招かれざる獣たち~彼らとの出会いが少年の運命を変える。獣耳の少女と護り手たちの物語~

都鳥

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第十章

閑話14 菓子を贈る日(バレンタインデー閑話)

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 今日は姫様との約束がある日ではない。だからわざわざ呼び出されたということは、それ以外の用事があると言うことだ。でも正直、とても緊張している。はあーっと一つ、長く息を吐いた。

 姫様の部屋の扉を控えめにノックする。その後に名乗ると、扉は内側から開いた。
「あの、どうかされたんですか?」
 顔をのぞかせた姫様に一礼して尋ねる。すると姫様は僕の腕をつかんでぐいと引いた。
「あなたに、教えてもらいたいことがあるのよ。ちょっとこっちに来て」
 その言葉と共に、僕は済崩なしくずし的に部屋に連れ込まれてしまう。姫様は戸惑とまどう僕を、そのまま窓際まで連れて行った。

「あれを見て」
 高台にある城の窓からは、町の中央にある噴水広場がよく見下ろせる。広場の周りには、カフェや雑貨屋、洋菓子屋などが並んでいる。今はそういう時期だからか、どの店も可愛らしい装飾を出していて、いつも以上ににぎやかに見える。

 姫様はその装飾を指差して言った。
「この季節になると、あんな風に店に可愛い飾り付けがされているの。でもお祭りをする日ではないし、あれは何をしているの?」
「ああ、あれはバレンタインの飾り付けですね」
「バレンタイン?」
「はい、えっと……」
 そう尋ねるということは、知らないのだろう。

「バレンタインは、女性が好意を寄せている男性や、日頃お世話になってる男性に、お菓子をプレゼントする日だそうです。その日にむけて、特に菓子屋はああやって自店の商品をアピールするんです」

 といっても、どこにでもある習慣ではないようだ。少なくとも僕が育った村にはなかった。こういう大きくて豊かな町だけにある習慣なのだろう。

 僕の言葉を聞いて、姫様の目がきらきらと輝く。
「そう、なのね。じゃあ、私も男の人にお菓子を渡してもいいのかしら?」

 姫様が言うのは近衛騎士の方々のことだろう。姫様は彼らをとても信頼している。
 でも姫様は、基本的にはこの城からは出られない。出られたとしても、町には出掛けることはない。

「はい、よろしければ、僕があの店で買ってきましょうか?」
「……それじゃあ、意味がないもの」
 自分が買いに行けないことでがっかりしたのだろう。落ち込んだ姫様を見て、なんだか申し訳ないような気分になった。

 * * *

「ダメだと言ったらダメだ!」
 ヴィーさんの言葉に、アリアちゃんがぷぅと頬を膨らませる。
「すぐに帰ってくるって言ってるじゃん!」
「それはわかっている。でも一人で買い物に行くのは危険だ」
「私はもう子供じゃないんだよ?」

 二人とも互いに引く様子はない。まあ、ヴィーさんの言い分も、アリアちゃんの言い分も、どちらも良くわかる。

 幼い姿だった頃から可愛かったアリアちゃんは、年頃の少女になってさらにその可愛さが増した。
 僕らと一緒に町を歩くと、何人かの年頃の男はアリアちゃんの方をちらちらと気にしている。もしくは、隣を歩く僕を悪意の籠った目でにらみつけたりもする。僕をカレシか何かと思っているんだろうか。
 そんな風だから、ヴィーさんが心配するのも当然だろう。

 でもアリアちゃんの言う通り、もう子供ではないし、本当はアリアちゃんは強い。もしも、下心を持ってアリアちゃんに近づく者が居ても、危険なのはアリアちゃんでなく相手の方だろう。

 さっきからアリアちゃんが行きたいと主張しているのは、この町で人気の洋菓子屋だ。
 町へ着きまずは宿に部屋をとった。じゃあ、さっそくその店に行こうかというときになって、アリアちゃんが一人で行きたいと言い出したのだ。

「じゃあ、クーを連れていくから!」
 アリアちゃんの言葉に、ヴィーさんの眉間に大きなしわが寄った。そして、僕の足元でごろごろとだらしなく腹を見せて転がっているクーを見た。今のこのクーの姿には説得力がなさすぎる。

「ダメだ。せめて、ラウルを連れていけ」
 今度はアリアちゃんの眉間に皺が寄って、そのままで僕の方を見た。アリアちゃんの可愛い顔が、ちょっとだけ台無しになっている。

