それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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8.わたしはまだ恋を知らない

水泳①

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「ね、私たちも水泳部の関東大会、応援に行こうよ」

 プールバッグを揺らして跳ねるように廊下を歩きながら、夏梨ちゃんが目を輝かせる。
 期末テストが終了してからずっとテンションが高い。夏休みを目前にした彼女は無敵だ。
 そんな夏梨ちゃんとは裏腹に、私の気持ちも足取りも重い。
 5時間目の授業は隣のクラスとの合同体育で、私の苦手な水泳だ。それだけでも気が重いのに、今日は25m泳のテストがある。
 もちろん、泳がなくても結果はわかっている。屋外プールまでの道のりは、針山を歩いているようだ。

「白石さんたちも行くだろうし、負けてられないでしょ!」

 可憐な外見とは裏腹に、夏梨ちゃんは結構好戦的だ。遠足や手洗い場でのことを知ってからは、さらにパワーアップしている。

「でも、遠足での嫌がらせが本当なら、気をつけなきゃね」

 ため息まじりに言って、由真ちゃんが眉を曇らせる。そのことを考えると、重い気持ちがさらに重くなった。
 自然公園で私が先に出発したと伝えたのは、白石さんのグループの女の子だったと、近藤くんが後からこっそり教えてくれた。
 白石さんの友達の顔まではよく覚えていないけれど、あの場にいた女の子がそうなら、明らかな悪意だ。彼女がそれを知らないとは考えにくい。

「夏祭りのことも、白石さんに絶対バレないように気をつけて」

「そうだよ。少なくとも当日までは誰にも知られちゃダメだよ」

「それでなくても、黒崎のファンは多いんだからね」

 私が思っている以上に、ふたりは白石さんや黒崎くんのファンのことを警戒している。
 浮かれていて深く考えていなかったけれど、夏祭りまでの道のりは険しい。きっと当日はもっと大変だろう。黒崎くんが聞いたら、「面倒くせぇ」って言いそうだ。
 戸惑いながらこくりと頷き、胸の前で抱えたプールバッグをぎゅっと抱きしめる。

 ……ほんとに一緒に行けるのかな。

 約束したと言っても、未だに待ち合わせ時間も場所も何も決まっていない。来週末の夏祭りまでまだ日にちはあるけれど、このままじゃ約束する前に夏休みに入ってしまいそうだ。

 私が時間や場所を決めた方がいいのかな。それよりもまず、あれが本気だったのかを黒崎くんに確かめるべきかもしれない。

 考え始めるとキリがなくて、モヤモヤがぐるぐると頭の中をめぐる。詳しい話はなにもできていないけれど、約束はまだ生きていると思いたかった。

「とりあえず、週末は関東大会の応援に行くからね、詩ちゃん!」

「う、うん」

「負けてられないもん! ついでに筋肉も見られるしっ」

「夏梨は、それが目的でしょ」

「バレたか」

 いたずらっぽくペロリと舌を出す夏梨ちゃんが可愛くて、つい笑ってしまった。
 黒崎くんの泳ぎが見られると思うと、嬉しくて週末が待ち遠しくなる。
 重かった足取りが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
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