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魔力なしのレティシア
第三話
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その後、レティシアはどんどん勝ち抜いていき、あっという間に一位を手に入れた。
そして、彼女の試験合格を裏付けるように、模擬戦が行われるらしい。
闘技場修繕とレティシアの休憩の為に少しの時間が空く。彼女は一人、控え室に帰っている途中だった。
「おい!」
レティシアの歩く後ろから声をかけられる。
顔を見なくても分かる、たった二文字のその強気な声。彼女は心の中でひとつため息を吐いてから振り返る。
「なんでしょう」
「なんでお前が勝って、俺が負ける!」
「…負けたんですか。それは残念です」
「…っ!お前はせいぜい国衛騎士団に入っていれば良い!近衛隊に入るのはこの俺だ!」
「あの…ちょっと!?」
それだけを言って、去って行ってしまった。
振り返った先に居たのは、レティシアの兄であったロキス・ハルードだ。
誰に似たのか、とても傲慢な性格で、レティシアが手にする物全てが気に入らないらしい。
彼女にはもう関係なかったが、あの兄を見ていると、伯爵家の未来が不安になってくる。
「はぁ…」
(それにしても、あの発言は…)
王国騎士に区別などない。皆試験を受けて王に仕える騎士になったのだから。
控え室に戻ると、騎士服を着た男の子が一人、部屋の片付けをしていた。レティシアは先程気になったことを訪ねてみる。
「ねぇ、国衛騎士団と近衛隊に違いはあるの?」
「…」
男の子はチラッと彼女を見てから、発言する。
「レベルの違いですかね…」
「レベル?」
「…国衛騎士団に入るつもりなら、やめといた方が良いですよ。落ちこぼれ騎士と呼ばれています」
「落ちこぼれ…?」
レティシアはありえない。と首を横に振る。
だってあのフィルスが団長を務めているのに、落ちこぼれなはずがない。
「まぁ、見ればわかります。では、僕はこれで」
彼は深く頭を下げ、部屋から出て行った。
「あ、名前聞くの忘れた…」
レティシアは少し考え事を始めた…
王を守る騎士団が弱いはずがない。確かに魔物を倒しに出る近衛隊と違って、派手な遠征は無いし、活動実績はあまり聞いた事はない。
それに、騎士団入団試験は、それぞれの幹部が直々に審査する。余程のことがない限り弱いはずがない。
でもそれが、国衛騎士団への周りからの評価である事は事実だった。
しばらくして、模擬戦が始まろうとしている。
模擬戦の相手は、国衛騎士団副団長のグラッド・カルミア。
なぜグラッドが選ばれたのか。それは彼が幹部の中で一番弱かったからだ。そんな彼にとってこの戦いは、少女を痛め付けストレスを発散できる良い機会であった。だが彼は知らない、同時に惨めな醜態を晒す場でもある事を。
二つの騎士団のそれぞれの幹部のうち、グラッド以外の三人は、三騎士と呼ばれとても強く、しばらく入れ替わりが行われていない。
近衛隊隊長のジオルド・スティファンは王国最強の魔剣士と称される辺境伯。
副隊長のクラン・スカルティアは公爵家の後継ぎであり、最強クラスの剣士だ。加えて、遠征ではいつものらりくらりとしているジオルドの代わりに指揮を取ることもある。
国衛騎士団団長のフィルスは、殿下直属の騎士であり、魔力量は誰よりも多い。しかし出身が元奴隷の為か、フィルス単体では貴族は誰も話を聞いてくれない。
