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蓮琉のお話

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侑心から学校で花奈が熱をだしたとの連絡をもらった。
母のところにも学校から連絡が入ったみたいで、たまたま仕事が休みだった母が迎えに行くことになった。

帰りに病院で診察を受けたらしく、疲れからくるものだろう、とのことだったので家で休ませることにする。
確かに朝から寝不足で体調が悪そうだったけど、熱がでるほどだとは思っていなかった俺は、眠る花奈のベッドのふちに腰掛けて、花奈の髪をそっとすいた。まだ顔色が戻っていないようで少し青白い。

昨日帰ってきた時から花奈の様子はおかしかった。

蓮琉が車で送ってきたのは知ってた。米を玄関に運んでくれた時に会ったしな。(ちなみに米はまだ半分以上家にあった。)
その時蓮琉がやけに嬉しそうだったから花奈との間に何かあったのかとは思ったけど。蓮琉がまだ俺に話そうとしないから、まだ話せる段階ではないのだろうと結論づけた俺は二人を見守ることにした。
花奈の挙動不審ぶりに、すぐにその気持ちも揺らいでいたが。
今となっては昨日のうちに問い詰めておけばよかったのかもしれない、と少し後悔もしている。

蓮琉が花奈を好きなのはすでに周知の事実だし、花奈も蓮琉のことは嫌いではないと思う。
この前水族館で会った拓也とかわけのわからん男にもっていかれることを考えれば蓮琉が相手だと俺も安心だ。
ただ、花奈の好きという思いが、蓮琉のそれと同じかどうかはわからない。
幼馴染みで親友の蓮琉を応援してやりたい気持ちもあるが、やはりここは花奈の気持ちが優先だ。

花奈は俺の大事な妹だから。

花奈の部屋で寝顔を見ていると、蓮琉が息を切らして部屋に入ってきた。
「環。花奈熱がでたって?大丈夫なのか?」
「今寝てる。大声出すな。」
蓮琉は大きく息を吐くと、その場に座り込んだ。

「悪い、環。」
「何が?」
「俺、焦りすぎたかも。」
俺は怪訝な顔をしていたんだと思う。
蓮琉は少し泣きそうな顔をして話し始めた。

数日前樹と花奈が二人でスーパーに行ったらしい。
そして、その日から樹の生活態度が僅かだが改善された。
しかも樹は無意識だが、花奈を気にする素振りを見せた。
しかも樹と花奈が頻繁にメールのやり取りをしているところも目撃してしまって。
蓮琉はそのことにひどく焦りを覚えてしまったらしい。
花奈と同じ年の樹に、花奈を盗られてしまうんじゃないかと。

俺は蓮琉に呆れた視線を送った。
花奈に対してどれだけ余裕がないんだよ、蓮琉。
それにまだ花奈はお前のじゃねえからな。

「まだ、花奈がもう少し大人になるまで待つつもりだったのにな。」
「……おい、蓮琉。まさか。」
俺は蓮琉を睨みつけた。
まさか言いくるめて最後までやったんじゃねえだろうな。
俺の問い詰めるような視線に蓮琉は慌てて首を振った。
「やってないから。そこまでは流石に進められないからね!ただ、キスしたら花奈がどうしてこんなことするのって可愛い顔で聞いてくるから、もしかして意識してくれ始めたのかなって期待してしまって……つい、どうしてか考えて?って……。」
「だからか。花奈が昨日から挙動不審で今朝は寝不足だったのは。」
「……熱がでるまで悩ませるつもりはなかったんだ。」
「今日、熱があるのがわかる前、教室で花奈が樹と何か話してたらしい。二葉も話の内容までは聞き取れなかったみたいなんだか。」
「樹?……あいつ!」
「待て。ちょっと待て。」
そのまま駆け出して行こうとした蓮琉を俺は慌てて押しとどめた。
「環!止めるなよ。あいつ、許さねえ。」
「お前はほんとに花奈が絡むと冷静さに欠けるよな。落ち着けよ。」
俺は蓮琉の肩をなだめるように叩いた。

「だいたい、花奈が熱だすまで悩んだのは蓮琉のせいだからな。」
「………すまん。でも、そうか。花奈がそこまで俺のこと考えてくれたんだな。」
「アホか。うれしそうな顔してんじゃねえよ。だいたい、お前、わかってんの?」
「え?なにが?」
蓮琉がキョトンとした顔で俺を見た。
「花奈だからな。熱出すまで悩んだ結果、蓮琉の望む形になるとは限らないぞ。そこは覚悟しとけよ。」
蓮琉は氷の彫像のようにかたまった。
「今までこういう男絡みのことで花奈が素直に恋愛モードに入るような女だったら、すでに三田とか、柏原とかとラブラブカップルだからな。今までフラグ折ってきた花奈をなめんなよ。」
「……環。」
氷が溶けた蓮琉は甘えるような声をだしてきた。
お前が俺にそれをやっても気持ち悪いだけだからな。
「俺は、花奈の味方だから。」
「だよなあ…はあ。」
蓮琉は肩をおとして、ため息をついた。
こいつも大概不器用だよな。
昨日花奈が蓮琉を意識する素振りをみせたんなら一気に畳み掛ければいいのに。
花奈の気持ちを優先してくれたんだろうけど。

「…………ん。」

花奈の声がして、俺達は口を閉ざして花奈の方を向いた。
声を抑えるのを忘れていた。

「……あれ、お兄ちゃん?」
「おう。少しは楽になったか?」
「うん……。」
寝起きの花奈の目にはベッドのふちに座る俺しか見えてないらしい。ドアの近くの蓮琉は何故か息をひそめるように動きを止めた。
「ごめんね、お兄ちゃん。心配かけて。」
「気にすんな。なんだ、熱がでるほど何を一生懸命考えてたんだ?」
「うん。……考えてた。でも、もう大丈夫。」
「ん?」
「樹くんと話してて気がついたの。私はね、おまけなの。脇役だからね。蓮琉がもしかしたら私のこと好きかもってカン違いしそうになってた。ほんと危なかった~。」
「………ん?」
「ふふっ。………蓮琉くんは………。」
そのまま寝てしまった花奈をたたき起こして問い詰めたいのをぐっとおさえると、俺は蓮琉を見た。
(あ、やばい。)
久しぶりに見る、蓮琉の黒い笑顔。
これはかなり怒ってる顔だ。
「樹。何を話したのかな……ちょっと確認してくるね。」
「お、おお。」
「ふふっ。ふふふふっ。」
笑いながら部屋をでていく蓮琉の背中を見送りながら、俺は樹に手を合わせた。
(樹。強く生きろ。)

隣の家から聞こえてくる叫び声は空耳だな。
うん。きっとそうだ。

花奈の寝顔は先程よりも楽そうな顔になっていて、俺はほっと息をついた。

まだ、誰かのものにはならないらしい妹。
もう少し、俺に守られてくれそうだ。
いつかは誰かを愛してそいつと歩んでいくんだろうけど。

もう少し。
もう少しだけ。




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