上 下
24 / 97
三田くんのお話

もしかしたらの未来

しおりを挟む
「ヒナくん、もう仕事に行く時間ですよ?起きてください。」
「………ぐう。」
「そろそろ起きないと本当に遅刻しますよ?」
「…………………ぐう。」
「朝ご飯食べる時間なくなっちゃいますよ?今日はヒナくんの好きなフレンチトーストですよ。」
「……マジで~?……ぐ、ぐうぐう。」
「ヒナくんてば。狸寝入りなのバレバレですからね?」
私は彼の耳をぎゅうっと引っ張った。
彼はその痛みにも負けずに、さらに要求をしてきた。
「うっ。キスしてくれたら起きるかも。」
私は腰に手を当てて、目の前で布団にくるまっている彼を見下ろした。
この要求をのむことはできない。
何故なら。
今までの経験上、それだけですむはずがないからだ。

私は部屋の時計をちらりと確認した。このままでいくと、完全に遅刻になってしまう。

「……キスしたら起きますか?」
「………っ?うんっ。」
「キスだけですよ?」
「うんうんっ。キスだけ。」
私はため息をつくと、おでこにかかる彼の髪をそっと払った。高校生の頃は茶色かった髪の色も、今では本来の黒髪にもどっている。今は乱れているが綺麗にセットし、スーツを着た彼は、かなりイケメンなのだ。
たまに見とれてしまう。恥ずかしいから言わないけど。
私はそっと、彼のおでこにキスをおとした。
彼は不満そうに口を尖らせると、ぱちりと目を開けた。
「口にもしてほしいな……こんな風に。」
「きゃっ……っ!」
いきなり私を抱き込んだ彼は、私を組み敷くと、そのままキスを雨のようにふらせてきた。
「ヒナくんっ。」
焦って彼を見上げるわたしに、彼は悪戯っぽい笑を浮かべるとさらに唇をおとしてきた。

「キスだけ………ね?」
「ちょっ……んっ。ヒナくんっ……。」
彼の唇は、いつの間にかずらされた私の服の隙間に移動してきた。そして、私の敏感なところにわざと音をたてて吸い付いてきた。
快感に慣れた私の体は、彼の些細な愛撫にも反応してしまう。
「ふふっ。顔がとろけてきた。ここにも、キスするね?」
「や、やあっ。三田くんっ……っ。」
彼はふっと顔に笑を浮かべると、拗ねたように私を見た。
「ヒナタ……でしょ?」

三田くんは、私と結婚して、『斎藤陽向』になった。



私との結婚を許して貰うためにお兄ちゃんに話をした時のことは今でも覚えている。


その日は二人でお兄ちゃんに会いに行った。
お兄ちゃんは、警官として警察署に勤務しており、かなり多忙だ。その忙しい合間をぬって、私達はお兄ちゃんの住んでいるアパートを訪ねた。
三田くんは朝から緊張しており、ガチガチに固まっている。
私は三田くんを安心させるように肩をポンポン、とたたいた。
「三田くん、大丈夫ですよ。」
「妹ちゃん、タマちゃん許してくれるかなあ。」
「大丈夫……ですよ。たぶん。」
「たぶんなの?」
私と付き合い始めた三田くんは、すっぱり他の女の人との関係を清算した。その姿勢をお兄ちゃんも見てるはずなので、きっと許してくれる……と思うのだ。


お兄ちゃんは、夜勤明けで寝ていたのかボサボサの頭で寝ぼけた顔で私達を迎えてくれた。
「二人でどうした?あ、やべ飲み物何もねえわ。ちょっと買ってくるから待っててくれ。」
冷蔵庫を開けて中を確認したお兄ちゃんは、欠伸をしながら玄関に向かって行った。
三田くんは、いきなり立ち上がると、お兄ちゃんを追いかけた。そして、お兄ちゃんの腕をつかむと、そのまま壁に押し付けた。

壁ドンである。

(こ、これはっ……!)

