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三田くんのお話

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「三田。ソファが狭いからあっち行けよ。」
「はあ~?一条が動けっての。俺はタマちゃんの隣がいいんだし。」
「俺は花奈が見えやすいここの席がお気に入りなんだよ!いいから降りろ。」
「うわ。お~ぼ~!タマちゃん!ねえ、一条横暴だよねえ!」
「もうお前ら二人ともソファから降りろ。ほらクッションやるから。」
「……環。」
「タマちゃん……。」

蓮琉くんと三田くんは大人しくリビングの床に移動した。
ラグがひいてあるので、直接床ではないのだけど。移動してもまだ二人は何か言い合っている。

一人がけのソファに腰掛けて本を読んでいた私は、見かねてお兄ちゃんに提案してみた。
「ねえ、お兄ちゃん。私自分の部屋で本を読もうか?お兄ちゃんがここに座って、ソファに蓮琉くんと三田くんが座る?」
「いや、大丈夫だよ。花奈、俺カフェオレ飲みたいな。」
お兄ちゃんは二人を睨みながら、私ににっこりほほ笑むという凄技を披露してくれた。

私は立ち上がると、キッチンに移動した。
(お兄ちゃんと蓮琉くんは、甘さ控えめカフェオレで、三田くんと私は……今日は紅茶のアールグレイでミルクティーにしよう。)
お湯を沸かしながらカップの準備をしていると、三田くんがふらりとやってきた。

「ねえ、妹ちゃん。」
「なんですか?三田くん。」
「今日、柏原が教室に来たの?」
「柏原先輩ですか?ええ。来られましたよ。昨日図書室でお話していて、私が読みたかった本を持っておられたので、わざわざ貸してくださったんです。柏原先輩すごいんですよ。あの作家さんの本を全巻持っていらっしゃるみたいで。また今度続きを貸して頂けることになったので、とっても楽しみになんです。」
私はにこにこ笑いながら三田くんに答えた。
20年くらい前に出版されたシリーズで、全五巻で完結なんだけど、内容がマニアックすぎたのか、一部の読者にのみ人気があり、今では絶版になっており、読みたくても泣く泣くあきらめていたのだ。
その本が全巻貸してもらえることになり、私はかなりご機嫌だった。

「ふ~ん。そう。」

三田くんはむっつりとした顔で呟いた。
そして、ふいっとお兄ちゃんのところにもどっていった。

「三田!お前膝に頭乗せてくるな!男に膝枕する趣味はねえよ!」
「いいじゃん。」
「よくないわ!」

今度は蓮琉くんがやってきた。
「柏原の家に遊びに行くんだって?」
「はい!明日学校帰りによらせて頂くことになってるの。詩織ちゃんと一緒に行くんだけど、今から楽しみになんだあ。」
「そう。でも柏原がいくら詩織ちゃんのお兄さんだからって、いちおう男だからね?ちゃんと警戒しないと。部屋に2人きりにならないんだよ?もし変なことしてきたら、俺に電話して?つぶすから。」
「蓮琉、顔が怖いぞ。」
「ははっ。そうか?」
私がどう返していいか悩んで目を白黒させていると、お兄ちゃんが代わりに蓮琉くんに返事をしてくれた。
お兄ちゃんのつっこみに、蓮琉くんはとても爽やかに笑ったんだけど……なんだろう。逆に怖いんだけどっ。


私はお盆にカップをのせると、お兄ちゃん達のところに戻った。
「はい、カフェオレ入ったよ。三田くんは今日はミルクティーにしたよ?」
「え。カフェオレじゃないの?」
「三田くん、コーヒー苦手でしょう?紅茶の方がいいかなと思ったんだけど。もしかして、コーヒーの方が良かった?いれなおそうか?」
「ううん。コーヒー嫌い。苦いから苦手。すげえ苦手。ミルクティーは好き。ありがとう、妹ちゃん。」
三田くんは、さっきまでの不機嫌さがどこかに飛んでいったみたいで、にこにこしながらカップを受け取った。
その様子がまるで小さな子供みたいで、私は思わず三田くんの頭をよしよしとなでて、自分も椅子に座った。
うん。今日は美味しい紅茶になった。