そんな三人に囲まれ、一番弱いからという理由で模擬戦の相手にされているのだ。
とはいえ彼も副団長。三騎士程でなくても、強いのは明らかだ。
「初めまして。レティシア殿」
「初めまして。副団長殿」
顔を合わせた瞬間から、レティシアには分かっていた。この男は、本気でかかってくると。
だからこそ、負けられない。ここは、彼女にとっても強さを証明する場であったから。
「では、始め!」
レティシアは開始の合図と同時に後ろに飛んで引き下がった。
グラッドが魔法攻撃を仕掛けてきたからだ。
(なに!?見えなかった…)
彼が放った魔法は三つ。土魔法で闘技場の土台を走りにくくし、さらに何本かの柱を生成した。水魔法で地面を濡らし、その上に雷を走らせる。
これが直撃していたら、感電死していたことだろう…
レティシアには瞳の赤い時だけ、魔力が見える。これは魔力なし特有の能力であり、精霊と同じ力だ。
しかし、魔力なし全員が全ての魔力を見れるわけじゃない。大きな魔力しか見えないものもいれば、殆ど魔力を持っていない者を見分ける事の出来る者も居る。また、見える属性も魔力なしによって様々だ。
そんな中、彼女は誰よりも細かく魔力を見分けることが出来た。身体の外に漏れ出た魔力までも…。
身体の外に漏れ出た魔力は、魔力なしでも見れる者は殆どいない。加えて外に漏れ出ていても、魔法を放つ時には自身の魔力として変換される為、魔力量を見誤る危険がある。しかし、見えるからと言って全てが良いわけではない。身体に靄がかかってしまい。人の形を捉えることが難しくなるのだ。
そのせいで、街中では歩きにくい。どちらが良いかはわからない。
ただし今は、一人を相手にしている。例え靄がかかっていても、居場所さえ掴めればこっちのものだ。
どんなに狭い場所に入ったとしても、魔力なしには見つかってしまう。彼らから隠れる事は不可能に等しい。
だって、魔力の流れを止めなければ、見つかってしまうのだから。しかし、魔力の流れを止める事は死を意味する。だから、誰もやる者はいない。そもそも、魔力なしに魔力が見える事自体誰も知らないのだ。
そんな彼女でも、グラッドの魔法が見分けられなかった。
放たれる方向、大きさは見えても、属性が見えなければ、逃げ遅れると大惨事になりうる。
彼は、レティシアが見てきた中で一番魔力の扱いが上手いのかもしれない。あのフィルスよりも…
(チッ…フィルス相手にしてたらグラッドは無理だわ)
フィルスはその馬鹿でかい魔力を塊でぶつけてくる。魔法に変換しないこともしばしば…しかし、量と上級魔法を使いこなす為、負け無しなのだ。
(このままじゃ、埒があかない…)
グラッドの魔法に押され、近付いても引き離された。
仕方なく、彼が作った柱の影に隠れる。
「どこ行った!」
レティシアは隠れるのが得意だ。当然、彼が見つけられる訳がない。気配を完全に消しながら、彼の視覚を狙って近くまで駆け寄る。
そのまま一気に柱を駆け抜けて、上からグラッドに向けて剣を振り下ろす。
「…っ!」
不意を突かれたグラッドだったが、レティシアの剣を受け止めきった。だが、彼女の剣には雷が纏っていたため、少し手が痺れる。
その雷は、彼が初手でレティシアに放った魔法だ。
(まだ足りなかったか…)
力だけでは、レティシアの負けは確定している。だから、隠れたり、魔法を利用したりして追い詰めたはずだったのだが…
(…っ!?)
