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三田くんのお話

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今日は部活がお休みの土曜日。
詩織ちゃんと、ショッピングモールに行く約束をした日だ。

待ち合わせはショッピングモールの入口付近。
私は最寄りの駅から歩いて待ち合わせ場所に向かっていた。
この調子だったら15分前には着くはず。

いつもより少し早めのスピードで歩く私は、ため息をついた。

(今晩、三田くんが家に遊びににくるんだよね。)

非常階段でのことは、まだ記憶に新しい。
あの時のことを思い出すと、いまだにその場でバタバタしたくなる。勿論、今もだ。
寝ぼけて私に触れてきた三田くんは、知らない男のひとのようで、少し怖かった。私には見せなかった三田くんの大人の世界を垣間見たようで落ち着かない。
ていうか、非常階段でのこともだけど、教室に乱入してきて私を無理に連れ出そうとしたことも許してませんから!桜木先生の数学だよ?さぼったらとんでもないことになるからね!

私はその時のこと頭から振り出すように、ぶんぶんと頭を振ると、頬をパチン!と叩いた。

「とりあえず、今日と明日を乗り切ろう。お兄ちゃんもいるし。みんなで集まったりする時はお兄ちゃんにくっついておけばいいもんね。」

気持ちを切り替えた私は、よし、と気合いをいれて歩き始めた。


待ち合わせ場所に着くと、詩織ちゃんがすでに待機していて、私を見つけるとうれしそうに手を振ってきてくれた。
今日の詩織ちゃんはゆるいシルエットのパーカーに切りっぱなしのデニムにスニーカーといったストリートファッションだ。ボーイッシュな詩織ちゃんによく似合っていて、とても可愛い。
「詩織ちゃん、お待たせ。服可愛いね。とっても似合ってる。」
「ふふっ。ありがとう。花奈ちゃんも可愛いよ!」
「ありがとう。お気に入りの服なんだ。」
今日の私の服装は、入学祝いに買ってもらったくすみピンクのスカートに白のトップスだ。蓮琉くんがセレクトしてくれたもので、お気に入りの服だったったりする。
「とりあえずどこに行こっか?」
「花奈ちゃんのオススメはどこかある?」
「う~ん。2階の雑貨屋さんかなあ。可愛い文房具とかもあるし。」
「じゃあ、そこに行こう!」
私達は、2階にエスカレーターであがると、雑貨屋さんに向かった。
途中でブランドのショップを見てみたり、靴を見てみたり、詩織ちゃんと一緒にいろいろ見てまわった。いっぱい歩いて、いっぱい笑って。とても楽しくて時間はあっという間にたっていった。
次はどこに行こう?と二人で歩いていると、私と詩織ちゃんのお腹がぐうっと鳴った。
時刻はすでに昼時をすぎている。
詩織ちゃんが、丁度近くにあったカフェを指さした。

「お腹すいたね。そろそろお昼にしようか。あそこのカフェに入る?」
「あ……うん。そうしようか。」

私達は、ランチのためにカフェに入ることにした。
そこは、お兄ちゃん、蓮琉くんと、三田くんと来たことのあるお店で。
三田くんが九条沙也加からお願いされて、私とお兄ちゃんを引き離す手伝いをしたことを教えてくれた場所だった。
そういえば、あの時もゲス三田になってたなあ。
当時のことを思い出していると、詩織ちゃんが隣でぶちぶつ呟いているのが聞こえてきた。
「なにこれ。みんなこれで足りるの?うわ。これ野菜ばっかじゃん。ウサギかよ。」
どうやら詩織ちゃんはとてもお腹がすいているらしい。
お兄ちゃんと来た時も、カフェの食事では物足りなくて、ラーメン屋さんに行ったことがあるのを思い出して、私は詩織ちゃんに提案した。
「詩織ちゃん、ラーメン食べに行こうか。」
「え!いやいや、女子高生はカフェでランチするんでしょ?」
「お兄ちゃんと一緒に来たことあるんだけど、その時お兄ちゃんがすごくお腹すいていて、ラーメン屋さんに行ったんだ。餃子も炒飯も美味しかったよ?」
詩織ちゃんの喉がごくりと鳴った。
顔にラーメン食べたいって書いてあるよ?詩織ちゃん。

私達はラーメン屋さんに入ることにした。
詩織ちゃんは見た目によらず大食漢で、ラーメン特盛に餃子2人前におかわりを2皿、それに炒飯二人前をペロリと平らげて私をビックリさせた。
お腹いっぱいになった私達がお店からでると、そこには赤い髪の唇にピアスをした男の人が立っていて、爆笑していた。

「おまえ、俺がせっかく女子オススメの店をピックアップしてやったのに、ラーメン屋さんて何?しかも特盛っ……。高校生の女の子らしい遊びを教えろってメールしてくるから何するのかと思ったらっ……。餃子おかわりだろ?笑いすぎて腹いてえよ。」

