悩んだ末、橙の担当編集者、昼河に泣きついた。
昼河も高見沢の窮状は見かねるが、橙をスケープゴートにする気はまったくなく、悩ましい膠着状態が続いた。
潮見の執着をどうにかしなくては解決しないため、橙の同棲中の恋人立ち合いで、潮見にわずかな時間合わせることになった。アトリエ事件(潮見のアトリエで眠らせて裸体をデッサンした)と編集部フロワー事件(潮見が橙を抱きしめて離さなかった事件)を鑑み、会う場所を紫音のマンションに設定した。
橙の担当編集者昼河と潮見の担当編集者高見沢も同席した。高見沢は 同棲中の有栖川橙の恋人が月夜野紫音であることに驚いてしまった。この一件の解決のためとは言え、秘密を明かすことになったのだ。
それぞれの紹介が済んで、潮見が橙を描いた原画は 露出度の少ないものだけを漫画原画に使うことで合意。
別れ際、1分だけでよいので、橙を抱きしめさせてほしいとの潮見の要望に、リアルで会うのは今回が最後を条件にOKした。
橙を抱きしめ、橙が震えていることに潮見は愕然とした。そんなに怖いおもいをさせていたのかと自己嫌悪で泣けてきた。泣きながら橙を離して、部屋を飛び出した。高見沢が後を追った。
潮見は橙原作の漫画化の仕事だけに集中できるよう他の仕事を高見沢に調整してもらった。仕事でしか橙との接点が取れなかった。隠し持っている橙の全裸のイラストだけが、支えだった。
漫画化するには、アニメ化、実写版映画、ドラマ、舞台と手間暇は変わらないくらい多大にかかった。ストーリーに書かれているキャラクターを漫画にするときは、文章だけでは画像は出来ず、顔、髪型、服、視覚的キャラクターデザイン、背景をどうするか? セリフでの表現、ト書き、ネーム等、やるべきことが山のようで、多くのスタッフが必要だが、制作の肝を担当する潮見が走り出したのに合わせ、全部が動き出した。
宮川出版、その他もろもろ関係者と打ち合わせ、制作期間を全編完成まで約1年4か月として、月間雑誌2か月に1度の発刊全8回連作とし、進捗状況を見ながら、初回掲載前から、宣伝した。
書店用ポスターには、潮見の物語の世界から抜け出してきたかのような、「見る人を引き込む瞳を持つ美しい少年と射貫くようなオレンジ色の瞳の灰色狼」のイラストを使った。貼るとすぐに盗まれ、前評判は上々であった。これに気をよくした宮川出版は、紙ポスターの増刷はせず、初回掲載月刊誌にポスター画像ダウンロードのオマケを付けた。
皐月、各月刊漫画雑誌「ミ・テッソーロ」5月販売の6月号に「闇のきざはし」初回が掲載されることとなった。販売初日に合わせ八重神ブックセンターにて原作者・漫画家サイン会が開催された。
橙は出席を渋ったが、潮見の出席は橙が来ることが条件なので、橙欠席では、サイン会が成り立たない。
午後6時開始7時半終了。勤め帰りの人々が立ち寄り、また遠方からもファンが訪れて盛況であった。
混み合う前の時間に、書店の要望で、ポスター前に潮見と橙が並んで記念撮影をした。髪の色は逆だが、まるで物語から抜け出したようなふたりだった。「闇のきざはし」では、「狼の血をひく一族で長身銀髪の左弦満」を「黒髪の潮見海」が、「薔薇の一族黒髪の美少年香月」を「銀髪の有栖川橙」が、この世に具現化していた。
サイン会終了後片付けのどさくさに紛れて、潮見は橙を連れだした。休憩スペースに案内する名目で。我々が先に休憩しないと誰も休憩に入れないだろうと一足早く休憩することを橙に説明した。橙も終了後すぐ帰る予定だったが、初めてのサイン会に思いのほか疲れて一息つきたかった。
書店の入っているビルから出て行く潮見に橙は、外なのか?と疑問を呈したが、潮見は答えて「大きな書店ではあるけれど、皆で休憩できるスペースはないんだ。で、ホテル一室休憩用におさえた」道路を渡り、ロボットが受付する無人の「変なホテル」に入った。橙は職業柄からも好奇心旺盛なので、受付の恐竜型ロボットに気をとられ、潮見とスムーズにホテルに入ってしまった。
部屋に入ると 潮見は飲み物を橙に出し、どうせスタッフしか来ないから、裸足になって、 くつろいでと 自分も靴と靴下を脱ぎ、橙の靴と靴下も脱がせた。橙はソファに座った途端、疲労が襲ってきて、眠くなってきた。体力がない橙は昼寝を日課にしていて、今日は、その暇がなかったため、数時間遅れの午睡となった。うとうとしている橙に、潮見はどうせならベッドで寝たらと声をかけたが、目を覚ます様子はないので、抱き上げて、ベッドに運んだ。