グラッドは空いていた片手で、火魔法をレティシアに浴びせる。
見事に命中し、レティシアの身体は宙を舞う。
レティシアは空中で身体を翻し、ザーッと音を鳴らしながら、剣で威力を止めた。
砂埃が舞い、観客に見えるまで砂埃が収まると…火魔法が命中したはずのレティシアは自分の足でしっかり立ち、鋭い眼差しで剣先をグラッドに向けていた。
しばらく静寂が過ぎ、先に仕掛けたのはグラッドだ。一番得意な火魔法を次々に投げてくる。
レティシアは瞬時に消えるように逃げる。彼女は魔力なしの力をほぼ最大限に使い切れているといっても良かった。
(四属性…さすがね)
火、水、風、雷、岩、草、光、闇。この世界の魔法は八属性に分類される。殆どの者が、光と闇以外の六属性の中から、一つしか使えない。
グラッドが四属性を使えているという事は、王国騎士には複数の属性を使いこなす者が沢山いると思っても間違いではないだろう。
最強クラスの魔法使いフィルスは、光と闇以外の属性を使う事が可能だが、殆ど得意な属性しか使わない為、水と風しか使えないと思われている。
グラッドは自身の使える属性全てを曝け出した。逆に言えば、弱みを曝け出すことにもなりうる。しかし相手はレティシアだ。魔力で相殺される事はない。
だからこそ、一瞬で決着を付けるつもりでいた。なのに…
(なんで!こんな小娘にっ…)
思いの外、決着に時間がかかっている。しかもどちらも殆ど怪我がない。このままでは、新人の騎士に弄ばれた副団長という汚名を被せられてしまう。しかも少女にだ。
焦ったグラッドは数で押すことにした。いくらレティシアが魔法を切れると言ったって、簡単な事ではない。
レティシアは追いかけてくる無数の火球を切りながら、柱の一番上まで追い詰められてしまった。
落ちれば感電、前後左右から火球が飛んでくる。必死に魔法を避けたり切ったりしていた。
グラッドが静かにニヤリと笑う。
数で押されたレティシアには見えていない。大きな火球が飛んできていたのだ。
(なっ!)
気付いた時にはもう遅い。切る間もなく、直撃してしまった。
「殿下、どちらへ?」
レティシアに火球が直撃した直後、シュゼンベルが席を立ち、出口に向かって歩き出した。
「もう結果は決まっている。見る必要もない」
「では私も…」
「お前は最後まで見届けなければならないだろ?」
「ですが殿下を一人にするわけには!」
「お前はここに残ってシアを見ていろ!命令だ…」
フィルスはシュゼンベルに命令された事により、その言葉に背いて動く事は出来なかった。
ただ、シュゼンベルが一人で戻っていく姿を見ている事しか…
彼は普段、フィルスに対して命令はしない。二人は主従関係でありながら、絶対的な信頼で結ばれているからだ。
「おぉー!!」
観客が声を上げた。
火球が直撃したレティシアの様子が見え始めたのだ。辺りの煙が消えていく。
彼女は自身で立つ事は出来なかったが、剣を突き刺し、まだそこに立っていた。
額から血を流し、まっすぐグラッドを見ている。
レティシアは流れた血が入り、充血した目はさらに赤く、鋭い眼差しでグラッドを見下ろしていた。
(なんだ?この圧…)
まるで獣に狩をされている小動物かのような気分になる。
そこにあるはずのない彼女の威厳。従わなければ罰される様な気分になる。
あと少し押せば完全な勝利になる。グラッドはまた、火球を放とうとした。
その時…
「そこまでだ!」
強く、よく響くフィルスの声が聞こえる。
「これにて模擬戦は終了とする!のちほど合格者を発表するので各自待機するように!」
フィルスの終了の合図を聞き、気が抜けたレティシアは、高い柱の先端から真っ逆さまに落ちた。
誰もが危ない!と思ったが…
「お疲れ様です…」
