かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第3章

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 大河は、無我夢中で足を動かした。
 いつのまにか、二年C組の教室の前についていた。
 深呼吸もせず、思考もせず。本能のままに動いた。

 ガラララララァ、ドオンッ!

 力いっぱいドアをスライドさせた。
 衝撃音。教室に響きわたる。

 教室内で駄弁っていたクラスメートたちの視線は、大河に集中砲火。
 そんなもの無視だ!
 
 空気はよどみ、どくどくしいくすんだ紫色をしていた。
 ただ大河は、どんな空気であろうと躊躇しない。

 もう目の前にはヤツがいるから。
 窓側最前列。
 キッと睨みつけ、猛突進する。
 ミアと恭奈だ。ふたりで固まっている。

 徳井ミア! こいつが主犯格だ!
 
 ミアと恭奈はハッとしたように弛緩させていた表情を強張らせる。
 すぐに目の鬼に変え、大河を睨みかえしてくる。
 だが大河は、怯まない。自制できなかった。前が見えなかったから。

 ドドン、ドドドン、ドドドドドンッ!

 雷鳴のリズム。
 それは、心臓か、感情か。

 ぶはぁっ! 
 荒い息とともに、大河はミアに向け、炎を吐く。

「いじめなんてサイテーなマネすんなよ!」
「はっ?」
 
 大河は、はっきりとミアに向かって。ミアの正面に立ち、怒り、ストレスを。そのすべてを全力で打つけた。
 対してミアは、ビクリとするも、ゴキブリに出くわしたような嫌悪感を示してくる。

「え、急に何言い出すの? マジ意味不明」

 次に恭奈のうるさくかん高い声。ミアと同じように大河を睨みつけてきた。

 だが、大河はふたりの声が耳に届かない。
 クラスメートたちがジロジロ見ているけど、それも気にしない。気にかける余裕がない。

「トボけんな。お前たちが香葉来をいじめていることは知ってる。もうくだらないいじめはやめろよ!」
「香葉来をいじめてる? マジ意味わかんないんだけど。あんたの決めつけ、大問題よ」
「うちらがかぁはをいじめてる? ありえないんだけどぉー」
「うるさい!!」

 大河は白々しくあざ笑っているようなふたりの態度が許せなく、大声で怒鳴りつけた。

「嘘をつくな。ラインで寄ってたかってバカバカって香葉来を遠回しでバカにしていじめてることは知ってる。なんであんなひどいことをするんだよ」
「は? 意味不明だし事実無根よ。何を根拠に言ってるの?」
「静内にお前たちのグループトークを見せてもらった」
 
 雪乃に迷惑をかけてしまう。
 という思考は、前が見えない大河には、みじんもなかった。
 それを聞いたミア。チッ! と舌打ちする。
 すると、大河から視線をそらし、恭奈にアイコンタクトを送りだした。
 ごくり。大河は、ミアの不可解な行動に調子が狂い、勢いを弱めてしまった。

「雪乃サイテーじゃん」

 恭奈はぼそりとつぶやき、おもむろにスマホをいじり始めた。
 何をしているんだ。

 と、大河は恭奈に視線を変えていたところ、ミアが突然、席を立ち出し、迫ってきた。
 ミアはニヤリと笑い目を細めてる。細めた目からもブラウンのアースアイがはっきりと主張している。
 恭奈の行動を注視する余裕はなかった。
 なぜか、ガラッと空気が変わった気がした。大河の威勢は確実に弱まった。

「雪乃のことはどうでもいい。じゃあやさしい私はあんたの作り話にノってあげる。それにはなんて書いてたの?」

 ぎりり……。
 何が作り話だ。
 大河はこぶしを血が出そうなほどに握りしめ、歯を食いしばった。

「お前は自分の書いたことも覚えていないのか? ばかはらいたいって、ひらがなで書いて、ふざけあってるように見せて、お前たちは香葉来のことを『ばかはら』って遠回しに侮辱した。あいつが数学障害を気にしてること知ってるだろ」
「はぁーっ? バカ腹痛い? おかしくって笑ってるってだけのことでしょ? なんでそれが香葉来のいじめになるの? そんなふうに読み取るあんたの方がよっぽどあの子のことをバカにしてるんじゃない? ばかはらって、あはははっ!」

 みえみえの嘘だ。ミアには間違いなくいじめの自覚がある。確信犯だ。
 大河の頭の中の糸がプツリと切れた。もう、無理だ。限界だ!
 手をあげたら確実に問題になる。
 理性あれば、もちろんしない。でも、今の大河には理性はなかった。

「ふざけんなっ!!」
 怒声! そして暴力!
 大河は鍛えあげた強固な右足で、ミアの机の脚を蹴った!

