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第3章
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翌日、大河は日直だった。
クラスの日直はランダムで決まるみたい。担任には妙なこだわりがある。
まあ、なんだっていいけど。
日直の仕事といえば、号令、黒板消し、学級日誌。
あと、学級花壇の水やり、草むしりもある。後者が一番面倒だ。
といっても、小学校で植物係をしていた大河にとっては、それほどまで面倒でもない。
でも……日直のペアを組む相手は、真鈴だった。
大河は、真鈴から謝罪をされた日。あれから、ろくに真鈴と会話していない。
香葉来と真鈴は……。
香葉来は新しいグループでも順調だった。
ミアに頼まれて、SNSのアイコンを描き、それからはずいぶんミアとは親密になった。
だいたいグループじゃ、香葉来はミア、恭奈、雪乃とよくしゃべってる。
でも、真鈴とは、前みたいになかがいいわけじゃない。 あんあん甘えられるわけもない。
姉妹みたいな関係じゃない。
だから、大河も、真鈴には距離を感じて、ペアで日直の仕事をこなすのが杞憂だった。
コミュニケーションが上手く取れなかったから、ペアだというのにシングルプレーだ。
真鈴は、号令を率先しておこなうものだから。
おれも仕事をしなきゃ。
と大河は焦る気持ちもあって、授業が終わるとすぐさま黒板を消すことに務めた。
真鈴のちらりとした視線が気になった。手伝おうとはしてこなかった。
昼休みになり、大河はせかせかと弁当を食べ終え、すぐに花壇に向かった。
水やりもどちらがやるか担当を決めているわけじゃなかったけど、真鈴ひとりに面倒な仕事を押し付けることに抵抗感があった。
だからって、真鈴と一緒に作業をするのも気まずい。
じゃあおれがひとりで終わらせよう。そんな心模様だった。
校庭の花壇には、紫混じりの青いキキョウが気持ちよさげに開いていた。
今が開花時期で花が開いたばかりらしい。雨のない六月には、オアシスみたいに涼しげに見える。
大河はふいに。
真鈴の青い部屋……それに。
りとうマリンパークの青の世界……クリオネを思い出した。
ゆらりゆらり。心が揺れる、色。
キキョウの周りには、雑草がうじゃうじゃと生い茂っていた。
ずさんな管理。水やりはされているのだろうけど、草むしりは面倒くさがってみんな適当にしていたのか。
大河だって特別、花や植物に関心があるわけではない。
だけど、植物係をしていたときは、こまめに草むしりをして、花を枯らさず、害虫から守るように務めていた。
興味なくたって、仕事は仕事だろ。
こんなんじゃ、花がかわいそうじゃないか。
はぁ……。大河はやりきれない気持ちになった。
雑念を振り切るように、むなしく草を抜く作業に徹した。
そのとき。
ビュンと風が吹いた。
誰か、やってきた。
「……はい。軍手使って。ひとりじゃ大変だから手伝うよ。私も日直だし」
スッと耳にとおる声。真鈴だった。
普段話をしない間柄なのに、いきなり声をかけられた。
軍手も差し出されている。
「……ありがと」
大河は真鈴に見つめられていたけれど、堂々と彼女の顔が見れなかった。顔を伏せた。伏せても、隠せるはずはないのに。
真鈴は片手で持ったビニール袋を、大河との間に置いた。ビニール袋はどこか境界線のよう。
真鈴はしゃがむ。大河は彼女と並ぶ。
意識しないようにと大河、作業を続けた。
真鈴はテキパキと器用な手つきで、雑草を抜いていた。
(おーい、こっちだよ)
(ちょっと、待てよ)
外で遊ぶ他の活発な生徒たちの声。
ふたりはしーんとしてるから、よく聞こえる。
暑いのに元気だな。
この作業は地味なもので、雑草を根っこまで抜き、土を振るってビニール袋にいれる。その繰り返し。
もくもくと手を動かしていると、キキョウの周りは、それなりにさっぱりしてきてる。
けれど、大河はさっぱりした気持ちにはならない。
別に、おれ、しゃべったらいいじゃん。
逆に変だよ。
大河は、真鈴に目をよせた。
無表情。
でも、ちょっとだけ、ふわっとしてる。
大河はよそ見をしたり、意識を遠くにしながら作業をしていたものだから。
突如、名前もわからない米粒ほどの黒い虫が軍手にひっついていた。
うようよ動いてる!
