かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第3章

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 2年C組。
 新しい学年。新しいクラス。新しい教室。
 全部、香葉来と同じ。

 教室の前で、がちゃがちゃと、いろんな声が混ざり、聞こえる。

「おはよー」
「あっ、また同じクラスじゃーん!」
「でねでね」

 なんて女子のかん高い声は特に耳に残る。
 ずーずー椅子を引いたり押したりする物音も。
 香葉来はどこか、緊張してる。
 大河は理由がわかる。大河も同じだから。
 だって、このクラスは……。

 香葉来、大丈夫。お前には、おれがいるから。
 大河は、香葉来にやわらかなアイコンタクトを送った。
 そして、教室の中に入る。


 大河が先に入り、一歩うしろにつく香葉来。
 教室の形は同じだけど、2年はひとつ下の階だから、窓から見える病院がちょっと近くなってる。
 教室内をひととおり、見渡していた。

 まだ、来てないな……。
 いや……、おれが意識しすぎちゃ、香葉来が不安になるだろ。しっかりしろ。
 と、大河が自分に喝を入れていたときだ。

「かはちゃーん、末岡くんおっはよお!」

 きゃぴきゃぴした黄色の声が、鼓膜にキンキン響く。
 近かったせいで結構きつい。不快だった。
 あいさつされたものだから、大河は「ども」ってくらいの軽い会釈だけ、一応は返した。

 声の主は、すぐにうしろの香葉来まで飛んだ。
 彼女の手をつかんで、ぶんぶんと上下させる。

「恭奈ちゃんおはよおっ」
 
 緊張気味の香葉来も、一気にやわらんだ。

 恭奈ちゃんとは、1年のとき、ふたりと同じクラスだった茂好恭奈《しげよしきょうな》だ。
 顔が整った美形だけど、人なつっこくひょうきんなキャラクターっていう感じの女子。
 彼女の髪は、地毛か毛染めしているのはかわからないけど栗色で、日に当たると茶髪に見える。
 派手めな女子。

 1年のとき、香葉来のグループとは違った。
 けれど恭奈は、どのグループの生徒でも関わりなく「気になる! 気が合いそう!」と思えば適度に絡んでくるらしい。
 コミュニケーション能力、行動力に長けている。悪い言い方をすれば、日和見主義者。
 
 大河は、恭奈のことは苦手だ。
 そうはいえ、恭奈は香葉来へフレンドリーに接してくれるし、香葉来だってよろこんでいるから、嫌うわけにはいかないが。

「ああ、よかった。かはちゃんがいて、あたし、ぼっち気味だったからちょー安心!」
「えぇーうそうそ。あたしのセリフだよ」
「えーかはちゃん、それ嫌味?」
「えっ。違うよ、ほんとだよお?」
「だって、彼氏と一緒じゃん。もう、このしあわせものー!」
「えっ!? ……べ、べつに」
「別になんか言っちゃ、末岡くんかわいそうじゃん」
「……そうだけど」

 ちらっと、頬をピンクに染めた香葉来からの上目遣いを浴びる大河。
 大河はこれ以上、恭奈の香葉来へのいじりを聞くとはずかしくなってくるから、無視してふたりから離れた。
 恭奈のきゃあきゃあうるさい視線は気にしないようにした。
 
「えーなにそのビミョ~な空気。ああもううらやま! しあわせオーラ全部吸収してやるー。このこのこのー!」
「もお、やめてってばあっ」
「いいじゃん、リアじゅー!」

 あははははっ。
 やっぱうるさい。耳障りだ。

 大河は、出席番号の席についた。
 周りの席には友達もいなく、知り合いもいない。
 そもそも大河は、この中学……二中には不満が多かった。

 大河の在籍していた北小学校は、学校を境に西、東で中学校区が違った。
 大河は西に住んでいて、なかよかった一也、春彦、優吾、陸はみんな東に住んでいる。東は三中の学校区。つまり、見事なくらいみんなと離れた。ありえない。
 とはいっても、大河はサッカー部に入ってるし、部活仲間はいる。
 ぼっちっていうわけじゃない。
 
 そもそも。おれの友達関係は、別にどうでもいい。
 まあ、浮いたぼっちキャラにならなけりゃいいよ。
 大河は、背が高くてたくましい風貌をしている。
 サッカー部ではフォワードで目立つ。
 それに、香葉来っていうかわいい彼女がいる。
 スクールカースト的には、充分一番グループのステータスだ。
 何もしなくても人は寄ってくる。

 すると。
 早速、うしろの男子がしゃべりかけてきた。

「ねぇ、サッカー部の末岡くんだよね?」

 やけに高い声。まだ声変わりしていないのだろうか?
 振り向くと、見たことない顔だった。
 髪型はくるくるとして少し天パ気味。ダサいわけじゃなくて、人工的なパーマかもしれない。
 中性的な顔立ちの男子だった。
 ニヤリと目と口元が笑ってる。

