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三田くんのお話

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「ねえ、三田先輩とどういう関係なの?」

月曜日。
学校に行った私は、クラスの女子だけでなく他のクラスの女子にも囲まれていた。みんな可愛かったりスタイルがよかったり、自分に自信があるタイプの女の子ばかりである。

三田くんが私の教室に来たのは金曜日。
あの日は桜木先生が宿題をたっぷりだしていたので、みんなそれどころじゃなく帰っていたみたい。
しかも、土曜日にショッピングモールに一緒にいたのも目撃されていたらしく、それについても問い詰められている。

「もしかして、彼女?なわけないよね。斎藤さん、地味だし。三田先輩が連れてるのって美人ばっかじゃん。有り得ないよね。」
「じゃあ、セフレ?たまには地味な子も味見してみようって?三田先輩、守備範囲広いねえ。」
クスクスと笑い声が教室に響く。
詩織ちゃんはまだ登校してきてなくて、助けを求める人もいない。
みんな遠巻きに、興味津々に見守っている。

こういう場合は、何パターンかあって。
まずは、黙っていたら、勝手に相手が完結してくれて、罵るだけ罵ったら満足するパターン。
後は私が答えるまで諦めないパターン。
他にもいろいろあるけど、今回はどれだろう。
私が黙って俯いていると、その女生徒は私の髪をつかんで無理やり頭をあげさせた。

「あのさあ、まだ黙ってるの?こっちだって暇じゃないの。さっさと答えてよ。」

ダメだ。今回は私が答えるまで諦めないプラス暴力のパターンだ。
私は重たい口を開いた。

「三田……先輩は、お兄ちゃんの友達で……っ。」
「お兄ちゃん?あんたのお兄ちゃんだったら、かなり地味なんじゃないの?」
「笑える~。すげえ地味で下僕扱いなんじゃない?」

髪をつかまれているとこが痛い。
そろそろ離してくれないかなあ。
私は顔をしかめながら、私の髪をつかんでいる子を見あげた。
その目つきが気に入らなかったのか、その子は顔をゆがめながら、手を振りあげた。
殴られる!と思った私は、咄嗟にギュッと目をつむった。

「はい、そこまでな。」

覚悟していた衝撃がこなかったので、私はつむっていた目を恐る恐るあけた。

(この人は、確か……。)

「兄貴!よくやった!」
「男なら当たり前ですから。それにしても詩織、最近の女子って怖いのな。あ、あとでまた辞書貸してな。」
「また?いい加減持ってきなよ。」

詩織ちゃんと…確か、以前教室に辞書を借りにきた詩織ちゃんのお兄さんだった。お兄さんがその子の手を止めてくれたおかげで、私は殴られなくてすんだのだ。

詩織ちゃんの姿に、私はほっとして目を潤ませた。
「詩織ちゃんっ……。」

私を殴ろうとした子は、かっとしたように詩織ちゃんのお兄さんの手を振り払うと、キッと睨みつけてきた。

「何すんのよ、平凡男!」
「詩織、兄ちゃん平凡男って言われたよ。」
「大丈夫、兄貴は平凡だから。正解だよ!」
「ありがとう。妹の愛がうすいな。紙のようだな。」


「斎藤さんのお兄さんだって、どうせ平凡に決まってるわよね。」
「そうよ、平凡が口出ししないでよ。」
詩織ちゃんのお兄さんの登場で、大人しくなっていた女生徒達が、俄に活気づいてきた。
くそう。平凡、平凡って連呼して欲しくないんですど。
確かに平凡ですけどね。

その時、教室の入口あたりが、ざわめいた。
えっとか、嘘っとか声が聞こえてくる。

人垣が自然に開いて、そこには悠然と微笑むお兄ちゃんが歩いて教室に入ってくるところだった。

「どうも、そこにいる斎藤花奈の兄、斎藤環です。」

私を責め立てていた女生徒達は、お兄ちゃんの登場に声もでないみたいで、ポカンと立ち尽くしている。
お兄ちゃんは、私を殴ろうとした女生徒の前に立つと、優雅に微笑んだ。
自分の美貌を理解して、計算しつくされた笑みに、女生徒は茹でたこのように真っ赤になった。

