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逆仮面夫婦の恋愛事情 3

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 最愛の旦那様と結婚が決まりましたのは、先述した通り3年前ですが、実際にお会いしたのは結婚式の2ヶ月前のことでした。
 私が15で、殿下が25歳になった時の事です。

 兄姉は散々この婚姻に反対しておりましたが、この結婚は1年前に決まった国家間での契約でいらっしゃいますので、今更反故にすることはできません。
 私は性格上、どこでもやっていけると思っていましたので、そんなに難しく考えておりませんでした。そもそも、父である国王陛下が私にその話を持ってきた時も、周りの暗い空気もなんのそので「そうですか、承りました」と言って、二の姉様に泣かれたものです。

 旦那様となってくださったパーシヴァル殿下とお顔を合わせたのは、結婚式の2ヶ月前にディシャールの王宮へとやってきたときの事でした。
 シェイテリンデとディシャールのやりとりはずっと使者の方としておりまして、結婚が決まった国王会談はアレクシオ領の沖にある、両国の狭間にある別の国家のリゾート島でされていましたので、私自身はこの時初めてディシャールの王族にお会いしました。

 金色の御髪と、サファイヤの瞳が特徴的であるとは聞いておりましたが、ディシャール国王、ロナルド陛下の太陽のような金色の髪と、深いサファイヤの瞳を見てため息がつくほど美しいと思いました。
 その隣にいらっしゃるディシャール国、オフィーリア王妃殿下も、美しく緩やかな赤髪に翡翠色のキリリとした瞳をしていらして、その肌は真珠のように白くて美しく、これが月の精霊姫の血筋を受け継ぐ王の血かと、感嘆のため息を漏らしたものです。

 シェイテリンデとは全く違う荘厳な造りのディシャール王宮で、一番尊いとされている玉座の間にて、私は私をここまで連れてきてくださったシェイテリンデ王国師団を背後に、国王夫妻に公的な意味での形式的な挨拶をしました。
 凛とした空気の中、お二人のごあいさつの後に一歩前に出てきてご挨拶くださったのがパーシヴァル殿下でいらっしゃいました。
 国王陛下と比べたら、薄く淡い金の髪、深い海のような紺碧な瞳を細めながら、じっと私を見てくださった時、その眼がキュッと細められて、眉間に皺が寄った時、私は本能的に嫌われたのだと感じたものです。
 チクリと胸が痛んだのはこの時、私がパーシヴァル殿下に一目惚れしていたからでしょう。
 恋をしたことが無かった当時の私には、その痛みの理由はまるで分らなかったので、「ん?」と首を傾げたのをよく覚えております。

 そうして公的なご挨拶をしたあと、王族の皆々様と深くお話をするために別室に招かれました。
 輿入れの為に一緒に来てくれていた旧知の侍女を待機部屋へと向かわせた直後、タッタっという足音に振り返った私は、王妃様にぎゅっと抱きしめられたのです。

「見て頂戴、ロナルド! なんて愛らしいお姫様なんでしょう! あぁ、ずっと妹が欲しかったのよ、私! ルシャーナ様をご覧になって! とっても理想的な妹だと思わなくて?」

 王妃殿下はそう言いながら、その女性らしい豊満な体でぎゅうぎゅうと私を抱きしめますので、私は目を白黒させました。
 その透き通る白魚のような手を私の両頬に添えると、じっと私をその翡翠色の輝きを持つ瞳でお見つめになります。

「はぁ……聞いた通りの綺麗なマリンブルー。可愛い……可愛がりたい! すき!」
「落ち着けオフィーリア。驚かせてしまってすまないね、シェイテ第三王女殿下」

 そう言って、国王陛下は「改めて、ロナルド・ジェイリーヴ・ランフォールドだ」と名乗って、私に手を差し出しましたので、私も「私も改めまして、ルシェーナ・リ・アリアドス・シェイテと申します。お目にかかれて嬉しく思います国王陛下」と答えました。

「これから家族になるのだから、もう少し親しく呼んでくれると嬉しいな」
「そんな! 滅相もございません」
「私はオフィーリア・クリステラ・ランフォールドよ。パーシヴァルのお嫁さんなら、私の義妹で娘も同然。王妃殿下と呼ばずに、どうぞ姉と呼んで頂戴」
「オフィーリア落ちつきなさい。けれど私も、できればお兄様と呼んでほしいな」

 と、言いながらお2人は私の手をとってキスしてくださいました。
 公的な場では凛とした空気を纏う、精霊神の血筋を引く素晴らしき王族の様相でしたが、別室に移ってからのお2人はとても気さくで親しみやすい優しいお2人でございました。
 私からすれば、お2人は親のようにお年が上でいらっしゃいますので、兄姉とお呼びするのは些か気が引けます。