三田くんは、学生時代の茶髪を黒に戻し、今では大学病院に外科医として勤務している。

天才外科医が美人警察官にせまっているようにしか見えない。まさに社会人ネタBLの世界である。

(ううっ。眩しいっ。)

相変わらず平凡な私には二人のからみがキラキラと輝いて見える。


高校を卒業した私は看護師を目指して看護大学に進学した。
その頃の三田くんはというと、道端でスカウトされたモデル業をちょろっとこなしながらふらふらと大学に通ってたんだけど。

私が看護大学に入学すると同時に彼はモデル業をあっさりと退き、新たな進路を目指すことにしたらしい。
そして、彼はあっさりと医大に合格した。

進路変更の理由としては。

『妹ちゃんが看護師になるんだったら、俺は医者になって、ナース服の妹ちゃんに先生お注射して?って言ってもらうんだ!』
と堂々と宣言した彼の周りにブリザードが吹き荒れた。蓮琉くんの無言の攻撃をかわしながらにまにま笑っている三田くんにみんなが軽蔑の視線を送ったのを覚えている。

元々頭がいいとは思っていたけど。
天才肌の三田くんは、そのままあっさり国家試験に合格して見事医師免許を獲得した。そして、元来の器用さをいかして外科医としての才能を発揮した彼は病院で将来有望な医師として期待されているらしい。

そして、短く刈り込んだ黒髪に白衣姿の三田くんは学生時代のチャラさが抜けて、ワイルド系イケメンに進化していた。

お兄ちゃんは学生時代よりは大人っぽくなっているものの、細マッチョという体型で、やはり麗人といった雰囲気だ。
どちらかというと逞しい体格の三田くんが、お兄ちゃんを壁に押し付ける絵図は、BL的にかなり絵になる。

とはいっても、お兄ちゃんは、やはりお兄ちゃんなわけで。
自分より上にある三田くんの顔を冷ややかに睨みあげた。

「三田ぁ。なんのつもりだ?」
「俺っ。俺、タマちゃんが好きだ!」
一瞬動きが止まったお兄ちゃんは、そのまま三田くんの腕をとると、遠心力を利用して三田くんを振り回し、そのまま勢いよく引き倒した。犯人確保って感じだ。
「いだだだっ!痛えよタマちゃん!ギブギブ!」
「すまんな。よく聞こえなかった。もう1度言ってくれるか?」
「タマちゃんっ。俺、タマちゃんが好きだ。ずっと一緒にいたい。」
「………。」
ついには無言になったお兄ちゃんは、ちらりと私を見た。
私もお兄ちゃんを困ったように見返した。
今日は確か私と三田くんの結婚の報告&許しを乞うためにお兄ちゃんに会いにきたはずなのだけど。

三田くんはお兄ちゃんを切ない瞳で見上げている。

「俺っ。タマちゃんに無視されたりするのヤだ。ちゃんと話しかけてほしいし、笑いかけてほしいっ……。友達でいて欲しいんだ。」
「俺は……三田のこと、友達だと思ってるよ?」
お兄ちゃんが照れたようにはにかんだ笑顔を浮かべると、三田くんを真っ直ぐ見た。
「タマちゃんっ……。」
パアっと笑顔になった三田くんは、立ち上がると、そのままの笑顔で話を続けた。

「俺、俺ねっ?妹ちゃんとエッチしたい。」
「……そう……はあっ?」
お兄ちゃんは今度は目をむいて固まった。
三田くんは夢見る少女のように胸の前で両手を握りしめると、キラキラした瞳をお兄ちゃんに向けた。
「妹ちゃんは、一生一緒にいる人とじゃないとエッチしないんだって。だからね、結婚したら一緒にいれるしエッチでき……いてっ。」
「花奈。今の幻聴だよな。なんか聞こえたか?」
「ええと……ね?」
「タマちゃん!あのね?妹ちゃんとエッチしたら結婚できて、ずっと一緒にいられるんだよ。」
「……………。」
お兄ちゃんは腕をくんで、三田くんを睨みつける視線をさらに冷たくして見上げた。
三田くんは切なそうな表情でお兄ちゃんを見つめた。

