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第七話 依頼失敗

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[魔王の条件提示より数時間後]

 コンコンというドアが叩く音が、男のいる部屋に聞こえた。そして、ドアの向こうから「私です。ナツミです。入りますね」と、とても暗い声で聞こえてきた。

 聖女は、部屋に入ってきて男の向かいに座ったが、しばらく二人の間には静寂が部屋の中を支配した。

 静寂を破ったのは聖女だった。

 聖女は、下を向きながら、「わ、私、生贄になることが決まりました」

 「ナツミ、君は自分を犠牲にするつもりか?」と、男は聖女に問いをかけた。

 「はい、だって私は聖女ですから」と、顔上げ、無理矢理作った笑顔を浮かべながら、男の問いに答えた。

 「そうか....」と、小さく男は答えた。

 また、静寂が部屋の中を包んだ。

 次に静寂を破ったのは男だった。

 男は、「君がいなくなるということは、君が出した依頼は失敗になってしまうな」

 「そうですね、ベリスさんはこれからも幸せになって下さいね」と、男を気遣った。

 「依頼が失敗したということは、報酬を受け取ることは出来ない」と言い、男は立ち上がった。

 その言葉を聞き、聖女はどういう意味か最初は分からなかった。

 男は、棚から黒いフードを取り、それを着て、装備を取り付けていく。

 聖女は、その光景を見て、男がこれから何をするつもりかを理解することができた。次の瞬間、聖女は椅子から立ち上がり男に抱きついていた。それは、最後の別れの抱擁ではなく、男を行かせまいと思い取った行動だ。

 聖女は、涙を溜めながら、「ダメです。ベリスさん、私が生贄になればみんなが幸せになれるんです。ベリスさんも普通の生活を歩むことが出来るんです。だから、私の為に戦おうとしないで下さい」

 男は、聖女の頭を撫でながら、「ハハ、普通の生活?君が居なくなった世界で少しも生きていきたいだなんて思わないよ。そうだよ、君が、俺を闇の中から連れ出してくれた、そんな君が居なくなった世界なんかに価値なんて無いんだよ」

 聖女は、もう既に溢れそうな涙を目に溜めながら、「ダメです。ダメです。私は、自分を助けて欲しくて、あなたに手を差し伸べたのでは無いのですから」

 男は、聖女の美しい金髪を触りながら、「闇の中で、クソみたいな生き方しかしてこなかった俺に、光が当たる場所に連れ出したのは、君だけだ。それに、俺は依頼に失敗し、報酬を先に貰ってしまった。埋め合わせをしなければならない」

 「そんな、そんなことしなくて良いです。私は貴方が幸せになってくれれば、それだけで良かったんです」と、聖女の頬には涙が流れていた。

 「君に出会えて良かった。君が俺の手を取って光が当たる場所に連れていってくれて、嬉しかった。一年だけだったが幸せだった。君を好きになれて良かった。君の恋人になれて良かった。ありがとう、ナツミ、こんな俺を愛してくれて」と言い、聖女の美しい金髪にキスを落とした。

 聖女は、涙を流しながら、ダメです。ベリスさん。と繰り返して言っている。そして、抱きつく力も行かせまいと力が強くなっていた。

 「唇のキスは、君のことを本当に幸せにしてくれる人のために残しておくよ。じゃあな、ナツミ」と言い、男は笑顔を聖女に向けて、聖女の影のように前から消えた。

 部屋に残された聖女は、泣き続けた、ただ泣き続けた。愛しい彼の為に。


 
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