別に虫が苦手というわけじゃないけど、いきなりこんなのが現れてるとぎょぎょっとする。
体が上下にぐらんぐらん。
大河はハッと意識を戻し、冷静に帰った。
真鈴も同じ作業をしているのでこの虫を目にしているだろう。
それなのに微動だにしない。
事務作業をしているみたい。
香葉来だったら悲鳴を上げて逃げ出すだろうに。
花壇の雑草はすべて抜き終え、すっきりした。
大河はビニール袋の両端を結び、雑草の集合体を密封した。
真鈴はキビキビと動かしていた手と体を静止させる。
それから、キキョウをじっと見つめていた。
彼女は青が好きだった。
『私も初代の方が好きだよ。サファイアが一番好き。今度描いてほしいな』
プリ魔女の青い宝石の魔女、サファイア。
小学1年のとき、『プリ魔女』に夢中だった香葉来のことを気遣って、真鈴はそんなことを口にしていた。
真鈴の好きな青は、大河にとって、あたたかい色だ。
寒色系の色なのに?
でも、雲ひとつない晴ればれとした青い空や、どこまでも広がる青い海にはあたたかさがある。青は命の源だ。
そして、真鈴。
香葉来のことを想い、気遣い、やさしくしていた昔の彼女も青だ。
だから、大河にとって青は、あたたかい色だ。
香葉来がエメラルドのかがやきを放つようにいきいきしてるのは、真鈴がいたから。
真鈴と過ごした過去があるから。
それは。
大河にとっても大切な、大切な過去だ。
大河はキキョウを見つめる真鈴の姿を見て、過去が、じゃぼじゃぼの無数の泡になって盛り上がってきた。
しかし、泡だ。またたく間に弾けた。
過去は過去であって、現実じゃない。
大河の思考は現実へと戻った。現実は、ちくちく胸を刺す痛みだった。
真鈴はいつのまにか立ち上がって、じょうろをキキョウに傾けていた。
じょうろの先からは、しとしとと小雨が降る。
水浴びするキキョウは涼しそう。
真鈴は、手を動かしながら、すぅっと口を開く。
「雑草がないからこの子たちも十分に水が飲めるね」
この子たち。
真鈴は花を慈しんでいる。
「うん」
大河の重い声。でもやっと出た声。
「先生に言うよ。ちゃんと草むしりをしなきゃ花が枯れるって」
「うん」
「みんな誰かがやるからいいやって思ってるのよ」
「……植物係とか、ないから」
大河の言葉に、真鈴は。
「……なつかしい」
と、目を細めていた。
彼女はまたしゃがみこみ、キキョウを見つめる。
真鈴の「なつかしい」が、ぐさり、大河の心臓に刺さった。
だって。
離れていた真鈴も、あの過去は大切にしてくれているんだって、知ったから。
大河の胸は、じんじんと熱くなった。
言葉ひとつで、変わるんだ。
また、真鈴と心を通わせることができるかもしれない。
だから。
「……おれ、植物係……たのしかったよ」
大河は、口元をほころばして、そっと……。
ちらり、真鈴の顔を見た。
彼女は何か言いたげで、でも言えずに。ぐっと言葉を噛み締めている、気がした。
それでも。
大河は真鈴と心を通わすのは今だと思った。
続けよう。
「……あのさ真鈴。香葉来の絵って見てくれた?」
大河の想いは先走っていた。ブレーキをかけることができなかった。
植物係の話を無視して、いきなり香葉来の絵の話をしてしまったから。
伏線もなく、急展開を迎えた物語のように。
真鈴と香葉来とおれ。なかよし3人組。
できることなら、あの頃の友達関係に戻りたい。
「……絵は見たよ」
え……?