このひと、詩織ちゃんが食べるとこ見てたのかな。詳しすぎるよね。
詩織ちゃんを見ると、真っ赤になって震えている。しかもかなり悔しいのか涙目になっている。
私は赤い髪のひとに向き直ると、その人を真っ直ぐに見据えた。
「私だって、餃子も炒飯も食べましたよ?美味しかったです。いっぱい食べて幸せな時に、そういうからかうようなこと言わないでください。詩織ちゃんに失礼です。」
「か……花奈ちゃんっ……。」
「こんな人ほっといて行こう?」
私が詩織ちゃんの手をとって歩き出すと、その人が私の手をつかんだ。

「まあ、待てよ。」
「……離して下さい。」
「柏原さあ、最近付き合いが悪いんだよね。俺らが誘っても宿題がとか、部活がとか言ってさあ。今日なんて、女の子らしい遊びだろ?それってあんたのせいだよね?」
私は黙って相手の人を見た。
なんだろう。
このひとが言ってることを訳すと、詩織ちゃんが構ってくれなくて寂しい。一緒にいて欲しいにしか聞こえないんだけど。それで、一緒にいる私に嫉妬してるようにしか見えないんだけど。
(もしかして……っ。)
私はふと思いついたことを声にだした。
「もしかして、詩織ちゃんが一緒に自転車で海に行ったのってあなたですか?」
「……んあ?」
「あとは……一緒にゲーセン?」
「……………。」
「他には、街で喧嘩でしたっけ。」
今度は赤い髪のひとが真っ赤になった。
「な……てめえっ……。」
「ずっと仲の良かった詩織ちゃんが急に離れたみたいで寂しかったんですね?ごめんなさい。でも、私も詩織ちゃんがお友達になってくれて、とってもうれしいんです。」
赤く染めた髪みたいに真っ赤になった赤い髪のひとは、つかんでいる私の手にぎゅっと力を入れた。地味に痛い。

「なにいってんだよ、てめえはよ。そんなわけ……っ!」
私の手をひねりあげようとした赤い髪のひとの手は詩織ちゃんの勢いのよい手刀によって叩き落とされた。
「花奈ちゃんに触ってんじゃねえぞ?江崎。花奈ちゃんから手を離せ!」
「おまえが手刀するからもう離れてるよ!」
「大丈夫?花奈ちゃん。このバカが乱暴なことしてごめんね?」
「バカはお前だろ?なんでその女ばっか優先するんだよ?」
「当たり前でしょ!花奈ちゃん優先に決まってるじゃない。」
「…………っ!」
「ええと……詩織ちゃんと仲良くしたいんだったら、も少し紳士的にいった方がいいんじゃないですかね。」
「てめえは 黙ってろ!」
「あんたが黙りなよ。江崎!」
「なんだと?」
「詩織ちゃん、この人はきっと詩織ちゃんと仲良くしたいんだよ。」
「頼むから、てめえは黙っててくれる?」
「だから黙るのはあんたでしょ?江崎!」
「か……柏原っ……!」

赤い髪のひとがひそかに涙目になっている。
私達三人の会話はどうしようもなく混乱してしまって。
どうしたらいいんだろう、と困っておろおろしている私の襟を赤い髪のひとがつかんできた。
「だいたい、てめえが……っ!」

その時。
私の目の前を赤い髪のの人がいきなり吹っ飛んでいった。
そして、その人は嵐のように私の前に現れて、私は守るように抱きしめてきた。

「妹ちゃんに何してんの。」

「三田くん……?」

「妹ちゃん大丈夫?助けに入るの遅くなってごめん。」
三田くんは私を抱きしめたまま、呻きながら起きあがる赤い髪のひとを睨みつけた。

「ってえ……いきなり酷くねえ?」
「妹ちゃんに乱暴するお前が悪い。」
「お前、あれだろ。西中の三田サンだろ?ヤリチンで有名な。最近は牙抜かれて駄犬になったってきいてるんだけど。まだまだ現役なわけ?」
「……駄犬じゃない。名犬ポン太だ。」
「は?ポン太?……ナニソレ。しかも、今日あんたずっと柏原とその女つけてたよな?」
「お前だってつけてただろ。」
「お前みたいなヤリちんが、柏原に手えだそうなんて許せねえんだよ!ぶっつぶしてやる。」
「はあ?柏原ってダレ。俺が守りたいのは妹ちゃんだし。」
「だから、柏原だって兄貴がいるだろ。」
「だから、柏原ってダレ。」
「だから………ん?なんかおかしくないか?」
「うん。ええと、あんたの相手はどっち?」
「こっち。柏原。」
赤い髪のひとは、詩織ちゃんを指さすと、こてんと首をかしげた。
「俺はこっち。妹ちゃん。」
三田くんは、腕の中の私をギュッと抱きしめた。

