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桜木先生のお話

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「はあ。桜ちゃん聞いてよ。この前さあ……あ、妹ちゃんのクラス体育始まった。えへへ。」

俺は何度目かの深いため息をついた。
原因は目の前にいる、部屋のカーテンに隠れるようにして窓の外を見ている男だ。でかい図体の男がにやにや笑いながら女子高生の体育風景を見ている。はっきりいって変質者にしか見えない。

校庭の女子高生の体操服姿を見てうれしそうに笑っているのは三田陽向。
昨年までは俺の勤める高校の生徒だった。
高校卒業後、大学に通いながらモデルもこなし、女は入れ食い状態のモテ男……のはずだ。

「まさか、三田がただの変態だったとはな。」
「桜ちゃん。ひでえ。俺は変態じゃねえし。誰でもいいわけじゃねえもん。見てるの妹ちゃんだけだし。」
「いや。充分変質者だ。……お前そんなに暇してるのか?大学ちゃんと授業に行ってるんだろうな?」

俺は睨みを効かせた視線で三田を見ると、湯呑みに入ったお茶を一口飲んだ。
随分前にいれたそれはすでにぬるくなっている。
三田はぶすっとした顔のまま、窓際から離れ、室内のソファに座り込んだ。
「暇じゃねえし。だからこの桜ちゃんの空き時間狙って来てるし。今日だって夜撮影入ってるんだよね。しかも今タマちゃんから妹ちゃん禁止令が出てるんだよ。レンレンはカナダに行っちゃったし。俺の話聞いてくれるヤツいねえもん。」
「お前190cm越えの男がもんはねえだろ。気持ち悪い。」
こいつにとって友人といえるのは昨年卒業した生徒の1人である斎藤と、柴崎ぐらいだ。(まあ一条も仲間にいれておく)
そいつらと話ができなくなっている原因としては、恐らくまた三田がバカなことをしでかしたんだろう。

「妹ちゃんに会いたい!抱きしめたい!キスしたい!セックスしてぐずぐすに………痛え。」
「ここ、学校な?」
騒ぎ出した三田に参考書を投げて黙らせると、俺は黙って立ち上がった。
三田は涙目の恨みがましい目を俺に向けている。
「桜ちゃんそれ参考書じゃん。うう。」
「しかも、お前の体香水臭いぞ。何しやがった。」
「何って……ナニだよ。」
俺は無言で三田を見た。
最近こいつは清い性活を送っていたはずだが。
三田もやましいところがあるのか、俺と目を合わせようとしない。
校庭では生徒達が授業でバスケットボールをしていた。斎藤の妹も一生懸命走ってはいるのだが、なかなか得点に追いつかないようだ。

「だってさあ、一条がさあ、妹ちゃんに告白したんだって。」
「……ほお。」
俺は目を瞬かせた。
やっとか。
一条の貴公子のような佇まいを思い出す。
その、爽やかな容姿で校内ではかなり人気があった。ただ、穏やかな態度を崩さないが、自分にとって大事な人とそうでない人との線引きがかなりはっきりしていたヤツだったと思う。
もちろん大事な人とは斎藤環とその妹。
どんなに女にせまられても眉一つ動かさなかった男が唯一、斎藤の妹にはとろけるような笑を浮かべていた。
あれだけアピールしておきながら、まだ告白してなかったことに驚きだ。それもやっと行動におこしたみたいだが。砂糖菓子のようだった態度が今はどうなっていることだろう。
それにしても斎藤妹が恋愛に溺れている姿を想像できない。
どこにでもいるような平凡な外見なのに、中身は凛として揺るぎない何かを持っている女だと思っていたが。

俺は、煙草が無性に吸いたくなって一本手に取った。
ライターで火をつけると息を吐き出す。
「…………で?」
三田はイラッとしたように俺を睨みつけた。
「だから、俺はもう妹ちゃんの彼氏には一生なれねえってことだろ?言わなくてもわかれよ。桜ちゃん。」
そして、三田はソファの上で頭を抱えて丸くなった。
図体のデカイのがしてもうっとおしいだけだがな。
俺はふと気がついて三田に話しかけた。
「斎藤の妹は一条の告白をOKしたのか?」
「知らね。でも、妹ちゃんにとっては一条ってやっぱトクベツな男だろ?付き合うんじゃねえの?やっぱり。昨日も二人でデートしてたみたいだし。」
「………へえ。」
さすが一条。仕事が早いな。
俺は拗ねてしまって動かない三田の頭を乱暴にかきまぜた。
「……斎藤の妹が一条の女になったから、拗ねてんのか。」
三田はガバッと頭をあげた。
「拗ねてるよ。悪いかよ?くそっ。俺、かっこ悪い……っ。俺だって妹ちゃんのこと好きだしっ。」
「そんでヤケになって昨日別の女で発散したわけだ。」
「………っ。」
涙目になっている三田が少し可哀想になってきた俺は机の上の携帯電話を手に取ると、素早く操作した。
ソファから鼻をすする音が聞こえてくる。
俺は黙って天井を見ながら煙草の煙をはきだした。
ソファから鼻をすする音が少なくなってきた頃、ドアをノックする音が響いた。