真鈴の声は変わった。冷たくなったのだ。
大河は真鈴の温度に機敏だった。
心が熱くなっていたせいで、冷たさはより強く感じた。
真鈴の目は、ナイフのように鋭く尖りだした。180度変わった目で、キキョウをえぐり刺していた。
どうしたんだよ……。
ああ。やっぱり……。
真鈴は……真鈴は香葉来のことが、好きじゃないんだ。
そう感じた。
大河は、浅はかだった自分の発言に後悔した。
けれど今さらあとには引けなかった。
「……また、3人でクリオネを見に行きたいな」
大河の本心。声は、かすれてた。
真鈴は何も言わない。うなずきもしない。
でも大河は。
勝手に、また、本心という名の魔物が、思考を支配して……。
「香葉来が描いた3匹のクリオネのようにおれたちはおだやかに海を飛んでいた。心から笑っていた。過去は変えることはできない。なかったことにすることはできない。でも、未来は変えることができる。新しいかたちを作ることができる。だからさ、もう一度。3人でなかよくしよう」
本心を出し切った。
しんと、真夜中のように静かになる。
ドクンドクン、ドクンドクン。
自分の心拍ばかりうるさくて、気持ち悪い。
しかし。静寂が消えた。
「……大河は」
頼りなく抑揚のない声。それは、真鈴の声だ。真鈴らしくない声。
大河は真鈴の方に顔を向けた。
真鈴の瞳、憂愁の青が浮かんでいた。
一呼吸置き、真鈴は……
「……本当にあの子が大事なんだ」
大河に問うというよりも、独り言を吐いているみたいに。
あの子……香葉来のことを、口にした。
そりゃ……大事だよ。真鈴も、そうだったじゃん……なんで、そんな顔して、聞くんだよ。
「うん」
香葉来は大事だ。
否定したくなかった。
大河ははっきりとイエスと答えた。
真鈴、下唇を小さく噛んだ。
と思えば、すぐに立って、去ろうとする。
「あとお願いしていい? かわりに学級日誌は私が書いとくから」
「……うん」
「じゃあ」
真鈴は素っ気なく別れを告げてきた。
何事もなかったかのように、じょうろを片手に持ち、離れていく。
大河は、彼女のうしろ姿を見つめることしかできなかった。
クラスの日直はランダムで決まるみたい。担任には妙なこだわりがある。
まあ、なんだっていいけど。
日直の仕事といえば、号令、黒板消し、学級日誌。
あと、学級花壇の水やり、草むしりもある。後者が一番面倒だ。
といっても、小学校で植物係をしていた大河にとっては、それほどまで面倒でもない。
でも……日直のペアを組む相手は、真鈴だった。
大河は、真鈴から謝罪をされた日。あれから、ろくに真鈴と会話していない。
香葉来と真鈴は……。
香葉来は新しいグループでも順調だった。
ミアに頼まれて、SNSのアイコンを描き、それからはずいぶんミアとは親密になった。
だいたいグループじゃ、香葉来はミア、恭奈、雪乃とよくしゃべってる。
でも、真鈴とは、前みたいになかがいいわけじゃない。 あんあん甘えられるわけもない。
姉妹みたいな関係じゃない。
だから、大河も、真鈴には距離を感じて、ペアで日直の仕事をこなすのが杞憂だった。
コミュニケーションが上手く取れなかったから、ペアだというのにシングルプレーだ。
真鈴は、号令を率先しておこなうものだから。
おれも仕事をしなきゃ。
と大河は焦る気持ちもあって、授業が終わるとすぐさま黒板を消すことに務めた。
真鈴のちらりとした視線が気になった。手伝おうとはしてこなかった。
昼休みになり、大河はせかせかと弁当を食べ終え、すぐに花壇に向かった。
