かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第3章

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 それから。
 長いような短いような……砂時計は不規律に砂を流していった。ザァーザァーと……。

 放課になった。
 ミアは落ちつきを取り戻したようだった。
 彼女から憎悪の目は見なくても感じる。

 そのミアは、恭奈に手をつながれて教室を出た。
 直後、さくらと桃佳が続いた。
 そして。真鈴がサッと近寄ってきて、淡々とした口ぶりで、こう言ってきた。

「PC室に来なさい」

 命令。
 
「……わかった」

 大河は従うしか選択肢がなかった。
 真鈴は雪乃の元へと歩み寄り、彼女にも何か告げ、連れ立ち教室を出ていった。
 大河はふたりのあとを追った。

 ザァーザァー。
 この雨音は、香葉来にも聞こえているのだろうか。
 ああ、聞こえているさ。香葉来も同じ世界にいるんだ。
 おれがこんなことを起こしてしまった……とばっちりが、お前に向かうかもしれない。
 ごめん……。
 だから。
 おれが……おれが罰のすべてを受けるから……。香葉来には何もしないでやってくれ。

 今の大河を制するものは、香葉来を守りたいという切なる望みだけだ。
 PC室の前につく。凍りつく手足を必死に動かし、ドアをスライドさせた。

 楕円形の机に6人の女子が座っていた。
 廊下側前列から雪乃、さくら、桃佳。
 窓側前列から真鈴、ミア、恭奈。

 ミア、雪乃を除く4人からの8の目が、大河に突き刺さる。
 特に恭奈の目ははげしい炎だ。一方、真鈴はひどく冷たい。
 
 パソコンはどれも起動していない。
 エアコンの音は微々たるものだから、やはり雨音が気持ち悪いくらいに響き渡る。
 ザァーザァー。

「そこに座りなさい」

 真鈴からの命令。
 ドクドク、心臓が締めつけられる。
 大河はただただストレスに蝕まれながら従うことしかできない。主導権は完全に真鈴にある。

 指定された、そこは、楕円形の机の前方にポツリとある粗末な丸椅子。
 大河は、被告人になった気持ちだった。
 ずしりと体が鉛のように重たくなった。
 すると真鈴。ミアに対し、「ミアはどうしたい?」と声をかけた。
 
「……あんな暴力を振るわれたこと、初めてだったわ。許せない……」
「土下座しても?」
「……ダメよ。許せない」

 ミアは、大河を見ず、デスクトップの黒い画面を見つめながら、かすれ気味の声で言う。
 末岡大河は許せない、と。

「そうだよ! ミアを傷つけたんだよ! まりりんはあたしたちの味方でしょ!?」
「落ちついて恭奈。私は何も大河を許そうとはしてないよ。ミアに聞いただけ」

 真鈴は熱くなる恭奈をなだめるように落ち着かせる。
 そこでミアから、事後初めての視線が。
 殺気しかないナイフのような目だ。
 彼女のアースアイは、今の大河にとっては身の毛がよだつほどにゾクゾクする色にしか見えない。
 しかし。

 ミアの視線は、すぐに大河から離れる。その先は。

「……末岡大河は許せない……。でもその前に、デタラメをほざいてそいつを動かした雪乃。嘘つき女。しれっと私たち側にいるけどおかしくない?」

 雪乃だった。
 とたんに彼女は、ぶるぶると体を震わせた。
 青白い死にそうな顔をしていた。
 今、ナイフはすべて雪乃に突き刺さっている。

「マジでサイテー。嘘つき女」
「本当に。嘘でっちあげとかありえない」

 雪乃の列に座るさくらと桃佳は噂話をするように彼女を蔑む。
 雪乃はうつむき、肩を縮こめる。

「見損なったよ! あたし、今日で雪乃と絶交するから!」

 恭奈も雪乃を責めた。ミアにべっとりの恭奈にとって、もはや雪乃は害悪そのもの。

 大河は、息が止まってしまった。
 なんで……こんなにもガラッと壊れるんだよ……。お前たち、友達じゃないのかよ。

 そして、雪乃。かすれた声で。

「……ご、ごめん……なさい……」

 ごにょごにょした力のない言葉だった。
 雪乃は指一本触れれば簡単に割れてしまうガラス細工だ。
 けれど、真鈴は、雪乃を許そうとはしない。粉々に粉砕しようとしてる。

「前に出なさい」
「……えっ」
「今のあなたに拒否権はないよ? 嘘をつき私たちを貶めようとしたのだから。早く」
 
 棘の声に言われるがままに、雪乃はデスクチェアから腰を上げた。
 そして、大河のとなりにつき、うつむきながら立ち尽くした。
 大河は、ただただその様子を見ることしかできなかった。
 ここで雪乃を庇ったり、真鈴たちに歯向かうような行動をすれば、香葉来にさらなる害が及ぶ可能性があるから……。
 大河は、香葉来の保全のために、彼女へのいじめを教えてくれた雪乃を見捨てる選択をした。
 心臓がズキンズキンと痛い。

「ミア、この子にどうしてほしい?」

 真鈴の問いかけに対し、ミアはニヤリと口角を上げ、罰を告げる。

「そうね。その男の前で全裸にさせて」
「……はっ!? 何言ってんの!? 正気!?」

 雪乃は声を荒げ、初めて抵抗した。

「あんたは私に意見する権利はないわ。香葉来ほどじゃないけどそこそこ大きいし、そいつ巨乳好きだからヤリたくなるんじゃないの? 好きにヤッていいわ猿。あはははっ」
「お前ふざけんなよっ!!」

