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第3章
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通学路の小川沿いの木々は、若葉色。きらり、きらり。まぶしく、陽の光を浴びる。
ちょっと、木々たちが光をむしゃむしゃおいしそうに食べているみたいって、思ってしまう。
気温は一気に上昇したのは、ゴールデンウィーク明けのこと。
ちいちいと、オリーブ色のメジロがわいわい楽しそうだから心地いい。
ああ、さわやかな初夏って感じ。
大河、すーすー風が入る夏服に身を包む。
今は移行期間だけど、いつまでも暑苦しい学ランなんて着てられない。
女の子の気配。
「おはよっ。大河くんも夏服なんだ」
「おはよう。おう……」
ぐぐっ。
大河は不自然に喉を鳴らし、香葉来から目をそらす。
香葉来も夏服だった。
白い肌の露出が増えてる。
まっしろなセーラー服は清楚だけど……。
紺色の冬服よりもこんもりとつき出る胸が、やけに目立つ。
ああ、おれ、最低。情けない。
おれは香葉来の盾になるんだ。バカ大河。
川沿いの通学路、彼女のとなりを歩く。
にこにこした笑顔で、大河はそれを見ると安心できる。
けれど、香葉来は。心の奥底じゃ、真鈴のことをずっと気にかけている。
香葉来は、たまに、真鈴との思い出を会話に入れてくる。
「昨日ね、テレビで、りとうマリンパークの特集やってたよ」
ほら。今日も。こんなふうに、遠回しに。
しゃらんしゃらん。香葉来が片手に持ってるスマホには、あの日、3人おそろいで買った緑色のクリオネのストラップが今もついている。
大河は引き出しに封印している。
真鈴はもう捨てているだろう。
「へぇ」
「なつかしいよね。シロイルカショーまたみたいなぁ。今クリオネの展示もやってるみたい」
ちゃきちゃき、いきいきとしゃべる香葉来。なつかしんでいる。
香葉来の瞳からは、きらきらの思い出たちが、ばぁっとあふれてでてる。
けれどそれは不安定で、きらきらの裏側には、憂いがべっとりと染みついている。
ああ、イヤだ。
香葉来を悲しくさせたくない。
こんな、気持ちいい季節なのに。
もう真鈴のことは言わないでくれよ。
大河は水族館の話を広げたくなかった。
だから、無理やり、話題を変えた。
「あのさ、コンテストってどうだった?」
「え? うん。もうすぐ発表かな」
いきなりの話題変更に、香葉来は目をきょとんとさせた。
香葉来は、県主催の中学生イラストコンテストにエントリーしていた。
テーマは友情。
で、特賞はタブレットとデジタルペン。
あかりに「香葉来ちゃんだったら特賞取れるかもしれない。特賞取ってデシタルデビューしようよ」とあおられたみたい。
上には上がいるよ。そんな簡単には無理だって。
大河は現実的な見立てをしていたけど、「香葉来なら特賞いける」と嘘のエールを送った。
そのネタが、一番明るい話題。
大河は香葉来を気遣うように、コンテストの話を振ることが多い。
「特賞が待ち遠しいな」
「えー。あかりちゃんも大河くんもおかしいよお。あたし、そーでもないない。全然下手」
「そーでもあるあるって。将来さ、香葉来なら絶対イラストレーターになれるって思ってるから。おれ、香葉来のファン一号」
「やーあっ。そんなに簡単じゃないもん」
大げさにほめちゃう大河。
香葉来、口を尖らせて否定。だけど満更でもないみたい。かっと頬をピンクにして、照れちゃってる。
大河は、こういう笑いあえる日常が何よりも心地よかった。
「いいじゃん。夢があって」
「夢だけど……。そーゆー大河くんはサッカー選手?」
「いや。別におれは下手だし」
「うそ。フォワードでしょ? 3年生よりも背、高いし」
「でかいだけですごくないって」
そういえば、また背が伸びたかも。
香葉来の頭、ちょっと低い位置になった気がする。
大河はサッカー選手になろう、なりたいなんていう志はとっくの昔になかった。
二中サッカー部はたいして強くもない。