フィルスが柱を駆け上がり、空中で受け止めた。
スタッと、音と振動を立てずに着地する。
「アルマ!あとは頼んだ」
「僕ですか?」
「あぁ…」
「はぁ…了解です」
アルマと呼ばれた騎士服を着た男の子がレティシアを抱えて医務室へ向かっていった。レティシアは疲れたのか、完全に寝てしまっている。
「お前は…全力だったか?」
フィルスはグラッドに尋ねた。
「全力では無いですが…」
「そうか…なら全力でやって、すぐに決着をつけるべきだったな」
フィルスはそれだけ話して、アルマの後をついていった。
グラッドはその言葉が悔しくて、拳を握りしめた。彼は全力だったのだ。彼とレティシアの力はほぼ互角と言ってもいいだろう。
本来ならば力の差を見せつけて勝つつもりだったのに…思わぬところに障害ができた。
きっと彼女ならば、すぐにグラッドを追い越し、副団長の座を手に入れる事だろう。
そして、彼女の試験合格を裏付けるように、模擬戦が行われるらしい。
闘技場修繕とレティシアの休憩の為に少しの時間が空く。彼女は一人、控え室に帰っている途中だった。
「おい!」
レティシアの歩く後ろから声をかけられる。
顔を見なくても分かる、たった二文字のその強気な声。彼女は心の中でひとつため息を吐いてから振り返る。
「なんでしょう」
「なんでお前が勝って、俺が負ける!」
「…負けたんですか。それは残念です」
「…っ!お前はせいぜい国衛騎士団に入っていれば良い!近衛隊に入るのはこの俺だ!」
「あの…ちょっと!?」
それだけを言って、去って行ってしまった。
振り返った先に居たのは、レティシアの兄であったロキス・ハルードだ。
誰に似たのか、とても傲慢な性格で、レティシアが手にする物全てが気に入らないらしい。
彼女にはもう関係なかったが、あの兄を見ていると、伯爵家の未来が不安になってくる。
「はぁ…」
(それにしても、あの発言は…)
王国騎士に区別などない。皆試験を受けて王に仕える騎士になったのだから。
控え室に戻ると、騎士服を着た男の子が一人、部屋の片付けをしていた。レティシアは先程気になったことを訪ねてみる。
「ねぇ、国衛騎士団と近衛隊に違いはあるの?」
「…」
男の子はチラッと彼女を見てから、発言する。
「レベルの違いですかね…」
「レベル?」
「…国衛騎士団に入るつもりなら、やめといた方が良いですよ。落ちこぼれ騎士と呼ばれています」
「落ちこぼれ…?」
レティシアはありえない。と首を横に振る。
だってあのフィルスが団長を務めているのに、落ちこぼれなはずがない。
「まぁ、見ればわかります。では、僕はこれで」
彼は深く頭を下げ、部屋から出て行った。
「あ、名前聞くの忘れた…」
レティシアは少し考え事を始めた…
王を守る騎士団が弱いはずがない。確かに魔物を倒しに出る近衛隊と違って、派手な遠征は無いし、活動実績はあまり聞いた事はない。
それに、騎士団入団試験は、それぞれの幹部が直々に審査する。余程のことがない限り弱いはずがない。
でもそれが、国衛騎士団への周りからの評価である事は事実だった。
しばらくして、模擬戦が始まろうとしている。
模擬戦の相手は、国衛騎士団副団長のグラッド・カルミア。
なぜグラッドが選ばれたのか。それは彼が幹部の中で一番弱かったからだ。そんな彼にとってこの戦いは、少女を痛め付けストレスを発散できる良い機会であった。だが彼は知らない、同時に惨めな醜態を晒す場でもある事を。
二つの騎士団のそれぞれの幹部のうち、グラッド以外の三人は、三騎士と呼ばれとても強く、しばらく入れ替わりが行われていない。
近衛隊隊長のジオルド・スティファンは王国最強の魔剣士と称される辺境伯。
