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終章
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事件の後日談。
大河は香葉来の服を脱がし愚行に及ぶ直前に、実歩の介入により止められた。
大河は真鈴からの言いつけが守れなかった。
絶望感と同時に、「もう香葉来をいじめなくてもいい」という安堵感が溢れるように現れた。
タオルケットに包まれた香葉来は泣き疲れたのか、声は幾分とおさまっていた。
それでもしくしくと実歩の胸の中で小刻みに震え泣いていた。
大河も泣いてしまった。自分が泣いたからといって香葉来の傷が癒えることも、加害が消えることもないというのに。
むしろ泣いてしまう自分は愚か者であり卑怯者であり未熟者だと、ただただ自虐したい気持ちで心が埋まった。
実歩はそんな大河に情けをかけず無視し、ずっと香葉来の背中を摩りながら、空いた手でスマホを取り出して香織に電話をかけていた。
「……かおちゃん、ごめん。本当にごめんなさい」
実歩は大河から事情聴取する以前であったため、ある程度の想像を含めて香織に話したのだろうが、「ごめん、ごめんなさい……」と気が動転したような涙声を発しながら幾度となく謝罪していた。
他に話していたこともあったけど、大河の耳には入らなかった。
大河は実歩の謝罪の言葉を、その声を聞き、ズキンズキンと心臓を痛めた。
やがて香葉来の発作は落ちつき、実歩は慎重に彼女の体からタオルケットがズレないように肩越しから抱きしめるように支え、ゆっくりと大河の視線から離した。
隣の和室に入ったようで、がさりと物音がした。
「これ着れる?」と実歩は香葉来に聞いていて、応急処置的に自分の服を着させているようだった。
それから実歩は香葉来を連れて家を出てて、彼女の家に向かった。
大河は誰もいなくなった部屋で、また泣いた。
電気が点き明るい部屋で、無残に散乱したスカーフ、壊したセーラー服が視界に入り、自分の犯した罪を改めて知り、息ができないほどに苦しくなった。
視界が怖くて、現実逃避したくなりとっさに電気を消した。
暗雲の空の下、暗闇の部屋、それからも犯した罪をただひたすらに後悔した。
実歩が帰ってきた。
はっきりとした時間はわからなかった。
2時間くらいは経った気がした。おそらく、香織も帰宅して話をしたのだろう。
大河はすぐに打たれるんじゃないかと思った。打ってほしかった。
顔が腫れ上がるくらいにボコボコに殴りつけてほしかった。
けれど実歩は冷静な口ぶりで「あったこと、全部話しなさい」と言葉短く言ってきた。
大河は、香葉来がラインで女子グループにいじめに遭っていたこと、カッとなってミアの机を蹴り暴力を働いたこと、真鈴に脅されたが彼女に対しても暴力を働いたこと、真鈴からそれを脅しの材料にされ香葉来に対していじめをするようにと言われ愚行まで及ぼうとしたこと。
それらを自白する自分の言葉は、そのすべてが言い訳のように思えて大河は二重苦を味わった。
またバカみたいに泣いて、呂律が回らない中で必死にしゃべった。
すべてを聞き終えた実歩にはこう言われた。
「……大バカ。なんでお母さんに言わないの……」
すんっ……。
最後に鼻をすする音がした。その声は涙声だった。
大河は実歩の表情が怖くて見れなかった。
母さんの泣き顔なんて見たくない。
大河はどこまでもわがままで怖がりだった。
まもなくして実歩に香葉来から取り上げたデジタルペンを出すように言われ大河はすぐに渡した。
実歩はそれを持ち、再び姿を消した。
おれは打たれる価値もないクズなんだ。ぐすん……。
図体のでかい大男がしくしく泣いている。大河は自分はガキだと客観視した。
翌日、大河は実歩に「今日は学校は休みなさい」と言われた。
実歩は前日とは異なり、泣きなどせず冷静さを取り戻していた。
それでもまだ大河は実歩の顔が怖くて見れなかった。
空はこの日も恐ろしく黒かった。
大河は布団にくるまり、時間をただただ消化していた。
寝ているわけでもないのに、記憶が飛んだように実歩が帰るまでの時間は空白だった。
ガチャリ、と玄関扉の錠が解かれる音がした。
時間はまったくわからなかったけど、まだ完全な夜じゃなかった。
実歩が帰ってきたのだ。
ぎしん、と廊下の床板が軋む音がする。
部屋のドアが開いた。
「里璃子さんと話してきたから。香葉来ちゃんもかおちゃんも、家を失ったり仕事を無くしたりしないから」
え……。本当に……?
