それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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9.思い出の人

夏はすぐそこ①

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 関東大会の日からずっと寝込んでいた私がようやく登校することができたのは、夏休み前日の終業式の日だった。

 一学期最後の長いHRが終わり、生徒たちのはしゃぐ声が渡り廊下に響き渡る。やっと始まる夏休みに、学校全体がウキウキと弾んだ雰囲気に包まれていた。
 それは、私たちも例外ではなく、特に夏梨ちゃんの張り切りようはすごかった。

「もちろん、浴衣でしょ!」

 胸の前で両手をグーに握って、目をらんらんと輝かせる。
 今日の夏梨ちゃんは、いつも以上に前のめりだ。明日に控えた夏祭りの準備に余念がない。
 織田くんとの夏祭りデートだから、気合いが入って当然なんだけれど、

「えー、長谷と行くのに浴衣……テンション上がらないなぁ」

 対照的に、由真ちゃんは渋い表情。それでも、楽しみにしていることは見て取れて、つい口元がほころんでしまう。
 夏梨ちゃんからの提案で、お互いの付き添いとしてなぜか由真ちゃんと長谷くんが一緒に行くことになったらしい。
 休んでいる間にメッセージでそれを知って、私はちょっとドキドキしてしまった。
 しっかり者の由真ちゃんと軽いけれど優しい長谷くんは結構お似合いだと、私は以前から密かに思っていた。夏梨ちゃんもそうなのかもしれない。

「じゃあ、長谷くんにも浴衣着せようっ」

「……それ、もっと上がらないから」

「可愛さを演出するために、子ども用の丈が短くなったやつにしてもらう?」

「ぜっったい一緒に歩かないからね」

 ずっと家でひとり鬱々と考えていたから、いつもと変わらないふたりのやりとりにホッとする。
 あの日、朝陽くんに再会したことが嘘みたいに平和だ。
 黒崎くんには話せていないけれど、ふたりには昔の話と大和くんと朝陽くんの話を打ち明けて、私は少しだけ気持ちが楽になった。



「ね、詩ちゃんも、もちろん浴衣だよね? 何色?」

 クラブが違う由真ちゃんと別れて旧校舎にある写真部の部室に向かいながら、夏梨ちゃんがニンマリ笑う。
 私はちょっと口ごもって、

「えっと、ワンピース……ほら、この前買った紺色の」

「ダメダメ! 詩ちゃん、さっきの話聞いてた? お祭りと言えば浴衣だよっ」

「でも、その……気合いが入りすぎてるって思われないかな」

 お祭りデートの夏梨ちゃんや、あの長谷くん相手の由真ちゃんと違って、黒崎くんと行く私に浴衣はハードルが高い。  
 私だって着たくないわけではないけれど、いろいろ考えて気おくれしてしまう。

「黒崎くんは嬉しいに決まってるじゃんっ。ね、浴衣にしよう浴衣! 私も由真も着ちゃうしっ」

 ひっ、夏梨ちゃん声が大きいっ。

 人の少ない旧校舎に、興奮した夏梨ちゃんの声が響き渡る。
 誰かに聞かれていないか心配になってキョロキョロとまわりを見回していると、後ろから声がした。
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