副隊長のクラン・スカルティアは公爵家の後継ぎであり、最強クラスの剣士だ。加えて、遠征ではいつものらりくらりとしているジオルドの代わりに指揮を取ることもある。
国衛騎士団団長のフィルスは、殿下直属の騎士であり、魔力量は誰よりも多い。しかし出身が元奴隷の為か、フィルス単体では貴族は誰も話を聞いてくれない。
そんな三人に囲まれ、一番弱いからという理由で模擬戦の相手にされているのだ。
とはいえ彼も副団長。三騎士程でなくても、強いのは明らかだ。
「初めまして。レティシア殿」
「初めまして。副団長殿」
顔を合わせた瞬間から、レティシアには分かっていた。この男は、本気でかかってくると。
だからこそ、負けられない。ここは、彼女にとっても強さを証明する場であったから。
「では、始め!」
レティシアは開始の合図と同時に後ろに飛んで引き下がった。
グラッドが魔法攻撃を仕掛けてきたからだ。
(なに!?見えなかった…)
彼が放った魔法は三つ。土魔法で闘技場の土台を走りにくくし、さらに何本かの柱を生成した。水魔法で地面を濡らし、その上に雷を走らせる。
これが直撃していたら、感電死していたことだろう…
レティシアには瞳の赤い時だけ、魔力が見える。これは魔力なし特有の能力であり、精霊と同じ力だ。
しかし、魔力なし全員が全ての魔力を見れるわけじゃない。大きな魔力しか見えないものもいれば、殆ど魔力を持っていない者を見分ける事の出来る者も居る。また、見える属性も魔力なしによって様々だ。
そんな中、彼女は誰よりも細かく魔力を見分けることが出来た。身体の外に漏れ出た魔力までも…。
身体の外に漏れ出た魔力は、魔力なしでも見れる者は殆どいない。加えて外に漏れ出ていても、魔法を放つ時には自身の魔力として変換される為、魔力量を見誤る危険がある。しかし、見えるからと言って全てが良いわけではない。身体に靄がかかってしまい。人の形を捉えることが難しくなるのだ。
そのせいで、街中では歩きにくい。どちらが良いかはわからない。
ただし今は、一人を相手にしている。例え靄がかかっていても、居場所さえ掴めればこっちのものだ。
どんなに狭い場所に入ったとしても、魔力なしには見つかってしまう。彼らから隠れる事は不可能に等しい。
だって、魔力の流れを止めなければ、見つかってしまうのだから。しかし、魔力の流れを止める事は死を意味する。だから、誰もやる者はいない。そもそも、魔力なしに魔力が見える事自体誰も知らないのだ。
そんな彼女でも、グラッドの魔法が見分けられなかった。
放たれる方向、大きさは見えても、属性が見えなければ、逃げ遅れると大惨事になりうる。
彼は、レティシアが見てきた中で一番魔力の扱いが上手いのかもしれない。あのフィルスよりも…
(チッ…フィルス相手にしてたらグラッドは無理だわ)
フィルスはその馬鹿でかい魔力を塊でぶつけてくる。魔法に変換しないこともしばしば…しかし、量と上級魔法を使いこなす為、負け無しなのだ。
(このままじゃ、埒があかない…)
グラッドの魔法に押され、近付いても引き離された。
仕方なく、彼が作った柱の影に隠れる。
「どこ行った!」
レティシアは隠れるのが得意だ。当然、彼が見つけられる訳がない。気配を完全に消しながら、彼の視覚を狙って近くまで駆け寄る。
そのまま一気に柱を駆け抜けて、上からグラッドに向けて剣を振り下ろす。
「…っ!」
不意を突かれたグラッドだったが、レティシアの剣を受け止めきった。だが、彼女の剣には雷が纏っていたため、少し手が痺れる。
その雷は、彼が初手でレティシアに放った魔法だ。
(まだ足りなかったか…)
力だけでは、レティシアの負けは確定している。だから、隠れたり、魔法を利用したりして追い詰めたはずだったのだが…
(…っ!?)