そのまま本を読み始めた私は、すぐに本の内容に引き込まれていった。


「おい、三田が顔真っ赤にしたままかたまってるぞ。」
「三田~。紅茶冷めるぞ~。だめだ。環、こいつ全然動かない。」


*****

「花奈ちゃん。」
「うん。詩織ちゃん。ええと……なんて言いますか……。」
私は詩織ちゃんの隣に座って、言葉を探していた。

「へえ~。柏原の家ってデカイね。しかも綺麗。」
「三田、なんか飲む?コーヒーとか。」
「ううん。ダイジョーブ。本借りるんでしょ?部屋に案内してよ。」
詩織ちゃんが引きつった笑顔で三田くんに話しかけた。
「三田先輩、暇なんですか?部活とか入ってないんですか?」
「バスケ部だよ。幽霊部員だけど。」
私達を部屋に案内していた柏原先輩は驚いたように振り返った。
「え!三田!バスケ部?知らなかった。へえ~。」
「そお?まあ、ほとんど参加したことないからねえ。」
「それにしては鍛えた体してるよなあ。」
「マンションにあるジムに通ってるから。体動かすのはスキ。団体行動はめんどくさい。」
「ああ。納得。マンションにジムがあるなんて、三田の家って実はセレブなわけ?」
「あ~。まあ、保護者がね。この話はこれでおしまい!柏原の部屋はここ?」
「ああ。どうぞ?」
柏原先輩が、ドアを開けると、そこには魅惑の空間が広がっていた。
「うわあっ!……あっ。これ、幻の初版本!こ、これはっ……かの有名な作家さんが覆面で執筆した幻のシリーズ!」
大興奮で部屋の本棚を眺める私に、詩織ちゃんがびっくりした声で話しかけてきた。
「花奈ちゃん、ほんとに好きなんだねえ。兄貴のマニアックさについていける人初めて見たよ。」
「ほんと、ここまで喜ばれたらうれしいね。花奈ちゃん好きなの借りていっていいよ?もし選びきれなかったらまたいつでも来ていいから。」
「ありがとうございます!」
私は柏原先輩に笑顔で振り向いた。
すると、三田くんが何故かショックを受けた顔になって、その後柏原先輩を恨めしそうに見た。
「俺、妹ちゃんのこんな笑顔見たことないんだけど?なんだか悔しい……。妹ちゃん、俺にもいまの笑顔で笑ってよ。」
「ええ?そんな、意識して出来ませんよ!あ、三田くん。本を選ぶのでちょっと離れててください。」
「…………っ!」
三田くんはしょぼんと肩を落として、本棚の反対に移動していった。
そして、体操座りで部屋の隅に座り込んで、本を選ぶ私を寂しそうに見た。

詩織ちゃんと柏原先輩は、こそこそ内緒話を始めた。
一生懸命に本を選ぶ私といじけて座り込んでいる三田くんに聞こえないくらいの小さい声だった。
「兄貴、どうよあれ。」
「すごいな、お前の友達。あの三田を上手く転がしてるぞ。しかもあれは無意識だな。そんで、三田は花奈ちゃんが好きっぽいな。……花奈ちゃん、ちょっと可愛いと思ったんだけどなあ。」
「ちょっと、私の友達に手を出さないでよね。」
「そう簡単に口説ける男だったら、彼女いない歴〇年とか看板しょってねえよ。あれだな。花奈ちゃんは一見地味だけど、ハマるとやばいな。」
「はあ?なに変態発言してんの。」
「だってさ、最初は大人しい平凡な子だなあって思うんだよ。だけど、すれてないっていうか、反応が素直なんだよな。そんであれ?と思って、話してると、今度は笑顔がいいんだよ。思わずドキリとさせられるんだ。」
「ああ。確かに。兄貴、本気にならないでよ?兄貴だって平凡男なんだから。三田先輩とか、一条先輩が相手なんて敗北決定だからね。」
「平凡男って、お前ね。わかってるよ。わかってるんだけどね。ああ。悩んでるなあ。ちょっと声をかけようか。」
「兄貴……。」


柏原先輩は選びかねている私に、声をかけてくれた。
「花奈ちゃん、これもオススメだよ?今日は三田もいるんだから、10冊くらいいけるんじゃない?」
「ううっ。そんなにたくさんお借りするわけには……っ。」
「ははっ。読みたいって顔に書いてあるよ。じゃあ、読んだら感想教えて?メールでもいいから。」
柏原先輩のアドバイスに私は目を輝かせた。
本も読めて、感想も語り合えるなんて、なんて神対応なんですか!

「はいっ!じゃあ、ライン教えてください。」
私はいそいそと携帯電話をとりだした。
だが、その携帯電話は、三田くんに取り上げられた。

「三田くん?」
「……あれ?」
「柏原先輩とライン交換するんですけど。」
「うん。そうだよね。」
「返してもらえますか?」
「うん。」
三田くんは、私の携帯電話を握りしめて、かたまってしまった。
その表情はどうしたらいいのかわからない子供みたいで。
私は三田くんの背中をよしよしと撫でると、ポンポンとたたいた。
「どうしました?」
「………ヤダ。」
三田くんは、携帯電話を握りしめたまま、俯いて小さな声をだした。
「他の男とラインしてほしくない。なんかヤダ。」