でも実歩の声は嘘や誤魔化しの色はなかった。
大河は布団から顔を出した。思わず……。
「……よかった……うっ……香葉来が、無事なんだ……」
声にならない声を上げた。
実歩の顔は、もやもやして見えた。涙のせいだろう。
うれしい知らせだった。大河の鬱々した絶望感は、緩和した。
しかし。
安堵した大河に対して、実歩は厳しかった。
「あんたは明日、香葉来ちゃんに誠心誠意謝ること。でも香葉来ちゃんに許してもらえる、もとどおりに戻れるなんて甘い考えはしないこと。あんたは香葉来ちゃんを確実に傷つけた。私はそんな子に育てた覚えはなかった。震えて大泣きするあの子を抱きしめて悲しかった。胸が痛かった。お父さんも泣いてるよ」
「……わかった……よ。ごめん……なさい」
父の名まで上げられた。幾度となく痛んだ胸に追い討ちのように鋭い槍が刺さった。
大河はまともにしゃべることができなかった。
喉の奥から死ぬ気で声を出し上げ、実歩に約束と謝罪をした。
それに対し、実歩は何も返事をしなかった。
夕食こそいつもどおり作ってくれたが、食卓で大河と実歩の間に会話はなかった。
食後、唯一、言葉をかわした。
実歩が言ってきたのだ。
「明日は真鈴ちゃんも同席するから」と。
大河は香葉来の服を脱がし愚行に及ぶ直前に、実歩の介入により止められた。
大河は真鈴からの言いつけが守れなかった。
絶望感と同時に、「もう香葉来をいじめなくてもいい」という安堵感が溢れるように現れた。
タオルケットに包まれた香葉来は泣き疲れたのか、声は幾分とおさまっていた。
それでもしくしくと実歩の胸の中で小刻みに震え泣いていた。
大河も泣いてしまった。自分が泣いたからといって香葉来の傷が癒えることも、加害が消えることもないというのに。
むしろ泣いてしまう自分は愚か者であり卑怯者であり未熟者だと、ただただ自虐したい気持ちで心が埋まった。
実歩はそんな大河に情けをかけず無視し、ずっと香葉来の背中を摩りながら、空いた手でスマホを取り出して香織に電話をかけていた。
「……かおちゃん、ごめん。本当にごめんなさい」
実歩は大河から事情聴取する以前であったため、ある程度の想像を含めて香織に話したのだろうが、「ごめん、ごめんなさい……」と気が動転したような涙声を発しながら幾度となく謝罪していた。
他に話していたこともあったけど、大河の耳には入らなかった。
大河は実歩の謝罪の言葉を、その声を聞き、ズキンズキンと心臓を痛めた。
やがて香葉来の発作は落ちつき、実歩は慎重に彼女の体からタオルケットがズレないように肩越しから抱きしめるように支え、ゆっくりと大河の視線から離した。
隣の和室に入ったようで、がさりと物音がした。
「これ着れる?」と実歩は香葉来に聞いていて、応急処置的に自分の服を着させているようだった。
それから実歩は香葉来を連れて家を出てて、彼女の家に向かった。
大河は誰もいなくなった部屋で、また泣いた。
電気が点き明るい部屋で、無残に散乱したスカーフ、壊したセーラー服が視界に入り、自分の犯した罪を改めて知り、息ができないほどに苦しくなった。
視界が怖くて、現実逃避したくなりとっさに電気を消した。
暗雲の空の下、暗闇の部屋、それからも犯した罪をただひたすらに後悔した。
実歩が帰ってきた。
はっきりとした時間はわからなかった。
2時間くらいは経った気がした。おそらく、香織も帰宅して話をしたのだろう。