 ありえない下品で下賎なミアの要求。
 ドクドクドクドク! 大河の血は一気に頭に押し寄せ、強い声で叫んだ。
 それに対して、恭奈。

「末岡! また暴力!? ほんとサイテー! ねえ、まりりん! もうチクろうよ? あの動画撮ってるし、クラスのみんなも知ってるでしょ? こんなヤツ野放しにできないよ!」
「暴力でもなんでもない! サイテーなことばかり言ってるのはお前らだろ!!」
「大河、静まりなさい。私はミアが暴力を振るわれた証拠を持ってるの。あなたの行動次第で、香葉来の運命は大きく変わるわ。雪乃もどうなるかわからない」
 
 ぐぐっ。
 真鈴の冷徹な声は、何よりも重くてでかい。
 ミアや恭奈と違って、大河は真鈴には反論できない。

「香葉来の運命は大きく変わる」という言葉、それは、何よりも恐ろしい。
 大河の炎は消火され、勢いをなくした。
 
 ここで、雪乃がのろのろとミアのもとへ歩み寄る。彼女の横で、両膝をフロアマットにつける?

「声を荒げてごめんなさい……。でも、裸になるなんてイヤ……許して……ください」

 雪乃は泣いて、ミアに土下座をした。長い前髪がフロアマットの上にさあっと広がる。

「はぁ? どげざぁー? 謝罪会見じゃないんだから」
「ぷぷっ、だっさぁ」

 ゲラゲラゲラゲラ。ミアと恭奈の下品な笑いが教室に響く。
 ……最悪だ。こんな光景見たくなかった。

 しかし、それでもなお、ミアは許そうとはしなかった。
「土下座されても私の傷は癒えないわ。嘘つきの土下座は嘘。反省してない。真鈴、これじゃダメ」

 ミアは雪乃を蔑みながら真鈴に不満を吐いた。
 雪乃は体を震わせフロアマットに頭をつけたままだ。

「じゃあねミア、雪乃を裸にさせる以外の罰はないの? その子の嘘でミアは暴力を振るわれることになったけど、一応は同じグループだったから。ごめんねミア」
「うーん。真鈴甘くない? そいつは作り話で友達を貶めようとしたのよ? たまたま私が標的にされたけど、恭奈やさくら、桃佳。それに真鈴だってありえたわ。こういうヤツには罰を与えなきゃいけない。屈辱を味わわせてもう二度と悪事を働かないと反省させないとダメだから。思いつくもので一番軽いもので全裸なんだけど? けど、真鈴のお願いだから考えるわ」
「えーまりりん。それじゃあみあみあがかわいそーだよぉー! 嘘つき雪乃が悪いことしたのにぃー」

 胸糞が悪くなる会話だった。大河は耳を防ぎたかった。現実を逃避したかった。
 しかし。
 真鈴たちの会話にはあるワードが頭に残る。
 彼女たちは「大河がミアに暴力を振るったこと」を責めることから、いつのまにか「雪乃が嘘をついてグループを貶めようとしたこと」への断罪にシフトしていたのだ。

 前者の問題は、あくまでも雪乃を捌くための材料という程度だ。雪乃がすべての元凶だというのか。
 そして、彼女たちは何度も嘘と連呼する。大河は強い違和感をもった。
 なぜならば、雪乃が言ったこと、見せてくれたものは嘘ではない事実だから。
 ラインでしっかりと記録されている。『ばかはら』と間接的に香葉来を罵ったことだって、ミアは面白おかしく笑っていた。

『はぁーっ? バカ腹痛い? おかしくって笑ってるってだけのことでしょ? なんでそれが香葉来のいじめになるの? そんなふうに読み取るあんたの方がよっぽどあの子のことをバカにしてるんじゃない? ばかはらって、あはははっ!』

 たしかに、そう言った。
 だけど。
 今はその出来事自体を否定している。何度も嘘と言っている。
「雪乃が嘘をついてグループを貶めようとしたこと」の比重が強くなっているのか。
 
 ……ふざけんな。
「ちょっと待てよ……むちゃくちゃじゃないか……。おれは、ラインで見たんだよ……お前たちが『ばかはら』っていじめているやり取りを……。徳井もラインがあったことは認めていたじゃないか」

 大河は、弱々しい声で抗議した。

「は? 誰も言ってないし」

 ミアが白々しい態度で否定をした。次いで真鈴。

「証拠はないでしょ? そもそも私たちはラインでグループなんて作ってない」

 はっ?
 大河は耳を疑った。と、同時に血の気が引いた。
 でも……。
 
 そもそも真鈴たちがライングループを削除すれば、事実は消える……。
 あれは、消したんだ……。
 それ自体を消されてしまえば、証拠も何もない。ただそれで終わり。
 今、既成事実として残るものは、「雪乃が嘘をついてグループを貶めようとしたこと」と「大河がミアに暴力を振るったこと」だけだ。

 ありえない……。

 ザァーザァー。
 大河は降りやまない雨の音が気になり始めた。
 初めて真鈴と決別した日。吹雪いていたまっしろい景色が嫌いだった。
 だが、この雨音と黒い景色はもっと嫌いだ。

 まだ現在進行形の渦中にいるのに、大河は短い人生の中、最大の悪日だと確信していた。
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