それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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8.わたしはまだ恋を知らない

約束②

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『おはよう
 夏祭りの待ち合わせ、何時にする?』

 わ、わわわわ……!

 誰かに見られているわけじゃないのに、あわてて紙を胸に当てて隠す。そして目だけでキョロキョロまわりを見まわしてから、切れ端に書かれた内容をもう一度こっそり確認した。

 おはよう、って……これは黒崎くんだよね。

 ちらりと黒崎くんに目を向けると、まだ笑っているのかグーにした手で口元をかくしたままわたしを見ている。間違いない。
 私はドキドキしながら、右上がりの綺麗な字の下に返事を書いた。

『私は何時からでも大丈夫です
 黒崎くんは練習ですか?』

 それを丁寧に折りたたんで、先生に見つからないように気をつけながらそうっと隣に投げる。
 黒崎くんは私の手紙を見て、新しくノートをちぎってさらさらとなにか書いて丸め、慣れた手つきでまたこちらに投げた。

『部活は午前中だけ
 午後からスイミングの方の練習があるから、待ち合わせは18時に神社でもいい?』

『はい、大丈夫です』

 学校のクラブの後にスイミングスクールでも練習があるんだ。一日中泳いだ後にお祭りに行って、大丈夫なのかな……。

 そう思いながらも、約束が確かなものになったことが嬉しくて、つい口元がゆるんでしまう。
 こっそりする手紙の投げ合いっこも、秘密のやり取りみたいで、なんだかドキドキする。
 
 ……18時に、神社。

 噛み締めるように心の中で繰り返していると、また丸められた紙が飛んできた。

『試合来るの?』

『由真ちゃんと夏梨ちゃんと行く予定です』

 長谷くんが中心になって、クラスの大半が応援に行く計画を立てている。わたしたちも会場でそれに合流する予定だ。
 それを書いて投げ、黒崎くんからの返事を待つ。
 けれど、彼はただ確かめたかっただけらしく、そこで手紙のやりとりは途切れてしまった。

 応援してます、って書けばよかったな……。

 少し後悔していると、しばらくして黒崎くんはもう一度ノートをちぎり、なにか書いて投げてきた。

『ほっぺにバインダーの跡がついてる』

「……っ」

 そ、そういうことは、早く言ってっ。

 咄嗟に頬を手のひらで隠して黒崎くんを見ると、彼はペロリと舌を出して、イタズラっぽい笑顔を見せた。

 わ、わぁ……っ。

 初めて見る表情に、ドクンと心臓が大きく脈打つ。私はあわてて目を逸らして、髪で顔を隠すようにしてうつむいた。

 鼓動が大騒ぎして、あまりの息苦しさに涙が滲む。雨の中の不良少年と猫どころじゃない。

 ……ほんと、ずるい。その笑顔は反則だ。

 また真っ赤になった頬を両手で覆い、ひたすら時間が経つのを待つ。もう黒崎くんの方は見られなかった。
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