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蓮琉のお話

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「花奈。」

最近、蓮琉くんに名前を呼ばれると、体がびくりと反応してしまうようになった。

そして、蓮琉くんと一緒にいるとなんだかそわそわしてしまう。

蓮琉くんに告白されてから、蓮琉くんの私への愛情表現がかなりはっきりしたものになった。
これまでもかなり甘かったんだけど、今はそれ以上に。

「蓮琉くんっ。くすぐったいっ。」
「逃げちゃダメだよ。ご褒美なんだから。」
「だって、蓮琉くんが……ひあっ。」

蓮琉くんの唇が私の額から頬。頬から首筋。首筋から胸の辺りの際どいところまでさがってくる。
たまに舌でざらりと舐めたりするから、かなりくすぐったい。
蓮琉くんの言い分としては、こうだ。

先程私と蓮琉くんは小さな諍いをした。
そして今。私と無事仲直りできたから俺にご褒美をちょうだい?と甘えてくる蓮琉くんの瞳に私がうまく抵抗できるはずもなく、今に至っている。

「ふふっ。甘いね。」
「蓮琉、くん?」
「ね。ここもさわっていい?」
「ダメ……ですっ!」
蓮琉くんの舌が耳のあたりをかすめながら、胸のあたりにおりてきて、服の上から軽くふれてきた。
思いをぶつけてからの蓮琉くんの行動はだんだん大胆になってきて、最近では気がつくと抱きしめられていたり、キスされていたりするようになった。
返事は急がない、と言ったくせに。淫靡な責めに体の方が先に慣らされてしまいそうな私は、蓮琉くんに小さく抵抗するので精一杯だ。
蓮琉くんは私に優しく微笑んでキスしながら囁く。
「俺は花奈から離れるつもりはないんだから。返事なんていつでもいいんだよ?花奈は安心して俺に愛されなさい。」


蓮琉くんとの小さな諍いの理由。
それは、蓮琉くんからの告白への返事を保留にしていることが心苦しくなってきた私が返事を焦って返そうとしたことだ。
まだ蓮琉くんと付き合うことに勇気が出ない私は、あまり待たせるのも申し訳ないと思い悩んでいた。
そして、蓮琉くんとお出かけしていたある日。蓮琉くんに提案してみることにした。
『やっぱり、まだ少し早い気がする。蓮琉くんだって他に好きな人ができるかもしれないから、一度棚上げにしてみてはどうだろうか』と。
蓮琉くんはというと、私の言葉に一瞬目を丸くして、苦しそうに微笑んだ。
『花奈が心苦しくなることはない。俺が花奈以外を愛することなんて有り得ないんだから。どちらかというと、返事なんてなくてもいいくらいだ。俺は花奈から離れるつもりなんてさらさらないからね。俺としては花奈が卒業したらすぐに結婚して一緒に暮らしたいけど。花奈も大学行きたいだろうし、働かずに家庭に入るなんて嫌だろう?俺も学生だしね。やっぱり俺も就職して生活の基盤ができてからがベストだろうし。だから俺から離れようとしないで?そこは約束してくれる?』
と返してきた。
私は蓮琉くんの人生設計に卒倒しそうになりながら、蓮琉くんの真剣な顔を眺めていた。
それからは二人とも会話もなく、帰ることになった。