「俺、妹ちゃん好きだ。ずっと一緒にいたい。でも、タマちゃんも好きだ。俺が妹ちゃんと最後までエッチすることで、タマちゃんに冷たくされたらマジへこむ。……それはヤなんだ。」

お兄ちゃんは無言で三田くんを見ていたが、やがてため息をついた。
「……で?花奈はこいつがいいのか?」
お兄ちゃんの真剣な瞳を私はまっすぐに見返した。
「うん。三田くんがいい。」
「後悔しないか?」
「そんなのしてみないとわからないよ。後悔は後でするものでしょう?」
「……花奈……。」
お兄ちゃんは、戸惑うような視線を私に向けていたが、やがて苦笑に近い微笑みをうかべた。
「三田。花奈を頼むな。」
「タマちゃんっ。」
「三田くん、幸せになりましょうね!」
「妹ちゃん!俺っすげえ幸せだよっ!」


*******


「……って夢を見たんだよね。」
「はあ?朝から寝ぼけてんの?遅刻するよ。さっさと歩きなよ。」
朝からふわふわと笑っている隣を歩く男は僕の嫌味にこたえることもなく、さらに天にものぼるような笑顔を見せた。
「妹ちゃんが俺の奥さんでさあ、朝起こしてくれるの。すげえ可愛かった。そのままつっこんでアンアン言わせたかったなあ。」
「朝からそういうのやめてくれるかな。」
「朝ごはんも作ってくれるし、マジさいこ~。あれって正夢?正夢だよねえ。」
「はいはい。お幸せにね。」
「レンレン、俺の話ちゃんときいてる?」
「聞くわけないでしょ。朝からめんどくさい。」
「なんだよ、いいじゃん。話したいんだよ~。」
「斎藤とか一条ならきいてくれるんじゃないの?」
「聞いてくれるけど殴られそうだよね。」
「殴られそうな話だってわかってるんだ。」
三田は拗ねたように僕を見ると、頬をぷくっとふくらませた。

「妹ちゃん俺が告白してから、話しかけても返事してくれないんだよね。恥ずかしそうにうつむいちゃってさあ。赤くなってプルプルしてるの。またそれも可愛いんだけど。」
「告白?あれが?公開処刑の間違いじゃないの?」
「ええ?告白だよ~。でも一条が話しかけても返事ないらしいからね。まあいっか。」
「ああ。君と二人で公開告白したんだよね。あれ、イジメだよね。」
「はあ?どう見ても心のこもった告白でしょ。まあ妹ちゃん照れ屋さんだからね。」
「……え?そういう問題?」
僕は呆れて隣を歩く男を見た。彼は能天気に笑っている。

斎藤妹が三田のことを好きらしい。

この情報について冷静に吟味してみる。
確かに彼に対する淡い思いはあったのかもしれない。

しれないんだけど。

どうなんだろう。公開告白でふっとんだんじゃないかな?
少し上昇した彼女の恋愛偏差値が急降下したのではないかという懸念を捨てきれずにいる。
いつかタイミングを見て聞いてみよう。

隣で鼻歌を歌っている三田を置いて歩くスピードを早める。
夢の話をして満足したのか、追いかけてこない彼を振り返ることなく僕は肩をすくめてさらにスピードをあげるのだった。
















                                                                                                                                



                                                                                                                                                                       




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

自宅アパート一棟と共に異世界へ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,712pt お気に入り:4,499

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2,349

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,942pt お気に入り:9,128

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,827pt お気に入り:24,901

悪役執事

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,424

【R18】竜騎士の寝室

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:865

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:2,114

壁ドンされたので、ボディーブローでお返事しました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:230

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:568pt お気に入り:16,455

大学生はバックヤードで

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:217

処理中です...