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ユグドリアの王子
32話:ユグドリアの王子来日
しおりを挟む昼休みの中庭、今日も勇治と夏美、美園が揃って花壇に腰を下ろしていた。
勇治は大あくびして肩をもみほぐし、夏美はスマホ片手にニュース番組を視聴中、美園はゆっくり流れていく雲の形を観察していた。
何をするでもない、このぼぉ~っとした時間が幸せだ。
通りすがりの後輩たちが「こんにちは!」と頬を染めながら挨拶をよこす。
瞬時に瞬時に演技モードに入った3人。勇治は夏美の肩に手を置き、夏美は少し甘ったるそうに勇治に体を寄せ、後輩たちに挨拶を返す。
美園はとびっきり優しい笑顔でひらひらと手を振る。
それを受け、後輩たちは大げさなくらいぺこりと頭を下げた。
3人から離れた後、後輩たちが「素敵」「羨ましい」と黄色い声を上げているのが聞こえてきた。
この頃、中庭の人口が増えたようだが、気のせいではないだろう。
美園たちを見に来た後輩たちがウヨウヨいて、あちこちから視線を感じるようになった。
どうやら中庭も落ち着ける場所ではなくなったようだ。
美園は大きくため息をついた。
『さきほど、ユグドリアの王子が来日されました。空港にはたくさんの報道陣が詰めかけ……』
夏美のスマホから漏れ聞こえてくるニュースを聞くともなしに聞いていた美園は、聞きなれない言葉に眉を寄せる。
「ユグドリア?」
興味が湧いて夏美の手元を覗き込む。
誠くらいだろうか、年若い少年が多くのフラッシュを浴びながら空港を歩いている。緊張しているせいだろう、顔に笑顔はなく表情は硬い。
金色の髪に青い瞳を持つ王子は、まるで童話の中から抜け出してきたように不思議な存在感を放っていた。
そして彼に寄り添うようにして50代くらいの温和な顔つきの男性が、カメラに丁寧にお辞儀を返しながら歩いていく。
王子の付き添いのようだ。
顔の雰囲気から、アジア系だろうということが見て取れる。
『王子は今回、日本政府との良好な関係を築くべく……』
その映像を途中まで見て「この人たち誰?」と美園が呟く。
「おやおや、美園くん。お勉強不足ですね」
数日前の悪夢再来とばかり、花壇の植え込みから飛びだしてきた進藤つかさ。
「テメェどこから……」
大声を挙げた勇治を、通り過ぎざまの生徒が訝しそうに眺める。美園は慌てて勇治の口を塞ぎ、夏美は鬱陶しげにため息を漏らす。
「あ、これはこれはどうもどうも。表面上の勇治さんの彼女の庄司夏美先輩、初めまして。進藤つかさといいます」
「どーも」
夏美はすでに美園たちからつかさの情報は得ていたので、嫌みな言葉も軽く受け流す。
「あんた何なのよ」
刺のある口調で美園がつかさを睨む。
「何なのよ、って、専属取材だぜ? 勝手にどっか行くなよな、探したんだから」
「勘弁してよ、朝からずっとじゃない。あたしを24時間監視するつもり?」
「ご希望とあらば、夜の添い寝まで……」
いちおうこれでも美園の兄なのだろう。妹を狙うけしからん輩の気配を感じ取った勇治は、瞬時に肘でつかさの顎を打った。
「イテッ!」
つかさは顎を押さえて座り込む。それを見下ろしながら、
「お前が家にいると思うだけで、部屋が澱む。二度と来るな」
そう言い放った。
ほんの一瞬、勇治の兄らしい姿を見て心を打たれかけた美園だが「もし、ち~たんに色目を使いやがったらぶっ殺す」という呟きを聞いて、気分が萎えた。
美園は再び視線をスマホへとうつす。さっきのニュースは既に終わっていた。
「ところでさ、さっきのニュース。何だったわけ?」
美園の問いに、夏美が答える。
「ユグドリアって国あるでしょ。日本の上の方にある島国。そこの幼い王子が初めて来日したのよ」
上の方…。妙に大雑把な説明たが、ヨーロッパあたりだろうかと美園は考えた。ユグドリア自体良く知らないのでなんともいえない。
「え? もしかしてユグドリア知らないの?」
素直に頷く美園を見て、夏美は呆れつつも分かりやすく説明する。
「あのね、さっきの王子、トワ王子っていうんだけど、彼のお母さんが日本人なの。そういう縁で日本とは特別友好関係が深いの」
苦手教科=世界史。美園の顔にはそう書いてあった。
「一般女性が王室入りってことで、当時は騒がれたそうだけど、彼女も5年程前にアンドレ国王と一緒に海の事故で亡くなってしまって。乗ってた小型船が転覆したんだよ。それで、今トワ王子は一人ぼっちなの。確かまだ11歳くらいだったはずよ」
11歳で一人ぼっち。誠と同い年だ。
両親が死んだのが5年ほど前ならば、彼は6歳からずっと一人だったのだ。
そう思ってさっきの映像を思い起こせば、あの硬い表情は緊張からではなく、幼い頃に両親を失い頼るべき存在をなくした心細さの現れだったのだろうか。
美園はなんだか急にトワ王子を抱きしめてあげたくなった。
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