君のためなら親でも殺す

小貝川リン子

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5 約束

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 梅雨が明け、季節は夏になりました。稀一郎の住む小屋にもぎらぎらとした陽射しが入ってきます。今日は庭師を呼んで庭木を剪定してもらうのですが、稀一郎がその手伝いをすることになりました。落ちた葉を掃いたり枝を集めたりといった雑用をしながら稀一郎は庭師へ話しかけます。彼は寡黙で仕事熱心な初老の男性でした。

「なぁおじさん。おじさんはここの庭をやるようになって長いんだよな。それならさ、この家の坊ちゃんのこと、知ってるかい?」
「誰のことだい、それは?この家は西園様がお一人で住んでらっしゃるんだろう」

 庭師は別段表情を変えずに言います。とぼけているのかと稀一郎は疑いましたが、どうもそうではなさそうです。

「俺は真面目に言ってるんですよ、ちゃんと答えてください」
「ちゃんともなにも、西園様にお子さんはいないと聞いているがね。あんたこそ冗談言ってるんじゃないのかい。それか、幽霊でも見たかな」

 庭師は軽く笑ってあしらいます。訝しむ様子はありません。稀一郎の言ったことはほんの冗談であって、少年少女がよくやる戯れだ、くらいに思っているようでした。あとは黙って手を動かすだけで、稀一郎の話に取り合ってはくれませんでした。

 この家に出入りしている者――と言っても数は多くありませんが――に朔之介のことを尋ねても、皆このような態度をとるのです。知らない、見たこともない、見間違いじゃないのかと口をそろえて言います。稀一郎も大っぴらに聞いて回ることもできませんから、一度知らないと言われれば引き下がります。
 屋敷の女中に尋ねてみても、反応は芳しくありません。彼女らにも事情があるのでしょう。稀一郎が朔之介のことを口外するなと命令されているように、彼女たちも朔之介のことを知ろうとするなと命令されているのかもしれません。朔之介の存在を証明してくれる証拠が、稀一郎の体感以外にほとんどないのでした。

 しかし、そうは言っても朔之介の存在は疑うべくもありません。触れられるし会話もできる、食事もする幽霊なんているはずがないでしょう。朔之介が部屋に籠りきりで外へ出ないせいで周囲に認知されていないだけだと稀一郎は考えていました。

 庭師を見送り、汗を拭いて休憩していた稀一郎は顔を上げました。そういえば、今日は近所で夏祭りがあるのです。彼には関係のないことですが、町中が色めき立って忙しなく動いているのでした。稀一郎もその雰囲気に当てられて心が浮き立ちます。すぐに身を翻して、朔之介のいる離れへ駆けていきました。縁側で乱雑に草履を脱ぎ、こそこそと中へ入ります。外と比べて室内はひやりと心地いい空気でした。

「お前なぁ、またごろごろしながら饅頭なんか食ってんのかよ。そんなんじゃ太っちゃうぞ」
 朔之介は読んでいた小説本を閉じて、饅頭を口に押し込みました。

「おじ上が寄越すんだから仕方ないだろ。早く食べなきゃ悪くなる」
「俺の分は?」
「今食ったので最後だ」

 落胆する稀一郎を尻目に朔之介は澄ました顔で言います。

「急に何の用だ。今日は来ないんじゃなかったのか」
「そうそう、今日は町で夏祭りがあるみたいなんだ。きっともうすぐ始まるぜ。神社から神輿を担いで、町内をねり歩いて、最後は河原で花火が上がるらしい。行ってみたくないか」

 稀一郎は鼻息を荒くして興奮気味に話しますが、朔之介はただ一言、無理だと言いました。

「どうして行けると思ったんだ。そんなことしたらおじ上がひどいぞ」
「やっぱりか」

 しかし稀一郎は落ち込むどころか不敵に笑います。

「どうせ無理だと思って俺は先手を打ったんだ。家の庭で花火やろうぜ。お前とやろうと思って、ちょっと前におもちゃの花火を買っておいたんだ。今晩、ちょうどいいだろ」
「……でも夜だろう?おじ上に見つかるよ」
「馬鹿だなぁ。旦那様は泊まりで帰ってこられないと聞いたぞ。やるなら今夜しかねぇ」

 稀一郎の言葉を聞いて、朔之介はわずかに喜色を浮かべました。
「決まりだな!夕ごはんの片付けが終わったら来るから、準備しとけよ」
 稀一郎はそれだけ言って、部屋を飛び出しました。

 すっかり日が落ちて、空が濃紺に染まった時間帯。稀一郎は花火を数本手にして朔之介の元へ向かいます。約束よりも遅くなってしまったので少々急いでいました。毎度のように縁側から上がろうとすると、室内から何やら声がします。稀一郎は反射的に縁の下へ飛び込み、身を潜めます。朔之介以外にも人がいるようですが、詳しい様子はわかりませんでした。
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