かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第3章

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 帰宅後。大河は香葉来に誘われ、彼女の家に入った。
 甘い柔軟剤の香りがつんと鼻につく。
 香葉来は得意げな顔でスリッパを差し出してきて、大河は手洗いうがいをするように促される。
 そのあとはリビングへ。

「こたつに入って」

 にこにこしながら言う香葉来。
 従う大河。じんじんぽかぽか。足先まで天国だ。
 香葉来はコートを脱いだ。ミッフイの顔が全体にプリントされた変わった白いトレーナー姿。

「ミッフイだね」
「そうなの。アプリで見つけて、買ってもらったの。変わっててかわいいでしょ?」
「うん」

 えへへへっ。
 香葉来は照れ笑いしながら、ストーブをつけた。
 ごおおお。
 すぐに室内は春になる。極楽だ。

 香葉来もこたつへ足を入れた。
 で、彼女。大河がくつろいでいる横で、いっしょうけんめいスマホをいじってる。

「送った!」

 ぴょんぴょんはずむうさぎのような香葉来の声。
 ストーブのごおおお、を見事にかき消した。

「なんて送ったの?」
「えへへぇ~っ。はいっ!」

(香葉来)真鈴ちゃんの合格祈願に行ってきました♪ ふたりで応援してる♡♡
 
 ちゃっかり絵馬の画像も添付されてる。
 大河ははずかしい気持ち。そりゃたしかに、ぼくも応援してるけどさ、ハートマークって。
 すぐに真鈴の返事は返ってこなかった。既読もない。
 香葉来は落ちつきがない。そわそわうずうずと、無駄に体をよじらせる。
 たぶん真鈴は勉強中なんだよ。

 大河は香葉来を放っておけないから、真鈴の返事が来るまでここにいようと思った。
 でも、じっと待つだけとか、なんか余計に気になってしまうし、香葉来は不安がっちゃう。
 
「ねえ、何かマンガ読ませて」
「え……? うん。けど、男の子が好きなのないよ」
「なんでもいいよ。香葉来の好きなマンガ」
「うんっ。わかったぁ。ちょっと待ってねえ」

 ドタバタ、香葉来はせわしなく音を立ててリビングから離れる。
 で、いくつか、少女漫画を持ってきた。
 本当は、大河は、少女マンガが読みたいわけじゃなかった。
 そうすれば香葉来がよろこんでくれると思ったからだ。

「うふふっ大河くん、そういうの好きなんだぁ」
 
 よろこんだよろこんだ。
 あふれるうれしさをこみ上げるように、くーくーとうれしそうな香葉来。

「わりと好き」

 大河はこっぱずかしい気持ち。ちょっと面と向かって、香葉来に顔を見られたくなかったから、大河、人のうちのこたつの中に潜りこむっていう暴挙的な行動をとる。
 ストーブもう消してもいいよ。こたつに潜ると、夏みたいに暑いもん。

 そんな格好で読んでいるものだから、大河の足はこたつのヒーター部分に直撃。あつっ!
 反射的に足を右側に寄せた。
 すると、しなやかな感触と同時に。

「ひゃぁっ!」

 と、香葉来がぶっくりとかん高い声をあげる。

「あ、ごめん!」

 大河の足、香葉来の膝に覆いかかってた。
 大河は慌ててこたつを抜け出しすぐに謝った。

「ううん。ちょっとビックリしただけ。気にしないで。あたしもマンガ読むとき、すっぽり潜るから。しあわせだよねぇ。えへへ」
「いや、悪いよ」

 大河はかぁーっと恥ずかしくなり、顔は赤唐辛子だ。
 それからは背を起こし、寝転びなんていう暴挙はよした。
 香葉来もマンガに夢中モードになったので、ふたりもくもく読書タイムに突入してる。
 意外と少女漫画はおもしろくて、大河はいつのまにか5巻ほど読んでた。

 そのとき。ピカン! スマホが光った。
 
「あっ! 真鈴ちゃんからラインだ!」

 香葉来が放ったきゃっきゃとした黄色い声。目が覚めるほどの大きさ。
 顔、くしゃくしゃにして笑ってる。
 クリスマス、サンタさんの長靴に大よろこびする幼児並みの爆発してる笑顔。

「大河くんみてみてぇ!」

 スマホを向けてくる。

(真鈴ちゃん)すごいやる気出た。ふたりともありがと♡

 大河はじんわりと、心の奥が熱くなった。

「よかった! 真鈴ちゃん、やる気が出たって! 真鈴ちゃん、よろこんでくれたあ!」
「そうだね! よかった! 本当によかった!」

 香葉来は爆発がおさえきれない。真鈴への返信を打ってると。

「ただいまぁー。って大河くん?」

 香織だ。仕事が終わって帰ってきたんだけ。
 もうそんな時間!

