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第2章
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5年3組。
真鈴を除けば、友達は誰もいなかった。
いいクラスじゃない。大河は胸中で不満をもらした。
担任の先生は、実歩より年上の中年女性。先生は細いメガネをかけていて、やけに厳しそうで、こまかそう。やだな。
大河は新しいクラスに入っても、まだクラス分けのことを考えていた。
一也と春彦も別のクラス。一也は2組、春彦は1組だ。
せめて、一也が1組だったらよかった。
一也は香葉来とそれなりになかよし。真鈴を含めた4人で遊んだことがあるくらいだ。
香葉来のクラスには一也もいない。
大河は香葉来が新しいクラスでやっていけるのか、不安で仕方がなかった。
一番の不安要素は、香葉来が人の頼みを「断れない」ということだ。
香葉来は意思表示がとても苦手。
イヤなこと、できないことでも、「うん」とうなずいてしまうクセがある。
それが大きく露呈したときは、3年生の2学期の終わりだった。
香葉来は給食当番だった。
クリスマス間近で、給食は、子供たちが好きなメニューがよく出てくるうれしい時期。
その日は、フライドチキンに次いで大人気のグラタンが給食に出た。
グラタンは、3つの大きな四角のトレーでまとめて作られたものだった。
給食当番がクラスメート30人分に分け、配膳しないといけない。
香葉来と一緒だった給食当番の男子は、めんどくさかったのか。
香葉来に「それぞれ十等分しといて」と指示をして、自分は楽なスープの配膳をしていた。
十等分と言われても……。
九九も繰り上げ繰り下げもできない香葉来には理解できず、できるわけがなかった。
香葉来はおどおどパニックになりながらも、結局、「うん……」とうなずいた。
断らなかった。
十等分のやり方もわからないままに、あたふたした手つきで、配膳をしようとした。
さいわい真鈴が最前列にいて、ちょうど様子を見ていたものだから。
真鈴はすぐに白衣と帽子、マスクを身につけて。
「私が代わりにやるから」
と名乗り出てくれたおかげで、香葉来は難を逃れた。
大河と真鈴とふたりで、香葉来に「できないことはできないってちゃんと言うんだよ」とアドバイスをした。
香葉来は下を向いて「ごめんね……」と謝るだけだった。
もし真鈴がいなかったら。ぼくが代わりにやってあげた。
じゃあぼくがいなかったら……。
森塚さんと河田さんは、〝そこまでやってくれる〟の?
これ以上考えたくない。
大河は歯を食いしばり、さらには歯切りしまでしてしまう。
思いもよらぬクラス替えによるストレスで、体がぐたぐた気怠くなった。
新クラスの初日は、それぞれのクラスメートの一言自己紹介と、教科書の受け取りだけだった。午前中に終わった。
終わってすぐ、大河は真鈴とふたりで1組の教室をのぞきにいった。
ちょうど同じタイミングで1組も終わったらしい。
香葉来は、さくら、桃佳との3人でしゃべりながら教室を出てきた。
緊張しているみたいだけど、思ったほど暗い顔じゃない。
「あ、真鈴と末岡くん!」
3人のうちのひとり、さくらが廊下に響くくらいの大きな声で言う。
ポニーテールが特徴的で少しませた雰囲気の女子だ。結構テンションが高い。
香葉来も、大河と真鈴が来ていたことに気づいた。
真鈴が3人にしゃべりかける。
「みんな1組はどうだった?」
「うん。1、2年や幼稚園が同じ子が結構いた。わりと神クラス! 真鈴と別なのが残念だけどぉー」
「そう。よかったじゃん。香葉来は?」
「え? うん。あたしはあんまり知ってる子、いないけど……。でも、さくちゃんと桃ちゃんが一緒だから。えへへ」
香葉来は照れ臭そうに言う。
香葉来のとなりにいた桃佳は、香葉来の手をぎゅっとして、「だよねぇー。香葉来ちゃんとなかよしこよしだもんねぇー」と、バカっぽい口調でつぶやいた。
なんだ。大丈夫そうじゃん。
ぼくは思い違いをしていたのかもしれない。
大河の不安はずいぶん薄まった。
それから。
学童クラブに行くため、真鈴、さくら、桃佳と別れて。
大河は香葉来とふたりきりになった。
すると。
「……やっぱり大河くんに嫌われてるから別だったね」
香葉来は目を合わさないまま、顔をくもらせて。皮肉っぽい口調で、ボソボソと独り言を吐くように、朝の行為を蒸し返してきた。
なんだよ……。
ぼくは。ぼくは、香葉来のこと。
新しいクラスで大丈夫かなって、すごく心配してたのに……。
なんで……なんで、そんなふうに言われなきゃいけないんだよ!