三田くんと、赤い髪のひとは少し無言で見つめ合うと、あっさり頭をさげた。
「殴ってごめんね。赤髪くん。」
「俺こそヤリちんとか言ってすんません。そんで、俺の名前は江崎っスから。」
「うん。わかった赤髪くん。」
「………もういいスわ。ねえねえ三田サン、その女、三田サンのセフレっすか?珍しくすげえ平凡ッスよね。だから俺、柏原狙いじゃないかって勘違いしたんスよ。」
「えっ……。花奈ちゃん、そうなの?なにか脅されてるんじゃないの?この前教室でもすごく怯えてたよね。」
「うわ。マジで?さすが西中のヤリちんですね。やることがゲスいっすね。ハハハッ。」
「なっ……。西中の三田っていえば、誰かれ構わず喧嘩して、女も入れ食い。踊り食い。ゲスの代名詞の最低男じゃない。花奈ちゃんっ……大丈夫。私、頑張るから。絶対に守るからね?おらあ、来いやあ三田ぁっ!私が勝ったら花奈ちゃんにもう手を出すな!ほら、行け!江崎!」
赤い髪のひとが、え?俺も?って表情で詩織ちゃんを見た。
「え~と……。こ、来いや?……っ。」

詩織ちゃんと赤い髪のひとの二人が三田くんに向かい合った。
私は焦って、詩織ちゃんに声をかけた。

「違うから!セフレじゃないから!三田くんはお兄ちゃんの友達なの。いまはちょっと喧嘩……というか、ギクシャクしてるけど。」
「ほんとに?脅されてない?」
「脅されてません!ほら!三田くんからも何か言って下さいよ?」
三田くんが私を抱きしめたままなので、私は彼の腕の中でもがきながら体を動かし、三田くんを見上げた。

三田くんは、無表情だった。
すべてがどうでもいい、どうせ理解されない、と諦めたような表情だ。
私は何故かカチンときて、三田くんを睨みつけたかと思うと、唯一自由になる頭で、彼の胸に思い切り頭突きをした。

「ぐふっ……い、妹ちゃん?」
「なに諦めてるんですか!三田くん。確かに三田くんはゲス三田かもしれません。だけど、ゲス三田だけが三田くんじゃないでしょう!ポン太三田とかいろいろな顔があるじゃないですか。」
「ゲス三田……。」
「ポン太三田……?」
赤い髪のひとと詩織ちゃんが不思議そうに頭を傾げた。

「ゲス三田だっていいじゃないですか。まあ、この前教室でかなり怖かったですけど。それに、ブラック蓮琉くんだっていますし。ブラック蓮琉が降臨したらかなり怖いですからね?世の中キレイなだけの人間なんていません。だから、最初から諦めてそんな表情しないでください!」

三田くんは、どこか諦めたような表情で呟いた。
「……どうせ、俺はクズなんだよ。」
「そんなの、誰が決めたんですか。」
「みんなそういうし。」
「言わない人もいます。」
私は三田くんの耳に手を伸ばすと、ぐいっと引っ張った。
「………妹ちゃん痛いよ?」
「教育的指導ですから。痛くて当たり前です。三田くんは、お兄ちゃんの友達なんですから。自信をもってください。お兄ちゃんはけっこう、友達になる人を見るんです。仲良しになったら、きっと一生大事にしてもらえますよ?安心してください。」
「ずっと、仲良くしてくれるの?」
「そうです。でも人の道に外れるようなことをしたら、殴ってでも止めると思いますよ?竹刀で殴られる覚悟をしていて下さい。」
「タマちゃん、有段者じゃん。やべえじゃん。」
「そうですよ。やばいんです。……すみません。耳、痛かったですか?」
私はさっき引っ張った三田くんの耳をなでた。
思い切り引っ張ったので、少し赤くなってる。

三田くんのは表情が少し明るくなったのを確認して、ほっと気を緩めると、ポカンとした表情で私達をみる詩織ちゃん達に気がついた。

「詩織ちゃん?」
「えっと……彼氏じゃないんだよね。」
「お兄ちゃんの友達ですよ?」
「おい、柏原。お前の友達何者だ?三田サンが大人しくなってるぞ。あいつ、只者じゃねえぞ?」
「ふふん。花奈ちゃんだからね。私の友達。すごいでしょ?」

私達はその場で解散することになった。
お店の前で騒いでいたので、さすがに目立ってきたのと、時刻が夕刻をすぎていたからだ。
あんまり遅くなると、蓮琉くんが心配するしね。
私はふと気がついたことがあって、三田くんを見上げた。
「三田くん、そういえば今日ついてきてたんですか?」

三田くんは、一瞬動きを止めたけど、何事もなかったように前を向いた。

「じゃあね~赤髪くん、詩織チャン。」
「うっす。失礼します!三田サンと柏原の友達。」
「じゃあね~。花奈ちゃん!」
「じゃあね。詩織ちゃん。また学校で!」

二人を見送りながら、私は三田くんの背中をじいっと見上げた。

(むうっ。三田くんてば誤魔化すつもりですね?)




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