モデルファミリー <完結済み>

MARU助

文字の大きさ
34 / 146
ユグドリアの王子

32話:ユグドリアの王子来日

しおりを挟む

 昼休みの中庭、今日も勇治と夏美、美園が揃って花壇に腰を下ろしていた。
 勇治は大あくびして肩をもみほぐし、夏美はスマホ片手にニュース番組を視聴中、美園はゆっくり流れていく雲の形を観察していた。
 何をするでもない、このぼぉ~っとした時間が幸せだ。

 通りすがりの後輩たちが「こんにちは!」と頬を染めながら挨拶をよこす。
 瞬時に瞬時に演技モードに入った3人。勇治は夏美の肩に手を置き、夏美は少し甘ったるそうに勇治に体を寄せ、後輩たちに挨拶を返す。
 美園はとびっきり優しい笑顔でひらひらと手を振る。
 それを受け、後輩たちは大げさなくらいぺこりと頭を下げた。
 3人から離れた後、後輩たちが「素敵」「羨ましい」と黄色い声を上げているのが聞こえてきた。

 この頃、中庭の人口が増えたようだが、気のせいではないだろう。
 美園たちを見に来た後輩たちがウヨウヨいて、あちこちから視線を感じるようになった。
 どうやら中庭も落ち着ける場所ではなくなったようだ。
 美園は大きくため息をついた。

『さきほど、ユグドリアの王子が来日されました。空港にはたくさんの報道陣が詰めかけ……』

 夏美のスマホから漏れ聞こえてくるニュースを聞くともなしに聞いていた美園は、聞きなれない言葉に眉を寄せる。

「ユグドリア?」

 興味が湧いて夏美の手元を覗き込む。
 誠くらいだろうか、年若い少年が多くのフラッシュを浴びながら空港を歩いている。緊張しているせいだろう、顔に笑顔はなく表情は硬い。
 金色の髪に青い瞳を持つ王子は、まるで童話の中から抜け出してきたように不思議な存在感を放っていた。

 そして彼に寄り添うようにして50代くらいの温和な顔つきの男性が、カメラに丁寧にお辞儀を返しながら歩いていく。
 王子の付き添いのようだ。
 顔の雰囲気から、アジア系だろうということが見て取れる。

『王子は今回、日本政府との良好な関係を築くべく……』
 
 その映像を途中まで見て「この人たち誰?」と美園が呟く。

「おやおや、美園くん。お勉強不足ですね」

 数日前の悪夢再来とばかり、花壇の植え込みから飛びだしてきた進藤つかさ。

「テメェどこから……」

 大声を挙げた勇治を、通り過ぎざまの生徒が訝しそうに眺める。美園は慌てて勇治の口を塞ぎ、夏美は鬱陶しげにため息を漏らす。

「あ、これはこれはどうもどうも。表面上の勇治さんの彼女の庄司夏美先輩、初めまして。進藤つかさといいます」
「どーも」

 夏美はすでに美園たちからつかさの情報は得ていたので、嫌みな言葉も軽く受け流す。

「あんた何なのよ」

 刺のある口調で美園がつかさを睨む。

「何なのよ、って、専属取材だぜ? 勝手にどっか行くなよな、探したんだから」
「勘弁してよ、朝からずっとじゃない。あたしを24時間監視するつもり?」
「ご希望とあらば、夜の添い寝まで……」

 いちおうこれでも美園の兄なのだろう。妹を狙うけしからん輩の気配を感じ取った勇治は、瞬時に肘でつかさの顎を打った。

「イテッ!」

 つかさは顎を押さえて座り込む。それを見下ろしながら、

「お前が家にいると思うだけで、部屋が澱む。二度と来るな」

 そう言い放った。
 ほんの一瞬、勇治の兄らしい姿を見て心を打たれかけた美園だが「もし、ち~たんに色目を使いやがったらぶっ殺す」という呟きを聞いて、気分が萎えた。
 美園は再び視線をスマホへとうつす。さっきのニュースは既に終わっていた。

「ところでさ、さっきのニュース。何だったわけ?」

 美園の問いに、夏美が答える。

「ユグドリアって国あるでしょ。日本の上の方にある島国。そこの幼い王子が初めて来日したのよ」

 上の方…。妙に大雑把な説明たが、ヨーロッパあたりだろうかと美園は考えた。ユグドリア自体良く知らないのでなんともいえない。

「え? もしかしてユグドリア知らないの?」

 素直に頷く美園を見て、夏美は呆れつつも分かりやすく説明する。

「あのね、さっきの王子、トワ王子っていうんだけど、彼のお母さんが日本人なの。そういう縁で日本とは特別友好関係が深いの」

 苦手教科=世界史。美園の顔にはそう書いてあった。

「一般女性が王室入りってことで、当時は騒がれたそうだけど、彼女も5年程前にアンドレ国王と一緒に海の事故で亡くなってしまって。乗ってた小型船が転覆したんだよ。それで、今トワ王子は一人ぼっちなの。確かまだ11歳くらいだったはずよ」

 11歳で一人ぼっち。誠と同い年だ。
 両親が死んだのが5年ほど前ならば、彼は6歳からずっと一人だったのだ。
 そう思ってさっきの映像を思い起こせば、あの硬い表情は緊張からではなく、幼い頃に両親を失い頼るべき存在をなくした心細さの現れだったのだろうか。
 美園はなんだか急にトワ王子を抱きしめてあげたくなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...