 お2人には既に2人の王子様がいらっしゃいました。
 長子である第一王子様は私より一つ上で、お父様譲りの髪色と瞳をお持ちになられていまして、弟君である第二王子様は5歳で赤みがかった金の色をした美しい髪色をしていらっしゃいました。
 弟君のサファイヤの双眸がじっと私を見つめる様子は、とても可愛らしくてパーシヴァル殿下へとは違った意味でとしてしまいました。
 どちらかといえば、こちらのお2人のほうが兄弟としては適切な年の差でいらっしゃるので、叔母様と呼ばれることはとてもくすぐったい感覚です。

「お母様、この方が僕らのお姉様になってくださる方なのですか?」
「違うよ、セイル。この方はパーシヴァルおじさまのお嫁さんになってくださる方だよ」
「おじ様のお嫁さんなのですか! はじめまして! セイル・クランヴァ・ランフォールドです! 兄様の名前はれお……」
「レオンハルト・エイブリア・ランフォールドと申します。 セイル、兄様の自己紹介をとるな」

「ごめんなさい兄様」と言いながらもにっこり笑う第二王子様を第一王子様は抱き上げてよしよしと撫でておりました。私には年の離れた兄様と姉様しかいませんでしたので、下の子と言うものがこんなに可愛らしいとは思わず、「仲良しなご兄弟なのですね」とつい言葉に出してしまいます。

 すると、国王ご家族の方々はぽかんとしたあと、口々に「やだかわいい」「これは娘に欲しい」「リチェルがいなかったら求婚してたかも」「にっこり~」と言われ、私は小さくなってしまいます。

「パーシーにはもったいないな」
「そんなこと言ってはダメよ、ロナルド。パーシー、そっちに隠れていないでこちらに来なさい」
「パーシヴァルおじさま! かくれんぼはめですよ!」

 とてとてと第二王子様は殿下に近づくと、その手をとってぐいぐい引っ張りながら私の前に殿下をお連れになりました。
 この部屋の誰よりも背の高い殿下を仰ぎ見れば、その深い紺碧ディープブルーの瞳がぎろりと私を睨み付けるので、私は思わずびくりとしてしまいます。

「こらっ、パーシー!」
「おじさまだめですよ! そんな風に見たら怖いです!」

 と、第二王子様と王妃様にパーシヴァル殿下は「めっ」と叱られてしまいました。私はそんなお2人の態度にパーシヴァル殿下が怒るのではないかと肝を冷やしたものですが、殿下は苦しそうにぐっと唇を噛み締めるだけでございました。

 私はハッとしてパーシヴァル殿下にシェイテリンデ流の淑女の礼カーテシーをすると、すぅと息を呑む音が上から聞こえます。

「パーシヴァル……パーシヴァル・ブラジリア・ランフォールドだ。ルシェーナ王女」
「ルシェーナ・リ・アリアドス・シェイテでございます。その、パーシヴァル様とお呼びしても?」
「もち……いやその……だめだ。それを許すことはできない」

 殿下のその言葉にお部屋の空気が凍り付きました。

「ルシェーナ王女、俺が愛することはない」

 続けられたその言葉に、私の心がチクリと痛みます。
 しんと静まり返った室内で、国王陛下の「パーシヴァル……」と言うお声が響くとほぼ同時に、パーシヴァル殿下の体が文字通り吹き飛びました。

「パーシヴァル叔父さま!?」
「お、オフィーリア、落ち着け」
「これが落ち着いていられますかロナルド。パーシヴァル、今何と言いました? 私もロナルドも、貴方をそんなゲス野郎に育てた覚えはありませんよ」

 そう言いながら、王妃殿下はその白魚のような可憐な手のひらの上に、魔法で作った火球をお創りになられました。
 王妃殿下の御出身は、12公爵家が一つ炎帝の狒狒が祖先のユーテクシア家でございます。王国騎士の統括もなさっているユーテクシア家に生まれ、護身術と称して叩き込まれた体術において、王妃殿下はかなりの実力者だそうで騎士の1人や2人は軽く吹っ飛ばせるのだと後に聞きましたが、この時はまだ何も知りませんでしたので本当に驚きました。

 王妃殿下が吹っ飛んで倒れ込んでいる殿下のクラヴァットを掴んでむと、首をがくがく揺らしながら「もう一度言って見なさいパーシー」と凄んでいる様子はとても恐ろしくも、頼もしくも見えました。

「ほら、もう一度言ってごらんなさい。そんな世迷いごとを吐く口はどれですか」
「だ、だって義姉上」
「だってじゃありません! 遠いシェイテリンデから嫁いでくれた可愛らしい、花嫁にそんな愚かなことを言う義弟を持った覚えはありませんよ!」
「ですが義姉上、よくご覧になってください。ルシェーナ王女は……その、あまりにも」
「あまりにも? あまりにもなんだって言うの」
「……すぎる」
「はぁ?」
!」

