俺の婚約者が可愛すぎる件について ~第三王子は今日も、愚かな自分を殴りたい~

salt

文字の大きさ
6 / 22
side フェリコット

side フェリコット5

しおりを挟む


「……殿下、どうして」

 夜会の最中、バルコニーで休むトラヴィスにフェリコットは震える声で声をかけた。
 未だ治らない足がじくじく痛むけれど、目まぐるしく動く感情がその痛みを感じさせない。
 青い顔をしているフェリコットに気がつかないまま、トラヴィスは眉間に皺を寄せたままフェリコットを一瞥すると、大層不機嫌そうにため息をついた。

「……おまえ、リエラのこと平民あがりって苛めてたんだってな、昨日は塔に呼び出して突き落としてきたって? やっぱり恐ろしい女だ」
「そんなことしてませんっ」
「はっ、どうだか。高慢で傲慢なお前のことだ。平民あがりなんて目障りだろ」
「っ……私は」
「今影に調べさせている。しばらくすれば証拠が出るさ。そうしたらお前との婚約が破棄できる。やっとお前の顔を見なくて済むと思ったらせいせいするよ」
「殿下……トラヴィス殿下」
「名前で呼ぶな、何度言わせれば分かるんだ」
「殿下は……私の事お嫌いですか?」
「……っ、嫌いだよ。大嫌いだ。最初からずっとそう言ってるだろ」

 吐き捨てるように言われて、フェリコットは菫色の瞳からぽろぽろと涙をこぼした。思えば、涙をこぼしたのは久しぶりな気がしたけれど、フェリコットはその涙をぬぐう事すらせず、痛む足を引きずりながら会場を後にした。

 そのフェリコットの事を、トラヴィスがどんな表情で見つめていたか知らぬまま。

 馬車に飛び乗って、御者に家に帰るように告げると、フェリコットは膝を抱えて泣きだした。
 この足で、塔の上に登ってリエラヴィアを突き落とせるわけがない。影が調べたらすぐわかる事だ。
 だからきっと、婚約は破棄されないと理解していた。
 けれども、色々な感情がぐるぐるとまわって何も考えたくなかったのに、頭の中ではうっとりとした顔のトラヴィスと、トラヴィスの瞳の色と同じ水色のドレスを着て、優雅にダンスをするリエラヴィアの姿がぐるぐると回る。
 フェリコットが許されることのなかった、トラヴィスの瞳の色と同じ水色のドレスを着たリエラヴィアがあまりにも幸せそうで、美しくて、フェリコットの心は完全に折れてしまった。

 足はズキズキと痛む。
 あの時は軽度だったが、庇うように歩くうちにヒビが入ったのだろう。変な治り方をしたため、ズレてくっついた骨が肉と神経を圧迫している気がする。こんな足じゃ、どうせトラヴィスと最初のダンスを踊ることはできなかっただろう。

 あぁ
 だとしても、それでも、一度でいいから手を取り合ってトラヴィスと踊りたかったと、ぐちゃぐちゃになった心の中で唯一願った事だけは覚えていた。

 婚約は破棄されない。
 けれども、こちらから婚約の解消を願いでよう。

「トラヴィス様は私の事が大嫌いなのだから、これ以上心を煩わせてはいけないわ」

 狂いそうになる頭が、唯一冷静にその結論に辿り着く。

 こんな絶望に落とされても、フェリコットはトラヴィスを愛しているのだ。
 だからこそ、トラヴィスの為に身を引くべきなのだと、フェリコットの心の中にすとんとその感情が落ちた。

 初恋を叶えた夢を、浴びるほど見せてもらえた。

 その想いを胸に抱いたまま、フェリコットはどこにでも行けるような気がした。
 その行く先が、修道院でも、隣国の貴族の花嫁でも、フォルケイン公爵家の領地で一生独り身で過ごしたとしてもだ。

 トラヴィスを愛する権利を得て、ただひたすらに真っすぐ愛せた。
 10歳で恋に落ちて、14歳で婚約し、17歳になった今までの間、ずっとトラヴィスを愛し続けることができた、ただそれだけでこんなにも幸せでいられたのだ。

 フェリコットはこれだけ傷つけられても、トラヴィスを憎むことはなかった。
 むしろ、嫌いな自分を隣に置かなくてはいけないことへの申し訳なさで、胸をいっぱいにしていた。

 そうして、しばらく馬車が進んだ後、泣きすぎて頭がぼうっとしたフェリコットは急に馬車が止まったことに気がついた。
 家についたのだと思ったフェリコットは、早く自分の部屋に戻りたくていつもは開けてくれるのを待つはずなのに、自分から扉を開けた。

「いけません、お嬢様」

 昔からフォルケインの家に仕えてくれた御者の声が耳に届く。
 月明かりの下、フェリコットは菫色の瞳を見開く。
 目の前に下卑た笑みを浮かべる野盗が、幾人も立っているのを見たのが、この人生におけるフェリコットの最期の記憶だ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜

涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください 「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」 呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。 その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。 希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。 アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。 自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。 そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。 アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が…… 切ない→ハッピーエンドです ※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています 後日談追加しました

悲報!地味系令嬢、学園一のモテ男に「嘘の告白」をされる

恋せよ恋
恋愛
「君のひたむきさに心打たれた」 学園の王子様、マーロン侯爵令息から突然の告白。 けれどそれは、退屈な優等生である彼が仕掛けた「罰ゲーム」だった。 ターゲットにされたのは、地味で貧乏な子爵令嬢・サブリナ。 彼女は震える声で告白を受け入れるが――眼鏡の奥の瞳は、冷徹に利益を計算していた。 (侯爵家の独占契約……手に入れたも同然だわ!) 実は、サブリナの正体は王都で話題の「エアハート商会」を率いる敏腕マネージャー。 「嘘の告白」をした男と、「嘘の快諾」をした女。 互いに利用し合うつもりが、いつの間にか本気に……? お互いの本性を隠したまま進む、腹黒×腹黒の騙し合いラブコメディ! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

処理中です...