自分だって体が大きいという理由で前線を張っているだけだ。
でも大河は、サッカーに励んでいる姿を香葉来に見てもらえていることがうれしかった。
サッカーを続ける一番の理由、香葉来の存在。
なんて、はずかしいじゃん。
ふたりは教室についた。
とたん。
「かぁーは」
「きゃっ!」
香葉来は恭奈にハグされる。
恭奈の茶色い髪が、香葉来の肩を染める。
「恭ちゃん、離してよお」
「やーだ。抱き心地最高だもん。もふもふもこもこぉ」
「恭奈やめてやりなよ。末岡くんも反応に困ってるし」
「雪乃は末岡くんばっかりかぁは独占してずるいって思わない? てか、かぁは。あたしの愛は受け取れないっていうのお?」
「ったくバカ恭奈。悪いね末岡くん」
「別に」
大河は彼女たちからサッと逃げた。
香葉来の友達関係は順調だ。こんなやりとり日常茶飯事。
まあ茂好恭奈のブレーキ役がいるからちょっとマシ。
と大河が思う女子は、静内雪乃《しずうちゆきの》。
雪乃は、おでこを出したワンレングスの髪型にしていて、身長が167センチと長身のクール系女子。恭奈と対照的だけど、なぜかウマが合うようでよく一緒にいる。
香葉来を含めた3人グループができたというわけ。
女子の特殊な世界観か。
と大河は割り切ってる。教室じゃ、むやみやたらと香葉来と接していない。
大河は席についた。
通路側の一番うしろ。
大体の席が見渡せる場所。
……無意識的に真鈴を見てしまった。
中央の後列に維持する彼女のまわりには、3人の女子生徒が群がっている。
ふたりは、さくらと桃佳。小学5年のとき、疎遠だったけど寄りを戻したらしい。
あとひとりは、徳井ミア《とくいみあ》というハーフの女子。
目の外側が青く、内側がブラウンのアースアイをしてる。
まっしろな肌。彫りの深い二重まぶた。
それなのに、日本人らしいしなやかな黒髪。
ヘアスタイルは巻き髪のロングヘア。
かなり目立つ。学年トップクラスでかわいいって言われてる。
結構ミステリアスな雰囲気の女子だ。
真鈴とミアの一団は、スクールカーストの一番グループだろう。
すっかり遠い存在になってしまった真鈴……。
けれど大河は、真鈴と絶交したから別にいいとさえ思ってる。むしろ遠い方がいい。
でも……。
香葉来はおれと気持ちが違う。
ちょっと、木々たちが光をむしゃむしゃおいしそうに食べているみたいって、思ってしまう。
気温は一気に上昇したのは、ゴールデンウィーク明けのこと。
ちいちいと、オリーブ色のメジロがわいわい楽しそうだから心地いい。
ああ、さわやかな初夏って感じ。
大河、すーすー風が入る夏服に身を包む。
今は移行期間だけど、いつまでも暑苦しい学ランなんて着てられない。
女の子の気配。
「おはよっ。大河くんも夏服なんだ」
「おはよう。おう……」
ぐぐっ。
大河は不自然に喉を鳴らし、香葉来から目をそらす。
香葉来も夏服だった。
白い肌の露出が増えてる。
まっしろなセーラー服は清楚だけど……。
紺色の冬服よりもこんもりとつき出る胸が、やけに目立つ。
ああ、おれ、最低。情けない。
おれは香葉来の盾になるんだ。バカ大河。
川沿いの通学路、彼女のとなりを歩く。
にこにこした笑顔で、大河はそれを見ると安心できる。
けれど、香葉来は。心の奥底じゃ、真鈴のことをずっと気にかけている。
香葉来は、たまに、真鈴との思い出を会話に入れてくる。
「昨日ね、テレビで、りとうマリンパークの特集やってたよ」
ほら。今日も。こんなふうに、遠回しに。
しゃらんしゃらん。香葉来が片手に持ってるスマホには、あの日、3人おそろいで買った緑色のクリオネのストラップが今もついている。
大河は引き出しに封印している。
真鈴はもう捨てているだろう。
「へぇ」
「なつかしいよね。シロイルカショーまたみたいなぁ。今クリオネの展示もやってるみたい」
ちゃきちゃき、いきいきとしゃべる香葉来。なつかしんでいる。
香葉来の瞳からは、きらきらの思い出たちが、ばぁっとあふれてでてる。
けれどそれは不安定で、きらきらの裏側には、憂いがべっとりと染みついている。
ああ、イヤだ。
香葉来を悲しくさせたくない。
