かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第3章

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 6月も中旬なのに、今年はざあざあと音がしない。
 この山間盆地の街は、海からの空気の循環がない。
 夏のように蒸し暑い。
 
 そんな中、大河は汗をたらしながら、部活に励んでいた。
 数日後。地区予選のサッカー大会のため、大河は対戦校・三中にいき試合をした。
 結果は1対4の惨敗だった。

 三中は上手い部員が多かった。小学校時代に友達だった、一也、春彦、優吾がいる学校だったけど、層が厚い。あれだけ上手かった一也が控えでかろうじて途中出場できるというレベル。

 大河みたいにでかいからってセンターフォワードを任されるようなペラペラ層の二中とは格が違った。
 まあ惨敗はしたものの、一点は大河のポストプレーから生まれたものだから、大河はうきうきした高揚感に包まれていた。
 
 こんなサウナの中でも、おれ、よく点とったな。
 ガチでサッカーを志しているわけじゃない大河も、イラストコンテストで大賞を受賞した彼女に触発されていた。
 彼女――香葉来の存在が、頑張る一番の動機になっていた。
 
 試合のあと。
 久しぶりに再会した一也、春彦、優吾としゃべった。
 3人とも小学校のときよりも身長は伸びていた。
 大河は、180センチ近い長身になってるから、みんなが小さく見えるけど。

「お前スゲーよな。スタメンって」
「いや。三中に比べて層ペラペラだから」

 一也はうらやましそう。
 ゴールに絡めなかったせいだろうか。

 横から、優吾が唇を尖らして。

「まっちゃんさーどうやってデカくなったの? 小6のときも伸びるの早かったけど、まだ俺らと変わんなかったろ? マジビビった。別人じゃん!」
「普通に家でご飯食べてただけ」
「マジかよ。じゃあ何食べたの?」
「カレーとか?」
「そんなん俺も食ってるし!」

 やけにオーバーなリアクションでがちゃがちゃ騒ぐ。
 明るいムードメーカー。お笑い担当。まだ陸とふたりで、ネタはやってるの?
 なつかしい。
 すると、静かだった春彦が。

「……あのさ、あそこにいるのって汐見さん?」

 あっ!
 気づいてたんだ。
 春彦は、グラウンド外の木陰の下でじっとしてる香葉来が気になっていたみたい。

 大河は香葉来に試合のことを告げていた。
 きてくれって、強要はしなかったけど。
 でも香葉来、

「すみっこで応援するだけでいいかな……?」

 と言ってくれた。
 香葉来の応援。大河にとって、大きなモチベーションになった。
 早く香葉来としゃべりたい。おれの活躍、見てくれたかな。

「えっと。うん」
「へぇ……。なつかしいね」

 春彦は少しだけ顔を赤らめながら、香葉来を見ていた。
 一也も、ひょいっと首を木陰に向けた。

「え? ホントだ。汐見」
 
 キョロっとした目で驚いてる。
 でも……。
 ふたりの視線が、なんとなく、胸に向いている気がしてしまう。
 気にしすぎかもしれないけど……。
 Tシャツの大きなシワは、離れてもはっきり見える。

 大河は、少し目をキッと尖らせた。

「……あのさ、おれ、今あいつと付き合ってるんだ」

 声も、わざと低くした。
 ここにいる全員は香葉来がいじめられて、大河が矢崎に暴力を振るわれた事件を知っているから、香葉来の胸のことをからかうようなことはしない。
 それでも大河は、香葉来の胸に視線が向けられること自体が不愉快だった。
 軽い牽制を含めていた。

「え? マジ?」

 優吾、目を丸くしてる。

「マジだけど」
「辻と別れたの?」
「辻って……真鈴のこと? 別れたって……そもそも付き合ってないし」
「マジかよ! お前らずっと一緒だったし、女子たちはカップルって言ってたぞ!」

 どんな誤解だよ。思わずツッコみたくなる。
 でも、真鈴のこと。

 優吾が言うとおり、6年生の三学期までは、クラス内じゃ一番なかがいい存在だった。
 係活動も、ずっと真鈴と一緒。
 名前で呼び合うことなんて当たり前だ。
 
 そういえば、真鈴に「カップルって噂されてるよ」と言われたこともあった。
 大河は、当時の記憶を巡らせた。
 とてもじゃないが、今は想像つかない。
 ドクンドクンドクン……。
 ああ、なんか、息苦しい。
 
 大河はごほんと咳払いした。
 そのあと。

「……違う。おれの彼女は香葉来だから」

 そう、はっきりと否定した。
 
「へぇー。マジかぁー。ヒューヒュー! リア充!」

 うひょうひょと茶化してくる優吾の声は、右から左へすり抜けた。
 おれの彼女は香葉来だから。
 大河は、自分の声がリフレインした。
 まるで、言い聞かせるように。
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