 ガシャーン! 衝撃音が教室中に走る。
 ぼろりぼろりと、雪崩になる教科書やノート。どさりと床に散らばる。

「キャッ!」

 ミアの悲鳴。頭を抱え、しゃがみこむ。
 恭奈も悲鳴をあげていたが、衝撃音で相殺されて、大河の耳には残らなかった。

 クラスメートたちは時が止まったように、声をなくしていた。
 この異様な空間で、怯えるミアに向かい、大河はさらなる怒声を発す。

「お前たちが香葉来にやったことは、こんなもんじゃない! 香葉来に謝れ! 二度といじめないと誓え!!」

 ふたりとも声をあげられない。
 ミアは、顎をブルブルけいれんさせて、ハイハイ歩きで壁側にいる恭奈へと這う。
 一転した状況。
 大河は、事態の発起人であるくせに、事の変化についていけなかった。
 そのうえ、弱々しくなったミアを「女子」だと思えてきてしまい……。
 時が止まっていた。

 ザァーザァー。
 急に、降り出した雨。大げさな音を鳴らしてる。
 いや、すでに、ずっと前から雨は降っていたのかもしれない。
 すべての、この場にいる人間が、静まり返ったせいで、雨音がはげしく聞こえるのだ。
 雨音だけが響く教室で、大河は怒りを爆発させた自分に対して、むなしさを感じた。

 なぜだ? なぜむなしい?
 おれは正しいじゃないか。正しいことをしてるんだ。
 香葉来がいじめられているんだよ。おれが動かないと、誰も香葉来を助けられない。
 だから仕方がないんだよ。
 大河は、自分が犯した暴力を、必死に香葉来を守るための正当防衛だと思いこもうとした。そう思いこむしか、ぐちゃぐちゃの気持ちを統一できなかった。
 
 ドクドク、ドクドク。
 ザァーザァー。ザァーザァー。

 雨音に鼓動が混ざりだした。

 しかし。次の瞬間。
 空気がすべて、一転した。

「やめなさい」

 凛々しくて、堂々として、迷いがなくて……冷たい声。真鈴だ。

 4メートルほど離れた位置。真鈴はスマホを右手に持ち、大河に向けていた。
 ドライアイスのような冷たい視線が、大河に突き刺さった。
 彼女のうしろにはさくらと桃佳の姿もあった。
 大河は唖然としてしまい、言葉が出てこなかった。

「ミアに犯した暴力の証拠は残したから」
「はっ……?」
「香葉来へのいじめ? 勝手に先走って妄想して、何言ってるの? 大河は今とんでもないことをした。自覚はある? ミアをいじめた自覚」
「な……何を……」

 おれが徳井をいじめた……? 大河の頭は無だった。
 ただ……。

 ミアは、窓枠の下でこじんまりとして、恭奈に抱きかかえられている。
 いつものミアはどこにもいない。今までは虚勢を張っていたのだろうか。
 机は側面に倒れたまま。教科書やノートは散乱。
 その周囲だけ大きな地震が起きたみたい。
 
 おれ、やばい……、ことをした……。
 額と脇からイヤな汗がドバアッと吹き出てくる。
 大河は怒りのあまり、前が見えていなかったことを改めて自覚した。

「悪かった……」

 ミアに謝罪した。ただ。
 ザァーザァーの音に、声はかき消されるほどに、小さく、弱い。

「……サイテー! 女の子に手を挙げるなんて! ゆるせない!」

 恭奈がここぞとばかりに非を攻め立てる。感情をあらわにしている。

「ごめん……」
「ごめんで済んだら警察はいらない!」
「恭奈のとおりよ。大河が罪を犯した。罪人は裁かれるものよ。ここには証人もたくさんいる。動画もある」

 真鈴は、周囲のクラスメートたちに目を回したのち、再び大河を睨みつける。
 大河、ぐうの音も出ない。

 そのあいだ、真鈴は足早にミアの元へ。
 恭奈に抱かれて顔を隠したミアの耳元で、真鈴は何かをつぶやいていた。
 ぐっぐぐっ。大河は喉を鳴らして、ただそれを見ることしかできなかった。 
 そのとき、チャイムが鳴り響いた。
 そして、また真鈴からの冷たい視線と言葉がぐさり。

「続きは放課後よ」
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