かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第3章

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 呆然としていた。もう諦めていた。どうすることもできない。
 ただ息を殺すことしか考えられなかったのだ。

 そんな中で、真鈴が沈黙を壊した。

「ミアに提案があるの。私はミアが言うように甘いかもしれないけど、雪乃はグループの一員だった。だから、土下座したことで許してあげてほしい。でも、ミアの気持ちも大事よ。あなたはひどい暴力を振るわれたのだから。そして、ミアは私の友達よ。私はあなたがされた行為を蔑ろにはしない……。ミア、私からの提案よ。大河に雪乃の分まで罰を与える。重い罰をね。そうね……大河が一番大事にしている人……香葉来に罰を与えることが一番の罰になるかしら。ふふ」

 な、なにを……。

「それでもいいわ」
「ありがとう」

 な、なな……。
 なにを、いってるんだよ!

「嘘だろ……なんで香葉来なんだよっ! おい!!」

 大河は叫んだ! 
 ドッ、ドドッ、ドドドッ、ドドドドドドッ!!
 それは、脊髄反射的。何もかも、見えなかった。体が動いた。

「まりりん!!」
 
 キーン!
 恭奈の声。悲鳴。黒板を引っ掻く音のようだった。
 瞬間、大河は真鈴に迫った。
 真鈴の左手首をつかんだ。立ち上がらせた。感情をぶつけた。

「香葉来には手を出すなよ! 痛い目に遭いたいのかっ!!」

 大河の加減をしないはげしい声。
 鬼だった。
 ドドドドドン! はげしく散る爆弾のような暴力的な怒り。
 痛い目に遭わす。
 それは、確実な脅し文句。
 大河は真鈴を脅した。
 香葉来の名前が出てきて、自制できなかった。

 だけどそのとき。
 真鈴の手首から脈の音が伝わった。ドクンドクン、ドクンドクンと。
 あたたかかった。

 彼女に触れたことで、大河の彼女への敵意を失った。
 大河は、自分でも意味がわからなかった。
 真鈴は香葉来をひどい目に遭わせようとしている、悪者なのに……。
 大河の躊躇はすぐに返された。
 真鈴は、大河にひるむことなく、すぐに大河を振りきった。

「やめなさい。これ以上、暴力を振るったら、罰どころじゃなくなるよ!」

 反撃。
 ぐさぐさと突き刺してくる牙。
 
 大河は金縛りにあった。嘘や誇張じゃなく、真鈴はメデューサの目をしている。
 大河はもちろん、その場にいた全員も、息を殺して固まっている。

 大河の額と脇、背中から、どどっと止まらぬ汗。
 口腔内は、イヤやすっぱさであふれてる。
 石化した時間でも、身体中のストレス機関は動き続けていた。

 そして、真鈴は、おもむろにさくらに首を向けた。ようやく、大河の石化は解かれた。
 が。

「もう撮影はいいよ」

 ……はっ!

 大河は真鈴の声のあと、さくらに目を向けた。
 さくらは、スマホを掲げて、大河に向けていた。
 さくらは今起きた一部始終を、スマホで撮影していたのだ。

 まただ……。おれはまたバカな暴力をして、証拠をとられた。
 大河が後悔したとき、すでにあとの祭り。
 真鈴はニヤリと顔を変えた。

「大河、自分の身の程を知りなさい。大河と香葉来は、私の言うことは絶対に避けられない環境の中で生きているの。今のあなたが私に振るった暴力で、それが決定的なものになった」