「……わかった。じゃあラウル、付き合ってくれる?」
 少しむくれた顔のまま、上目遣いで僕に言う。こんなの断れるわけがない。
 うんうんと黙って首を縦に振った。

 * * *

 宿を出た途端、アリアちゃんは全力で駆け出した。
「ごめん、ラウル! 付いてこないで!」

 彼女なりの全力で僕から離れていくアリアちゃんに、それを嬉しそうに追いかけていく月牙狼ルナファングのクー。一瞬、追いかけようと一歩踏み出しかけたが、すぐに止めた。クーが一緒にいるし、行き先もわかっている。
 追ったら逆に嫌がられるだろう。とりあえず走ることはせずに普通の歩調で、店を目指して歩いた。

 目的の店を目指して、町のメイン通りを歩く。人々が行き交う大通りは、商店街辺りに差し掛かった辺りから、やけに派手で賑やかな赤やピンクの装飾が目につくようになった。この装飾には見覚えがある気がする。なんだったっけ?

 さらにしばらく進むと目的の店だ。さすがに菓子で人気の店だけあって、店内は女の子たちでいっぱいだ。あの中にアリアちゃんもいるのだろう。
 店先で大人しく伏せて待っているクーを見つけて、そっと近づいた。

「クゥ!」
 しぃーと口許に指を当ててクーを制する。
「アリアちゃんは店の中?」
 クーは黙って尾を振って答える。
「僕は離れたところで待っているから、ここはよろしくね」
「クゥン」
 今度は小さく鼻を鳴らすようにして、クーは向かいの建物の屋根の上を見上げた。それにならって僕も上を向く。

「チッ」
 屋根に止まっていた少し大きめの鳥が、まるで舌打ちの様な鳴き声を上げて飛び上がった。あれって、もしかしなくても、ヴィーさんだろうなぁ……

 っと、いけない。あまりここに長居をすると、アリアちゃんに見つかってしまう。クーの頭を軽くでてから道を引き返し、3軒隣の店の陰に隠れた。

 しばらくの間待っていると、ようやく店からアリアちゃんが出てきた。手には紙の袋を持っている。目的の物は買えたようだ。
 用心深く周りをキョロキョロと見回すアリアちゃんに見つからぬよう、少し出していた顔をひっこめた。

 そのままアリアちゃんとクーは、宿へ向かって帰り道を辿たどりはじめる。僕の隠れていた場所の近くを通り過ぎたのを見計らって、物陰から表に出た。

「ああ、居た居た。探したよ。どこへ行ってたの?」
 これはうそだ。あまりにも見え透いていて、バレそうだけれど。

「ちょ、ちょっと。行きたいところがあって……」
 アリアちゃんはそう言いながら、手にした紙袋をパッと後ろ手に隠す。そんなことをしても、しっかり見てしまった。でも敢えてそれには触れない。

「そっかー、じゃあ、例のお菓子屋さんに行こうか?」
「あ、いや……すごい混んでるから、また今度でいいかな?」
 アリアちゃんは言い訳をしながら、店の方を指さす。

 アリアちゃんが、こっそりと何かを買いたかった理由は、僕にはわからない。でもきっと悪いことじゃあないし、アリアちゃんが一生懸命に隠そうとしているのがわかる。
 だからちゃんと知らぬふりをした。

 * * *

「おー、は、早かったな」
 宿の部屋へ戻ると、珍しく窓際で本を読んでいたヴィーさんが慌てた素振りで顔を上げる。
 アリアちゃんに愛想をきながら、ちらりと僕の方を見る。あの視線は言うなと訴えている。そんな風に睨まなくても、言うつもりはないけどね。

「あのね、皆にこれを買ってきたの」
 アリアちゃんは、嬉しそうに紙袋からお菓子の包みを取り出す。それをヴィーさんたち3人のパパに手渡した。

「俺らに、か?」
「うん、ばれんたいんでーって、女の子が好きな男の子やお世話になっている男性に、お菓子をプレゼントする日なんでしょう?」

 あ……
 ようやく思い出した。そんな話をしたことが、遠い昔……以前の生であったっけ。
 そうか。これもアリアちゃんがやりたかったことの一つなんだろうなぁ。

 そんな風にこっそり昔を思い出していると、アリアちゃんは僕の手にもお菓子の包みを押し付けた。

「あ、ありがとう! ……あれ?」
 でも、あの3人がもらったのとは違うみたいだ。3人のより小さい箱で、でも代わりにあの3人のよりも大きくて派手なリボンがかかっている。

「ラウルはパパたちとは違うから……」
 そう言ってアリアちゃんは、気まずそうに視線をらせる。
 そりゃあそうだよな。僕はあの3人とは違うし。でもこうして僕にまでお菓子を用意してくれたことがとても嬉しい。
「うん、とても嬉しいよ」
 そう伝えると、何故かアリアちゃんの頬がうっすらと赤くなった。

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おまけ★バレンタインラクガキ

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