大河はすぐに打たれるんじゃないかと思った。打ってほしかった。
顔が腫れ上がるくらいにボコボコに殴りつけてほしかった。
けれど実歩は冷静な口ぶりで「あったこと、全部話しなさい」と言葉短く言ってきた。
大河は、香葉来がラインで女子グループにいじめに遭っていたこと、カッとなってミアの机を蹴り暴力を働いたこと、真鈴に脅されたが彼女に対しても暴力を働いたこと、真鈴からそれを脅しの材料にされ香葉来に対していじめをするようにと言われ愚行まで及ぼうとしたこと。
それらを自白する自分の言葉は、そのすべてが言い訳のように思えて大河は二重苦を味わった。
またバカみたいに泣いて、呂律が回らない中で必死にしゃべった。
すべてを聞き終えた実歩にはこう言われた。
「……大バカ。なんでお母さんに言わないの……」
すんっ……。
最後に鼻をすする音がした。その声は涙声だった。
大河は実歩の表情が怖くて見れなかった。
母さんの泣き顔なんて見たくない。
大河はどこまでもわがままで怖がりだった。
まもなくして実歩に香葉来から取り上げたデジタルペンを出すように言われ大河はすぐに渡した。
実歩はそれを持ち、再び姿を消した。
おれは打たれる価値もないクズなんだ。ぐすん……。
図体のでかい大男がしくしく泣いている。大河は自分はガキだと客観視した。
翌日、大河は実歩に「今日は学校は休みなさい」と言われた。
実歩は前日とは異なり、泣きなどせず冷静さを取り戻していた。
それでもまだ大河は実歩の顔が怖くて見れなかった。
空はこの日も恐ろしく黒かった。
大河は布団にくるまり、時間をただただ消化していた。
寝ているわけでもないのに、記憶が飛んだように実歩が帰るまでの時間は空白だった。
ガチャリ、と玄関扉の錠が解かれる音がした。
時間はまったくわからなかったけど、まだ完全な夜じゃなかった。
実歩が帰ってきたのだ。
ぎしん、と廊下の床板が軋む音がする。
部屋のドアが開いた。
「里璃子さんと話してきたから。香葉来ちゃんもかおちゃんも、家を失ったり仕事を無くしたりしないから」
え……。本当に……?
でも実歩の声は嘘や誤魔化しの色はなかった。
大河は布団から顔を出した。思わず……。
「……よかった……うっ……香葉来が、無事なんだ……」
声にならない声を上げた。
実歩の顔は、もやもやして見えた。涙のせいだろう。
うれしい知らせだった。大河の鬱々した絶望感は、緩和した。
しかし。
安堵した大河に対して、実歩は厳しかった。
「あんたは明日、香葉来ちゃんに誠心誠意謝ること。でも香葉来ちゃんに許してもらえる、もとどおりに戻れるなんて甘い考えはしないこと。あんたは香葉来ちゃんを確実に傷つけた。私はそんな子に育てた覚えはなかった。震えて大泣きするあの子を抱きしめて悲しかった。胸が痛かった。お父さんも泣いてるよ」
「……わかった……よ。ごめん……なさい」
父の名まで上げられた。幾度となく痛んだ胸に追い討ちのように鋭い槍が刺さった。
大河はまともにしゃべることができなかった。
喉の奥から死ぬ気で声を出し上げ、実歩に約束と謝罪をした。
それに対し、実歩は何も返事をしなかった。
夕食こそいつもどおり作ってくれたが、食卓で大河と実歩の間に会話はなかった。
食後、唯一、言葉をかわした。
実歩が言ってきたのだ。
「明日は真鈴ちゃんも同席するから」と。
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