その時は二人で一緒に蓮琉くんの車で出かけていたんだけど、帰りの車中の空気の重さといったら半端なかった。

決して冷たい顔や態度ではないんだけど、考え込んでいる無言の蓮琉くんからの圧力に私は怯えきってしまって。
そんな私の様子に苦笑いした蓮琉くんは大きな公園の駐車場に車を止めると、私を向いて笑った。
「降参だよ。花奈。怖がらせてごめん。」
「………っ。」
「ねえ、俺と仲直りしてくれる……かな?」
「蓮琉くん……。」
「花奈にそんなに怯えられるとかなりクルな……。ほんとにごめんね?許してくれる?」
「………っうん。」
「じゃあ、仲直りのキス、ね?」
蓮琉くんの顔がゆっくりと近づいてきたかと思うと、私の唇に蓮琉くんのそれがそっと触れて離れていった。
そして、唇が再び触れてきた。今度は深く、舌を絡ませるような濃厚なそれに変わっていく。
「蓮琉くんっ。」
「ごめん。花奈……いや?いやなら……やめる。」
私の頬に、額にキスをおとしながら蓮琉くんが切なそうに囁いた。
「ずるい………。」
私は蓮琉くんを見た。
不思議なことにいやではないのだ。
蓮琉くんに抱きしめられていると安心するし、手をつなぐとうれしくなる。
だけど、頭がついていかない。
私は蓮琉くんから視線をそらした。
そして、せいいっぱいの声をだした。
「だってなんだか恥ずかしいというか、どうしていいかわからないの。蓮琉くんのこと好きだし、その…イヤじゃないと思うんだけど、私が蓮琉くんの相手ということに自信がない。ほんとに私でいいのかなって。」
蓮琉くんは私にキスをする動きを止めた。
私をじっと見ている気配がする。
蓮琉くんが黙って動かなくなってしまったので不安になった私はそおっと蓮琉くんに視線をもどした。そして、すぐに後悔した。
蓮琉くんの目が熱にうかされたように甘くとろけていた。
ゆっくりと蓮琉くんの手が私の頬をやわらかく包んだ。
「そんなこと考えてたの?馬鹿だな、花奈。俺には花奈だけだよ。花奈のいない人生なんて考えられない。愛してるんだ。だから…………。」

その時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。
何度でもかけ直してくる着信を無視しようとしていた蓮琉くんは大きなため息をついた。そして、着信の相手の名前を見て眉をひそめると、携帯電話を操作した。

「はい。え?樹?……バイト終わったから迎えに来い?はあ?ふざけてんの?自分で帰れよ。男だろ?………くっ。わかったよ。すぐ行く。」

蓮琉くんは、大きなため息をつくと、くわっと顔をあげて、車のエンジンをかけた。
先程までの甘い雰囲気は流れさり、いつもの蓮琉くんがそこにいた。思わずほっとした私を許して欲しい。
蓮琉くんはそんな私の様子をミラー越しに見ていたみたいで苦笑していた。
「花奈。ほっとした顔してる。」
「う。だって……っ!」
「ははっ。ごめんごめん。からかってるわけじゃないんだ。ねえ、花奈。」
「…………ん?」
「大好きだよ?」
「~………っ!」
私の顔は真っ赤になってしまっているに違いない。
蓮琉くんの顔はそんな私の顔と正反対でとても楽しそうだ。
その笑顔はまるで少年のようにキラキラと輝いていて。

