かわいいクリオネだって生きるために必死なの

終章

１

　お盆が過ぎた。街では大小の夏祭り、花火大会が行われていた。
　大河の家の近くでも明日夏祭りがあるようだ。
　通学路の小川沿いには無数の提灯がかけられていた。

　山が青々して、それはバックスクリーンとなり晴ればれとカラッと爽やかで、夏の魅力を引き立てる。
　田舎の街は夏を感じやすい。
　小川沿いに出れば近所の子供たちが「きゃっきゃ」と騒ぎ声を上げている。
　彼、彼女らは風情や情緒を味わえているわけじゃないんだろうけど、わくわくの予感で胸が踊っているんだ。

　だけど大河、夏に対して何かを感じることもなく、子供たちみたくわくわくすることもなかった。
　意味もなく外に出ることは億劫だ。部活がない日は家に引きこもってじめじめしていることが多い。

　ブウウーン。トラックの駆動音。

　大河は自室の窓から外の様子を見た。
　引っこしのトラックだ。小川にかかるせまい橋を窮屈に抜けながら、出発したようだ。
　エアコンを切り、半分窓を開ける。ぬるりとした風が部屋へと吹きこむ。
　ものの数秒で涼しさはゼロになる。

　昔遊びに行った青い部屋なら涼しさを感じるかもしれない……。
　無意識にふと遠い過去の記憶……。未練たらしく思い出してしまった。

　開いた窓の先では、別れを惜しむ声が聞こえる。

「香葉来ちゃん元気でね」
「うん」
「あ、とか言ってもバスですぐだから、遊びに行くからね。別れっぽい感じはやめにしよ」
「うん。あたしもあかりちゃんのおうちに遊びに行ってもいい？」
「もちろん。いつでもウェルカム！」

　目の前で、香葉来があかりと別れを惜しみながらも、顔をくしゃくしゃにして笑いあっていてハグをしていた。
　大河はその様子を息を潜め覗いたが……。
　見過ぎてはバレてしまうかもしれない。焦るように覗くことをやめた。


　もう１ヶ月と数日は、経つ。
　
　大河はあの愚かな香葉来に犯したいじめのことを。
　傷ついた香葉来のことを。
　そして真鈴のことを。

　回想した。