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第五章
5-10 僕の役目
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『黒い魔獣』はまだ倒されていないというのに、まだジャウマさんたちと戦っているというのに、その体の端のほうから徐々に崩れ、黒い靄となり、アリアちゃんに吸い込まれていく。
とうとう『黒い魔獣』の全てが黒い靄となり、その姿を失うと、ジャウマさんたちは武器を下した。
アリアちゃんは、その身に黒い靄を纏わりつかせたまま、無表情で立ち尽くしている。どうやら正気を失っているようだ。
「アリア! 目を覚ませ!」
ヴィーさんが彼女の名を呼ぶが、反応がない。
「さすがにこれはまずいな。アリアを止めないと」
僕らの元へ来たセリオンさんが、珍しく焦った口調で言う。クーはどうしていいかわからずに、ただ足元をうろうろとしている。
茫然とただ見ている僕の肩を、ジャウマさんがぽんと叩いた。
「ラウル、お前がアリアを抑えてくれ」
え? アリアちゃんを抑えるって、僕が…??
そうだ…… アリアちゃんを守るのは…… 僕の…… 僕の役目――
いいや、違う。そうじゃない!
役目だとか、そんな理由じゃなくて、僕が、僕がアリアちゃんを護りたいんだ。
「アリアちゃん! もう大丈夫だよ! 目を覚まして!」
もう一度、アリアちゃんに向けて、今度は両の手を伸ばす。彼女にゆらゆらと纏わりついている黒い靄ごと、背中から抱きしめた。
小さくて、とても小さい彼女の体は、こんな小柄で気の弱い僕の両腕の中にでも、すっぽりと嵌ってしまう。
「アリアちゃん、もう大丈夫だよ……」
そのままぎゅうと抱きしめ、彼女の黒兎の耳もとで、そっと囁いた。
ふっと彼女の体の力が抜けると、纏わりついていた黒い靄は、穏やかに彼女の中に吸い込まれ、そして消えた。
* * *
例の貴族と護衛たちは、すでに気を失っていた。
闘技場内に立ち込めていた、『黒い魔獣』とアリアちゃん自身の魔力は、普通の人間には耐えられないほどのものだったらしい。
ヴィーさんが頬をひっぱたき、セリオンさんが氷水をかけると、貴族の男はようやく目を覚ました。
人を呼びに冒険者ギルドに行ったジャウマさんに代わって、ヴィーさんとセリオンさんが、貴族を脅し――いや、話を聞きだした。
「わ、私のもとへ情報を売りに来た者がいたのだ。わざわざ顔を隠している、やけに美形な獣人がいると。尋ねる先も添えてあった」
両手を後ろ手でしばられたまま膝を突き、びしょ濡れのままの男は、震えながらそう答えた。
「……あの門番か。確かにあいつなら俺たちが夫人の所に行くことも知っていたな」
ヴィーさんが苛立ったように呟く。セリオンさんによると、ここまで黙ってついてきたのも、夫人の名前を出されたからだそうだ。
「私は綺麗な男が、き、嫌いなのだよ。しかも人間ですらない、獣人のくせに……」
そう言って、セリオンさんに歪な表情を向ける。セリオンさんは、貴族の男を冷たい目で睨み返した。
「好き嫌いについては仕方ない。だが獣人だろうが買った奴隷だろうが、非人道的な扱いをして許される道理はない」
ヴィーさんは貴族を見下ろしながら、さらに質問をぶつける。
「あの魔導具と魔獣はどうしたんだ?」
「あ、あれは……旅の魔法使いから買い取ったんだ。でも、あんな化け物になるとは、私は聞いていない!! あれは黒魔犬だと聞かされていたんだ!! そうだ、だから私は被害者なんだ! 悪くな―― がふ!!」
興奮して叫んだ男の口を、ヴィーさんが勢いよく手で掴むようにして塞いだ。
「悪くねえってことはないだろう? アレを逃さずに済んだことを、俺らに感謝するんだな」
ヴィーさんとセリオンさんとの二人に睨みつけられ、男は委縮して黙って座り込んだ。
しばらく後に、ジャウマさんが冒険者ギルドのマスターたちを連れて戻ってくると、貴族の男は取り調べの為に連れて行かれた。
先ほどのように強引な手段を使って獣人を買い求めていること、そして屋敷内でその奴隷たちが酷い扱いを受けているらしいと、以前から目をつけられていたらしい。
* * *
ギルドマスターの計らいで、冒険者ギルド所有の宿屋を世話してもらえることになり、ようやく腰を落ち着けることができた。
ジャウマさんがアリアちゃんをそっとベッドに寝かせた。
あれから彼女はずっと眠ったままだ。セリオンさんは大丈夫だと言ったけれど、このまま目を覚まさなかったらどうしようか。不安で、そっと彼女の小さい手を握った。
「セリオン、あの城の女主人から死人の声を聞くことができるという魔導具の話を聞いたが、お前は知っているか?」
ジャウマさんの質問に、セリオンさんはしばし考え込んでから、軽く首を横に振った。
「いいや、私は聞いた覚えはないな。直接聞いたことはもちろん、そんな噂も……おそらく……」
さらに考え込むように手を口元に当てて首を傾げた。
「彼女が確信を持って話していて、しかも私が知らないということは、一族の秘密だったか、私が居なくなってから出てきた物か……」
……居なくなってから?