「嫌いじゃないって言ってるじゃん! 香葉来が悪いんだからな! 本当に嫌いになるぞっ!」
大河はついカッとなった。
ひどい言葉を吐き捨て、 香葉来を置き去りにして廊下を走った。
走る最中、大河はとんでもないことをした、と後悔した。
こんなことを言えば、ただ気まずくなるだけだ。
泣きたかった。香葉来のこと、嫌いなわけがない。
それなのに……。
そして。
大河と香葉来は、この一件から1週間が経っても、お互い無言を貫いていた。
香葉来は、ちらちらと眼球を動かして、大河を見ている。
ということが、大河も同じ動きをしているためよくわかる。
大河と香葉来は、お互いの様子は気にしている。
だから無視じゃない。意地の張りあいみたいな無言だ。
ぐんぐん、距離が開けば開くほど、なか直りは難しくなるというのに。
真鈴を除けば、友達は誰もいなかった。
いいクラスじゃない。大河は胸中で不満をもらした。
担任の先生は、実歩より年上の中年女性。先生は細いメガネをかけていて、やけに厳しそうで、こまかそう。やだな。
大河は新しいクラスに入っても、まだクラス分けのことを考えていた。
一也と春彦も別のクラス。一也は2組、春彦は1組だ。
せめて、一也が1組だったらよかった。
一也は香葉来とそれなりになかよし。真鈴を含めた4人で遊んだことがあるくらいだ。
香葉来のクラスには一也もいない。
大河は香葉来が新しいクラスでやっていけるのか、不安で仕方がなかった。
一番の不安要素は、香葉来が人の頼みを「断れない」ということだ。
香葉来は意思表示がとても苦手。
イヤなこと、できないことでも、「うん」とうなずいてしまうクセがある。
それが大きく露呈したときは、3年生の2学期の終わりだった。
香葉来は給食当番だった。
クリスマス間近で、給食は、子供たちが好きなメニューがよく出てくるうれしい時期。
その日は、フライドチキンに次いで大人気のグラタンが給食に出た。
グラタンは、3つの大きな四角のトレーでまとめて作られたものだった。
給食当番がクラスメート30人分に分け、配膳しないといけない。
香葉来と一緒だった給食当番の男子は、めんどくさかったのか。
香葉来に「それぞれ十等分しといて」と指示をして、自分は楽なスープの配膳をしていた。
十等分と言われても……。
九九も繰り上げ繰り下げもできない香葉来には理解できず、できるわけがなかった。
香葉来はおどおどパニックになりながらも、結局、「うん……」とうなずいた。
断らなかった。
十等分のやり方もわからないままに、あたふたした手つきで、配膳をしようとした。
さいわい真鈴が最前列にいて、ちょうど様子を見ていたものだから。
真鈴はすぐに白衣と帽子、マスクを身につけて。
「私が代わりにやるから」
と名乗り出てくれたおかげで、香葉来は難を逃れた。
大河と真鈴とふたりで、香葉来に「できないことはできないってちゃんと言うんだよ」とアドバイスをした。
香葉来は下を向いて「ごめんね……」と謝るだけだった。
もし真鈴がいなかったら。ぼくが代わりにやってあげた。
じゃあぼくがいなかったら……。
森塚さんと河田さんは、〝そこまでやってくれる〟の?
これ以上考えたくない。
大河は歯を食いしばり、さらには歯切りしまでしてしまう。
思いもよらぬクラス替えによるストレスで、体がぐたぐた気怠くなった。
新クラスの初日は、それぞれのクラスメートの一言自己紹介と、教科書の受け取りだけだった。午前中に終わった。
終わってすぐ、大河は真鈴とふたりで1組の教室をのぞきにいった。
ちょうど同じタイミングで1組も終わったらしい。
香葉来は、さくら、桃佳との3人でしゃべりながら教室を出てきた。
緊張しているみたいだけど、思ったほど暗い顔じゃない。
「あ、真鈴と末岡くん!」
3人のうちのひとり、さくらが廊下に響くくらいの大きな声で言う。
ポニーテールが特徴的で少しませた雰囲気の女子だ。結構テンションが高い。
香葉来も、大河と真鈴が来ていたことに気づいた。
真鈴が3人にしゃべりかける。
「みんな1組はどうだった?」
「うん。1、2年や幼稚園が同じ子が結構いた。わりと神クラス! 真鈴と別なのが残念だけどぉー」
「そう。よかったじゃん。香葉来は?」
「え? うん。あたしはあんまり知ってる子、いないけど……。でも、さくちゃんと桃ちゃんが一緒だから。えへへ」
香葉来は照れ臭そうに言う。
香葉来のとなりにいた桃佳は、香葉来の手をぎゅっとして、「だよねぇー。香葉来ちゃんとなかよしこよしだもんねぇー」と、バカっぽい口調でつぶやいた。
なんだ。大丈夫そうじゃん。
ぼくは思い違いをしていたのかもしれない。
大河の不安はずいぶん薄まった。
それから。
学童クラブに行くため、真鈴、さくら、桃佳と別れて。
大河は香葉来とふたりきりになった。
すると。
「……やっぱり大河くんに嫌われてるから別だったね」
香葉来は目を合わさないまま、顔をくもらせて。皮肉っぽい口調で、ボソボソと独り言を吐くように、朝の行為を蒸し返してきた。
なんだよ……。
ぼくは。ぼくは、香葉来のこと。
新しいクラスで大丈夫かなって、すごく心配してたのに……。
なんで……なんで、そんなふうに言われなきゃいけないんだよ!
「嫌いじゃないって言ってるじゃん! 香葉来が悪いんだからな! 本当に嫌いになるぞっ!」
大河はついカッとなった。
ひどい言葉を吐き捨て、 香葉来を置き去りにして廊下を走った。
走る最中、大河はとんでもないことをした、と後悔した。
こんなことを言えば、ただ気まずくなるだけだ。
泣きたかった。香葉来のこと、嫌いなわけがない。
それなのに……。
そして。
大河と香葉来は、この一件から1週間が経っても、お互い無言を貫いていた。
香葉来は、ちらちらと眼球を動かして、大河を見ている。
ということが、大河も同じ動きをしているためよくわかる。
大河と香葉来は、お互いの様子は気にしている。
だから無視じゃない。意地の張りあいみたいな無言だ。
ぐんぐん、距離が開けば開くほど、なか直りは難しくなるというのに。
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