グラッドは空いていた片手で、火魔法をレティシアに浴びせる。
見事に命中し、レティシアの身体は宙を舞う。
レティシアは空中で身体を翻し、ザーッと音を鳴らしながら、剣で威力を止めた。
砂埃が舞い、観客に見えるまで砂埃が収まると…火魔法が命中したはずのレティシアは自分の足でしっかり立ち、鋭い眼差しで剣先をグラッドに向けていた。
しばらく静寂が過ぎ、先に仕掛けたのはグラッドだ。一番得意な火魔法を次々に投げてくる。
レティシアは瞬時に消えるように逃げる。彼女は魔力なしの力をほぼ最大限に使い切れているといっても良かった。
(四属性…さすがね)
火、水、風、雷、岩、草、光、闇。この世界の魔法は八属性に分類される。殆どの者が、光と闇以外の六属性の中から、一つしか使えない。
グラッドが四属性を使えているという事は、王国騎士には複数の属性を使いこなす者が沢山いると思っても間違いではないだろう。
最強クラスの魔法使いフィルスは、光と闇以外の属性を使う事が可能だが、殆ど得意な属性しか使わない為、水と風しか使えないと思われている。
グラッドは自身の使える属性全てを曝け出した。逆に言えば、弱みを曝け出すことにもなりうる。しかし相手はレティシアだ。魔力で相殺される事はない。
だからこそ、一瞬で決着を付けるつもりでいた。なのに…
(なんで!こんな小娘にっ…)
思いの外、決着に時間がかかっている。しかもどちらも殆ど怪我がない。このままでは、新人の騎士に弄ばれた副団長という汚名を被せられてしまう。しかも少女にだ。
焦ったグラッドは数で押すことにした。いくらレティシアが魔法を切れると言ったって、簡単な事ではない。
レティシアは追いかけてくる無数の火球を切りながら、柱の一番上まで追い詰められてしまった。
落ちれば感電、前後左右から火球が飛んでくる。必死に魔法を避けたり切ったりしていた。
グラッドが静かにニヤリと笑う。
数で押されたレティシアには見えていない。大きな火球が飛んできていたのだ。
(なっ!)
気付いた時にはもう遅い。切る間もなく、直撃してしまった。
「殿下、どちらへ?」
レティシアに火球が直撃した直後、シュゼンベルが席を立ち、出口に向かって歩き出した。
「もう結果は決まっている。見る必要もない」
「では私も…」
「お前は最後まで見届けなければならないだろ?」
「ですが殿下を一人にするわけには!」
「お前はここに残ってシアを見ていろ!命令だ…」
フィルスはシュゼンベルに命令された事により、その言葉に背いて動く事は出来なかった。
ただ、シュゼンベルが一人で戻っていく姿を見ている事しか…
彼は普段、フィルスに対して命令はしない。二人は主従関係でありながら、絶対的な信頼で結ばれているからだ。
「おぉー!!」
観客が声を上げた。
火球が直撃したレティシアの様子が見え始めたのだ。辺りの煙が消えていく。
彼女は自身で立つ事は出来なかったが、剣を突き刺し、まだそこに立っていた。
額から血を流し、まっすぐグラッドを見ている。
レティシアは流れた血が入り、充血した目はさらに赤く、鋭い眼差しでグラッドを見下ろしていた。
(なんだ?この圧…)
まるで獣に狩をされている小動物かのような気分になる。
そこにあるはずのない彼女の威厳。従わなければ罰される様な気分になる。
あと少し押せば完全な勝利になる。グラッドはまた、火球を放とうとした。
その時…
「そこまでだ!」
強く、よく響くフィルスの声が聞こえる。
「これにて模擬戦は終了とする!のちほど合格者を発表するので各自待機するように!」
フィルスの終了の合図を聞き、気が抜けたレティシアは、高い柱の先端から真っ逆さまに落ちた。
誰もが危ない!と思ったが…
「お疲れ様です…」
フィルスが柱を駆け上がり、空中で受け止めた。
スタッと、音と振動を立てずに着地する。
「アルマ!あとは頼んだ」
「僕ですか?」
「あぁ…」
「はぁ…了解です」
アルマと呼ばれた騎士服を着た男の子がレティシアを抱えて医務室へ向かっていった。レティシアは疲れたのか、完全に寝てしまっている。
「お前は…全力だったか?」
フィルスはグラッドに尋ねた。
「全力では無いですが…」
「そうか…なら全力でやって、すぐに決着をつけるべきだったな」
フィルスはそれだけ話して、アルマの後をついていった。
グラッドはその言葉が悔しくて、拳を握りしめた。彼は全力だったのだ。彼とレティシアの力はほぼ互角と言ってもいいだろう。
本来ならば力の差を見せつけて勝つつもりだったのに…思わぬところに障害ができた。
きっと彼女ならば、すぐにグラッドを追い越し、副団長の座を手に入れる事だろう。
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