水やりもどちらがやるか担当を決めているわけじゃなかったけど、真鈴ひとりに面倒な仕事を押し付けることに抵抗感があった。
だからって、真鈴と一緒に作業をするのも気まずい。
じゃあおれがひとりで終わらせよう。そんな心模様だった。
校庭の花壇には、紫混じりの青いキキョウが気持ちよさげに開いていた。
今が開花時期で花が開いたばかりらしい。雨のない六月には、オアシスみたいに涼しげに見える。
大河はふいに。
真鈴の青い部屋……それに。
りとうマリンパークの青の世界……クリオネを思い出した。
ゆらりゆらり。心が揺れる、色。
キキョウの周りには、雑草がうじゃうじゃと生い茂っていた。
ずさんな管理。水やりはされているのだろうけど、草むしりは面倒くさがってみんな適当にしていたのか。
大河だって特別、花や植物に関心があるわけではない。
だけど、植物係をしていたときは、こまめに草むしりをして、花を枯らさず、害虫から守るように務めていた。
興味なくたって、仕事は仕事だろ。
こんなんじゃ、花がかわいそうじゃないか。
はぁ……。大河はやりきれない気持ちになった。
雑念を振り切るように、むなしく草を抜く作業に徹した。
そのとき。
ビュンと風が吹いた。
誰か、やってきた。
「……はい。軍手使って。ひとりじゃ大変だから手伝うよ。私も日直だし」
スッと耳にとおる声。真鈴だった。
普段話をしない間柄なのに、いきなり声をかけられた。
軍手も差し出されている。
「……ありがと」
大河は真鈴に見つめられていたけれど、堂々と彼女の顔が見れなかった。顔を伏せた。伏せても、隠せるはずはないのに。
真鈴は片手で持ったビニール袋を、大河との間に置いた。ビニール袋はどこか境界線のよう。
真鈴はしゃがむ。大河は彼女と並ぶ。
意識しないようにと大河、作業を続けた。
真鈴はテキパキと器用な手つきで、雑草を抜いていた。
(おーい、こっちだよ)
(ちょっと、待てよ)
外で遊ぶ他の活発な生徒たちの声。
ふたりはしーんとしてるから、よく聞こえる。
暑いのに元気だな。
この作業は地味なもので、雑草を根っこまで抜き、土を振るってビニール袋にいれる。その繰り返し。
もくもくと手を動かしていると、キキョウの周りは、それなりにさっぱりしてきてる。
けれど、大河はさっぱりした気持ちにはならない。
別に、おれ、しゃべったらいいじゃん。
逆に変だよ。
大河は、真鈴に目をよせた。
無表情。
でも、ちょっとだけ、ふわっとしてる。
大河はよそ見をしたり、意識を遠くにしながら作業をしていたものだから。
突如、名前もわからない米粒ほどの黒い虫が軍手にひっついていた。
うようよ動いてる!
別に虫が苦手というわけじゃないけど、いきなりこんなのが現れてるとぎょぎょっとする。
体が上下にぐらんぐらん。
大河はハッと意識を戻し、冷静に帰った。
真鈴も同じ作業をしているのでこの虫を目にしているだろう。
それなのに微動だにしない。
事務作業をしているみたい。
香葉来だったら悲鳴を上げて逃げ出すだろうに。
花壇の雑草はすべて抜き終え、すっきりした。
大河はビニール袋の両端を結び、雑草の集合体を密封した。
真鈴はキビキビと動かしていた手と体を静止させる。
それから、キキョウをじっと見つめていた。
彼女は青が好きだった。
『私も初代の方が好きだよ。サファイアが一番好き。今度描いてほしいな』
プリ魔女の青い宝石の魔女、サファイア。
小学1年のとき、『プリ魔女』に夢中だった香葉来のことを気遣って、真鈴はそんなことを口にしていた。
真鈴の好きな青は、大河にとって、あたたかい色だ。
寒色系の色なのに?