 しばしの沈黙があたりを包みました。
 第二王子殿下だけはきょろきょろとして、それから太陽のような笑顔でニコニコ笑っておりましたが、第一王子殿下が「しーだよ」と静かにするように仕草をすると、それを真似て「しーですね」と静かになりました。
 王妃殿下は、大きな体躯のパーシヴァル様を無理矢理立たせると、私の横に無理矢理並ばせました。
 この頃の私はあきらかに子供でしたし、身長も今よりも小さかったのでパーシヴァル様と並ぶと年の離れた兄妹のような体格差でございました。
 なにより、パーシヴァル様は他の男性よりも体躯が大きくいらっしゃいますので、子供が更に子供のように見えた事でしょう。
 それを見た王妃殿下が扇をパチンと開くと、口元を隠しながら「確かに」と呟きます。

「これは犯罪だわ」
「でしょう! 私と並んで夫婦だと言えば、完全に俺は稚児趣味の変態ではないですか。こんなにも愛らしくて小さくて可憐なルシェーナ王女を、俺が愛してしまえば壊れてしまいます!!」
「壊れる?」
「あー確かに……色々と難しいわね」
「二人とも落ち着きなさい。レオンはともかくセイルはまだ5歳なんだ」

 第二王子殿下は第一王子殿下に耳をふさいでいただいておりましたので、多分セーフだと思いますがあけすけのない会話に、私は少し恥ずかしくなって顔を伏せました。
 私は15歳ですが、今回嫁ぐあたって閨教育は多少受けました。意識していなかったわけではありませんが、改めて言われると羞恥でどうしていいか分からなくなって困ってしまいます。

 けれども、見上げるほど大きな体躯のパーシヴァル殿下に、まだ幼い私が抱かれると言うのは確かに想像ができません。初めては痛むと聞きますし、抱きしめられたら幼子のようにすっぽりとおさまってしまうのを考えると、大丈夫かどうかと不安になります。
 それに、いくら15歳と言えど、稚児のような私にパーシヴァル殿下もその気にはならないと思うと、しゅんとしてしまいます。

 そんな風に明らかに落ち込むように顔を伏せてしまった私に、パーシヴァル様はぎょっとすると慌てたように跪きました。

「違う、違うんだ。貴女に魅力が無いわけではないんだルシェーナ王女! むしろ逆です……貴女が、あまりにも魅力的過ぎて、理性で自制しなければ貴女を壊してしまうほど愛してしまいそうで、それが恐ろしくて、俺は」
「……は、はぁ……」
「貴女がその可憐な声で俺の名を呼んでくれるたびに、理性が飛びそうになるほど愛おしさが溢れて狂ってしまいそうになるのです。絵姿を見た時にこの心が初めて高鳴ったけれど、実際お会いしたらそれ以上だった!!」
「っ……」
「この結婚は政略的な意味合いが強い結婚ですが、俺は貴女と縁ができて本当に嬉しく思っているのです。ですが幼い今の貴女を全力で愛することはできません。できませんが、どうか俺の妻になってくださいませんか? いずれ大人になる貴女を、愛する権利を俺にください」

 そう言って、殿下は私の髪を一房とると最も大切なものにそうするように、恭しく口づけました。
 魔力の宿る髪に、異性が触れると言うのはディシャールでは求婚の証と言われます。
 大きな体躯をした美丈夫に、こんなにも真っすぐに愛を捧げられたのは初めてで、私の胸は高鳴ってそれと同時に全身が熱くなってしまいました。

「……は、はい。私でよろしければ」と、精いっぱいお答えすると殿下の紺碧ディープブルーの瞳が、とても優しく安心したように綻びます。その顔がなんだかとても可愛らしく見えて、私は思わず微笑んでしまいました。 

「まぁ、パーシーったら熱烈」
「釣り書と絵姿を見た反応でストライクだと思ったがマジでドストライクだったか……、それにしてもこんなに喋る弟を兄は初めて見たぞ」
「おじさまにも春が来たんですね。一生ご結婚されないかと思ってました」
「にいさま! 見えない! 僕にも見せて!」

 などと聞こえてきたような気がしますが、あまり覚えておりません。
 こうして私は、パーシヴァル殿下に望まれて嫁ぐことになりました。体が大人になる18までは白い結婚と約束したのもこの時です。
 この時の私は15で、まだまだ子供だったと自覚しておりました。閨教育でも、体の大きさが違うと無理があると聞いておりましたので、その提案はまだ少し閨でのことが怖かった私は有難く頷きました。

 ですが、一番の問題はこの後に起こりました。
 結婚式が行われるまでの2ヵ月の半分の間で、私に3度毒が盛られたのです。


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