うれしくなった私は思わず微笑んだ。
すると、今度は蓮琉くんの顔が反対に赤くなった。

二人で赤い顔を見合わせて、二人で笑い合う。
二人の間の空気がとても優しくて、私はとても幸福な気持ちなった。

少しすると、駅の近くに着いた。
樹くんが待っているのが見える。
蓮琉くんが電話をかけると、車に気がついた樹くんが近寄ってきて後部座席にのりこんできた。
「ありがと~。蓮琉。デート中悪いわねえ。」
「確信犯だろ。謝るな。」
「うふふふ~。……ん。」
なぜか樹くんは車の中でくんくんと鼻をならした。そして、安心したように座席に背中を預けた。
「ん。セーエキの匂いはしないわね。まだやってないと見たわあ。蓮琉って奥手よねえ。ちんこついてる?あ、そうかまだ正式には付き合ってないのよねえ。」
コロコロと笑う樹くんの赤裸々な言葉に、蓮琉くんが顔を引き攣らせているのが見えた。
「樹。今すぐ降りてもらってかまわないぞ。」
「あらやだ。嘘よお。冗談だから。ふふふっ。」
「笑って誤魔化すな!……樹、大荷物だな。何買ったんだ?」
言われてみると、樹くんは大きな買い物袋を座席の横においていた。
「柴崎さん明日出立でしょう?見送りにいくのに、餞別渡そうと思って。」
「何渡すんだよ。でかいモノだったら渡航の邪魔になるぞ。」
「渡すものは小さいから大丈夫。こっちの大きいのはあ……はいっ。花奈へプレゼント~。」
「え?あ、ありがとう。」
無邪気な笑顔に思わず受け取ると、蓮琉くんが苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「なんだよ。いかがわしいモノじゃないだろうな。……ごめん、花奈。ちょっと今すぐ開けてみてくれる?」
「う、うん。……わあっ。」
そこには最近私が気になっていたやわらかクッションが入っていた。可愛い猫のカタチをしていて、肌触りもいい。このクッションを使って本を読んだらどんなに幸せだろう。
「この前学校で柏原さんと話してたでしょう?」
「え。でもなんだか悪いよ。」
「いいのよ!バイト始めたから給料もらえるからね。金ならいずれ入るし。あ~あ。あんたのおかげで、バイトやめられなくなっちゃったわあ。」
樹くんは最近バイトを始めたらしい。
わりと真面目に働いてるみたいで、蓮琉くんのお母さんも喜んでいた。
私は照れくさそうに窓の外をみる樹くんに、話しかけた。
「ありがとう。ありがたく頂くね?今度、コンビニで珈琲おごるから。」
勉強で精一杯でバイトもできない私のお財布事情なので、珈琲で許してもらおう。樹くんの誕生日を今度蓮琉くんにでも教えてもらって、何かプレゼントしよう、と頭の中で計画する。
すると、樹くんがむくれたように声をだした。
「コンビニの珈琲なんていらない。そうね。花奈、あんたがいれてよ。クッキーも作ってちょうだい。チョコの入ったヤツ。」
「ふふっ。わかった。今度バイトが休みの日を教えてね?」
「ん。」
クッションをギュウっと抱きしめてその柔らかさを堪能していると、黙っていた蓮琉くんがぼそりと呟いた。
「ずるい。」
「………え?」
「ねえ。なにこの疎外感。クッション抱きしめる花奈が可愛いから文句も言えないし。樹に珈琲いれる時は俺も絶対呼んでね?じゃないと許可しないから。」
「はあ?蓮琉の許可なんていらないでしょ。」
「どこに好き好んで、愛しい女が他の男といい雰囲気になりそうなのを黙認する男がいるんだよ。俺は、絶対に認めないからね。」
「うわ。束縛こわっ。ねえ、花奈。これでいいの?蓮琉やばくねえ?ヤンデレじゃねえの。……あ。まだ付き合ってなかったんだっけ?ごめんごめん。」
「樹ぃ………。」
蓮琉くんから悔しそうにギリギリと歯を噛みしめる音がする。
ミラー越しに蓮琉くんが樹くんを睨みつけた。
「お前、覚えとけよ。」
樹くんは蓮琉くんから目をそらすと、車の外を見てわざとらしく声をあげた。
「あは、あははは。やだあ。あのバイク危ないわねえ。……あら?ほんとに危ないわね。すごいスピード……ぎゃあっ!」
樹くんが反対側の座席に倒れ込んだ。
驚いて後ろを見ると、一台のバイクが並走していた。
すれすれを走っているので、かなり危ない。
蓮琉くんは視線を横に流すと、なぜかスピードをあげた。
「えええええっ!」
さらにあがるスピードに、樹くんは涙目になって震えている。
蓮琉くんはにっこり笑うと、にこやかに話しかけてきた。
「ごめんね?もうすぐ家に着くから。少しとばすよ?」
「いや、少しって………。」
速度メーターを見るのが怖い。
有り得ないスピードで周りの景色が流れていく。
樹くんは半分意識がとんでいるのか、すでに機能していないようだ。