 しまった!

 外出禁止中に、となりの家っていっても家を飛び出したのだから。
 もっといえば、雪の中、神社に参拝だってした。
 香葉来はきびきびとした動きで立ち上がり。

「ママ、違うの。退屈だったから、あたしが大河くんを誘ったの」

 香織への弁明。それは、ちょっとの嘘が混ざっていた。
 大河も立ち上がった。

「ごめんなさい。家を出ちゃいけないのに」

 でも。

「え? ああ、全然いいじゃん、退屈なんだから。私はそれくらいで怒んないよ。だってふたりとも別にインフルじゃないんだからさ。ま、でも実歩ちゃん、もうすぐ帰ってくるから心配だったら戻ったら?」

 香織は買い物袋を床に置いて、淡々とした口ぶりで言った。
 
「はい。戻ります。えっと、じゃあね香葉来」
「うんっ! ばいばい!」

 いっぱいの笑顔の香葉来と、ちょっと名残惜しい気持ちの中、大河は別れた。
 真鈴はきっと大丈夫。きっと合格する。
 香葉来の家を出たとき、外はしんしんと雪が舞っていた。また積もるのだろうか。
 こたつ、ストーブで真夏のように熱くなった体が、一気に冷めた。


 そして、三日後だった。真鈴、運命の入試日。
 大河の気持ちは落ち着かなかった。

 土曜日だったけど、実歩は確定申告の時期で大忙しだったから、休日出勤していた。
 大河は、ひとりで留守番。
 だから、大河、実歩が会社に行った後、無断でひとり神社へ向かった。

 こんこん、雪が降っていた。
 積雪も、40センチはあるかもしれない。こんもり自然の雪だるまが街にあふれていた。
 すぽっ、すぽっ。長靴が雪に食べられる。この長靴、もうちょっとで機能しなくなる。

 時間はかかったが無事神社にたどりついた。
 過剰なくらいお祈りをしよう。別に悪いことじゃない。

 香葉来のスマホ越しのコミュニケーションを最後に、真鈴とは繋がりがなかった。

 真鈴は入試日までじっと家の中にいたはず。
 だから、絶対にインフルエンザに感染することはない。風邪だって平気さ。
 
 それでも。

 ドクリドクリ。
 大河はイヤな胸騒ぎを感じた。

 なんでだろうか? わからない。
 でも、とてつもなく悪い予感がした。

 大河は祈った。

 真鈴が合格しますように。
 真鈴が合格しますように。
 真鈴が合格しますように。

 真鈴が合格しますように……と何度も何度もしつこいくらいに。

 お祈りを終えたあと、前に香葉来と書いた絵馬を見にいった。
 大河の太い文字と、香葉来の可愛いクリオネのイラストつきの願い。
 それには憎たらしいくらい、雪がどっと乗っていた。すぐに振るった。
 手袋越しでも手が冷たくなる。かちかちかじかむ。

 大河は白い雪を意味もなくにらんだ。
 
 家に帰った。もう、試験は終わってるだろうか。
 香葉来つたいで、報告があってもおかしくないはずだけれど……。

 午後4時半頃。空はどんよりとした雪雲で埋まり、日の入り前でも、外は夜だった。

 ピンポーン。呼び鈴が鳴った。香葉来だ!

 きた! たぶん、いい知らせ。うん! 真鈴だもん! ぜったい、ぜったい大丈夫!
 
 大河はだだぁーっと全速力に近い走りで、ドタバタうるさくして玄関へ出た。
 はぁはぁ!
 扉を開ける。

 えっ……

 どうしたの……香葉来。

 彼女の目は大きく腫れ上がっていた。
 悲しみと苦しみに、ギリギリと蝕まれたような。
 得体の知れない闇で埋め尽くされていた。

 すべてを物語っていた。

 大好きな真鈴ちゃん。
 大大大好きな真鈴ちゃん。

 香葉来は。強く強く、真鈴のしあわせを願い、想い続けていたのだから。

 口は開かないでほしかった。
 言葉は聞きたくなかった。
 現実を否定してほしかった。
 残酷な現実を……。

「……ぐすっ……真鈴ちゃんが……盲腸で入院して、試験、受けられなかったって……ぐすんっ」

 悪夢だった。彼女の背後に映る雪は、黒だった。
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