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蓮琉のお話

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「一条先輩も真っ青の王子様っぷりだねえ。」
詩織ちゃんがお弁当のサンドイッチを頬張ると、窓の外を見た。
中庭に、樹くんを中心に女の子の輪が出来ている。
真ん中の樹くんはにこやかに微笑みながら周りの女の子と談笑していた。

「まあ、確かに一条先輩の親戚らしいから容姿はいいと思うけど……なんだか嘘くさいのよねえ。あの笑顔。」
(さすが、詩織ちゃん。鋭い観察力。)

転校初日の樹くんを思い出した私は遠い目になった。
学校に一緒に行こうね?と言っていた彼だが、朝なかなか目覚めず、蓮琉くんの怒号が朝から隣家より響きわたっていた。
結局蓮琉くんが車で学校まで送ったみたいで、校門でかなりの騒ぎになったらしい。
樹くんは朝に弱いらしく、青白い顔をして蓮琉くんの車から降り立った。
もともと中性的な美貌の樹くんだ。
その様子はまるで病弱な少年。その線の細さと相まって、校内では一条先輩が薄幸の美少年を学校に送ってきた!との噂がその日の朝、一瞬にしてかけめぐった。

周囲の反応に悪ノリした樹くんは、自分をおネエ言葉から病弱な薄幸の美少年の設定に切り替えたらしい。
転入生の紹介で、ふらりと目眩をおこして、二葉くんにもたれ掛かるサービスから始まり、はかない微笑みで教室のみんなを虜にしてしまったのだ。
今では男女問わず先生にも生徒にも人気者。
朝は遅刻ぎりぎり。保健室で休むことも暗黙の了解。授業中でも途中退出したりしている。

最近蓮琉くんの顔がかなり疲れているのがわかる。
基本面倒見の良い蓮琉くんのことだから、樹くんを預かったからにはちゃんとしないとと意気込んでるんだと思う。

中庭の樹くんは儚い微笑みで、焼きそばパンとカレーパンとサンドイッチとおむすび三つを食べている。
病弱な人があそこまでがっつり食べるだろうか。しかも髪の毛オレンジだし。
誰もつっこまないみたいだけど。
かなり不思議だ。


その日の夕方。
駅からたまたま学校の帰りが一緒になった樹くんが、話しかけてきた。
「あら、花奈。今帰り?」
(この人私とか蓮琉くんの前ではいまだにオネエ言葉なんだよね。)
「うん。樹くんも?」
「そお。女の子が一緒にカラオケしようって誘ってくれてえ。ほらあたし病弱設定じゃない?だから歌う曲のセレクトに悩んじゃった~。」
「そうですか。」
はにかんで笑う樹くんに返答を返しながら、私の脳内は今日の晩御飯の献立作成にしめられていた。
(近所のスーパーの夕得市で、鯖がでてたはず。今日は鯖の味噌煮にしようかな。)
樹くんがむっとした表情で私を見た。
「あのさあ。あたしの話きいてる?」
「きいてますよ。曲選ぶのに苦労したんですよね。なんの曲歌ったんですか?」
「……あら。聞いてたのね。」
樹くんはそのまま黙り込んでしまった。
2人とも無言で歩く。
いつもお喋りな樹くんが黙ると妙な感じだ。
樹くんが私を伺うようにちらちらと見てくる。
さすがに落ち着かなくなってきた私は樹くんに声をかけた。
「………なんですか?」
「あんたは何にも言わないのね。」
「何をですか?」
樹くんはまた無言になると、足を止めた。
並んで歩いていたのが、私が数歩先に行ってしまう。振り返ると、樹くんがうつむいたまま絞り出すように声をだした。
「蓮琉は、毎日しつこいくらい言ってくるわよ?授業は遅刻するな、サボるなって。あんた私が病弱でもなんでもないって知ってるでしょ?どうして何にも言わないの?」
「蓮琉くんは心配性ですからね。」
「……あんたは?」
私は樹くんのうつむいたままの頭をじっと見た。
サラサラのオレンジカラーの髪が風に揺れている。
そろそろ日が落ちてきたのか、あたりが薄暗くなってきている。
「樹くんが私に何を期待しているのかは知りませんが、学校に遅刻するのもサボるのも自己責任だと思うんですよ。あ、これは斎藤家の方針なんですけど。」
「自己……責任?」
「はい。授業もさぼりたいならさぼればいいんですよ。他にやりたいことがあるんだったら頑張ればいいんです。あ、でも赤点はダメですよ。ちゃんと平均水準は維持しつつ、です。私なんかは頑張っても平均についていくの精一杯ですからね。さぼる余裕なんかまったくないんですけど。それと、出席日数には気をつけてくださいね。学費もただじゃありません。親に迷惑かけないためにも、きっちり計算して下さい。」
「なにそれ。」
「……ああ、でも。自堕落したら、いずれ自分にかえってきますから。そこは自分との闘いですよね。」
私はそのまま歩き出した。
樹くんはそんな私のあとを慌ててついてきた。
「それって変だよ!」
「そうですか?」
「だって、僕がオネエ言葉使った時は大人みんながそんなのやめろって言ってきたし。今回の病弱設定だって、蓮琉はちゃんと学校生活を送れって毎日説教してくるよ?」
(あ。自分のこと僕って言ってる。)
本来の樹くんは自分のことを僕って言うらしい。
なんだか微笑ましくなった私は、にっこり笑って樹くんを見た。
「だから、蓮琉くんは過保護……いえ、心配性なんですよ。これがお兄ちゃんだったら『甘えんな!』の一喝プラス拳骨ですよ。樹くんなんて瞬殺ですよ。」