「えっ……斎藤先輩?えっ……。嘘っ。」
「本当だよ?俺は花奈の兄。なんなら戸籍抄本でも見せようか。……三田は俺の友達だから、話すこともあったと思うよ?平凡な兄で申し訳ないんだけど、花奈を苛めないでくれるかな。」
「……っ!」
彼女達は、自分達のしていたことを見られていたことに気がついて、真っ青になった。

「す……すみません!ご、ごめんね?斎藤さん。」
「ウソ。斎藤先輩の妹だなんて、聞いてないよ?やばくない?」

一気に元気がなくなって大人しくなった女生徒達に、お兄ちゃんはにっこりと天使の笑顔をふりまいた。

「……ああ。もうこんなことはないかと思うけど、気をつけてね?……次はないから。」

お兄ちゃんは、最後に凄味のある笑顔をしたかと思うと、興味を失ったかのように教室の外に私達を連れて歩き出した。
そして、入口に二葉くんがいて、さり気なく一緒に歩き出した。


******

「それでどうしてここにいるんだ、お前ら!」
「先生、口調が戻ってますよ。」
「……斎藤……はあ。もういい。授業には遅れるなよ?」

お兄ちゃんが私達を連れてきたのは、数学準備室だった。
桜木先生は諦めたように煙草を吸い始めた。

「先生、窓の外に向かって吸ってください。花奈の体に悪い。」
「一条っ。お前なあっ。もういい!」
桜木先生はに煙草を灰皿に押し付けると、苛立ったように部屋を出ていった。
「桜木先生っ……。」
追い出すのは申し訳ないと思って、引き留めようとしたけど、先生は私の頭をポンて叩いてフッとほほ笑むと部屋を出ていった。

詩織ちゃんと詩織ちゃんのお兄さんは、目を白黒させて私達を見ている。
「えっ?花奈ちゃんのお兄さん斎藤先輩だったの?あ、確かに名字一緒だわ。」
「斎藤……しかも一条まで。一条はどうしてここに?」
詩織ちゃんのお兄さんが不思議そうに室内を見渡していると、お兄ちゃんが詩織ちゃんのお兄さんにスっと頭を下げた。
「柏原、花奈を守ってくれてありがとう。助かったよ。」
「いや、頭をさげないでくれよ。当たり前のことをしただけだし。最近の女の子は怖いのなあ。斎藤が来てくれて助かったよ。しかし、まさか詩織の友達の花奈ちゃんが斎藤の妹だったなんてなあ。」
「ほんとだよ。びっくりした!」

私は驚いている詩織ちゃんに頭を下げた。
「驚かせてごめんなさい。隠すつもりはなかったんだけど、なかなか言い出せなくて……。」
「ううん。仕方ないよ。私が花奈ちゃんでも言いにくいと思う。兄貴がこんなにイケメンだったら特にね。それにしてもこの部屋イケメンだらけじゃん。でもこんなに揃ってたら当たり前になってきて、美的感覚が麻痺しそうだね。」
「あ~それはあるかもね……わあっ。」