 背丈が大河より20センチ低い真鈴だが、大河は自分よりはるか巨大に見えた。
 
「大河、聞きなさい」

 真鈴は、粛々と裁きを下す……。

「まずはあなたの罪。私たちも、何もされなければ牙を向くことはなかった。でも今日、雪乃が『ミア、私、恭奈、さくら、桃佳がグループ内で香葉来をいじめた』と嘘を口にした。大河は雪乃の嘘を疑いもせず、ミアがいじめの主犯格だと決めつけ、暴力を振るった。そして今、私に対しても暴力を振るった。私たちは香葉来をいじめていない。いじめているという証拠はどこにもないのに。ミアは怖い想いをして泣いた。さいわい体は無傷。でも心に深い傷を負った。私は手首に痛みを感じるほどに強い力であなたに締めつけられた。学年一の大男によ。さらに『痛い目に遭いたいのか』とはっきりとした声で脅迫された。怖かった。これは他者が見れば、間違いなくいじめ、暴力よ? こんなことされるのって、はっきり言って理不尽だわ。私だって人間よ。腹の虫がおさまらない。だから、大河。あなたにそれ相応の罰を与える」

 すぅー。真鈴は息を吸って、ゆっくりと吐いた。
 大河にはおそろしく長く、おそろしく短い一瞬だった。
 
 そして……。

「香葉来を傷つけなさい」

 真鈴は、はっきりと、言った。
 淡々と、躊躇する様子もなく、言った。

 ガンガンガンガンッ! ハンマーに脳みそを叩かれるほどのはげしい苦痛。ストレスが、大河を殺しにくる。

「それが一番、苦しいでしょ? 香葉来は今、大山さんがいないから頼れる存在が大河しかいない状況。だから、大河は、まず香葉来を突き放すこと。そして、いじめる。そうね……どうしようかしら……」
「あははっ! まりりんやるう! ちょーおもしろそう! あたしすぐ思いついたよ! あの子さ、学校によくタブレットとデジタルペンを持ってきてるじゃん。あれ、末岡に取り上げさせたら?
「ふふっ。それじゃあ単調すぎない? ペンだけそいつに没収させるの、ふふっ。それで私たちはまた香葉来にアイコンを描かせる。あいつはぼっちで私たちにこれ以上嫌われるのを恐れているから必死になって指で描くんじゃない? いいトレーニングだわ。私はなんてやさしいの……クククク……」
「あはははっ! やっば! みあみあ超天才!」
「恭奈がバカなだけ」
「あーもう! バカバカ言った!」
「バカ、腹痛いわ」
「ばかはらいたい! あはははっ!」

 あはははははっ! この世のものとは思えない下賤な笑い声を響かせる、恭奈とミア。悪魔だ。
 それは地獄だった。
 大河はなす術がなかった。
 ぐしゃぐしゃになった。
 思い詰めた。
 どうしようもなかった。
 だから、大河。もう、せめて、これくらいはしようと、真鈴の前でひざまずいて、頭を床につけた。

「バカの一つ覚えね。まあおもしろい光景よ。そんなことで許さないけど」
「えーダッサ。てか嘘つき雪乃と同じじゃん。土下座なんてされてもみあみあとまりりんの傷は癒えないってのに」

 ミアと恭奈が蔑んでいる。

 いくらでも言え。おれにはプライドなんていらない。どうでもいい。
 香葉来が無事ならいくらでも土下座はする。
 おれを直接傷つけるならいくらやってもいい。
 大河は無我夢中だった。ただミアと恭奈など、小悪党に謝っているわけじゃない。
 真鈴が改めてくれたらすべて収束するから。
 
「……真鈴、ごめん。ごめんなさい。おれは、クズで女子に手を挙げた。最低なことをした。でも、香葉来にはもう何もしないでほしい。ごめん! ごめんなさい! おれなら何をされてもいいから。だから! だから香葉来は!」

 大河はめいっぱいの声で、真鈴に謝罪した。気持ちを吐いた。
 わぁーと立ちのぼる熱意に圧倒されたのか、ミアと恭奈の下品な声は静まった。
 真鈴は……。真鈴も静まった……。
 
 ザァーザァー。大河の叫びから、その場は静かになった。
 大河は今、何も見えていないから、ぐんと聴覚が敏感になった。
 音でしか状況が把握できない。
 雨音に混じるが、強く刻む自分のリズム。

 ドッドッドッドッ……。

 緊張感。息がつまるほどに、ゾクゾクする。
 そこはかとない恐ろしさ。
 恐怖がこだまする暗黒世界。
 おれは、今どこにいるんだ。何をしているんだ。
 
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