樹くんは基本的に寂しがり屋なのではないかと思う。
そんなとこは蓮琉くんに少し似てる気がする。

樹くんはまだ納得できないのか、小さな声で呟いている。
よく聞き取れないので、私は気にしないことにして、樹くんを振り返った。

「私、スーパーに寄って帰りますから。ではまた明日。」
そのまま歩き去ろうとした私に樹くんは慌てて声をかけてきた。
「いや、一緒に行くし。ぼ……あたしだって、一応男なんだから、荷物持ちくらい出来るから。」
「荷物持ち、して下さるんですか?」
「するわよ!そのくらい。」
私を追い抜いて、歩き出した樹くんはピタリと足を止めて振り返った。
「ちょっと、前歩いてよ。……スーパーの場所なんて知らないし。」
「はい。わかりました。こっちですよ。」
年相応というより、子供のような不貞腐れた表情でついてくる樹くんに笑いをこらえながら、私はスーパーに向かって歩き出した。

「花奈。これ買っていい?」
「無駄遣いはやめましょう。」
「じゃあこれ。」
「高級ステーキ肉なんてうちの家計では無理ですから。」

樹くんは中高一貫、しかも全寮制の男子校に通っていたらしい。小学校の時も、両親は仕事で家を留守がちにしていて、お手伝いさんに育てられたようなものだったらしいし。スーパーで買い物がしたことがないらしいのだ。
(今時いるんだ。スーパーに行ったことがない人!)
店内に入った時から目がキラキラした目で品物をキョロキョロと見回していたかと思うと、気になる商品を片っ端からカゴの中に入れようとするのだ。それを阻止する私との攻防戦となっている。
「欲しいなら自分のお金で買ってください。」
思わず通達した私をキョトンとした目で見ると、樹くんはそれもそうだとくるりと向きを変えて私の真似をしてカートにカゴをのせて店内をまわりだした。
肩をすくめた私は自分の買い物をすますために、店内をまわり始めた。
レジで会計をすませて待っていると、品物を山ほど積んだ樹くんがふらふらと私のところへやってきた。
「……どうやって持って帰るんですか?」
「え?届けてくれるんじゃないの?」
「……宅急便でお願いしますか?」
「うんっ。」
(ごめんなさい蓮琉くん。)
この荷物が家に届いた時の蓮琉くんのひきつった表情が想像出来てしまう。
会計方法もわからない樹くんと一緒にレジに並ぶ。
会計ではやはりカードですませる樹くんにセレブ感をひしひしと感じながら私はため息をついた。
蓮琉くんもプレゼントで高価なものをあっさりとくれたりすることがある。
一条家の一族は金銭感覚がおかしい、と思った私だった。










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