その時、蓮琉くんが私に抱きついてきた。そして私を抱き上げると、嬉しそうに笑った。
「柏原、花奈を守ってくれて本当にありがとう。……なあ、環。もう解禁だよな?花奈にいつでも会いに行ってもいいよな?ははっ。花奈~。もう我慢しなくていいんだよなあ。」
そのまま頬ずりしてくるので、地味に痛い。
「蓮琉、柏原が驚いてるからそのへんでな。」
「なあ、斎藤。一条って、確か、誰にもなびかない氷の王子様じゃなかったのか?俺の目がおかしくなった?」
目をこする詩織ちゃんのお兄さんに、お兄ちゃんはにっこり笑いかけた。
「柏原、はっきり言っていいぞ?蓮琉が別人みたいにデレデレしてるって。蓮琉は、俺の幼馴染みで、花奈にとっても幼馴染みたいなものなんだ。ちなみに、あれが通常運転だから。しかも、2人とも付き合ってないからな。」
「え?嘘だろ。どう見てもラブラブカップルだよな。うっとおしいくらいの。」
「うっとおしいのは蓮琉だけな。……侑心!」
詩織ちゃんのお兄さんの言葉にウンウン頷いていたお兄ちゃんは、二葉くんに声をかけた。
「今朝のこと連絡してくれてありがとな。助かった。花奈もお礼言っとけよ?侑心が花奈が囲まれてるって教えてくれたんだ。」
「そうだったんだ。ありがとう、二葉くん!」
「いや……斎藤が無事で良かった。一条先輩は今回は留守番だったんですね。」
お兄ちゃんは、肩をすくめて二葉くんを見た。
「今回は俺だけでいいと思ってな。蓮琉連れてったら、なにするかわかんねえし。爆弾連れていくようなもんだろ?」
「ひどいな、環。穏便にすませるさ。花奈、大丈夫だったか?」
私は髪を引っ張られたところをそっと押さえた。
「大丈夫だったよ?詩織ちゃんのお兄さんが殴られる前に助けてくれたしね!あの時はありがとうございました。」
「いや。いいんだよ。そういえば髪を引っ張られたとこ大丈夫だった?」
「はい。大丈夫です。」
「……え?花奈、髪引っ張られて、殴られそうになったの?」
「うん。あの…………。」
「環。ちゃんと報復した?俺もその女達に会いに行っていい?」
「いちおう、脅しはかけといた。まあ、初犯だしな。次やったら、こんなもんじゃすまさねえよ。」
「初犯のうちにきっちりやっとかないと、また繰り返すかもしれないじゃないか。やっぱり、今から俺が行って……。」
「まあ待てよ。……な?爆弾だろ?蓮琉を留守番にさせた意味わかるだろ?」
「そうですね。環先輩が行かれて正解でしたね。」
「二葉。お前、覚えとけよ。」
「蓮琉!侑心を威嚇するな。侑心は悪くないだろう。……なんだ?柏原。ぼうっとして。」
「いやあ……。学校の王子二人のイメージが崩れていくことに ショックを受けてるんだよ。」
「ああ。蓮琉?」
「いや。斎藤もだよ。もっと、こう……。いつも凛として穏やかな近寄り難いイメージがあったんだけど。けっこうくだけてるし、面白いんだな。また話しかけてもいいか?」
「かまわないけど……。俺ってそんなに近寄り難い?」
「うん。孤高の美人って感じだな。一条は、氷の騎士って感じ?誰の誘いにものらないし、たいてい斎藤のそばにいるし。」
「うわ。なんか微妙だな……。」

その時、数学準備室のドアがすごい勢いで開いた。
「妹ちゃんっ!タマちゃん、妹ちゃん無事っ?」
「三田~。遅い。花奈のとこに来るのも遅かったけど、俺が電話しなかったら、何時に登校するつもりだった?」
「えへ?それよりも妹ちゃんっ。」
三田くんは蓮琉くんをおしのけて、私に抱きついてきた。
「俺のせいで女に囲まれてるって聞いて、気が気じゃなかったよ。」
「てめえ!三田!花奈に抱きついてんのは俺だろ?来るの遅かったくせに!邪魔すんなよ!」
「妹ちゃん~。ごめんね?遅くなってごめんね?」
蓮琉くんを無視して、私にすり寄る三田くんに抱き潰されそうになりながら、私は遠い目をした。

詩織ちゃんのお兄さんは三田くんの様子に、目を見開いて呆然としている。
「嘘だろ……あれが三田?」

詩織ちゃんがその横でポツリと呟いた。
「名犬ポン太……?」
二葉くんが、さもありなん、と頷いた。
「ポン太は三田先輩の別名でもあるな。環先輩のお爺様が飼っておられた犬に似ているそうだ。」
「へえ……。そうなんだ……。」
詩織ちゃんは頬を引き攣らせた。