「失礼します。一条です。なんですかあ?桜木先生。授業中に生徒呼びだすのってありなんですか?」
だるそうに入ってきたのは自称病弱少年一条樹だ。
つい最近転校してきた生徒だ。
一条の親戚らしく、ヤツによく似た整った容姿をしている。
とはいっても、一条とはまったく違う性格のようで、転校当初から病弱であることを自称して、公然と保健室で休んだりしている。女関係も三田ほどではないが、それなりに遊んでいるようだ。休憩時間など女生徒が群がり、ちょっとしたハーレムを築いている。
教師としては注意すべきなんだろうが、ちゃんと毎日学校に来て、成績も良いので現在様子を見ている状況だ。
何故か一条から何かあった時にとこいつの携帯電話のアドレス等を教えられていたので、今はそれを活用した。
一条と同じ名字で面倒なので、こいつのことは下の名前でよんでいる。
だいたい、樹と斎藤妹は同じクラスだ。
どうせ体育をさぼって保健室で寝ていたんだろう。
俺は嫌味を言ってやることにして、咎めるように樹を見た。

「君のクラスは今体育をしていますよね。」
「ははっ。今日は寝不足で風邪気味なんですう。昨日誰かさん達のせいでね。」
樹は三田を意味ありげに見た。
いつの間にか三田はサングラスをかけて泣いた目をちゃっかりと隠している。

樹は昨日の話を面倒くさそうに教えてくれた。
蓮琉と斎藤の妹が昨日デートしてたみたいだけど、行先は彼女の好きな本屋とファミレス。完全なる健全デートだったらしい。そして、帰りに車で送っているところに三田が遭遇。イラついて追いかけると、一条もムキになってスピード勝負を始めてしまい、斎藤の妹を泣かせたらしい。それに怒った斎藤から妹と接触禁止令がでたらしいのだ。
(………アホだな。)
俺は三田をしらっとした目で見た。
三田は心なしかショボンと小さくなっている。

樹は欠伸をすると、俺に話しかけた。
「先生用事すみました?もう保健室で寝てもいい?」
「いえ。本題はまだ。それで結局、一条と斎藤の妹は付き合ってるんですか?」
樹は部屋から出ていこうとした足を止めると、ちらりと俺と三田に視線を走らせた。
そして、少し思案したあと、悪戯っぽく笑った。

「まだ付き合ってはないと思いますよ?花奈がまだ踏ん切りつかないみたいですし。まあ、やってることは恋人同士ですけどね。甘ったるくて吐きそう。あ、でもまだセックスしてないみたいですよ。蓮琉、けっこうヘタレみたい。」
「……大事なものほど手が出しにくってヤツですかね。」
「そうですかあ?でも花奈相手だったら、かなりぐいぐいいかないと、するっとかわされそうですよね。でも強引にいったら拒否されそうだし。めんどくさい女ですよね。」
面倒だと言いながらも斎藤の妹のことを語る樹の顔はどこか優しい。

気がつくと丸まっていた三田が、背筋をのばしてソファに座っていた。
「え。マジで?まだ妹ちゃんOKだしてねえの?」
「みたいですよ?花奈に直接きいてみたらどうですか?あ、でも今花奈に接触するの禁止なんでしたっけ。すみませ~ん。ああでも環さんすげえ男前でカッコイイですよねえ。あんなに綺麗なのに。」
「……………ああ?タマちゃんにちょっかい出したらマジぶっ殺す。」
斎藤妹と一条がまだ正式には付き合っていないらしいと聞いた三田がいきなり復活した。樹を睨みつけている。
(現金だな、こいつ。)
俺は呆れたように三田を見た。そしてふっと微笑んだ。
そうか。一条の告白を斎藤妹はまだ受け入れていないのか。
やはり、斎藤妹は一筋縄ではいかなかったらしい。
彼女の穏やかな微笑みを思い浮かべ安堵のため息をつく。

(……?俺は何を安心してるんだ?)

思わず頭を抱えると、視界の隅で、三田の睨みに樹が怯えたように顔をひきつらせたのが見えた。
「…ひっ。な、なんでもないです。もうやだわあ。怖い男ばっかりじゃない。柴崎さん早く帰ってきてくれないかしらあ。」

(話し方がカマ言葉になってやがる。)
思わず普段の素の状態が出たのか、樹は普段の自称病弱少年を返上してブツブツ呟いている。

三田はそのまま部屋を出ていった樹の背中をしばらく睨みつけていたが、やがてゆっくりと立ち上がると、扉の方に歩き出した。
入ってきた時と正反対の力強い足取りだ。
「じゃあ、俺、撮影あるし、帰るね~。」
黙って手に持ったプリントをふると、俺は再び机に向かった。
三田に邪魔されて出来なかった書類作成をしようと眼鏡のズレをなおす。すると、部屋から出ていこうとした三田が足を止めた。
そのまま俺から視線を外さない三田に、不思議に思って思わず顔をあげた俺と三田との視線が交差する。
三田は世間話でもするような気安さで俺に話しかけてきた。
「あ、そうだ。桜ちゃんとこの敵対してる組……確か、笠田組だっけ?、なんだか最近きな臭い噂があるみたいだよ?」
「………なんだと?」
「金の動きもおかしいし、組自体がバタバタしてるみたい。気をつけてね。」
言いたいことだけ伝えると、三田はそのまま後ろを振り返ることなく、歩き去った。

三田の去ったドアから視線を外すと、俺は再び書類に視線を落としたが、内容が頭を上滑りしていくことに舌打ちすると、手に持っていたペンを机においた。
そして、携帯電話を手にとった。
しばらくそのままで考えこむように目を閉じた。

(笠田組か。)

ふと脳裏に降りしきる雨と、その中で迸る鮮烈な赤がよみがえり、ビクリと体が震えた。
勝手に震える手を抑えるように反対の手で握りしめる。
そして、大きく深呼吸すると、携帯電話を操作するために姿勢を正した。



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