でも、雲ひとつない晴ればれとした青い空や、どこまでも広がる青い海にはあたたかさがある。青は命の源だ。
そして、真鈴。
香葉来のことを想い、気遣い、やさしくしていた昔の彼女も青だ。
だから、大河にとって青は、あたたかい色だ。
香葉来がエメラルドのかがやきを放つようにいきいきしてるのは、真鈴がいたから。
真鈴と過ごした過去があるから。
それは。
大河にとっても大切な、大切な過去だ。
大河はキキョウを見つめる真鈴の姿を見て、過去が、じゃぼじゃぼの無数の泡になって盛り上がってきた。
しかし、泡だ。またたく間に弾けた。
過去は過去であって、現実じゃない。
大河の思考は現実へと戻った。現実は、ちくちく胸を刺す痛みだった。
真鈴はいつのまにか立ち上がって、じょうろをキキョウに傾けていた。
じょうろの先からは、しとしとと小雨が降る。
水浴びするキキョウは涼しそう。
真鈴は、手を動かしながら、すぅっと口を開く。
「雑草がないからこの子たちも十分に水が飲めるね」
この子たち。
真鈴は花を慈しんでいる。
「うん」
大河の重い声。でもやっと出た声。
「先生に言うよ。ちゃんと草むしりをしなきゃ花が枯れるって」
「うん」
「みんな誰かがやるからいいやって思ってるのよ」
「……植物係とか、ないから」
大河の言葉に、真鈴は。
「……なつかしい」
と、目を細めていた。
彼女はまたしゃがみこみ、キキョウを見つめる。
真鈴の「なつかしい」が、ぐさり、大河の心臓に刺さった。
だって。
離れていた真鈴も、あの過去は大切にしてくれているんだって、知ったから。
大河の胸は、じんじんと熱くなった。
言葉ひとつで、変わるんだ。
また、真鈴と心を通わせることができるかもしれない。
だから。
「……おれ、植物係……たのしかったよ」
大河は、口元をほころばして、そっと……。
ちらり、真鈴の顔を見た。
彼女は何か言いたげで、でも言えずに。ぐっと言葉を噛み締めている、気がした。
それでも。
大河は真鈴と心を通わすのは今だと思った。
続けよう。
「……あのさ真鈴。香葉来の絵って見てくれた?」
大河の想いは先走っていた。ブレーキをかけることができなかった。
植物係の話を無視して、いきなり香葉来の絵の話をしてしまったから。
伏線もなく、急展開を迎えた物語のように。
真鈴と香葉来とおれ。なかよし3人組。
できることなら、あの頃の友達関係に戻りたい。
「……絵は見たよ」
え……?
真鈴の声は変わった。冷たくなったのだ。
大河は真鈴の温度に機敏だった。
心が熱くなっていたせいで、冷たさはより強く感じた。
真鈴の目は、ナイフのように鋭く尖りだした。180度変わった目で、キキョウをえぐり刺していた。
どうしたんだよ……。
ああ。やっぱり……。
真鈴は……真鈴は香葉来のことが、好きじゃないんだ。
そう感じた。
大河は、浅はかだった自分の発言に後悔した。
けれど今さらあとには引けなかった。
「……また、3人でクリオネを見に行きたいな」
大河の本心。声は、かすれてた。
真鈴は何も言わない。うなずきもしない。
でも大河は。
勝手に、また、本心という名の魔物が、思考を支配して……。
「香葉来が描いた3匹のクリオネのようにおれたちはおだやかに海を飛んでいた。心から笑っていた。過去は変えることはできない。なかったことにすることはできない。でも、未来は変えることができる。新しいかたちを作ることができる。だからさ、もう一度。3人でなかよくしよう」
本心を出し切った。
しんと、真夜中のように静かになる。
ドクンドクン、ドクンドクン。
自分の心拍ばかりうるさくて、気持ち悪い。
しかし。静寂が消えた。
「……大河は」
頼りなく抑揚のない声。それは、真鈴の声だ。真鈴らしくない声。
大河は真鈴の方に顔を向けた。
真鈴の瞳、憂愁の青が浮かんでいた。
一呼吸置き、真鈴は……
「……本当にあの子が大事なんだ」
大河に問うというよりも、独り言を吐いているみたいに。
あの子……香葉来のことを、口にした。
そりゃ……大事だよ。真鈴も、そうだったじゃん……なんで、そんな顔して、聞くんだよ。
「うん」
香葉来は大事だ。
否定したくなかった。
大河ははっきりとイエスと答えた。
真鈴、下唇を小さく噛んだ。
と思えば、すぐに立って、去ろうとする。
「あとお願いしていい? かわりに学級日誌は私が書いとくから」
「……うん」
「じゃあ」
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