仲良しの友達が取られるみたいな気持ちなんだろうか。
私は拗ねたような顔の三田くんを困ったように見上げた。

「妹ちゃんが、感想を手紙に書いてよ。そしたら俺が柏原に届けるし。いいじゃん、それで。」
「はあ。」
「俺、ポン太じゃなくて鳩になる。伝書鳩になるから。」
「それは……大きい伝書鳩ですね。」

三田くんは、私にすがり付くように抱きついてきた。
不安そうな三田くんの表情に、私は思わずギュッと抱き締め返していた。

「どうしたんですか?そんなに不安にならなくても大丈夫ですよ。」
「だって、もし妹ちゃんが柏原とつきあったら、俺とは一緒にいてくれなくなるってことでしょ?」
「すごい発想しますね。柏原先輩に失礼ですよ。柏原先輩はボランティア精神で私に本を貸してくれただけです。」
「はあ?何言ってんの?男が女を下心なしで自分の部屋に誘うわけないでしょ?柏原だって、二人きりでさっきみたいな笑顔見せられたら、絶対そこのベッドに押し倒してつっこんでるよ。」

詩織ちゃんが冷たい視線で柏原先輩を見た。
「そうなの?兄貴。」
「そんなわけあるかよ!いきなりそんなことする度胸があったら彼女いない歴ウン年を毎年更新してねえからな?平凡男なめんな!」

そして、三田くんはため息をつくと、私を見た。
「だいたい妹ちゃんは、危機管理なさすぎ。だいたい、男が部屋に誘って、女がOKした時点でセックスしてもいいわよ?ってことじゃねえの?男がみんな一条みたいにあんたを守るわけないからね?アイツを基準にしてんじゃねえよ!」
「なっ。ちゃんと警戒してますよ?馬鹿にしないで下さい!」
「はあ?俺とか一条とかにキスされても抵抗しないじゃん。柏原がせまってきたらどうすんの?抵抗できるの?」
「うわああっ!何言ってるんですか?何言っちゃってるんですか!あれは仲直りの方法なんですよ。蓮琉くんは、小さい頃からずっとだし、だいたい私にキスしようなんて思う人は、蓮琉くんか三田くんぐらいですよ。」
「はあ?そんなのわかんないじゃん。ねえ、柏原。」
「うおえっ?お、俺?」
「柏原だって、妹ちゃんのこと、押し倒してキスして………ふがっ!」
「いい加減にして下さい!なんなんですか?さっきから!」

私は三田くんの口を手で塞ぐと、キッと睨みつけた。
でも顔は真っ赤になっているに違いない。

三田くんは私を睨みつけていたかと思うと、プイっと視線をそらした。
「……借りる本ってそれでいいわけ?さっさと帰るよ。」
そして本の入った袋をつかむと、そのままスタスタと部屋を出て行ってしまった。
私は呆然とその後ろ姿を見送っていたが、はっとしたように目を瞬かせた。
「あのっ。ええと……っ。本、お借りします。読み終えたらまた連絡させて頂きますね。」
「うん。いつでもいいから。」
私は柏原先輩の携帯番号だけでも聞こうかと思ったけど、三田くんの表情が気になって、思い留まった。本人、伝書鳩になるらしいし。
詩織ちゃんが心配そうに私を見た。
「花奈ちゃん、大丈夫?」
「三田、機嫌悪かったなあ。でもあいつがあそこまでムキになってるの初めて見たかも。もっといい加減なヤツかと思ってた。」
「西中の三田っていえば、女関係も派手で、笑いながら喧嘩する狂犬みたいなやつって噂だったしね。花奈ちゃんと一緒にいる先輩はだいぶイメージが違うから驚いたよ。」
「そうですか……。」

私は、ゲームの中の三田くんと、今私が接している三田くんとを思い浮かべてみた。

いつも綺麗な女の人がたいていそばにいて、彼はゆるく微笑んでいる。でもその目はどこか冷めており、酷薄な笑みに変わることもある。だけど、お兄ちゃんに出会うことによって、その目もあたたかいものに、笑みも穏やかなものにかわっていくのだ。
私が会ったのはお兄ちゃんと出会った後だからなあ。


私を見送ってくれることになり、柏原先輩と詩織ちゃんは玄関先まで一緒に来てくれた。
「やっぱり駅まで送っていくよ。」
「大丈夫ですよ!今日はありがとうございました。」
「兄貴、花奈ちゃん送ってあげてよ。」
「途中、暗いとこもあるからね……ん?いや、大丈夫かも。気をつけて帰ってね?」
「はい!失礼します。詩織ちゃんもまた明日ね。」
「ちょっと、兄貴!」
「詩織、大丈夫だから。」
「ええっ?」

私はぺこりとお辞儀して、柏原先輩と詩織ちゃんに挨拶すると、そのまま詩織ちゃんの家の門を出て、足を止めた。

「……遅いし。」
そこには不機嫌そうな三田くんが立っていた。












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