「あ、あの……」
今のセリオンさんの話に何かの違和感を覚えてはいるが、でもどう尋ねていいかがわからない。戸惑いながらセリオンさんの顔を、じっと見上げた。
「まあ、隠していても仕方ない。ラウルくん、この国は私の生まれた国だと、故郷だと以前に言っただろう?」
「は、はい……」
「ここ王都が私の住んでいた町で、先ほど君たちが会ってきた夫人、彼女が私の元婚約者だ」
とうとう『黒い魔獣』の全てが黒い靄となり、その姿を失うと、ジャウマさんたちは武器を下した。
アリアちゃんは、その身に黒い靄を纏わりつかせたまま、無表情で立ち尽くしている。どうやら正気を失っているようだ。
「アリア! 目を覚ませ!」
ヴィーさんが彼女の名を呼ぶが、反応がない。
「さすがにこれはまずいな。アリアを止めないと」
僕らの元へ来たセリオンさんが、珍しく焦った口調で言う。クーはどうしていいかわからずに、ただ足元をうろうろとしている。
茫然とただ見ている僕の肩を、ジャウマさんがぽんと叩いた。
「ラウル、お前がアリアを抑えてくれ」
え? アリアちゃんを抑えるって、僕が…??
そうだ…… アリアちゃんを守るのは…… 僕の…… 僕の役目――
いいや、違う。そうじゃない!
役目だとか、そんな理由じゃなくて、僕が、僕がアリアちゃんを護りたいんだ。
「アリアちゃん! もう大丈夫だよ! 目を覚まして!」
もう一度、アリアちゃんに向けて、今度は両の手を伸ばす。彼女にゆらゆらと纏わりついている黒い靄ごと、背中から抱きしめた。
小さくて、とても小さい彼女の体は、こんな小柄で気の弱い僕の両腕の中にでも、すっぽりと嵌ってしまう。
「アリアちゃん、もう大丈夫だよ……」
そのままぎゅうと抱きしめ、彼女の黒兎の耳もとで、そっと囁いた。
ふっと彼女の体の力が抜けると、纏わりついていた黒い靄は、穏やかに彼女の中に吸い込まれ、そして消えた。
* * *
例の貴族と護衛たちは、すでに気を失っていた。
闘技場内に立ち込めていた、『黒い魔獣』とアリアちゃん自身の魔力は、普通の人間には耐えられないほどのものだったらしい。
ヴィーさんが頬をひっぱたき、セリオンさんが氷水をかけると、貴族の男はようやく目を覚ました。
人を呼びに冒険者ギルドに行ったジャウマさんに代わって、ヴィーさんとセリオンさんが、貴族を脅し――いや、話を聞きだした。
「わ、私のもとへ情報を売りに来た者がいたのだ。わざわざ顔を隠している、やけに美形な獣人がいると。尋ねる先も添えてあった」
両手を後ろ手でしばられたまま膝を突き、びしょ濡れのままの男は、震えながらそう答えた。
「……あの門番か。確かにあいつなら俺たちが夫人の所に行くことも知っていたな」
ヴィーさんが苛立ったように呟く。セリオンさんによると、ここまで黙ってついてきたのも、夫人の名前を出されたからだそうだ。
「私は綺麗な男が、き、嫌いなのだよ。しかも人間ですらない、獣人のくせに……」
そう言って、セリオンさんに歪な表情を向ける。セリオンさんは、貴族の男を冷たい目で睨み返した。
「好き嫌いについては仕方ない。だが獣人だろうが買った奴隷だろうが、非人道的な扱いをして許される道理はない」
ヴィーさんは貴族を見下ろしながら、さらに質問をぶつける。
「あの魔導具と魔獣はどうしたんだ?」
「あ、あれは……旅の魔法使いから買い取ったんだ。でも、あんな化け物になるとは、私は聞いていない!! あれは黒魔犬だと聞かされていたんだ!! そうだ、だから私は被害者なんだ! 悪くな―― がふ!!」
興奮して叫んだ男の口を、ヴィーさんが勢いよく手で掴むようにして塞いだ。
「悪くねえってことはないだろう? アレを逃さずに済んだことを、俺らに感謝するんだな」
ヴィーさんとセリオンさんとの二人に睨みつけられ、男は委縮して黙って座り込んだ。
しばらく後に、ジャウマさんが冒険者ギルドのマスターたちを連れて戻ってくると、貴族の男は取り調べの為に連れて行かれた。
先ほどのように強引な手段を使って獣人を買い求めていること、そして屋敷内でその奴隷たちが酷い扱いを受けているらしいと、以前から目をつけられていたらしい。
* * *
ギルドマスターの計らいで、冒険者ギルド所有の宿屋を世話してもらえることになり、ようやく腰を落ち着けることができた。
ジャウマさんがアリアちゃんをそっとベッドに寝かせた。
あれから彼女はずっと眠ったままだ。セリオンさんは大丈夫だと言ったけれど、このまま目を覚まさなかったらどうしようか。不安で、そっと彼女の小さい手を握った。
「セリオン、あの城の女主人から死人の声を聞くことができるという魔導具の話を聞いたが、お前は知っているか?」
ジャウマさんの質問に、セリオンさんはしばし考え込んでから、軽く首を横に振った。
「いいや、私は聞いた覚えはないな。直接聞いたことはもちろん、そんな噂も……おそらく……」
さらに考え込むように手を口元に当てて首を傾げた。
「彼女が確信を持って話していて、しかも私が知らないということは、一族の秘密だったか、私が居なくなってから出てきた物か……」
……居なくなってから?
「あ、あの……」
今のセリオンさんの話に何かの違和感を覚えてはいるが、でもどう尋ねていいかがわからない。戸惑いながらセリオンさんの顔を、じっと見上げた。
「まあ、隠していても仕方ない。ラウルくん、この国は私の生まれた国だと、故郷だと以前に言っただろう?」
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