宮川出版社スタッフと書店員スタッフで、片付けはさほど時間を取られなかった。
海彦は書店と挨拶を交わし、見回したが橙が見当たらなかった。高見沢も潮見を捜していいた。ふたりは顔を見合わせ、お互いの嫌な予感を暗黙で了解した。手分けしてビル内を捜しつつ それぞれ橙と潮見に電話した。どちらも連絡が取れなかった。
「闇のきざはし」掲載の5月に発行されたミ・テッソーロ6月号は完売した。あまりの人気に重版が追いつかないくらいだった。販売がのびているのは、うれしい悲鳴だが、肝心の漫画家「潮見海」の精神状態が問題だった。
八重神ブックセンターでのサイン会の様子は、宮川出版社と書店の双方のホームページに掲載され、特に橙と潮見が並んだ写真は好評だった。全国の書店からサイン会開催の要望が殺到していた。
八重神ブックセンターでのサイン会の後、潮見が橙を騙してホテルに連れ込んだことは、なんとか書店には知られずに済んだが、編集部全員と紫音は把握していた。
サイン会開催への暗雲だけでなく、7月発売の8月号の締め切りが迫っていた。
編集部の会議で対応策が話あわれ、編集長に高見沢と昼河が同行して橙を訪ねた。
せめてサイン会で橙に会えれば、潮見が描き続けられるのでは?と 二人きりにすることは絶対しないので、サイン会に橙に来てほしいと。
橙はそれでは解決策にならないことを指摘した。
橙の見立てでは、潮見海は、自身の世界観の中にて描いているし、それが素晴らしい制作にもつながっている。が、その世界観は、世の中の常識とは相いれない部分も多々あり、価値観の違う世界観が接触することは、潮見を傷付け、世の中の方にはトラブルを発生される。潮見の才能の元である世界観を守りつつ、世の中に作品を送りだすには、間にクッションが必要で、具体的には、潮見の世界観を本人と作品の両方を受け入れ、大切に思うパートナーが必要。いきなりパートナーが難しければ、書生でも、秘書でも、マネージャーでも、アシスタントスタッフでも構わないから、泊まり込みで常にそばにいることが重要。
俺のことも潮見は リアルの俺を見ていない。おっさんと言う現実が見えていない。「あばたも笑窪の最たるもので、俺を憑代にして、物語の中の美少年を抱いている。潮見のそばに居て守ってやりたいと思う誰かを捜さないと。」
高見沢は橙の助言に感ずることがあった。あらためて、周りを見回すと、ヒトリの顔が浮かんだ。編集長に提案してみた。もちろん、本人の了解とお試し期間も必要だが。
アルバイトスタッフの神野は、編集長立ち合いで、高見沢から、潮見の書生にならないかと言われたときは、夢かと思った。正式にはお試し期間を経て、潮見が決めることだが。
書生なので、住み込みで、食事付き、潮見のそばでイラストも学べるし、アシスタントスタッフへの道もある。なにより、大ファンなので、そばに居られるだけで、うれしかった。現実問題として、大学生なので、家賃と食費が浮くのはとても助かる。
宮川出版は、編集長から潮見に書生をおいてはどうかと提案して、お試し期間の費用は、全額、編集部で持つことを伝えた。
潮見は、瞳をキラキラさせて向かいあっている書生候補の神野を見て、お試ししてみることにした。編集長からの話では、宮川出版で、何回か見かけているはずなのだが、まったく覚えがなかった。もっとも、人の名前や顔を覚えようという気がないので、編集長でさえ、初対面のような。目に焼き付いているのは、橙。顔と名前をきちんと把握しているのは、高見沢だけだった。初対面と思えるのに、顔と名前を認識した稀有なひとりが神野だった。
神野は献身的だった。アルバイトも辞め、大学に通う以外は、潮見のそばに居た。
潮見も神野が傍に居ることに慣れ、そのことが、心の平安をもたらし、いつの間にか 橙への焦がれるような思いが鎮まってきていた。
1週間で、正式に神野を書生として受け入れ、仕事に集中できるようになり、半月で、橙欠席でも神野同伴のサイン会にはOKを出した。
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