「そういえば、柏原と詩織チャンはどうしてここにいるの?」
蓮琉くんと睨み合ってた三田くんは突然振り向いたかと思うと、不思議そうに首を傾げた。
お兄ちゃんが、三田くんの耳を軽く引っ張った。
「柏原は、花奈を守ってくれたんだ。髪をひっぱられて、殴られそうになっていたらしいぞ。しかも、平凡とかセフレとか。言いたい放題だったみたいだな。」
「…………へえ。」
三田くんの表情がすうっと冷えたものになった。
彼はそのまま、私の体を離すと、準備室の外に歩き始めた。
「三田?」
「ん~。ちょっと、トイレ?」

(いや、ぜったいウソだろ。)
その時。その場にいた全員が同じことを思った。

蓮琉くんが、三田くんの襟首をつかんだ。
「おい。どこ行くんだ。」
「ナイショ~。別に、妹ちゃんの教室に行って、妹ちゃんに乱暴した子になにかしようなんて思ってないから。あ、柏原くん。一緒にトイレに行こうか。」
お兄ちゃんが、三田くんに呆れた目を向けた。
「どうして柏原を連れていくんだ!何かやらかす気ありすぎだろ。俺が脅しかけといたから今回はお前は動くな。なんだよ。蓮琉だけじゃなくて、三田も爆弾なのか?」
「しかも、暴発しやすそうですね。」
冷静に返答する二葉くんに、お兄ちゃんはさらにため息をついた。
詩織ちゃんと詩織ちゃんのお兄さんは、声も出ないくらい遠い目をしている。

その時、数学準備室のドアが開いた。

「お前らさっさと出ていけ!もうすぐホームルームだぞ!」

桜木先生に追い出された私達は、廊下で顔を見合わせた。
お兄ちゃんが心配そうに私を見た。
「まあ。教室に行くか。花奈、大丈夫か?俺がついていこうか?」
すると、三田くんがすごい勢いで挙手した。
「タマちゃん!俺、俺!」
「三田が行ったらまた元の木阿弥だろ。ここは俺が……。」
「蓮琉も似たようなもんだからな。」

騒いでいる蓮琉くん達に、私はにっこりと笑いかけた。
「お兄ちゃんが釘をさしてくれたし、今日は多分大丈夫だと思う。詩織ちゃんのお兄さん、お兄ちゃん、助けに来てくれてありがとう。蓮琉くんも、三田くんも二葉くんもありがとう。じゃあ、行くね?」
「そうですよ!私もいますし!花奈ちゃんはわたしが守ります!」
「俺もいます。」
二葉くんがぼそっと付け加えた。
「環先輩、なにかありましたら、また連絡しますから。」
蓮琉くんが急に笑顔になった。
「ありがとう、二葉。助かるよ。出来れば俺にも教えてくれ。」
「蓮琉、お前調子よすぎ。」

詩織ちゃんのお兄さんが、のんびりとした口調で詩織ちゃんに話しかけてきた。
「ほんと、斎藤も一条もおもしろい奴だったんだなあ。……それに、たまには頼もしいな、詩織。」
「兄貴、うるさい。辞書貸さないよ」
「もう時間ないからまた次の休憩に借りに行くな。」
「ふざけんなこのバカ兄貴!」
「じゃあな~。斎藤達!俺も先に教室行くからな~。」
「廊下は走るな馬鹿兄貴!」

詩織ちゃんは、お兄さんが去った方を睨みつけていたけど、私を振り返り、ため息をついた。
「ごめんね。バカ兄貴で。それにしても、花奈ちゃんって、なんていうか……愛されてるね。しかもイケメンばっかり。でもね?愛されてるんだけど、どうしてだろう。ちっとも羨ましくならないというか……。うん。頑張れ?」

いつだったか、誰かにも同じようなことを言われた気がする。
私達は教室に向かって歩き始めた。









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