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side フェリコット
side フェリコット5
しおりを挟む「……殿下、どうして」
夜会の最中、バルコニーで休むトラヴィスにフェリコットは震える声で声をかけた。
未だ治らない足がじくじく痛むけれど、目まぐるしく動く感情がその痛みを感じさせない。
青い顔をしているフェリコットに気がつかないまま、トラヴィスは眉間に皺を寄せたままフェリコットを一瞥すると、大層不機嫌そうにため息をついた。
「……おまえ、リエラのこと平民あがりって苛めてたんだってな、昨日は塔に呼び出して突き落としてきたって? やっぱり恐ろしい女だ」
「そんなことしてませんっ」
「はっ、どうだか。高慢で傲慢なお前のことだ。平民あがりなんて目障りだろ」
「っ……私は」
「今影に調べさせている。しばらくすれば証拠が出るさ。そうしたらお前との婚約が破棄できる。やっとお前の顔を見なくて済むと思ったらせいせいするよ」
「殿下……トラヴィス殿下」
「名前で呼ぶな、何度言わせれば分かるんだ」
「殿下は……私の事お嫌いですか?」
「……っ、嫌いだよ。大嫌いだ。最初からずっとそう言ってるだろ」
吐き捨てるように言われて、フェリコットは菫色の瞳からぽろぽろと涙をこぼした。思えば、涙をこぼしたのは久しぶりな気がしたけれど、フェリコットはその涙をぬぐう事すらせず、痛む足を引きずりながら会場を後にした。
そのフェリコットの事を、トラヴィスがどんな表情で見つめていたか知らぬまま。
馬車に飛び乗って、御者に家に帰るように告げると、フェリコットは膝を抱えて泣きだした。
この足で、塔の上に登ってリエラヴィアを突き落とせるわけがない。影が調べたらすぐわかる事だ。
だからきっと、婚約は破棄されないと理解していた。
けれども、色々な感情がぐるぐるとまわって何も考えたくなかったのに、頭の中ではうっとりとした顔のトラヴィスと、トラヴィスの瞳の色と同じ水色のドレスを着て、優雅にダンスをするリエラヴィアの姿がぐるぐると回る。
フェリコットが許されることのなかった、トラヴィスの瞳の色と同じ水色のドレスを着たリエラヴィアがあまりにも幸せそうで、美しくて、フェリコットの心は完全に折れてしまった。
足はズキズキと痛む。
あの時は軽度だったが、庇うように歩くうちにヒビが入ったのだろう。変な治り方をしたため、ズレてくっついた骨が肉と神経を圧迫している気がする。こんな足じゃ、どうせトラヴィスと最初のダンスを踊ることはできなかっただろう。
あぁ
だとしても、それでも、一度でいいから手を取り合ってトラヴィスと踊りたかったと、ぐちゃぐちゃになった心の中で唯一願った事だけは覚えていた。
婚約は破棄されない。
けれども、こちらから婚約の解消を願いでよう。
「トラヴィス様は私の事が大嫌いなのだから、これ以上心を煩わせてはいけないわ」
狂いそうになる頭が、唯一冷静にその結論に辿り着く。
こんな絶望に落とされても、フェリコットはトラヴィスを愛しているのだ。
だからこそ、トラヴィスの為に身を引くべきなのだと、フェリコットの心の中にすとんとその感情が落ちた。
初恋を叶えた夢を、浴びるほど見せてもらえた。
その想いを胸に抱いたまま、フェリコットはどこにでも行けるような気がした。
その行く先が、修道院でも、隣国の貴族の花嫁でも、フォルケイン公爵家の領地で一生独り身で過ごしたとしてもだ。
トラヴィスを愛する権利を得て、ただひたすらに真っすぐ愛せた。
10歳で恋に落ちて、14歳で婚約し、17歳になった今までの間、ずっとトラヴィスを愛し続けることができた、ただそれだけでこんなにも幸せでいられたのだ。
フェリコットはこれだけ傷つけられても、トラヴィスを憎むことはなかった。
むしろ、嫌いな自分を隣に置かなくてはいけないことへの申し訳なさで、胸をいっぱいにしていた。
そうして、しばらく馬車が進んだ後、泣きすぎて頭がぼうっとしたフェリコットは急に馬車が止まったことに気がついた。
家についたのだと思ったフェリコットは、早く自分の部屋に戻りたくていつもは開けてくれるのを待つはずなのに、自分から扉を開けた。
「いけません、お嬢様」
昔からフォルケインの家に仕えてくれた御者の声が耳に届く。
月明かりの下、フェリコットは菫色の瞳を見開く。
目の前に下卑た笑みを浮かべる野盗が、幾人も立っているのを見たのが、この人生におけるフェリコットの最期の記憶だ。
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