我は魔王なり…

三須田 急

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我は魔王なり…

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一体どこまで書くべきなのかわからないが、確かに言える事が2つある。

1つ目は罪滅ぼしのために筆を走らせている。
2つ目は今から書き綴る恐ろしい事実は全て事実である事だ。

20になるかならない頃、私は魔王を倒し圧政と恐怖から世界を救った。
故郷へと帰る途上、人々は私と仲間達を歓喜と感謝の声で迎えた。

その顔は希望に満ち溢れて、我々を含めて皆が幸せの絶頂にあった…


そこからだ地獄が始まったのは


魔王の恐怖を失った世界は各地の有力者の下、しばらくは平穏な統治が進められた。
私達はそれぞれの故郷で平凡でつつが無い日々を送る事ができた。

だが、緩やかで恐怖なき世は人心を大きく変容させた。

ある者は野心に溺れ、ある者は豊穣を望む民からの突き上げに遭い、世の中は戦に向かいつつあった。
やがて、世界は彼らの手によって戦乱の炎に包まれていった。
私が30になろうかという頃の出来事だった。

民は都市や集落から焼け出され、財という財は根こそぎ奪われた。
将兵たちも主君を失い、路頭に迷う者が後を絶たなかった。
彷徨う他ない彼らは私を頼って故郷に押し寄せた。

最初こそ誘いを断っていたが、人々は津波となって押し寄せ続けた。

やがて、私は決意せざるを得なくなった。
行き場のない彼らとかつての仲間を率いて、世界に平穏を取り戻すべく再び立ち上がった。

あらゆる邪悪を粉砕し、図らずも私は世界を2度も救った。
拠り所のない人々は新たな王として私が世界を導く事に期待を寄せた。

誰かの上に立つ気にはなれず拒もうととしたが、民も仲間達もいつの間にか自分自身もそうある事を許さなくなっていった。

未熟な私は自分なりに善良な王であろうとし続けたが、
ある者達に気持ちを寄せれば残された者達の疑念と不満を呼ぶこととなった。

その繰り返しで苦しみ続け、気がつけば私は40になろうとしていた。

不満と疑念の連鎖とそれが生む苦しみに耐えられなくなった私はまた血を求めるようになった。
飢えた獣の如き渇望はやがて生贄を見つけ出した。

魔族の者達だ。

かつては魔王に仕えた彼らだったが、主人亡き後は力を失い続けていた。
拠り所を失い、飢えに苦しみ、果ては人間に許しを乞うて命を繋ぐ惨めな者まで現れていた。

私はもはや脅威ではないはずの彼らを根絶やしにせよと人々に命じた。
もっとも、単なるガス抜きなのは誰の目にも明らかだっただろうが…

魔族が滅びかけていた50の頃、私はその後の世界を案じていた。
闘争と不満をぶつける相手がいなくなればその矛先は
私か民衆同士に向くかもしれなかったからだ。

そんな時、かつての仲間の1人であった魔術師がある提案を持ちかけてきた。
狩り取られた魔族を利用し、生活を豊かにすれば人々はやがて闘争を忘れるだろうと…

つまり、魔族の体に秘められた魔力を畑作業の自動化や交通の効率化に利用しようと言うのだ。

私は世界を統べる覇者として民の幸せと少しばかりの保身を考え、その提案を飲むこととした。
今になって思い返してみれば、その時も自分の身の回りと世界の清純さを省みることができていなかった。

そして、60になったころには人心の老いに逆らうことができなくなった。
そんな私を助けてくれたのは自分の子供たちだった。
3人の子供達は私の代わりにこの世界を統べるに相応しい者達として立派に育った。

だが、それは不幸にして兄弟間の武力を伴わない醜い争いを招来した。
互いが互いを出し抜き、次王には我こそが相応しいという野心を隠そうとはしなかった。

悲しい事に老い始め鈍くなっていく私にはそれを止めることはできなかった。

そして、床から離れることさえ難しくなった70の頃。
魔族は根絶やしにされ、その遺骸は魔力炉を燃やす魔力を生み出し続けている。
その力はあらゆる営みに高い効率と莫大な利便をもたらした。

しかし、それは人々にかつてない堕落と驕りをもたらしている。
膨張を続ける欲望は憎悪と悲しみを産んでいる。

これが私の一生の最終盤とはあまりに悲しい。
人々をまだ良き方向に導けていないではないか…
私はまだ死ねないのだ…






























若い兵士は見つけた紙片にはそのように記されていた。
そこには彼の知らないと恐れられていた男の姿があった。

政敵や魔族、果ては罪なき者達まで根絶やしにし、大地さえも汚しかねない魔力炉の建設を強硬に推し進め、遂には自身の老いと無能を恥じる事無い傍若無人のと恐れられていたはずの男の姿はこの紙片には無かった。

しばし、呆然と立ち尽くしていると
「おい!どうかしたか⁉︎」と背後で分隊長が叫んだ。
大声に驚き、一瞬体が硬直する。

「何でもありません…大丈夫です…」と俯き気味に応えると、分隊長は誰かに呼ばれてその場を離れた。
その隙に紙片を懐に入れた。

兵士達はあまりに巨大な宮殿を右往左往としている。
彼も本来の任務に戻るため、急いでの寝室から出ようとした。

その瞬間、生暖かい大気に後ろ髪を引かれた様な気配を感じ取った。
その場で足を止め、恐る恐る振り返ってみた。

その時見た自分の影を彼は生涯忘れる事はできなかった。
それは途方もなく大きく、若者というには余りにも威厳があり、人間というには醜く禍々しかった…

end
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