私は蓮琉くんの横顔に冷静に声をかけた。
「蓮琉くん、私、安全運転しない人の車には乗りたくありません。」
「……………っ!」
いきなり車のスピードが落ちた。
それはそれで危険なんだけど。
周りに車がいなかったからいいけど、もし後続車とかいたら即事故になってしまう。
並走していたバイクはいつの間にか先に行って見えなくなってしまった。
 
家に着いた私は、車を降りると蓮琉くんの前に立った。
すると、何故か三田くんもその横に並んだ。
並走していたのは三田くんだったらしい。
私は努めて低い声をだした。
「蓮琉くん、いいですか?普通の車も走る公道であのスピードはいけません。事故になったらどうするんですか?」
「……はい。」
「三田くんも。バイクの方が死亡率高いんですよ?巻き込まれたらケガだけじゃすまないかもしれないんです。わかってます?」
「………はい。」
「だいたい……っ。」
蓮琉くんと三田くんがギョッとした顔をした。
私の目から涙がこぼれ落ちた。
「もし、蓮琉くんと三田くんが車やバイクの事故で死んじゃったら、私、私………っ。」
二人がいなくなってしまうことを想像したら涙が止まらなくなってしまって。ひたすら泣きじゃくる私におろおろと身動きできない二人。
膠着した私達の状況に不意に光がさしこんだ。

家からお兄ちゃんが出てきたのだ。
お風呂に入ったのか、肩にタオルをかけている。
「お前ら何やってんの?」
何気なく近寄ってきたお兄ちゃんは泣いてる私を見て動きを止めた。そして、ドスのきいた声で二人を睨みつけた。
「お前ら、これはどういう状況だ?」
「環、これはっ………。」
「タマちゃん、これはね?」
三田くんが慌てたようにお兄ちゃんに走りよった。
蓮琉くんは泣いている私によりそっている。
「蓮琉、お前花奈と出かけていたんじゃなかったのか?」
「出かけたよ。本屋さんに行って、晩ごはん一緒に食べてきたからね。」
「へえ。それで三田は?」
「俺はあ、今日撮影があって、バイクで帰ってたら一条の車を見つけて、その……追いかけたんだよ。うん。」
「そう。気がついたら三田が隣にいて驚いたよ。」
「へえ…………。」
お兄ちゃんは目を眇めて蓮琉くんと三田くんを見た。
二人は居心地悪そうに視線をそらしている。
すると、樹くんがお兄ちゃんに走りより、思い切り抱きついた。
「環さあ~ん。もう、怖かったあ。蓮琉と三田さんが張り合って公道レース始めてさあ。もう死ぬかと思った。ううう。」
お兄ちゃんは抱きついてくる樹くんの頭を撫でながら、にっこりと笑った。
それはもう天使のようなあどけない笑顔で。

「そうか。お前らは花奈がいるのに、危険なカーチェイスをしたわけだ。」

そして、みんながその笑顔に見とれてる間に素早く動いた。
樹くんを蓮琉くんに押し付けたかと思うと、私のそばにやって来て、私の肩を抱いた。
「花奈。こっち来い。……お前ら当分花奈に会うの禁止な。電話もメールも駄目。」
「ええ?」
「タマちゃん横暴!」
納得いかないと叫ぶ二人をひと睨みで黙らせると、お兄ちゃんはまさにブリザードが吹いてそうな表情と声をだした。
「花奈を泣かせたんだから当たり前だろ。一生でないだけ感謝しろよ。じゃあな、花奈行くぞ。」

そのまま私とお兄ちゃんは家に入った。
無情にも閉じたドアの前で、蓮琉くんと三田くんがそれからまた数時間口論していたと樹くんから話を聞いた。
お兄ちゃんは呆れていた。
樹くんは何故かお兄ちゃんにべったりなついていて。
家にいると蓮琉くんがうっとおしいらしく、毎日のようにうちに入りびたるようになったのだ。








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