「えっと……」
「あ、ミエヒロって言うよ。1年のとき、A組だった。よろしくね」

 ミエヒロ? いきなり名前? 普通は苗字かフルネームじゃないか。
 ちょっと妙なヤツ。
 興味はないけど、一応聞いてみる。

「苗字は?」
「え?」
「いや。だから苗字は」

 なんで初対面なのに名前で呼ばなきゃいけないんだよ。
 大河の中では、ミエヒロがちょっと妙なヤツから、面倒なヤツに変わった。

「フルネームだよ。ミエ、ヒロ。三重県の三重に、央(おう)と書いて、三重央。もしかして、ミエヒロって名前だと思った?」
「え……いや、ごめん」
「いいよ、わりとあるあるだしネタになるようにワザと、三重、央と区切らず、おかしなイントネーションで言ったりするし」

 そういうこと。やっぱ面倒なヤツ。
 とはいえ。自分も名乗らないのも失礼だろうと、大河は。

「そう。おれは末岡大河。よく先生に『スエオカ』と間違って呼ばれたりするから、なんとなく名前で苦労する気持ちはわかるよ」
「あははっ。共感してもらえてうれしいな。末岡くん、結構有名人だから、一緒のクラスになりたかったんだよね」
「有名人?」

 大河は眉をひそめる。

「かよわい姫様を守るスーパーヒーロー! で、イケメンで超背が高くてたくましい! フィクションの世界の人物みたいで、僕みたいな底辺には憧れの存在なんだよ」

 はぁ?

「何それ。一人歩きしすぎだろ」
「あははっ。違うって。事実だもん。あ、でも不愉快だったらごめんね。けど、末岡くんに憧れてる男子って、僕みたいにはっきり言うヤツはレアキャラかもしれないけど一定数はいるよ? 彼女さんマジかわいいし」
「憧れるほどでもないけど」

 大河は、ぼそぼそとつぶやき、ふと香葉来の方へ目を寄せた。
 出席番号が連番の恭奈がうしろにいるから、まだきゃっきゃと騒いでる。

 香葉来は流されやすいから、うまく波に乗れるか乗れないかで、友達関係はガラッと変わる。
 1年のときは、小学校から仲がよかったあかりと同じクラスだった。彼女とは同じ美術部だし、安心できるクラスだった。

 香葉来は、あかりみたいな女子と一緒にいてほしい。
 恭奈のような派手なタイプの女子は、香葉来にあわないんじゃないだろうか? 

 小学5年生のときに、香葉来はそういうタイプの女子……さくら、桃佳に仲間はずれにされた。
 ああいう女子は、また香葉来を裏切るかもしれない。
 それは大河の決めつけだ。でも大河は、もっと大人しくて真面目そうな女子と仲よくなってほしいと切に願っている。
 
 さくらと桃佳は同じ学区だった。しかも、同じC組だ。
 大河はなんとなく、このクラスはいいクラスだとは思えなかった。

「ねぇ、末岡くん。気になる子でもいるの?」

 ぼおっとしたら、不意に央に問われた。大河は戸惑うが。
 
「別に」

 声を低くして戸惑いを隠した。

「ふーん? なんだかぼーっとクラスメートを見てたから。彼女いるのに」
「見てない」
「こわっ。冗談だって。あはは」

 うっせー。
 大河はそっぽ向き、ちゃかしてくる央を無視した。
 はぁ。
 もうすぐ担任が来るみたいだけど、ぎゃあぎゃあクラスメートたちはうるさいし、声は絶えない。けどまだ空席がある。全員揃っていないんだ。

 そのときだった。教室のうしろのドアが開いた。

 ゆらゆらゆらり――長い黒髮のストレートヘアがゆれた。
 すらっとした女子じゃ高い背丈。しなやかな体つき。
 黒い合皮のスクールバッグを肩にかけ。しゃんとした姿勢で歩く……。
 幼い頃から変わらないつり目がちな目。ずっと一緒だったもうひとり……。

「辻さんだ。何だかオーラ感じるよね」
 
 かーん。
 周囲の雑音は、無音になった。
 央の声など、大河には入らない。
 その女子を、ずっと見てしまっていた。

 ぐっぐっと、大河は緊張を紛らわすために喉を鳴らした。
 
「末岡くんって辻さんと同じ北小だったんでしょ? 定期テストの順位、いつも1位って噂で、スポーツもできて美人。しゃべったことある?」
「……まあ」
「へぇーうらやましい。僕は友達になりたいよ」

 しゃべったことがある程度の関係じゃなかった。
 今じゃ……考えられないくらいに。密だった。

 香葉来と同じく、なかよくて――大切な存在でもあった。


 ――真鈴。
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