こんな、気持ちいい季節なのに。
もう真鈴のことは言わないでくれよ。
大河は水族館の話を広げたくなかった。
だから、無理やり、話題を変えた。
「あのさ、コンテストってどうだった?」
「え? うん。もうすぐ発表かな」
いきなりの話題変更に、香葉来は目をきょとんとさせた。
香葉来は、県主催の中学生イラストコンテストにエントリーしていた。
テーマは友情。
で、特賞はタブレットとデジタルペン。
あかりに「香葉来ちゃんだったら特賞取れるかもしれない。特賞取ってデシタルデビューしようよ」とあおられたみたい。
上には上がいるよ。そんな簡単には無理だって。
大河は現実的な見立てをしていたけど、「香葉来なら特賞いける」と嘘のエールを送った。
そのネタが、一番明るい話題。
大河は香葉来を気遣うように、コンテストの話を振ることが多い。
「特賞が待ち遠しいな」
「えー。あかりちゃんも大河くんもおかしいよお。あたし、そーでもないない。全然下手」
「そーでもあるあるって。将来さ、香葉来なら絶対イラストレーターになれるって思ってるから。おれ、香葉来のファン一号」
「やーあっ。そんなに簡単じゃないもん」
大げさにほめちゃう大河。
香葉来、口を尖らせて否定。だけど満更でもないみたい。かっと頬をピンクにして、照れちゃってる。
大河は、こういう笑いあえる日常が何よりも心地よかった。
「いいじゃん。夢があって」
「夢だけど……。そーゆー大河くんはサッカー選手?」
「いや。別におれは下手だし」
「うそ。フォワードでしょ? 3年生よりも背、高いし」
「でかいだけですごくないって」
そういえば、また背が伸びたかも。
香葉来の頭、ちょっと低い位置になった気がする。
大河はサッカー選手になろう、なりたいなんていう志はとっくの昔になかった。
二中サッカー部はたいして強くもない。
自分だって体が大きいという理由で前線を張っているだけだ。
でも大河は、サッカーに励んでいる姿を香葉来に見てもらえていることがうれしかった。
サッカーを続ける一番の理由、香葉来の存在。
なんて、はずかしいじゃん。
ふたりは教室についた。
とたん。
「かぁーは」
「きゃっ!」
香葉来は恭奈にハグされる。
恭奈の茶色い髪が、香葉来の肩を染める。
「恭ちゃん、離してよお」
「やーだ。抱き心地最高だもん。もふもふもこもこぉ」
「恭奈やめてやりなよ。末岡くんも反応に困ってるし」
「雪乃は末岡くんばっかりかぁは独占してずるいって思わない? てか、かぁは。あたしの愛は受け取れないっていうのお?」
「ったくバカ恭奈。悪いね末岡くん」
「別に」
大河は彼女たちからサッと逃げた。
香葉来の友達関係は順調だ。こんなやりとり日常茶飯事。
まあ茂好恭奈のブレーキ役がいるからちょっとマシ。
と大河が思う女子は、静内雪乃《しずうちゆきの》。
雪乃は、おでこを出したワンレングスの髪型にしていて、身長が167センチと長身のクール系女子。恭奈と対照的だけど、なぜかウマが合うようでよく一緒にいる。
香葉来を含めた3人グループができたというわけ。
女子の特殊な世界観か。
と大河は割り切ってる。教室じゃ、むやみやたらと香葉来と接していない。
大河は席についた。
通路側の一番うしろ。
大体の席が見渡せる場所。
……無意識的に真鈴を見てしまった。
中央の後列に維持する彼女のまわりには、3人の女子生徒が群がっている。
ふたりは、さくらと桃佳。小学5年のとき、疎遠だったけど寄りを戻したらしい。
あとひとりは、徳井ミア《とくいみあ》というハーフの女子。
目の外側が青く、内側がブラウンのアースアイをしてる。
まっしろな肌。彫りの深い二重まぶた。
それなのに、日本人らしいしなやかな黒髪。
ヘアスタイルは巻き髪のロングヘア。
かなり目立つ。学年トップクラスでかわいいって言われてる。
結構ミステリアスな雰囲気の女子だ。
真鈴とミアの一団は、スクールカーストの一番グループだろう。
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